ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2009.06.10]
パリ・オペラ座ガルニエでは、長年エトワールとして檜舞台を飾ったマニュエル・ルグリの引退公演『オネーギン』が話題を呼んだ。ギエムとパートナーを組んで、ベッシー、ヌレエフに育てられたオペラ座期待の若手として嘱望されていたルグリ。時が経つのはほんとに速い、「とまれ!」といったってそりゃあ無理。つぎはルグリが育てたダンサーが「ルグリ世代」とか言われて活躍することになるのだろうか・・・。名ダンサー必ずしも名伯楽にあらず、リファールやヌレエフに続いて名前が挙がることになるか。ルグリの新しいダンス人生にも注目したい。

ザハーロワは「女優バレリーナ」に成長していくだろうか

「ザハーロワのすべて」アルベルト・アロンソ『カルメン組曲』ほか
スヴェトラーナ・ザハロワ

スヴェトラーナ・ザハーロワは、比類なく美しいプロポーションと柔軟性、非の打ち所のない美貌、確かなバレエのテクニック、真摯な性格と、すべてにわたって見事にバランスが整っている。一世を風靡した全盛期のシルヴィ・ギエムほどの鮮烈なイメージはないが、おそらく現在、バレエダンサーとしてのバランスの良さでは世界一、といっても過言ではないだろう。
しかしすべてにわたって優れてはいるのだが、ザハロワらしい表現、ということになると、今後キャリアを重ねたとしても、「女優バレリーナ」と讃えられて20世紀を代表する名舞台を創ったプリセツカヤにも比することのできるダンサーに成長する、と言い切るには少々心許ない気がしないでもない。

プリセツカヤは、今日とは天と地ほども開きのあるロシア・バレエを取り巻く厳し環境の中で、グリゴローヴィチを始めローラン・プティ、モーリス・ベジャールなど超一流の芸術家たちとともに優れた舞台を創った。そして『アンナ・カレーニナ』や『小犬をつれた貴婦人』といった名作を自作自演した。ガリーナ・ウラノワが舞台を退いた後、ギエムが頭角を現すまでプリセツカヤは、バレリーナとして他の追随を許さない存在感を示していた。

ザハーロワは、日本の多くの観客にとって古典名作バレエの主役を踊るバレリーナという印象が圧倒的だろう。とりわけ、彼女が踊るオデットが舞台に描くラインの美しさは、忘れ難いものとして観客の胸に印されているはずだ。
 

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『カルメン組曲』は、ロディオン・シチェドリンがビゼーの曲を編曲しアルベルト・アロンソが振付け、プリセツカヤ自身が主演した。カルメンを題材としたバレエを創るという発想は、「わたしのバレエ人生は最後まで(‥‥)『白鳥の湖』だけで終わるのだろうか?」というプリセツカヤのの焦燥感とアーティスティックな問題意識から生まれている。実際プリセツカヤは、この『カルメン組曲』を創るために、当時、旧ソ連の国家統制による文化政策の渦中にあったボリショイ・バレエ団で、文化大臣などとの折衝に東奔西走し、大きなエネルギーを費やしている。
自身の名を冠したガラ・コンサートの中心演目に、『カルメン組曲』を選んだザハーロワは、時代は大きく異なるとはいえ、バリーナとして同じような想いをもったのかもしれない。

『カルメン組曲』は、タバコ工場でカルメンが捕まり、ホセを誘惑して脱走して・・・云々、といった物語の時系列的な展開には無関心で、カルメンという女性のイメージを、ドン・ホセ、闘牛士、コレヒドール(ホセの上官)という3人の男性と、運命を表す<牛>による象徴的表現によって描いている。
カルメンのソロ、カルメンとホセの出会いのパ・ド・ドゥ、ホセのソロ、カルメンと闘牛士のパ・ド・ドゥ、ホセ、闘牛士、コレヒドール、カルメンの4人の踊りといったシーン割りでバレエは進行し、ホセとカルメンの情感のこもった熱烈なパ・ド・ドゥがひとつのクライマックスとなる。
そして4つの椅子を使った4人に、死を表す牛=運命が登場して加わり、それぞれの間を縫うように踊り、宿命的な関係の構図を浮かび上がらせる。そして最後にホセがカルメンが刺し殺すクライマックスに至る。
カルメンとホセ、カルメンと闘牛士、カルメンとコレヒドールのパ・ド・ドゥは、コントラストをつけて踊られ、三面鏡にカルメンの異なった表情が映っているかのよう。
カルメンとホセは熱情にかられて絡み付くように踊り、カルメンと闘牛士は見得を切るポーズを繰り返すように踊る。バレエのパは使わず、登場人物の心理を音楽と共振させて表す動きで、アントニー・チューダーの舞踊表現を彷彿させるようにも感じられた。

ダンスすべては、デフォルメされた黒い牛が描かれた赤い幕の下、半円形の闘牛場の中で繰り広げられ、見えざる観客に見詰められている。そこでは、恋と死と自由のエネルギーが激しい火花をちらして、人間というものの存在のエッセンスがくっきりと浮き彫りにされた。
ザハーロワは力強い演舞だったが、表現の彫りの深さは、さらに求められなければならないだろう。ホセを踊ったアンドレイ・ウヴァーロフの自然な演技が印象を残した。
プリセツキーが改訂を加えたヴァージョンだったが、、初演された60年代の時代性を鮮明に残しながら、いささかも色褪せたと感じるところがなかった。タイプの異なるバレリーナを比較することには問題があるかもしれないが、ザハーロワのトゥループの公演を論じていて、改めてプリセツカヤという舞踊家に敬意を抱かせられる結果となってしまった。

ほかにはクラシック・バレエのパ・ド・ドゥは『海賊』『エスメラルダ』『ドン・キホーテ』『パリの炎』『ジゼル』などが踊られた。ボリショイ・バレエ団独特の躍動感を秘めた『ジゼル』を踊った、ネッリ・コバヒーゼとアルテム・シュピレフスキーのペアが光った。彼らは、ルネ・マグリットの絵画のイメージにインスピレーションを得てユーリー・ポーソポフが振付けた『マグリットマニア』も鮮烈に踊っている。ニーナ・カプツォーワとイワン・ワシーリエフの『パリの炎』もじつに生きがいい踊りで印象深かった。
コンテンポラリー・バレエはヴァラエティに富んだ作品がみられた。ザハーロワはアンドレイ・メルクーリエフとオランダ・ナショナル・バレエの振付家クシシトフ・パストールの『トリスタン』からデュエット部分を踊った。ワーグナーのオペラ音楽による雄大な愛の世界が、複雑なステップを使って振付けられている。平山素子が振付けた『Revelation』はザハーロワのソロ。平山素子らしいシャープな動きによって、生命と自然との対話を描いたダンスだったが、平山の身体とザハーロワの身体の差異が微妙な表現の変化を生んでいるようにも感じられた。
イワン・ワシーリエフが踊ったソロ『クレイジー』(セルゲイ・ボンドール振付)は、宙返りを織り込んだアクロバティックな動きで、会場を沸かせた。
Aプロのとりはザハーロワとウヴァーロフの華やかな『ドン・キホーテ』のグラン・パ・ド・ドゥ。Bプロは、パストール振付のユーモラスな表現が楽しいソロ『ヴォイス』だった。
ロシア・バレエらしい力強い表現力を秘めたクラシック・バレエと、思い切った大胆なコンセプトのコンテンポラリー・バレエが次々と登場するガラ・パフォーマンスを堪能できた公演だった。
(2009年5月1日Bプロ、5月2日Aプロ 東京文化会館)