劇団四季とセントルイス・バレエが自由劇場で夢の共演を果たす「堀内元 BALLET FUTURE 2026 バレエ・オン・ブロードウェイ」堀内元インタビュー

ワールドレポート/東京

インタビュー=香月圭

ニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)で日本人初のプリンシパルとして活躍し、ミュージカル『キャッツ』では、ニューヨーク、東京、ロンドンの観客を魅了した堀内元。セントルイス・バレエ団の芸術監督として26年目を迎える堀内が、「バレエとミュージカルの融合」をテーマとした「堀内元 BALLET FUTURE 2026 バレエ・オン・ブロードウェイ」を4月に自由劇場で上演する。ジェローム・ロビンズ、スーザン・ストローマン、クリストファー・ウィールドンという、劇団四季で上演されたミュージカルを手がけた演出・振付家たちによるバレエと、堀内自身が主演・構成・演出・振付を手がけ〈堀内元 Ballet Future 2024〉で日本初演された『セントルイス・ブルース』も再上陸。日米を往復して本公演のリハーサルで多忙な堀内元に、演目のみどころなどについて話を伺うことができた。

メイン写真    St-Louis-Blues-©Pratt-Kreidich-Photography.jpg

『セントルイス・ブルース』(堀内元 振付)堀内元 ©Pratt Kreidich Photography

――自由劇場で4月に上演される〈堀内元 BALLET FUTURE 2026 バレエ・オン・ブロードウェイ〉をどのように構想されましたか。

堀内 セントルイス・バレエを率いて四半世紀になりますが、元々ジェローム・ロビンズの作品をやりたいと思っていました。そこで、まずロビンズ・トラストと様々なやり取りを経て、3年ほど前に『インタープレイ』の上演許可がやっとおりました。この作品は衣裳もシンプルなのですが『ウェスト・サイド物語』のジェッツとシャークの掛け合いを彷彿とさせるくだりがあります。音楽はモートン・グールドですが、レナード・バーンスタインがこの作品に誘発されて、『ウェスト・サイド物語』の構想をジェリー(ロビンズの愛称)と一緒に考えて作曲したという逸話が残されています。

――劇団四季で『パリのアメリカ人』が大評判だったクリストファー・ウィールドンのバレエ作品『CAROUSEL(回転木馬)』よりパ・ド・ドゥも上演されます。

堀内 クリス(クリストファー・ウィールドン)の作品は、セントルイス・バレエで既に3作品の上演を重ねています。次にどの演目にしようかと彼に相談したところ「『CAROUSEL(回転木馬)』第2幕の冒頭の部分を振付けた作品がある」と提案してくれました。こうして、この2つが最初に決まったのです。

――3作品目はどのように決まったのですか。

堀内 ジェリーの『ウェスト・サイド物語』とクリスの『CAROUSEL(回転木馬)』の2作品がブロードウェイという雰囲気を感じさせるので、以前、セントルイス・バレエで上演したことのある、ジョージ・ガーシュウィンの曲にバランシンが振付けた『フー・ケアーズ?』を加えた3作品を「Feels like Broadway(気分はブロードウェイ)」というタイトルで組み立てました。セントルイス・バレエはミズーリ州にありますが、東隣のイリノイ州のスプリングフィールドのオーケストラと、毎年4月、3年間に渡ってコラボレーションを行ってきました。彼らがこのプログラムを「すごく面白い」と言ってくれたので、この楽団の生演奏でトリプルビル「Feels like Broadway」を実現することができました。

『インタープレイ』(ジェローム・ロビンズ 振付

『インタープレイ』(ジェローム・ロビンズ 振付)
©Pratt Kreidich Photography

『CAROUSEL(回転木馬)』よりパ・ド・ドゥ(クリストファー・ウィールドン 振付)

『CAROUSEL(回転木馬)』よりパ・ド・ドゥ(クリストファー・ウィールドン 振付)
©Pratt Kreidich Photography

――日本公演での3つ目の演目はスーザン・ストローマンによる『TAKE FIVE MORE OR LESS』ですね。この演目に至るまでにどのような経緯がありましたか。

堀内 大阪での「Ballet Future 2021」では〈バレエ×ジャズ〉をコンセプトに桑原あいさんとコラボレーションしました。また、2024年には、バレエとブルースの融合の試みとして『セントルイス・ブルース』を日本初披露させていただきました。今回は、ミュージカルにフォーカスしたプログラムを日本でもできないかと思って、セントルイスの「Feels like Broadway」を劇団四季へ話を持っていったところ「面白いのではないか」と言っていただきました。 ただ、劇団四季のお客様にとっては、バランシンという存在はあまり馴染みがないので『クレイジー・フォー・ユー』『コンタクト』で知られるスーザン・ストローマンではどうか、という案が浮上しました。彼女のレパートリーの中でポール・デスモンドが作曲し、デイヴ・ブルーベック・カルテットの演奏によるジャズの名曲「テイク・ファイヴ」に合わせた20分程度の作品がいいのではないかと思ったのです。そこでスーザンに連絡したところ、二つ返事でOKしてくれたので、この3作品が決まりました。さらに、歌手による歌唱シーンと生バンドの演奏場面もある『セントルイス・ブルース』も再演できると面白いのではと考え、 最終的に4部構成のプログラムになりました。

――ジェローム・ロビンズはどんな人でしたか。

堀内 ロビンズとは、1982年にNYCBに入団以来10年近く指導を受けていました。入団して2年目にNYCBがパリのシャンゼリゼ劇場で公演を行ったときのことです。ロビンズの『ピアノ・ピーシズ』というチャイコフスキーのピアノ曲に振付けた作品の男性ソリストの一人に抜擢され、厳しいリハーサルを経て、パリ公演の初日に踊ったのですが、当時はまだ18歳だったので緊張して、自分の出番のソロの終盤に転んでしまい、散々な出来だったのです。 カーテンコールが終わって幕が下りてくると同時にジェリーが横から走ってきて「お前は私のバレエを台無しにした!」と皆の前で怒鳴られました。お客様にも聞こえたのではないかというぐらいの大きな声で「何だ、この終わり方は!」と団員全員の前で滔々と大目玉を食らいました。今だったらパワハラに該当するのでしょうが、当時はそういう時代で、手痛い洗礼を受けました。ロビンズの頭の中は常に自分の作品のことでいっぱいで、それだけ厳しい人でした。それ以降はどんな時でも120パーセントのベストを尽くそうという思いで精進してきました。

――スーザン・ストローマン振付の『TAKE FIVE MORE OR LESS』はどんな作品ですか。

堀内 ダンサーたちがリハーサルをして5分間休憩を取るとき「テイク・ファイヴ」と言います。「more or less」というフレーズを付けると「5分ぐらい」という意味になります。ダンサーたちは「テイク・ファイヴ(5分休憩取りましょう)」と言われても、5分間たっぷりとは休憩を取らない習性があります。彼らはずっと動き続けているのです。この作品も「5分休憩」と言われた女性ダンサーが一人座っていて「休憩が早く終わらないかな」と、手持ち無沙汰な状態であるところからスタートします。そして、休憩が終わるや否や、すぐ踊り始めるところから作品が展開していきます。スーザンは、幼かった頃から自分の部屋でよく聞いていて耳になじんでいるこの曲に乗せて、ダンサーの毎日の努力や勤勉さを、表現したかったそうです。

『TAKE FIVE MORE OR LESS』(スーザン・ストローマン 振付)©Pratt Kreidich Photography

『TAKE FIVE MORE OR LESS』(スーザン・ストローマン 振付)©Pratt Kreidich Photography

――パシフィック・ノースウエスト・バレエの芸術監督ピーター・ボールがストローマンに連絡を取って創作された作品だそうですね。

堀内 NYCBに入団したのは、私が1982年6月、彼が83年1月で、高校(プロフェッショナル・チルドレンズ・スクール)も同じでしたし、バレエ団でも一緒でした。彼を東京に一度連れてきて、一緒に踊ったこともあるぐらい、仲はいいです。スーザン・ストローマンのその作品を、彼が持っているということを調べて、ピーターにこの作品の上演について許可をもらいました。「テイク・ファイヴ」の曲は、このバレエではオーケストラ用に編曲され、ノースウエスト・バレエが録音していました。その音源を「使っていいよ」とピーターが言ってくれたのはありがたかったです。だからスーザンも安心して、セントルイス・バレエに作品を貸し出してくれました。お礼に、スーザンをセントルイスにご招待して、5日間ずっと私が彼女をアテンドしました。レストランの食事などの折に、彼女といろいろな話ができてよかったです。

――『TAKE FIVE MORE OR LESS』の衣裳について教えてください。

堀内 この作品の衣裳は、ブロードウェイ界隈で高名なウィリアム・アイヴィ・ロングさんが手がけました。『クレイジー・フォー・ユー』『プロデューサーズ』などスーザンのミュージカルなどの衣裳を担当している方ですが、彼の衣裳も今回、使わせてもらっています。もちろん使用料をお支払いしていますが、そういった手配をピーターが全部してくれたのです。スーザンはマティスのアートが大好きで、衣裳はシンプルなデザインでありながら、色合いがすごく素敵です。赤、緑、青や紫など色合いが綺麗で、デザイナーのロングさんとスーザンが大いに考えて作ったようです。そして照明にもマティスのアートがワンポイントとして使われています。わずか20分の作品ですが、いろいろな意味が込められた、本当に素敵な作品です。

堀内元、スーザン・ストローマンと

堀内元、スーザン・ストローマンと

――スーザンさんとの繋がりについて教えてください。

堀内 スーザンはNYCBに作品を3つ創っています。それで、NYCBによく顔を出していました。ただ、実際的な繋がりは、劇団四季の浅利慶太先生を通してです。私が劇団四季の舞台に出始めた1994年頃から、ニューヨークに浅利先生がいらっしゃるたびに、次なる劇団四季の作品を探しながらミュージカルをご一緒に観劇していました。96年頃、浅利先生がニューヨークに出張にいらして「今晩スーザン・ストローマンと、御主人の舞台ディレクター、マイク・オクレントさんと食事するから一緒に来なさい」と声をかけられたことがあります。その折に、57丁目と7番街にあった、高級キャビアで有名なぺトロシアンのカフェにて4人で食事をしたことがありました。浅利先生ご自身も英語をお話しになるのですが、私が通訳を務めて彼女と親しくなったのです。その後も「スーザン覚えてますか、ゲン・ホリウチです」とメールしたところ「Of Course I remember you.」というお返事をいただいたという、そういった繋がりです。ですから、スーザンの作品を劇団四季で上演するのはすごく嬉しいです。スーザンも『クレイジー・フォー・ユー』や『コンタクト』を劇団四季で上演してきたので、彼女のバレエ作品を新たにお見せできるのは、とても嬉しいとおっしゃっています。

――劇団四季は振付家の方々に信頼されているのですね。

堀内 そうですね。クリス(クリストファー・ウィールドン)の『回転木馬』は夢のシーンのパ・ド・ドゥをお見せします。当初は、我々セントルイス・バレエ団の2人がパ・ド・ドゥを踊る予定でしたが、劇団四季の方から「せっかくのコラボレーションの機会なので、四季のダンサーとペアを組んで踊るというのは?」というご提案をいただきました。そこでクリスにメールで問い合わせたところ「劇団四季のダンサーならOK」という返事がすぐに来ました。『パリのアメリカ人』を劇団四季で上演したとき、石橋杏実さんと松島勇気さんが主演を務め、その2人がすごく優秀だったのです。クリスから「もし勇気がしっかり指導してくれるのであれば、劇団四季の女性とセントルイス・バレエの男性が組んでパ・ド・ドゥを踊ってもいい」という返事が来ました。劇団四季のダンサーの質はすごく高いですし、優秀なスタッフが大勢いて充実しているので、スーザンやクリスは劇団四季との公演ならばOKを出してくれるのです。

――クリストファー・ウィールドンさんとは、どんな接点がありますか。

堀内 彼はローザンヌ国際バレエコンクールで金賞を取り、英国ロイヤル・バレエ団を経てNYCBに来ました。ニューヨークで共演したこともあります。「来年のセントルイス・バレエは何しようか」と今でもメールをやり取りしています。彼はロンドンとニューヨークを行き来する売れっ子の振付家ですが、メジャーなバレエ団だけではなく、セントルイス・バレエのような中規模なカンパニーでも踊れるように手筈を整えてくれたりもしてくれるので、そういう点はやはり素晴らしいと思います。

――アメリカでは、振付家やダンサーの方々は、バレエとミュージカルの両方に関わることが比較的多いのでしょうか。

堀内 バランシン世代からずっと、ハリウッドの映画にバレエの振付家が登用されていました。なぜかというと、ミュージカルや映画の方が、ギャラが良かったからです。バランシンはNYCBを始めたものの、あまり資金がたまらなかったので、ミュージカルや映画の振付を引き受けていたのです。 ジェローム・ロビンズも同じ理由で、その分野の仕事をしていました。バレエと比べて、映画やミュージカルのお客様の数は格段に多いのです。NYCBではバランシンやロビンズの時代の伝統を引き継いで、ジャック・ダンボワーズやエドワード・ベラといった先輩プリンシパルの方々もやはりミュージカルや映画に出演していました。私自身も、アンドリュー・ロイド・ウェーバーのミュージカル『ソング・アンド・ダンス』の話をピーター(・マーティンス:NYCBの元芸術監督)を通して初めてもらったときに彼から「NYCBではそういう歴史があるから、元もブロードウェイとバレエを行き来しても大丈夫」と背中を後押ししてもらい、私もミュージカルの作品に出られるようになっていったのです。

――『セントルイス・ブルース』は「2024年堀内元バレエ・フューチャー」で日本初演され、今回再演されます。

堀内 日本初演の反応は良かったのですが、お客様から「上演が一度切りというのはもったいない」というコメントをいただきました。私自身も同じ気持ちでしたので、今回劇団四季の自由劇場で5回公演できることは、前回よりも数倍多くのお客様が見に来てくださるので、楽しみです。実は、セントルイスでも先月2月に再演したのですが、さらにパワーアップしようと振付をずいぶん変えました。劇団四季の俳優やダンサーの方々は、レベルがすごく高いです。皆さんはほとんど海外のバレエ学校に留学経験があり、海外のバレエ団で踊っていらした経験のある方々ばかりです。どこのバレエ団で踊っても恥ずかしくないような方々が舞台に立っています。 優秀な彼らのためにも、振付をアップグレードして、構成も少し変更を加えたので、前回よりもさらにお客様に楽しんでいただけるのではないかと思っています。

――『セントルイス・ブルース』では、セントルイス・バレエ団と劇団四季のメンバーの共演も話題です。

堀内 1994年に劇団四季で活動したときはNYCBに籍を置いたままでしたが、1995年は四季での出演を続けつつ、NYCBを辞めようと思っていました。そのときに最初に声をかけてくださったのが劇団四季だったのです。 劇団四季は、自分の日本での活動のベースとなる団体となり、足かけ5年半ぐらい劇団四季の舞台に出演してましたので、ホームカミングという感覚です。あざみ野の四季芸術センターという稽古場で、今回の公演のために劇団の俳優の皆さんとリハーサルを行ったのですが、以前稽古していたスタジオを使わせていただきました。その稽古場で浅利慶太先生から叱咤激励を受けながら歌って踊り、団員の皆様と厳しい稽古を蹴り返した思い出が蘇って来ました。 25、6年後に、そのスタジオに再び戻って来られたのは、実に感慨深かったです。

――『セントルイス・ブルース』にご自身も出演されます。

堀内 今はもう20代、30代の頃のように完璧には踊れませんが、これまで年月を重ねてきた、自分の舞台に対する情熱や取り組みの姿勢は昔と同じぐらいのものを今も持っているつもりなので、そういった部分が若い共演者たちに伝わり、お客様にも何かを訴えかけることができれば、と思っています。劇団四季では、私が出演していた当時の劇団員は現在ほぼいなくて、新しい方々ばかりですが、私が劇団四季の舞台に出ていたことは皆さんご存知のようで「堀内さんのようなレジェンドの方と一緒の舞台に立てるのは光栄です」と言ってくれた人がいます。私もそのように(レジェンド)言われる年代になったのだなと思わされます。

堀内元、ピーター・マーティンスと

堀内元、ピーター・マーティンスと

――NYCB時代の恩師ピーター・マーティンスさんが、セントルイスの公演を観にいらしたそうですね。

堀内 2月のセントルイスのバレエ公演のときに、ピーター・マーティンスをご招待しました。彼に舞台を見てもらうのは20年ぶりぐらいで緊張したのですが、彼の前では自分が10代、20代の頃の原点に戻ったように感じて、すごく良かったです。私のことを育ててくれた彼から「今回、元がここまでやるとは思っていなかった」という言葉をもらいました。バレエを一旦辞めてその世界に戻らなかったりすると、お世話になったディレクターとの繋がりをなくしてしまう方もいますが、私はバランシンやピーター・マーティンスの作品をセントルイスで上演させてもらった関係もあり、交流を続けてきたおかげで、今回もご招待することが叶いました。新しい作品を紹介するだけではなく、過去の素晴らしい作品も現代に伝えていくことが私の使命です。NYCBのバランシン、そしてその継承者ピーター・マーティンス、そしてその後に出てきたクリストファー・ウィールドンやジャスティン・ペックなどの振付家の作品を我々セントルイス・バレエでも上演し続けていますが、過去の作品を尊重して次世代へ橋渡ししていくことは、バレエにおいて大切なことだと思います。ピーターと歓談しながら、私がそういう姿勢でいることを知って、彼は喜んでくれました。自分がやってきた作品を自分が育てたダンサーたちに教え、踊ってもらうことができて、とても嬉しいです。

――今回の舞台を楽しみにされているお客様にメッセージをいただけますか。

堀内 劇団四季の公演をご覧の方々も多くいらっしゃると思いますが、ミュージカルとバレエは共通点があります。地道なトレーニングを重ね、テクニックを究めてきたバレエダンサーが見せる芸術性と、パワフルな歌を加えて観客を魅了するミュージカルのエンタテイメント性は、人間の肉体を使っての歌やダンスがお客様へストレートに訴えかけるという点で同じなのです。まだバレエをあまりご覧になってない方々にも、今回の公演を観ていただいて、舞台のアーティストたちの溢れる情熱を会場で共有していただきたいと思います。

〈音楽評論家 安倍寧より〉

今回、堀内元さんが率いるセントルイス・バレエの来日公演が、なぜ劇団四季の専用劇場である自由劇場でおこなわれるのか、そのわけをお伝えします。元さんの父で、ユニークバレエシアターを創設した舞踊家、振付家の堀内完さんは、戦後、多くの舞台芸術家を世に送り出した舞台芸術学院の1期生で、浅利慶太さんの姉陽子さんと同期生でした。その関係で、浅利さんの依頼を受けた完さんが、『はだかの王様』映画版の一場面を振り付けたことがあり、息子の元さん自身も浅利さんの依頼で、長野冬季五輪文化芸術祭参加作品の新版ロイド=ウェバー・コンサート『ソング&バレエ』に、構成・振付の1人として参加しています。劇団四季及び浅利慶太さんと堀内元さんが浅からぬ縁で結ばれていることがわかるでしょう。(劇団四季会報誌「ラ・アルプ」2026年2月号 ミュージカル千夜一夜[第142夜]より抜粋・再構成)

ミュージカル『キャッツ』のミストフェリーズをブロードウェイとウエストエンド、そして日本の3カ国で2000回以上も踊った、堀内元=インタビュー(2020年1月24日掲載)
https://www.chacott-jp.com/news/worldreport/tokyo/detail015792.html

堀内元 BALLET FUTURE 2026
Ballet On BROADWAY 
バレエ・オン・ブロードウェイ

2026年4月3日(金)~5日(日)
自由劇場(東京・竹芝)
Webサイト https://www.stlouisballet.org/balletfuture

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