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佐々木 三重子 text by Mieko Sasaki 
[2007.10.10]

東京バレエ団<ニジンスキー・プロ>

東京バレエ団が、伝説のダンサー、ニジンスキーが得意とした演目4作を並べた<ニジンスキー・プロ>を上演した。本来は<マラーホフ、ニジンスキーを踊 る>の一環として、この貴公子が全く異なる4つの役柄にどう迫るかを探る企画だったが、本人が手術のため来演できなくなったので、それぞれの演目にふさわ しい4人のゲストを招いて催したもの。

『レ・シルフィード』(振付=フォーキン)の詩人役にはシュツットガルト・バレエ団のフリーデマン・フォーゲル、『薔薇の精』(同)にはパリ・オペラ座バ レエ団のマチアス・エイマン、『ペトルーシュカ』(同)には、この2月にパリ・オペラ座バレエ団を引退したローラン・イレール、ニジンスキーが自ら振り付 けた『牧神の午後』にはボルドー・バレエ団芸術監督のシャルル・ジュドという配役。東京バレエ団のダンサーとダブルキャストを組んでいたが、牧神役は、後 藤春雄がケガをしたため、全日ジュドが踊った。

『薔薇の精』
吉岡美佳、マチアス・エイマン
『レ・シルフィード』で、フォーゲル(キャストB)の品のよい立ち姿は、空気の精たちが舞う幻想的な世界にまぎれこんだ詩人というイメージに合っていた。 宙に孤を描く脚の美しさ、つま先の柔らかさ、ふわりとした着地が際立っていた。キャストBで詩人を踊った木村和夫も、伸びやかな脚を生かしたソフトな跳躍 を見せた。ポーズの決め方もこなれてきたようだ。プレリュードを踊ったのは、小出領子(A)と吉岡美佳(B)。小出は上体の動きが柔らかく、情緒を滲ませ ていたのに対し、吉岡はいつもより表情が硬く思えた。
『薔薇の精』のエイマン(A)は、8月の<ルグリと輝ける仲間たち>の『白鳥の湖』で道化を踊り、その愛くるしい演技で一躍人気者になった新鋭だ。ピンク の衣装をまとったエイマンはとても身が軽い。軽やかに跳び、きりもみのような回転も鮮やかにこなす。細身の体を弓のようにしなわせ、なよやかに前後、左右 に揺らすと、甘美な匂いが立ち昇ってきた。柔らかな腕の動きや繊細な手先の語らいは、彼ならではのもの。何とも魅惑的な薔薇の精だった。吉岡美佳はエイマ ンの巧みなリードに導かれ、舞踏会の余韻に浸ってまどろむ少女を好演した。キャストB大嶋正樹と高村順子もよく健闘していた。

『牧神の午後』は、古代ギリシャの陶器に見られる人体の絵柄を思わせる横向きの動きやポーズを多用した振りが特色。ジュドはこの半身半獣の牧神役を踊り込 んでいるだけに、すべてカチッと決めた。物憂げな様子と本能が目覚めた状態の対比をうまく表出していたが、野性味は薄まったようだ。ニンフ役の井脇幸江 (全日)は、角張ったポーズで歩く姿も板についてきて、牧神との交感では、あやうい雰囲気をそこはかとなく醸しだしていた。

『ペトルーシュカ』で、人間の心を持つ人形ペトルーシュカを演じたイレール(A)。首をかしげ、体をひしゃげた振りからは虐げられた者の悲哀が痛ましいほ ど伝わってきた。自屋に閉じ込められ、バレリーナへの恋心や、彼女に好かれているムーア人への憤り、自分たち人形を操る非情なシャルラタンへの恐怖や憤懣 などを次々とぶちまける演技も真に迫っていた。亡霊となったペトルーシュカがシャルラタンに抗議して崩れる姿はやはり鮮烈で、そこに虐げられた者の痛みや 苦しみが凝縮されているようだった。中島周(B)のペトルーシュカも説得力のある役作りだったが、体のひしゃげ方や感情の発露など、イレールに学ぶところ があるようだ。バレリーナ(A=長谷川智佳子、B=小出領子)とムーア人(平野玲=全日)、シャルラタン(高岸直樹=全日)も、手堅くこなしていた。 以上、適材適所のゲストの人選だったが、一人のダンサーがすべてを演じ分けたらどうなるかという興味はむしろ強まった。できれば次回に期待したいところ だ。なお、『ペトルーシュカ』では管楽器が活躍するが、オーケストラ奏者がプロらしからぬミスを連発し、舞台効果を損ねたのが惜しまれた。
『ぺトルーシュカ』
ローラン・イレール、長谷川智佳子、平野玲
『牧神の午後』
シャルル・ジュド

(9月13、14日、東京国際フォーラム・ホールC)