『パリの炎』宮尾俊太郎の初全幕プロダクションが熊川哲也 K-BALLET TOKYOで上演されるにあたり、公開リハーサルが行われた
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小野寺 悦子 Text by Etsuko Onodera
熊川哲也 K-BALLET TOKYOの最新作『パリの炎』全幕の公開リハーサルが小石川スタジオで行なわれ、開幕に先駆け、一部シーンが披露された。
『パリの炎』は、1932年、ロシアの10月革命15周年を祝し、ワシリー・ワイノーネン振付によりキーロフ劇場(現マリインスキー劇場)で全幕バレエとして世界初演を迎えた。翌1933年にはボリショイ劇場で上演され、これらが現在に続く原典とされている。ただガラなどで踊られているグラン・パ・ド・ドゥのほかは上演の機会が少なく、全幕の上演は稀少。日本のバレエ団による全幕上演はこれまで例がなく、今回の K-BALLET TOKYOが初となる。
演出・再振付を手がけるのは、2025年9月にK-BALLET TOKYO芸術監督に就任した宮尾俊太郎。2020年までプリンシパルとして活躍し、熊川哲也 演出・振付『蝶々夫人』では振付補佐も務めてきたが、全幕プロダクションを手掛けるのは初めての挑戦だ。

マリー・アントワネット役の日髙世菜と、ルイ16世役の栗山廉 © 堀貴文

© 堀貴文
舞台は1792年の南仏マルセイユ。自由を求める民衆の情熱と狂気、波乱の時代が背景となっている。K-BALLET TOKYO版はワイノーネンの『パリの炎』をもとに、新たなストーリーラインを加えており、その意図を宮尾が語る。
「マリンイスキーとボリショイの2つのヴァージョンを見比べて、ドラマが足りないと感じた。劇中劇が出てきて、本筋とは関係なく踊りをみせているが、そこを全てストーリーにしたいと思った」
K-BALLET TOKYO版ではマリー・アントワネットとルイ16世を王政の象徴として色濃く描写し、さらにオリジナル・キャラクターとして若き日のナポレオンが登場する。
「民衆が革命に立ち上がる理由をお客さまに説明するため、原振付のヴァージョンではあまり出てこないルイ16世やマリー・アントワネットを踊りでしっかり観せ、さらに処刑されるまでを描きます。あとはナポレオンの登場です。この舞台は1792年の革命の物語なので、バスティーユの襲撃(1789年)を経て、ちょうどこの年にナポレオンはコルシカ島からマルセイユに到着しているという史実があった。もし彼が革命に憧れていたらどうだったのだろうという着想から入りました。ナポレオンはゆくゆく集団での歌や踊りを禁止しますが、最後のシーンで民衆が集団性をもって踊るのを見て、その危険性をわかっていたのではと、僕の中で整合性を取っています」
従来のボリス・アサフィエフの音楽を用いつつ、ワイノーネン版では群舞に使われる曲をあえてパ・ド・ドゥに使用するなど、スートーリーラインに即し曲順を大幅に改編。同時に広く知られるパ・ド・ドゥは振付も音楽もほぼ原典通りにして、「古典バレエへのリスペクトを込めた。」

© K-BALLET-TOKYO
当日は、宮尾、浅川紫織、西野隼人の指導のもと、シーンごとにリハーサルを公開した。
まずは民衆蜂起の引き金となる場面Act1 Scene1から。総勢25名におよぶ群舞がステップを刻む姿は迫力に満ち、地響きが伝わってくる。マルセイユ群のリーダー・フィリップ役の山本雅也、その恋人・ジャンヌ役の岩井優花は、民衆たちを率い、カリスマ性が求められる重要な役どころ。普段の役とはまた違うキャラクターを、全身で力強く体現していた。
続いてマリー・アントワネット役の日髙世菜と、ルイ16世役の栗山廉がアダージオを踊るAct1 Scene2。スラリと長身の2人は手脚が長く美しく、たおやかで気品が漂い、まさに貴族だ。優雅なパ・ド・ドゥを踊って民衆との対比も表し、貴族の無関心や享楽的なムードを浮き彫りにする。
次は革命下のパリの活気と混乱を描く場面Act2 Scene1。ロベスピエール役で名誉プリンシパルの遅沢佑介が登場し、バスクの踊りを率いて踊る。ロベスピエールはフランス革命政府を主導し、時代を象徴するキャラクター。遅沢、宮尾に、特別出演の熊川を含む3名が回替わりで出演を予定し、これも見所となりそうだ。
Act2 Scene2では、ジェロームとアデリーヌの悲劇のパ・ド・ドゥが大きな見せ場。アデリーヌは後に処刑されるボルガル公爵の娘で、市民と貴族、ジェロームとの身分違いの愛と罪悪感の狭間で揺れ動き、やがて精神を病んでいく。アデリーヌ役の島村彩はジェローム役の石橋奨也と視線を合わせることなく、放心状態のままリフトで掲げられる。心を失っていく様が痛々しく、ドラマティックであるがゆえに大きな哀れみを誘う。
最後に披露されたのは、革命の頂点と代償を描くクライマックスAct2 Scene5。ギロチンで公開処刑にかけられる貴族と、銃に倒れる人々。群舞の歓喜の踊りは荒々しく熱気に沸き、フィリップの山本とジャンヌの岩井は民衆の雄となる。人々の中に希望が生まれるが、その影には多くの血が流されてきた。岩井が葛藤を振り切り、山本と共に未来を見据えようとする姿が印象に残った。

アデリーヌ役の島村彩と、ジェローム役の石橋奨也 © 堀貴文

ジャンヌ役の岩井優花、 フィリップ役の山本雅也 © 堀貴文
『パリの炎』の時代から長い時を経てなお、フランスではデモが盛んに繰り広げられ、昨今は日本でもデモが各地で頻繁に起こっている。そんななか、今の日本で本作を上演する意義を宮尾は語る。
「初演は革命を描き、次のボリショイのヴァージョンは革命の成功と悲劇を描いた。僕のヴァージョンは悲劇。なぜ僕はこんなにも悲劇を色濃く描くのか。僕は戦争を知らないけれど、原爆の落ちた国で、その悲惨さを伝え続けている国に生まれ育ち、その悲劇を伝え続けるDNAがあるのではないか。その中で救いとは何かというと、僕の中では愛。ジェロームとアデリーヌの愛、フィリップとジャンヌの愛、マリー・アントワネットとルイ16世の愛を儚く描くことで、その愛が美しくお客さまに捉えてもらえたらいいなと思っています。
史実ものであり、いろいろなメッセージ性もあるけれど、何よりバレエが超えていかなければいけないのは、言葉にならない、理屈ではないものを伝えること。音楽、照明、衣裳の力、何よりダンサーが出すエネルギー。最終的には何も考えずに、何かすごいものを観た、と思っていただきたい」
主要キャストは回替わりの出演で、 K-BALLET TOKYOのダンサーのほか、ボストン・バレエ プリンシパルの菅井円加がジャンヌ役で、ボリショイ・バレエ プリンシパルのドミトリー・スミレフスキーがフィリップ役とルイ16世役で、マリインスキー・バレエ プリンシパルのオレシア・ノヴィコワがマリー・アントワネット役でゲスト出演を予定。5月23日に東京で世界初演を迎え、続いて大阪で上演を行う。
熊川哲也 K-BALLET TOKYO Spring Tour 2026『パリの炎』
https://www.k-ballet.co.jp/performance/2026flamesofparis.html
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