ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関 口 紘一 text by Mieko Sasaki 
[2007.06.10]

『聖母マリアの祈り vsprs』アラン・プラテル・バレエ団

 アラン・プラテルはベルギーのフランドル地方の都市、ゲントに育ち、現在もここを本拠地として活動している。ゲントは中世には、パリに次ぐヨーロッパ第 2の都市になったくらい繁栄している。ここの聖バーフ大聖堂には、ファン・エイクの有名な祭壇画「神秘の仔羊」があることでも知られる。
プラテルがモンティヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り」を初めて聴いたのはゲントの教会で、16歳の夏だった。おそらくその時、心を引き裂くような ロマ(ジプシー)の音楽との繋がりを考え始めた、と言う。そして「当時、モンテヴェルディの『聖母マリアの夕べの祈り』全曲を口笛で吹くことができた。私 にとって、この曲は最も完璧な、信仰のための音楽のひとつである」ともいう。
プラテルはフランドルのお伽の国のようにのどかで歴史のある街で、美しいカリヨンの響きを聴きながら青春時代を過ごしたのだろう。
一方、プラテルの創った舞台は凄絶だった。
 モンティヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り」を原曲として、少人数のアンサンブルによるライヴ演奏。ジャズと古楽器演奏とロマのヴァイオリン、ソプラノ歌手で構成されている。
舞台には、白い布で作られた小山があり、その平な部分でアンサンブルが演奏し、頂上に向かってスパイラルな道のようなものがある。この小山には背後から 光りがあてられてきれいに輝くこともある。一見するとこの白い小山は、温暖化によって融けつつある氷山のようにも見えるし、なにか人間が生きることによっ て生み出す、<罪>の集積が示唆されていると思われる。
まず、舞台に登場したダンサーが大きなパンを取り出し、むさぼるように食べ続ける。もう一人のダンサーがズボンを脱いで踊りだす。踊るといってもほとん ど発作的な動きである。客席から次々とダンサーが登場し、意想外の痙攣的、発作的で強烈な動きが繰り広げられる。あるダンサーの動きが別のダンサーに転移 したり、偶然のように全体で同じような動きとなることもあるが、バラバラな理不尽な動きであり、一貫するものを見つけることはできない。
精神医学者のゲフッテン博士が残した患者の映像や、映画監督で民俗学者のJ・ルーシュが製作したアフリカの祭りでトランス状態に陥った人物の映像などに触発されて、個々のダンサーと共に創られた動きだという。
しかし、音楽は情感豊かに心に沁み入るようなメロディと溌剌とした感覚に溢れていた。音楽とダンサーたちの身体の発作は、全く異界で進行しているようだが、じつは不思議とどこかでシンクロしているように感じられた。
プラテルは、決して動きを美学的に構成しようとは思わない、と言うが、音楽と動きはフィジカルなヴィジュアルを超えて、美しく感じられた。
そして、この激しく牽強で発作的な動きが繰り広げられ、感情にうったえかける音楽が奏でられていくうちに、ダンサーたちには次第に、<宗教的な法悦>ともいうべきトランス状態がおとずれたのである。
(5月17日、オーチャードホール)