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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2009.07.10]

舞踊への追求心が切実だった金森穣の新作『ZONE〜陽炎 稲妻 水の月』

金森穣『ZONE〜陽炎 稲妻 水の月』
りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館、新国立劇場
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りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館と新国立劇場が共同制作した、金森穣の演出・振付による新作『ZONE〜陽炎 稲妻 水の月』が東京でも上演された。
いうまでもなく金森穣は、りゅーとぴあ舞踊部門芸術監督であり、劇場の専属カンパニーNoism 09を率いている。『ZONE〜陽炎 稲妻 水の月』は、空間を田根剛、衣裳(2部のみ)は三原康裕が担当し、金森穣、井関佐和子を含むNoism 09の12名のダンサーが踊った。
全体は3部構成となっており、バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ」を使った1部が "academic"、中島みゆきからカンツォーネ、インドネシアの民謡、シューベルト、ピアフなどの音楽による2部が "nomadic"、バッハの「フーガの技法」のコントラプンクトゥス14を使った3部が "psychic" と、それぞれにタイトルが付されている。

1部 "academic" は、「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ」の第1番ロ短調と第2番ニ短調から、サラバンドやアルマンド、クーラント、ブーレなどを選んで7つのシーンを構成している。
ダンサーは、金森穣と井関佐和子のペアを中心として、女性5人、男性5人、2組のペア、男性と女性5人ずつがそれぞれのシーンで踊る。情感やテーマ性を排し、記号化しうる乱れのない動きによる「アカデミック」な身体性を提示するダンス。金森&井関のペアが端正な存在感をみせた。この二人はラストで、光の外から踊り始め、光の中で踊り、踊りながら闇に消えていく<陽炎>を思わせるシーンも創った。

2部 "nomadic" は、舞台中央に二重のきらびやかな金糸を垂らして自由に行き来できるカーテンの前後で踊られる。ダンサーは民族衣裳風の様々な色彩が溢れる衣裳を纏い、それぞれの民俗文化的な背景を感じさせる12曲とともに踊る。舞台のどこかにいつも長老のような人物が居て、ノマディックな文化の叡智を表しているかのよう。

3部 "psychic" は、現実のスタジオ。バッハの絶筆といわれる「フーガの技法」の未完成の<コントラプンクトゥス14>が流れる中、ダンサーたちは極度の緊張に襲われている。フードを被った男が微動だにせず、背を向けたまま腰掛けている。

伝統的な訓練によってコントロールされ記号化され得るアカデミックな身体性と、解放された緊張感のない自由な身体性を対比させ、現代の舞踊芸術を構成するサイキックな身体性をイメージする、ということを試みた作品だという。
確かに、今日の日本の芸術環境の中でプロフェッショナルのダンスのカンパニー、Noismを率いて模索し格闘してきた金森の舞踊への厳しい追求心が、切実に感じられた舞台だった。
ただ、今回の作品は、近年の『Nameless Hands〜人形の家』や『NINA〜物質化する生け贄』とは異なり、ドラマ的な表現に仮託した展開はなく、イメージ的な表現を構成したもの。特に2部は美しいイメージの表現に終始し、動きに具体性が感じられなかった。その点が、鍛え抜かれたダンサーたちと金森&井関の奔放なムーヴメントを期待した私にはいささか残念だった。

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(2009年6月17日 新国立劇場 小劇場/撮影:鹿摩隆司)