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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2008.10.10]

デュルシネア・ラングフェルダー作、出演の『デュルシネアの嘆き』

 カナダのフランス語圏ケベック州のモントリオールを拠点として活動している、デュルシネア・ラングフェルダーのカンパニーが、『デュルシネアの嘆き』を世界初演した。
ケベックといえば、ラ・ラ・ラ・ヒューマン・ステップスなどを始めとするユニークなダンス、あるいは斬新なパフォーマンスを特徴とするシルク・ドゥ・ソ レイユを生んだ地として知られる。街中の会話でも、フランス語で喋っていると思っていたらいつの間にか英語に変わっている、といった渾然とした文化が自然 に感じられる地域である。

 デュルシネア・ラングフェルダーがテキストを書き、主演した『デュルシネアの嘆き』は、自身の名前に由来する舞台。かのセルバンテスの傑作『ドン・キホーテ』で描かれている、ドン・キホーテの理想の貴婦人、デュルシネアと彼女が同じ名前だったことから発想されている。
セルバンテスの描くデュルシネアは、物語の主人公ドン・キホーテの空想の中の騎士道世界の貴婦人であり、実在しない空想のヒロインである。その自身と同じ名前から連想されることがらを「ジグソー・パズルのように結びつけた」作品だった。
そして作者のデュルシネアによると、デュルシネアという名前は意外に少なく、むしろ犬名前にだったことが多かったとか。

 舞台には、白い人骨の見本を騎士の骨のように細工したドン・キホーテ人形と肌も露なデュルシネア自身の会話から始まり、ボッチェチェルリのヴィー ナスやアマテラスからマリリン・モンローなど男性が偶像化する女性像が次々と登場。男の妄想によって象徴化される「デュルシネアの視点」を鏡などを使っ て、表していく。ここはなかなかユニークで、単純なカリカルチャーだけではなく、名前にこだわった意味がでていたと思う。

 舞台を動き回るキャスター付きスクリーンやオブジェに映す映像、歌とダンスと芝居、日本語のセリフ、英語やそのほかの言葉の字幕付きセリフなどが 入り交じり、思わず心配になるほどのスピーディな展開でもあったが、字幕のタイミング以外は初演とは思えないくらいうまくコントロールされていた。

セルバンテスはたいへん教養のある人物で「900ページにも及ぶ著作には、世界の歴史や政治、神話、宗教からの巧みな引用で満ちあふれて」いるという。 デュルシネア・ラングフェルダーも可能な限り、この名前から連想される森羅万象を舞台に溢れさせ、最後には、ビリー・ホリディの「奇妙な果実」や9.11 事件が採り上げられていたが、そのあたりにデュルシネア自身の主張が行き着いているのかもしれない。
「近代思想へのターニングポイントになる人物」としての ”デュルシネア” を追求して、『ドン・キホーテ』の刊行された17世紀初頭よりは、遥かに混沌とした今日のイメージを浮かび上がらせようと試みたパフォーマンスだった。
(2008年9月22日、スパイラルホール、www.spiral.co.jp