チャルダッシュからグラン・パ・クラシックへ、圧巻だった新国立劇場バレエ団の『ライモンダ』
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ワールドレポート/東京
関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi
新国立劇場バレエ団
『ライモンダ』マリウス・プティパ:振付、牧阿佐美:演出・改訂振付
新国立劇場バレエ団『ライモンダ』再演の初日(4月25日)を観ることができた。今回公演は、ゴールデンウィークの前半まで全10回。初日のライモンダは米沢唯、ジャン・ド・ブリエンヌは福岡雄大。以降、柴山紗帆/井澤 駿、小野絢子/李 明賢、木村優里/渡邊峻郁、直塚美穂/速水渉悟が初日のふたりを含めてそれぞれ2回ずつ踊ることになっていた。また、アブデラクマンは渡邊拓朗、上中佑樹が踊った。
周知のように『ライモンダ』は1898年にマリインスキー劇場で初演されたマリウス・プティパの晩年の傑作とされるが、3幕は独立して時折上演されるが、全幕が上演されることは珍しい。近年、全幕が上演されているのはロシアのマリインスキー・バレエではセルゲイエフ版、ボリショイ・バレエではグリゴローヴィチ版だろう。また、ゴールスキーを始め、ワイノーネン、ラブロフスキーなども全幕振付を行なっている。パリ・オペラ座バレエ団はルドルフ・ヌレエフが芸術監督に就任した1983年にヌレエフ版の『ライモンダ』全幕を上演。2019年に再演したが、オペラ座のストライキのために初日のみの上演となった。英国ロイヤル・バレエ団もヌレエフ版全幕を上演した記録はあるが、その後は3幕のみの上演となっている。そして、2011年にはミラノ・スカラ座バレエ団がセルゲイ・ヴィハレフの振付復元・演出により、原典であるプティパの振付が復元上演されて話題を集めた。それ以後は、デンマーク・ロイヤル・バレエ団で、2017年、ニコライ・ヒュッぺがロココ調の美術が際立つ振付を発表している。他にも2025年にスタントン・ウェルチがかなり変更を加えてヒューストン・バレエ団に振付けている。また、2022年には当時イングリッシュナショナル・バレエ団の芸術監督だったダマラ・ロホが自ら振付けた『ライモンダ』全幕は、時代背景をガラリと変えて、クリミア戦争を舞台としており、大いに注目を集めた。日本では2023年に山本康介がプティパの原振付を改訂演出・補足振付して、バレエカンパニーウエストジャパンが全幕上演を果たしている。

米沢唯、福岡雄大 撮影:瀬戸秀美

撮影:瀬戸秀美
マリウス・プティパのバレエ『ライモンダ』全幕は、アンドリュー2世(在位1205~1235)が治めるハンガリー王国が舞台。貴族の娘ライモンダの愛する婚約者が十字軍の遠征に出征し、不在であるところから始まる。近年のロシアでは、1幕にジャン・ド・ブリエンヌが登場し、ライモンダと踊って愛の証であるヴェールを渡し、別れを惜しんで出征していくシーンのあるヴァージョンが上演されている。ただ、これではちょっと説明的になり『ライモンダ』の物語の特色が薄められてしまう。
牧阿佐美は2004年に新国立劇場バレエ団に『ライモンダ』全幕を振付けているが、ジャン・ド・ブリエンヌがライモンダにヴェールを渡す象徴的なシーンをプロローグに加え、上手く物語を始めている。

米沢唯、渡邊拓朗 撮影:瀬戸秀美
1幕。ドリ伯爵夫人(関優奈)邸ではアンドリュー2世(趙載範)が臨席して、ライモンダの誕生日のお祝いが開かれている。ライモンダに、ジャン・ド・ブリエンヌから明日帰るという手紙が届けられ、さらに彼の見事な肖像画が贈られる。ここでは宮廷舞踊やワルツなどが踊られるが、ライモンダが踊るピチカートのヴァリエーションがハイライトとなっている。米沢唯はピチカートの独特の音そのものになりきったように、抑えながらも自然に湧き上がってくる恋する気持ちを初々しく表した踊りを観せた。そしてライモンダの美貌に魅了されたサラセン人の首領アブデラクマン(渡邊拓朗)もこの宴に出席している。
祝いの宴が終わり、ライモンダは愛する人の威風堂々とした肖像画を見つめながら休んでいると、いつの間にか微睡んで・・・ライモンダの夢のシーンとなる。このシーンは『ラ・バヤデール』でソロルが幻影を観る「影の王国」シーンと対比して語られることもあるが、ロシアのヴァージョンでは、チュチュを着け、ヴェールを掛けた多くのバレリーナたちが集まる中から、ジャン・ド・ブリエンヌが忽然と姿を表す、といった幻想的イメージが強調されて演出されている。しかし、牧阿佐美はライモンダの夢を、整然とした古典的なスタイルで描いている。椅子で微睡むライモンダを肖像画の中から現れたジャン・ド・ブリエンヌが優しく導き、うっとりと見惚れてしまうような夢想的なアダージョがリフトを上手く使って踊られ、テンポ良くさまざまなフォーメーションを見せるワルツのシンフォニックな踊りが展開される。さらにライモンダの幸福感の溢れる「夢のヴァリエーション」が踊られて、コーダとなる。ライモンダはジャン・ド・ブリエンヌに優しく導かれて再び椅子の眠りに戻り、ジャンは絵画の世界に収まる。米沢唯の表現は、身体を細部に至るまで神経を張り巡らして揺るぎない。でありながら、全身を見事に脱力させた緩やかな動きが美しかった。福岡雄大は内部には大きなエルギーを秘めながらも柔らかな印象を与える踊りで、夢の場を巧みに魅力的に表した。二人の踊りによって、流れるようなライモンダの夢のラインがたおやかに舞台に描かれ、儚く消えてしまったが、美しい残像が心に残った。
チャイコフスキー亡き後プティパと組んだアレクサンドル・グラズノフは、サンクトペテルブルクに生まれ、幼い頃からバレエに親しんでいたという。グラズノフよるこの夢のシーンの音楽は、リュートをつま弾いて始まる。優しく胸に染み入るようなメロディがいく重にも重ねられてダンスと音楽が融合し、ライモンダの夢を紡いだ。物語と音楽が自然に溶け合うような、無駄のない洗練された見事な振付だった。夢の幻想性はことさら強調されていないが、深いブルーの照明で描かれた舞台はまさにライモンダの心を夢の中に現していた。
2幕では、ジャン・ド・ブリエンヌの帰還を迎える準備の中、アブデラクマンが意気込んで登場し、ライモンダと友人たちを巻き込んでパ・ダクションとなる。さらにサラセン人やスペイン人の踊りが速いテンポで疾風のように踊られる。そしてついにアブデラクマンはライモンダを略奪して連れ去ろうとしたその時、ジャン・ド・ブリエンヌが帰還し、二人が激しく対立する。アンドリュー2世が二人に決闘で決着させることを命じる。火花を散らして剣を振るい合った結果、アブデラクマンは敗れ、ライモンダへの愛を最後まで訴え続けたサラセンの騎士は命を落とした。富を贈り、力を誇示しても、ライモンダの心は動かなかった。にもかかわらず、アブデラクマンは揺るぎない愛を示し続けた。栄光に輝く中でライモンダと結婚するジャン・ド・ブリエンヌに対して、彼は闇のような存在だった。

撮影:瀬戸秀美
3幕は結婚式の宴となる。まず、アンドリュー2世への敬意を込めて、ハンガリーの代表的な民族舞踊チャルダッシュ(原田舞子・小柴富久修)が踊られる。チャルダッシュは、何組もの男女がペアを組んで旋回しながら踊り、かかとを打ち鳴らしたり、足を内や外にスナップさせたりする力強いステップが特徴。19世紀末にはヨーロッパで大流行し、ウィーンでは中毒性があるとされて禁止する法律が制定された。また、チャルダシュには「ヨーロッパの盾」として、東方民族(オスマン帝国やモンゴル)の執拗な侵入により何度も壊滅の危機に瀕しながら、必死に力を尽くして国を守り抜いてきた、というハンガリーの人々の強い自負と誇りが投影されている。そのため舞台で踊られるだけでも、強度な高揚感が会場全体にみなぎるのである。そしてチャルダッシュという舞踊に深く刻印されているハンガリー民族の自負と誇りは、ライモンダのヴァリエーションに見られる気品ある佇まいと通底しており、その不屈のスピリットは『ライモンダ』というバレエの礎であり、最後に踊られる<グラン・パ・アングロワ>に美しく顕れている。
そしていよいよグラン・パ・クラシック(グラン・パ・アングロワ)が踊られる。8組のペアと主役2人によるとアダージョが悠然と踊られ、リズミカルで軽快な女性のヴァリエーション(飯野萌子)、男性ダンサーによるしなやかなパ・ド・カトル(上中佑樹、石山 蓮、山田悠貴、田中陣之介)女性ダンサーによる少しお澄ましした愛らしいパ・ド・トロワ(赤井綾乃、東 真帆、川本果侑)が踊られて、ジャン・ド・ブリエンヌのヴァリエーション。続くライモンダの結婚式のヴァリエーションは手を頭の後ろに添えたり、手を打ち合わせてアクセントをつけるなどハンガリーの習慣的所作を組み込んで高いプライドを表し、ピアノの打鍵に乗せたブーレが静まり返って息を呑む客席を席巻する。米沢唯の貴族の女性らしい気品のあるゆっくりとした動きが素晴らしかった。そしてコーダからさらに全員でギャロップを踊って、アポテオーズとなって幕が降りた。
(2026年4月25日 新国立劇場 オペラパレス)

撮影:瀬戸秀美
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