ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From Tokyo <東京>: 最新の記事

From Tokyo <東京>: 月別アーカイブ

佐々木 三重子 text by Mieko Sasaki 
[2009.09.10]

世界のスターダンサーが比類ない美と華麗な技を披露

第12回世界バレエフェスティバル
【プログラムA】【プログラムB】

世界のバレエ界のトップスターを集めて3年毎に開催される「世界バレエフェスティバル」が、回を重ねて第12回を迎えた。選び抜かれたダンサーたちが自信の演目で至芸を披露するバレエの祭典だが、これだけの規模と質の高さを誇れる催しは他にないだろう。
全幕ものなどの特別プロと並行して、【プログラムA】【プログラムB】、1回限りの【ガラ】が行われた。このうちプログラムAとBを観たが、今回も期待を裏切らなかった。両方とも3部からなり、各部それぞれ6作品ずつの、計18作品が上演された。
出演したのは、男女各20人ずつの40人。M・ルグリやG・ロマン、S・ギエム、V・マラーホフら“常連”に対して、半数近い18人が初登場という。その中にはS・ザハロワのような大物も含まれており、全員が新進というわけではないが、世代交代が進みつつあることを示しているようで、頼もしい若手の台頭を喜ぶと共に、一抹の寂しさも覚えたのである。これは、私が観た公演では、ベテラン勢がこぞって古典を“卒業”したように現代作品に向かい、若手が古典を踊っていたことにもよるのかも知れない。

【プログラムA】
 

tokyo0909a01.jpg

第1部は『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』で始まった。M・コチェトコワは軽やかな回転技を、D・シムキンはコントロール抜群の跳躍やピルエットを披露し、爽やかなデュオで開幕を飾った。次は『くるみ割り人形』より“ピクニック・パ・ド・ドゥ”。帝政ロシア時代のバレリーナの生涯を描いたG・マーフィーの異色版ということで期待したが、主にL・ダンが踊り、R・カランはサポート役。個性的な部分もあったが、これからと思ううちに雷雨で終わってしまった。『エラ・エス・アグア -She is Water』は、G・モンテロがT・ロホのために振付けたソロ作品。ボディタイツのような衣裳で仰向けに寝ていたロホが原生物のようにうごめき踊った前半と、上から下りてきたワンピースを着て、裾をひらめかせてしなやかに舞った後半の対比が生きた。また、波紋を思わせる照明は神秘性を湛えていた。『コッペリア』ではA・コジョカルとJ・コボーが鮮やかなテクニックを披露。特に前者は長い片脚バランスを保ち、つま先立ちのままアチチュードからアラベスクへ移るなど、ポアントの妙技が卓越していた。
第2部の幕開けは『ジゼル』。初登場の上野水香が第2幕のパ・ド・ドゥを踊ったが、相手役のM・ガニオがユリの花を抱えて現れる所から始まり、かなり長く続いた。ガニオの優雅で柔らかい足運びはさすがだったが、跳躍後の着地で少し乱れたのが残念。上野はしっとりと情緒をこめて踊ったが、緊張のためか、どこかぎこちなかった。
S・ギエムは、近年好んで取り上げている振付家R・マリファントの『クリティカル・マス』をN・ル・リッシュと踊った。少しの隙もない緻密な作舞で、左と右から現れた二人は、四角く照らされた床の上で互いに引き合い、相手の体に覆いかぶさり、巻きつくといった動作を繰り返しながら、次第に激しさを増していった。実に緊張をはらんだ舞台だった。

tokyo0909a02.jpg tokyo0909a03.jpg tokyo0909a04.jpg
tokyo0909a05.jpg

A・ルテステュとJ・マルティネスは、マルティネスが振付けた『天井桟敷の人々』の中の踊りを発展させた『スカルラッティ・パ・ド・ドゥ』を披露。ピアノの生演奏にのせて、緩やかなデュオから、やがて解放的なジャンプや回転へと流れる。一遍の詩のようでもあった。『ディアナとアクティオン』では、X・レイエスと組んだJ・カレーニョが、しなやかなジャンプで健在ぶりを示した。第2部の最後は、ノイマイヤーの『オテロ』よりのパ・ド・ドゥ。T・ボァディンは妻への愛と疑惑に揺れ動くオテロの心を、H・ブシェは夫に素直に寄り添おうとする妻のひたむきさを、切なくも官能的に伝えて感動を誘った。オテロが腰にまいた布の使い方が効果的で、ペルトの音楽も心にしみた。
第3部。まず、ノイマイヤーの『椿姫』より第1幕のパ・ド・ドゥをA・デュポンとM・ルグリが感情豊かに踊った。ただ、ルグリは年上の女性に甘える、うぶな青年には見えない。彼には終幕のパ・ド・ドゥが合っているようだ。『フォーヴ』は、マイヨーがB・コピエテルスとG・ロマンのためにドビュッシーの〈牧神の午後への前奏曲〉に振り付けた作品で、ベジャールの一周忌に当たる2008年、ローザンヌで初演された。扉のような箱が割れて、赤い内側から二人の体の一部がのぞく冒頭から衝撃的。男は野性的な素振りをみせ、女を操るように扱い、対称的に踊ったりもするが、女のほうも男の背に飛び乗ったり、男を刺激する。やがて官能を極める様をロマンはリアルに伝えた。それにしても、コピエテルスの長い脚はまぶしいほど魅惑的で、饒舌といえるほど表現力があった。
S・ザハロワはA・ウヴァーロフと組んで『白鳥の湖』より“黒鳥のパ・ド・ドゥ”を踊った。彼女の脚も長くて美しく、耳の横まで軽くあがるほど体が柔らかい。フェッテはシングルだったが、その気品に満ちた完璧な踊りは舞台を制した観があった。ウヴァーロフもスケールの大きな跳躍をみせ、ザハロワを高くリフトしたまま回ってみせもした。D・ヴィシニョーワとV・マラーホフは、M・ビゴンゼッティの『カジミールの色』を踊った。黒と黄など、異なる色の布をはぎ合わせたようなパンツで、手をつないだままもつれるように踊ったり、単独で踊ったりと、コントラストを利かせた構成だった。P・セミオノワとF・フォーゲルは、『マノン』より“寝室のパ・ド・ドゥ”で、初々しい幸福感を表出した。トリはもちろん『ドン・キホーテ』。N・オシポワは、ダブルを入れた乱れのないフェッテが見事だった。L・サラファーノフは片手で軽々とオシポワをリフトし、スケールの大きなジャンプや変化をつけたピルエットを鮮やかにこなした。
(2009年8月1日、東京文化会館)

tokyo0909a06.jpg tokyo0909a07.jpg tokyo0909a08.jpg

【プログラムB】

[プログラムA]で、次から次に超人的な技やドラマティックな表現に接した後では、ダンサーには申し訳ないが、“普通のすごさ”ではもう驚かなくなってしまっていた。
Bプロ の第1部で強烈な印象を残したのは、P・セミオノワとF・フォーゲルが踊ったR・ザコヴィッチの『アレクサンダー大王』。アレクサンダーとロクサネの出会いと愛を描いたパ・ド・ドゥだが、互いに激情をぶつけ合い、燃え上がらせていく様を濃密に演じて鮮烈だった。腰に巻いた黒い布がひらめくと、二人の情熱が増幅されるようにも映った。上野水香はD・マッカテリと組んで“黒鳥のパ・ド・ドゥ”を踊った。上野はチラッと王子を見やる目線にも気配りし、片脚バランスも良く、フェッテではダブルも入れた。ただ、手先の動きが変に作りすぎたよう思えた時があり、気になった。マッカテリは柔らかなマネージュを見せていた。会場を沸かせたのは『パリの炎』。可憐さが匂い立つM・コチェトコワは、柔らかなポアントワークや律動的な回転技を披露。D・シムキンは驚異的な回転数のピルエットや、空中での鮮やかな開脚やダイナックなジャンプにひねりを加えた着地で喝采を浴びた。シムキンの、超絶技巧は見せても、型を崩したりしない姿勢にも感心した。

tokyo0909a09.jpg tokyo0909a10.jpg tokyo0909a11.jpg

第2部でまず興味を引いたのは、フォーサイスの『スリンガーランド・パ・ド・ドゥ』。裾にワイヤーを入れた帽子の形のような短いチュチュを着たA・ルテステュがJ・マルティネスと組み、古典のスタイルに微妙なアレンジを加えたような振りを、ロボットのように正確に踊っているような印象を受けた。マーフィーの異版『白鳥の湖』より第3幕の舞踏会の場では、オデットのR・ローリンズと王子のR・カランのしっとりとしたデュオに割って入ったロットバルト男爵夫人のL・ダンが熾烈な競争意識を余すことなく伝えていた。S・ギエムとN・ル・リッシュはマッツ・エックの『アパルトマン』より“ドア・パ・ド・ドゥ”で、男と女の身近なやりとりを、どこかほのぼのと、そしてさらりと演じた。A・デュポンとM・ルグリは『ベラ・フィギュラ』で、細部まで緻密に組み立てられたキリアンの振りを滑らかに踊りつないで余韻を残した。

tokyo0909a13.jpg

第3部では、D・ヴィシニョーワとV・マラーホフが、プレルジョカージュの『ル・パルク』より “解放”のパ・ド・ドゥを取り上げた。恋愛の最終段階の作用を表わしたそうだが、もつれ合ったまま床をころげ、口づけをしたまま踊るなど、次元の異なる官能性を匂い立たせた。『エスメラルダ』では、T・ロホが高らかに脚を振り上げ、長いこと片脚バランスを保ち、フェッテでは事もなげに4回転を入れるなど、パートナーのF・ボネッリの妙技が薄れて見えるほど、圧倒的な強みを示した。クランコの『オネーギン』より第3幕のドラマティックな別れのパ・ド・ドゥでは、F・バランキエヴィッチが分別をまとった渋い演技に激情をのぞかせていたのが新鮮に映った。M・アイシュヴァルトは、理性とオネーギンへの思いに揺れる心を、体の内からしっととり滲ませてみせた。締めくくりの『ドン・キホーテ』では、S・ザハロワが脚の美しさを誇示するように高く振り上げ、典雅なジャンプを披露。ダブルを入れたフェッテで後半やや安定感に欠けるところがあったが、崇高とでも形容したい演技で魅了した。A・ウヴァーロフは、彼女を引き立てるように、ダイナミックなマネージュやリズミカルな回転技で応じていた。
両方のプログラムを鑑賞し終わって、バレエの世界でも、スポーツの世界同様、目覚ましい技術の進歩を実感した。だがそれ以上に、バレエの世界の奥深さを思った。完成度の高い古典作品でも、ダンサーによって現代の息吹を吹き込むことができると示してくれたし、多様な現代作品は、それが物語バレエであれ観念的なバレエであれ、身体芸術や身体表現の計り知れない可能性を提示してくれた。そのような貴重な“現場”に立ち会えたことを、素直に喜びたい。
(2009年8月10日、東京文化会館)

tokyo0909a12.jpg tokyo0909a14.jpg