ヌニェス、高田茜、永久メイ、ヴィシニョーワ、ブレイスウェル、マルシャン、ロマン他が精緻で内容豊かな舞台を魅せた〈ZENITH of BALLET―至高の舞―〉

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

〈ZENITH of BALLET―至高の舞―〉

『椅子』モーリス・ベジャール:振付ほか
マリアネラ・ヌニェス、ディアナ・ヴィシニョーワ、ジル・ロマンほか:出演

〈ZENITH of BALLET―至高の舞―〉と銘打ったガラ公演が開催された。世界のバレエ界の第一線で活躍する至高のダンサーたちによる至芸を堪能してもらおうと企画されたもので、主催したのは〈世界バレエフェスティバル〉を手掛けている日本舞台芸術振興会。招かれたダンサーの顔触れは次の通り。英国ロイヤル・バレエ団からは、大御所マリアネラ・ヌニェスをはじめ、進境目覚ましいプリンシパルの高田茜とウィリアム・ブレイスウェルに、元プリンシパルで現在ゲスト・プリンシパル・コーチを務めるエドワード・ワトソンの計4人。ロシアのマリインスキー・バレエからは、多彩な活動を展開しているプリンシパルのディアナ・ヴィシニョーワをはじめ、今後の活躍が期待されるファースト・ソリストの永久メイと、ケガで降板したキム・キミンの代りに抜擢された韓国出身の新鋭チョン・ミンチョルの計3人。パリ・オペラ座バレエ団からは、エトワールのユーゴ・マルシャンひとりだけ。これに、2024年2月まで長きにわたりモーリス・ベジャール・バレエ団の芸術監督を務めたほか、意欲的に創作活動も行っているジル・ロマンを加えて、全部で9人が出演した。3日連続で行われた公演では、共通のプログラムのほかに、当日発表の日替わり特別演目が上演された。初日の公演を観た。

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『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』
Photo:Kiyonori Hasegawa

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『ア・シングル・マン』より
Photo:Kiyonori Hasegawa

プログラムは3部構成で、幕開けはマリインスキーの若手カップル、永久メイとチョン・ミンチョルによる『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』(ジョージ・バランシン振付)。チョンは、2025年に韓国国立芸術大学を卒業後にマリインスキー・バレエにソリストとして入団し、わずか4カ月後にファースト・ソリストに昇進した新星。長身でスタイルにも恵まれており、伸びやで美しいジャンプを披露し、着地も綺麗に決めた。一方の永久は、しなやかな脚さばきや滑らかな腕の動きが音楽にも合致して美しく、チョンと共に明るく爽やかにオープニングを飾った。続いて、『ア・シングル・マン』よりの抜粋をエドワード・ワトソンが踊った。クリストファー・イシャーウッドの同名小説を基に、長年の同性パートナーを亡くした中年の大学教授のセクシュアリティや喪失感、中年期をテーマにした癒しの物語として、ジョナサン・ワトキンスが2025年に振付けた作品だそうで、今回の日本初演のためにアレンジした版で上演された。ソフィトな歌声とは対照的なワトソンの筋肉質な逞しい腕の動きに主人公の葛藤や孤独感が凝縮されているようで、痛ましく映った。

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『マノン』より第1幕の寝室のパ・ド・ドゥ
Photo:Kiyonori Hasegawa

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『Bear's feather in the beak of the Nightingal』
Photo:Kiyonori Hasegawa

『マノン』より第1幕の寝室のパ・ド・ドゥ(ケネス・マクミラン振付)を踊ったのは、英国ロイヤルの高田茜とウィリアム・ブレイスウェル。前半の高田のマノンは可憐で、男をそそるような妖艶さがやや薄く、ブレイスウェルが演じる貴公子のようなデ・グリューとのやり取りからは淡泊な印象を受けたが、曲調が変わった後半では一転し、二人は激しく抱き合い、床を転がるなど、情熱をほとばしらせて踊った。
続いて、ジル・ロマンのためにヨースト・フラウエンラーツが振付けた『Bear's feather in the beak of the Nightingale(ナイチンゲールがくわえたクマの羽)』が世界初演された。冒頭、目覚まし時計のような信号音が響き、スモークを立ち込めた舞台に、細かい羽が付いた黒いコートを羽織ってクマのように現れたロマンは、コートを脱ぎ、トリの動きを模したように頭や手を動かしながら舞台を歩き回った。ロマンの存在感はさすがだが、作品の意図は図りかねた。第1部の最後は『ジゼル』より第2幕のパ・ド・ドゥ(マリウス・プティパ振付)で、英国ロイヤルのマリアネラ・ヌニェスとパリ・オペラ座のユーゴ・マルシャンにより踊られた。初顔合わせかと思ったら、ヌニェスは2024年にオペラ座の『ジゼル』に客演した際、マルシャンと組んで踊ったという。ヌニェスのジゼルは儚さを漂わせ、しなやかに背を反らせ、手先や足先まで神経を行き渡らせてたおやかに舞い、アルブレヒトへの尽きぬ思いを全身から滲ませていたのが印象的。対するマルシャンは、悲しみに沈んだ姿にも気品がうかがえ、後悔の念をジャンプに込めて踊っていた。短すぎる二人の共演だった。

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『ジゼル』より第2幕のパ・ド・ドゥ
Photo:Kiyonori Hasegawa

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『椅子』Photo:Kiyonori Hasegawa

第2部はプログラムの核に据えられたモーリス・ベジャール振付の『椅子』。今回は舞踊人生30周年を迎えたディアナ・ヴィシニョーワとベジャール作品には欠かせないロマンにより上演された。ベジャールが、不条理劇の作家ウジェーヌ・イヨネスコの戯曲「椅子―悲劇的笑劇―」に基づき、ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』より「前奏曲」と「愛の死」を用いて創作した30分に及ぶ長大なパ・ド・ドゥで、ある島の塔に住む95歳の老人と94歳の老婆が、「世界を救うメッセージ」を伝えるために招いた大勢の人々と弁士の到着を待っているという設定で進められた。1981年にベジャールが自ら出演して初演した後、1984年にマリシア・ハイデとジョン・ノイマイヤーのために改訂された。この二人が、1994年の〈世界バレエフェスティバル〉で改訂版の『椅子』を披露したのを観たが、当時は作品が提示する深遠な世界にはとても近づけず、二人から放たれるオーラに圧倒されるばかりだった。2021年の〈世界バレエフェスティバル〉で、円熟期を迎えたアレッサンドラ・フェリとロマンによる上演も観たので、今回が3度目の鑑賞になる。
舞台の床には沢山の椅子が並べられ、積み上げられ、天井からも吊るされている。老人と老婆は年老いた身振りはしないが、ヴィシニョーワが老婆には不釣り合いな赤い口紅を付けていたのが目を引いた。二人は自分たち夫婦がたどってきた人生を振り返るように、互いに寄り添い、老人が老婆の手を取って椅子の上を歩かせ、老婆の脚を愛撫し、抱き合ってダンスも踊れば、一緒に椅子を並べ替えたりするなど、せわしなく動いた。時おり語られるセリフはとりとめがなく、つかみどころがない。ワーグナーの音楽はたまらなく甘美で切ないのだが、突然、中断されることもあり、悲哀を帯びて、どこか空しく響いた。結局、セリフでも暗示されたように、過ぎ去った時は取り戻せないのだ。老人が老婆の肩を抱き、死に向かって静かに舞台後方へ歩んでいく姿には、諦念と生へのいとおしさが込められているようで胸を打った。この幕切れで、フェリが演じた老婆は慈愛に満ちた表情で静かに後ろを振り返っただけだったが、ヴィシニョーワは、振り返りながら、何度か力をこめて腕や脚を後方に伸ばしてみせた。老いやその先にある死、過ぎ去っていく「時」に抗わずにいられないのか、さらには生への執着も込めているのか、様々に受け取れるヴィシニョーワの演技は、強く印象に残った。彼女は、赤い口紅をつけたことでも明らかなように、独自の解釈を加味して、異なる老婆像を描いてみせた。

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『ボーダーランズ』より
Photo:Kiyonori Hasegawa

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『ロミオとジュリエット』より第1幕のバルコニーのパ・ド・ドゥ
Photo:Kiyonori Hasegawa

第3部は、高田とワトソンによるウェイン・マクレガー振付けの『ボーダーランズ』よりで始まった。ジョセフ・アルバースの幾何学的絵画から創意を得たという作品で、極限まで俊敏に身体を操り、次々と目まぐるしく精密なポーズをあやなしていく二人の演技に惹きつけられた。切れ味の鋭いワトソンの屈強なダンスも、これに拮抗する高田のダイナミックな身体性も見事だった。レオニード・ラヴロスフキー振付の『ロミオとジュリエット』より第1幕のバルコニーのパ・ド・ドゥを踊ったのは永久とチョン。ロミオのチョンは、ジュリエットへの燃えあがる想いを爽快なジャンプに託して伝え、永久は上体の動きが柔らかで美しく、恥じらいも見せる初々しいジュリエットになりきっており、この演目にぴったりのカップルだった。続いて、マルシャンがジェローム・ロビンズ振付けの『ダンス組曲』をチェロの生演奏(福崎茉莉子)で踊った。真っ赤なシャツとパンツのブレイスウェルが、バッハの無伴奏チェロ組曲から選曲された音楽に触発されるよう踊り始め、曲ごとに趣きを変えながら、的確にステップをこなして、明るく、自身の心を発散させるように踊ったが、もう少し奔放さを出しても良かったのではと思わせた。

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『ダンス組曲』Photo:Kiyonori Hasegawa

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『インポッシブル・ヒューマン』
Photo:Kiyonori Hasegawa

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『眠れる森の美女』より第3幕のグラン・パ・ド・ドゥ
Photo:Kiyonori Hasegawa

本日の特別プログラムとして上演されたのは、ワトソンによる『インポッシブル・ヒューマン』。アーサー・ピタがベヴ・リー・ハーリングが歌う楽曲に基づき、ワトソンの柔軟な身体性を活かして振付けたソロ作品で、2022年に東京で開催された〈ロイヤル・バレエ・ガラ〉で初演されたもの。ワトソンによれば、ハーリングは気候変動を始めとする出来事に私たちがいかに責任があるかについて語り、私たちはみな世界の一員であり、それぞれに罪を負っていると歌っているそうだ。白いシャツにパンツ姿で床に転がっていたワトソンが起き上がり、身体を柔軟にしなわせ、また立ち止まるなど、内面を映し出すような動作を繰り返していった。ワトソンの異なる境地がうかがえて興味深かったが、ハーリングが歌に込めた深いニュアンスを汲み取るのは難しかった。掉尾を飾ったのは、ヌニェスとブレイスウェルによる『眠れる森の美女』より第3幕のグラン・パ・ド・ドゥ(プティパ振付)だった。ヌニェスのオーロラ姫は気品にあふれ、上体や腕から足先に至るまで身体のすべての使い方が滑らかで美しく、どのステップも優雅で模範的。この7月に英国ロイヤル・バレエ団で彼女の名を冠したガラ公演が行われるというのも、うなずける。ブレイスウェルは輝けるヌニェスを引き立てるように、しなやかにジャンプをこなし、丁寧にサポートしていた。以上、古典からコンテンポラリーまで、多彩な演目で楽しませて3時間に近い公演は幕を閉じた。フィナーレでは出演したダンサーが勢ぞろいし、それぞれが踊ったパ・ド・ドゥやソロのさわりを披露してアピールしたが、登場したダンサーの人数が9人だけだったことに改めて驚かされた。それだけ、中身の濃い公演だったと納得させられた。
(2026年1月30日 オーチャードホール)

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