ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From Tokyo <東京>: 最新の記事

From Tokyo <東京>: 月別アーカイブ

関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2007.04.10]
列島の各地で桜が満開になりました。たけなわの宴も多いことでしょう。歌舞伎の道行は常に花の撩乱を背景に踊ら れますが、爛漫の花を見て死を想うのは、日本人だけなのでしょうか。美は消滅をすることによって輝く、あるいは生まれるものです。ダンスもまた消え去るこ とによって残る、のかもしれません。

アントニオ・ガデス舞踊団『カルメン』『血の婚礼』

 アントニオ・ガデスが還ってきた。
少しほっそりとしたが、鋭い踊り、完璧なシルエット、胸に秘めた情熱を激しく燃え上がらせる絶対的な表現力。そして唯一無二の舞台『カルメン』。
ガデスは2004年に67歳で亡くなったが、彼の舞台のすべての継承を目指すアントニオ・ガデス財団によって、新たにアントニオ・ガデス舞踊団が結成されて傑作が甦った。
  芸術監督を務め、主役カルメンを踊るのはステラ・アラウソ。名手クリースティナ・オヨスからカルメン役を受け継ぎ、日本の舞台でも何回かガデスとカルメン を踊って、鮮烈な印象を残している。17歳でガデスのカンパニーに入団し、『カルメン』はもちろん『血の婚礼』や『恋は魔術師』などを踊り、一時離れたが 94年に戻って、ガデスの最後の作品『アンダルシアの嵐』の制作にも携わっている。そのほかのガデスとともに舞台を創った多くのスタッフや踊り手が、新生 アントニオ・ガデス舞踊団に参加している。

  一方、ドン・ホセを踊ったのはアドリアン・ガリア。彼のアイドルは、アントニオ・ガデスとパコ・デ・ルシアだったというから、ガデスと共に踊った経験はな い。ところが、ガリアが『カルメン』の舞台に立っただけで、ガデスの踊る姿が彷佛とした。それだけ『カルメン』を踊ったガデスの印象が強烈に刻印されてい たからなのか、身体がひとりでに思い出そうとしているかのようにすら感じたのである。

アドリアン・ガリア

 特に、有名なラストシーンの男の業ともいうべき情動が一気呵成に放出される瞬間は、世界と自分が対等のイコールで結ばれているという完結した実感が全身 を貫いた。ホセの手に握られたナイフに付いたカルメンの赤い血こそ、彼がこの世に生きたゆるぎない証である。愛の情念に完全に忠実に生きた男の物語でも あった。
ダンスの描くラインの豊穣感では、やはり本家に一歩譲るとしても、若いガリアのホセは、スペインの美の結晶を見事に踊った、と賛歌を贈りたい。
それにしても素晴らしい演出である。リハーサル風景から始めることによって、現実と舞台の境界が消え、観客は、物語が進行している時間を一緒に呼吸する、という卓越した効果が得られた。カルロス・サウラ監督の映画とのコラボレーションから生れたアイデイアなのだろうか。



『カルメン』
アドリアン・ガリア、ステラ・アラウソ

 ガルシア・ロルカ原作の『血の婚礼』も映画でよく見られるスローモーションやストップモーションをダンス・シーンの重要なポイントに使って、舞台効果を高めている。しかし『血の婚礼』が映画化されたのは初演の6年後である。
  スペイン特有のナイフによる決闘と、対立する男の狭間に立たされる花嫁の悲劇を詠う詩。モノクロームの世界に決闘によって飛び散った鮮血の紅が、瞼の裏に焼き付けられる舞台である。
  ガデスのダンスの動きの流れに込められた重さ、人生の軌跡を描いているような渋いニュアンスといった魅力はおよばないかもしれないが、ガリアのダンスには若々しい活力と鉄壁のテクニックがあった。
  衣裳も洗練されていたしダンサーも粒ぞろいだったが、かつての人間くさい芸達者なダンサーたちが懐かしく回想される雰囲気も残っていた。じつに楽しい舞台だったが、あっという間に幕となってしまった。

『血の婚礼』
ホアキン・ムレーロ、
クリスティーナ・カルネーロ、
アドリアン・ガリア
(3月9日『カルメン』、14日『血の婚礼』 オーチャ-ドホール)