ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2010.02.10]
北半球は大寒波に見舞われているが、パリ、ロンドン、ニュ−ヨーク、東京も舞台は熱気が溢れている。21世紀に入って、はや<一昔>が過ぎようとしているが、景気のいい話は中国やインド、ブラジルなどからしか聞えてこない。日本にもかつての賑わいは帰ってこないだろう。しかし、私たちは心の豊かさを求めて劇場を訪れることは決して止めないだろうと思う。

ルジマトフ最後の『バヤデルカ』全幕をしなやかに踊る

The Leningrad State Ballet Mikhailovsky Theatre
レニングラード国立バレエ団(ミハイロフスキー劇場)
M. Petipa, L. Ivanov "Swan Lake" M. Petipa "Bayaderka" Special Gala
プティパ、イワノフ『白鳥の湖』、プティパ『バヤデルカ』、スペシャル・ガラ

『白鳥の湖』
プティパ、イワノフ振付
リムスキー=コルサコフ記念レニングラード音楽院バレエ演出振付研究所/改訂演出
 

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ロシアでは、ミハイロフスキー劇場という名前で親しまれているレニングラード国立劇場のバレエ団。今年でついに来日公演が20回目を迎えた、という。
レニングラード国立バレエ団は、特に日本では定期的に公演を行ってきた。その20年間に、このカンパニーは日本の観客と共に大きく育ってきたのだと思う。
今回の公演では、07年に芸術監督に就任したルジマトフがダンサーとして徹するためにその任を退き、芸術顧問という立場となった。そして、優れたバレエ教師としてのキャリを持つ、ミハイル・メッセレルが首席バレエ・マスターという職務に着いた。ちなみに昨年、マリインスキー国際バレエ・フェスティバルを観にサンクトペテルブルクに行った際には、メッセレルはマリインスキー・バレエのダンサーたちを指導していた。彼は温厚な印象で、ダンサーたちのリハーサルをじっくりと見守っていた。ただ時折、見せた脚さばきは美しいラインを描いていた。

『白鳥の湖』は、オデット/オディールをカンパニーを代表するスター・ダンサー、イリーナ・ペレンが踊り、ジークフリートはモスクワ舞踊アカデミー出身で、タッチキン・バレエで活動していたアンドレイ・ヤフニューク。
プティパ、イワノフの振付に基づき、リムスキー=コルサコフ記念レニングラード音楽院バレエ演出振付研究所が改訂演出に当たったヴァージョンは、オーソドックスな道化の登場しない舞台。というか登場人物をリードして音楽に乗せていく道化役の必要ないくらい、活気のあるコール・ド・バレエが作品全体をカバーしている。
ヤフニュークのジークフリートは若々しく柔らかみのある踊り。サポートも上手いと思う。また、6人の花嫁候補もほんとうに美女揃いで豪華だった。
ペレンはオデットもオディールも申し分ない。脱力して充分な余裕を感じさせる舞台で安定感がある。あるいは心持ちふっくらとしたかも知れないが、それがまた落ち着いた雰囲気を漂わせていた。。
スペイン、チャールダッシュ、マズルカ、ナポリの各国の踊りにも、プリンシパル・ダンサーがキャスティングされていてボリューム豊か。第3幕の冒頭ではロットバルトを中央で羽ばたかせるなど象徴的な表現に留意していると思われた。
(2010年1月4日 東京国際フォーラム ホールA)

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『バヤデルカ』
プティパ振付、ポノマリョフ、チャブキアーニ他改訂

ルジマトフが『バヤデルカ』全3幕を踊った。恐らく、現役で主役をはる男性としては最高齢のクラシック・ダンサーなのではなかいか。そのルジマトフは健在だった。
しなやかな動きの表情とメリハリのきいたポーズで、独特のラインをつくって観客の興趣を次第に高めていく。さすがスター・ダンサー、といいたくなる舞台姿である。ガムザッティに扮したオクサーナ・シェスタコワとのパートナリングこそもうひとつだったが、どうどうたる舞台だった。
ルジマトフは既に10回に渡ってレニングラード国立バレエ団の来日公演で『バヤデルカ』全幕を踊っているが、今回がその最後となると言う。まさにソロルそのものともいうべきダンサーだけに大いに惜しまれる。

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ニキヤを踊ったペレンは美しかった。特に霊魂になってから、哀しみをたたえた母性を滲ますかのような表情を、全身でみせていたのには感心した。
二人のスター・ダンサーにひっぱられるように、『バヤデルカ』はラスト・シーンのカタストロフィを迎えた。このシーンを省略するヴァージョンもあるが、やはり作品に見合ったスケールの大きなスペクタクルが感動的だった。またここは神が顕現するシーンであり、登場人物同士の葛藤やドラマを越えたもうひとつの次元を表すエンディングとして優れている。
(2010年1月6日 オーチャードホール)

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スペシャル・ガラ
レニングラード国立バレエ団が来日公演の20回目を記念して、スペシャル・ガラ公演を行った。
第1部はプティパ振付にグーセフが改訂演出を加えた『騎兵隊の休息』全1幕。登場人物全員が思い切った戯画的な表現で踊った、じつに楽しい舞台だった。最高の華麗なテクニックを披露したわけではないが、作品の着想を忠実に捉えて心を込めて踊り、素晴らしい成功を収めている。
特に騎兵隊を踊ったダンサーたちは連隊長(ニコライ・アルジャエフ)を筆頭に、騎兵大尉(ウラジーミル・ツァル)も少尉(マクシム・ポドショーノフ)もこけつまろびつ、踊りきったのはあっぱれだった。フランス人プティパの才気とダンスが大好きなロシア人の気質が見事に融合した逸品である。
第2部では『海賊』のパ・ド・トロワにつづいて、アンナ・パヴロワがクライスラーの『美しいロスマリン』に振付けたソロ、『トンボ』をアンナ・クリギナが踊った。パヴロワは『瀕死の白鳥』の死と対照的に生きる喜びをこの『トンボ』で表現している。他にも『カリフォルニア・ポピー』などを踊る映像が残されている。ペルミ・バレエ学校出身のクリギナは、若々しく清楚な雰囲気を漂わせて踊った。
『チッポリーノ』のパ・ド・トロワは、髪をちょんまげ風にとんがらせリボンを着けた二人と珍妙なパンツを履いて紅いビロードの鳥打ち帽をかぶったノッポによるコミカルな踊り。ハチャトゥリアンの曲を使って童話『チッポリーノの冒険』を振付けたもので、たまねぎとラディッシュとサクランボに扮した踊りなのである。
メッセレルが着任してソ連時代の佳き作品が顔を出すのであれば大いに歓迎したい。

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『春の水』は首席バレエ・マスターの叔父アサフ・メッセレルがラフマニノフの曲に振付けたもの。春風駘蕩ではないが、寒い冬から解放されたエネルギーと喜びに溢れるダンス。ペレンとワガノワ舞踊アカデミー出身で長身のマラト・シェミウノフが、豪快なリフトを含むアクロバティックな技を披瀝した。
『アルビノーニのアダージョ』はボリス・エイフマンの振付。新しい世界に飛躍しようとする男の孤独な心理を造型したもの。ルジマトフの美しい身体が輝く踊りだ。ただちょっと理にかないすぎるというか、エイフマン的なくそ真面目さが強く感じられた。
第3部は『パキータ』。女性ダンサーのポアントワークが一段と優雅になった。これもメッセレル効果なのだろうか。
(2010年1月10日 オーチャードホール)

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