躍動する民俗舞踊とギロチン、革命の鮮烈な悲劇を描いた宮尾俊太郎振付『パリの炎』、K-BALLET TOKYO
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ワールドレポート/東京
関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi
K-BALLET TOKYO
『パリの炎』宮尾俊太郎:演出・再振付、ワシリー・ワイノーネン:原振付
『パリの炎』は1932年11月7日、ロシア革命15周年を記してサクトペテルブルクで初演された全4幕。振付はワシリー・ワイノーネン、音楽はボリス・アサフィエフ、台本はニコライ・ヴォルコフ、ウラジーミル・ドミトリエフ。オリジナルキャストはワフタング・チャブキアーニ、オルガ・ジョーダン、ニーナ・アニシモフ、ナタリヤ・ドゥジンスカヤ、コンスタンチン・セルゲイエフ。
2008年には、当時、ボリショイ・バレエの芸術監督だったアレクセイ・ラトマンスキーが全2幕に改訂振付を行って上演。2017年のボリショイ・バレエの日本公演で上演している。2013年にはミハイロフスキー劇場バレエの首席バレエ・マスターだったミハイル・メッセレルが、ワイノーネンの原振付を復元しつつ全3幕で上演。2019年には日本公演で上演している。

プロローグ 山田 博貴 ©︎言美歩
初演のワイノーネン版の主人公は農民の娘ジャンヌとその兄のジェロームだが、ラトマンスキー版はここに、好色なポルガル侯爵の娘アデリーヌと義勇軍の兵士フィリップを加えた。そしてジャンヌとフィリップが愛し合い、ジェロームとアデリーヌは身分違いの恋に陥る。ジェロームは、フィリップ、ジャンヌとともに義勇軍の進撃に加わるのだが、アデリーヌとの身分違いの恋が革命の中で悲劇的結末を迎える。
今回、初演された宮尾俊太郎振付によるK-BALLET TOKYOの『パリの炎』(全2幕)は、上記のラトマンスキー版の人物構成を継承しつつ、若き日のナポレオン(山田博貴)やロベスピエール(遅沢佑介)、ルイ16世(栗山廉)とマリー・アントワネット(木下乃泉)といった歴史上の実在の人物を登場させてドラマを作っている。
そして宮尾版『パリの炎』は、ジャンヌ(日髙世菜)とフィリップ(ドミトリー・スミレフスキー)、ジェローム(石橋奨也)さらにナポレオンも義勇軍に加わって、「ラ・マルセイエーズ」が高らかに歌われ、高揚感がみなぎり、パリへと進撃していく。
パリの宮殿では、豪華な衣裳を纏ったマリー・アントワネットとルイ16世によるグラン・パ・ド・ドゥが踊られる。ゆったりとして繊細、高貴さが輝く王侯らしい踊りだった。2人の幼い皇子も姿を見せる。しかし、栄華を極めているようであるが、背後には王制打破を叫ぶ義勇軍の軍靴の響きが迫っている。
やがてパリの広場に集結した義勇軍は、革命成就への情熱に燃え、過激な革命家ロベスピエールの下、マルセイユやオーヴェルニュやバスクなど各地の民俗舞踊を力強く踊る。そして三色旗が縦横に打ち振られ、義勇軍は宮殿に突入する。父のポルガル侯爵(鴻野寛太)が拘束され連行されると、アデリーヌ(島村彩)は正気を失う。華麗な貴族文化の頂点に立っていたルイ16世とマリー・アントワネットは捕らえられ、幻想と現実を行き来する悲しみのパ・ド・ドゥを踊る。
やがて、パリの広場にはギロチンが設置され、まず、マリー・アントワネットが民衆の好奇の眼に曝されて刑場のつゆと消える。そして無人となった刑場に聳え立つギロチンを背景にジャンヌとフィリップは勝利の、しかし重い現実を受け止めながら愛を確かめ合う、心に沁みるようなパ・ド・ドゥを踊る。さらに2人は、革命後の最初カップルとして民衆に祝福され、晴れやかで闊達なパ・ド・ドゥを披露する。フィリップは舞台全体を大きく使って瞬発的なカプリオールの連続を見せ、ジャンヌは華麗なフェッテをスピーディに続けて革命の成功の喜びを表す。ほとんど続けて踊られるこの二つの対照的なパ・ド・ドゥは、ジャンヌとフィリップが義勇軍に参加して育んだ深い愛を表していて、観客の胸にしっかりと響くものがあった。
ギロチンをとり囲んだ民衆は、貴族による圧政からの解放と勝利に酔って、「サ・イラ(すべてうまくいく)」を歌い踊り続ける。父がキロチンへと連行れ、アデリーヌの意識はますます混濁する。民衆の狂気は、アデリーヌは貴族だ、ギロチンにかける、と囃し立てる。「サ・イラ、サ・イラ・・・」。罪のない愛する人を無理やりギロチンに送り込まれたジェローム。「これが目指してきた革命の現実なのか!」ジェロームは猛然と抗議する。しかし、フィリップは「貴族はギロチンにかけるべきだ。それが革命なのだ」と信じており、荒れ狂うジェロームを拳銃で撃ち殺してしまった・・・。虚しく横たわるジェロームの屍を越えて、義勇軍はさらに進撃を続けるのだろうか。

石橋 奨也、島村 彩 ©︎言美歩

日髙 世菜、ドミトリー・スミレフスキー ©︎言美歩
ラトマンスキー版では、義勇軍が進撃する中、ヴェルサイユ宮殿では舞踊劇「リナルドとアルミーダ」が上演されている。華麗な舞踏会も開催され、ルイ16世とマリー・アントワネットも登場し、国王も踊る。ここはおそらく民俗舞踊に対して、ヴェルサイユ宮殿が太陽王ルイ14世によるクラシック・バレエ発祥の地、と言う意が込められているのではないだろうか。宮廷は、優雅ではあるが全てが形骸化し、頽廃の匂いも漂っている。そしておそらく、他国の皇帝と仕組んだ陰謀、という歴史的事件もここに写されているのではないかと思われる。
『パリの炎』の音楽は、ロシアの優れた音楽学者でもあったアサフィエフが綿密な調査を行い、「ラ・マルセイエーズ」や「サ・イラ」などのフランス革命の時代に流行した民衆の歌、またリュリやグレトリなどのフランスの宮廷音楽をアレンジして、巧みに時代の雰囲気を捉えた音楽を作曲している。このアサフィエフの音楽とともに、民衆から生まれた民俗舞踊が躍動し、バレエを生んだ貴族文化とのコントラストが鮮明に浮かび上がるのである。
そして圧巻はやはりその民俗舞踊。2幕で踊られるロベスピエールが主導するバスクの踊りやオーベルニュの踊り、マルセイユの踊りなどが躍動し、男性的エネルギーが爆発、会場全体をを揺るがした。
ラトマンスキー版では、ボリショイ・バレエの鍛えられたキャラクターダンサーたちが中心を踊り、それぞれ民俗舞踊の特徴を表している。宮尾版は熊川哲也、遅沢佑介がロベスピエールに扮し、ダンサーたちをリードして一体感を際立たせ鮮烈に踊った。特に強烈な打楽器が鳴り響くバスクの踊りは、民衆の心を掴んで突き動かすかのようだった。

日髙 世菜、山田 博貴 ©︎言美歩

木下 乃泉、栗山 廉 ©︎言美歩
メッセレル版が復活して上演しているが、初演のワイノーネン版ではアレゴリック・ダンスが踊られている。ここではフランス革命が標榜した「自由・平等・博愛」という三つの理念をそれぞれ人格化して、超絶技巧を駆使したダンスで表現している。革命に共感した民衆の心に、フランス革命の三つの理念が定着していることを表している。初演のワイノーネン版は、革命記念日のために製作されたので、旧ソ連政府肝入りの政治的舞台と捉えられがちだが、綿密な構成と新しい表現の工夫を積極的に試みており、手放しの革命礼賛バレエではない。
宮尾版『パリの炎』は、民俗舞踊によって義勇軍と民衆が渾然となった一体感が生まれ、最後のギロチンのシーンで極点に達する。そしてアデリーヌとジェロームという愛し合う2人の若者が抹殺される悲劇が起こるが、革命のエネルギーはカタストロフィを孕みながら、さらに前進していく、というところでエンドマークが置かれていた。ラトマンスキー版ではアデリーヌが処刑されて終わるが、宮尾版では兄ジェロームのカップルは革命の動乱の中で虚しく散り、妹ジャンヌのカップルは深い愛に結ばれさらに進軍していく、という対照的な関係が描かれ、兄と妹にも断絶が現れる。
宮尾俊太郎は革命の時代の激越なドラマを全2幕にうまくまとめている。最後のシーンは少々、演劇的表現に傾いたきらいがあるが、日本人による全幕振付作品が待望される中、良い仕事をしたと思う。今後に期待を抱かせる全幕バレエであった。
(2026年5月23日、5月31日マチネ、6月7日ソワレ オーチャードホール。初日のキャストを記載)

ドミトリー・スミレフスキー ©︎言美歩

遅沢 佑介 ©︎奥田祥智
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