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佐々木 三重子 text by Mieko Sasaki 
[2006.05.10]

東京バレエ団《ベジャール=ディアギレフ》

東 京バレエ団が、ディアギレフの主宰したバレエ・リュスのレパートリーから選んだ三つの代表作によるプログラムと、ベジャールの振付作品三つを並べたプログ ラムを相次いで上演した。二十世紀の初頭と後半に、それぞれバレエ界に衝撃を与えた興行師と振付家に焦点を当てたこの公演は、ベジャールの生誕80年記念 シリーズの第一弾として企画されたもの。ストラヴィンスキーのバレエ音楽にフォーキンとベジャールが振付けた『ペトルーシュカ』が、それぞれのプログラム に入っていたのが注目されたが、加えて〈ディアギレフ・プロ〉では、二演目が東京バレエ団にとって初めての作品であり、さらにバレエ団のスターだった首藤 康之が退団後に初出演するなど、話題性は高かった。

〈ディ アギレフ・プロ〉は、東京バレエ団初演になるニジンスキー振付の『牧神の午後』(音楽・ドビュッシー)で始まった。水浴びにきたニンフに欲情をそそられた 牧神が、彼女の残したスカーフで自慰するという内容と、ジャンプや回転技を敢えて排し、古代ギリシャの陶器に見られる人体の横向きのポーズを連ねた斬新な 振りが、当初、論議を呼んだ作品である。牧神役の首藤は気だるい雰囲気を漂わせてはいたが、野性味は今一つ。だが、ニンフ役の井脇幸江ともども、動く彫像 のように作為的な振りをこなし、角張った動きの中に隠された好奇心を呼応させていたのはさすが。次はフォーキン振付の『薔薇の精』(音楽・ウェーバー)。 題名役の木村和夫は、芯のある、なよやかなジャンプで軽やかに舞台を動き回った。吉岡美佳は、いかにも夢見心地の乙女といった雰囲気だった。

  締めくくりはフォーキンの『ペトルーシュカ』で、これもバレエ団初演。サンクトペテルブルクの謝肉祭を舞台にした見世物小屋の人形の物語で、魂を与えられ たピエロのペトルーシュカがバレリーナをめぐりムーア人と争って殺されるというもの。題名役の首藤は、上体や腕、両膝をいびつに歪めた踊りで操られる者の 悲しみを表出し、恋心や嫉妬、小屋の主人への怨みや恐れなどを克明に伝え、操られる者の悲哀を滲ませつつ操る者の非情さを訴えた。これは、翻弄する者とい たぶられる者という、いつの世にも見られる構図であり、説得力を持って胸に迫る。それにしてもブランクを感じさせない首藤の演技だった。

バレリーナの小出嶺子は、ピンと伸ばした手先やつま先で人形振りを強調。後藤晴雄は勇ましく手足を広げてムーア人を演じたが、荒々しさは今一つ。踊り子や 御者たちが技を競うように披露した踊りは広場の賑わいを活写すると同時に、ペトルーシュカの悲劇との落差を深めてもいた。なお、そこで悪魔に扮した中島周 が見せた鮮やかなピルエットは特筆したい。
(4月9日、ゆうぽうと簡易保険ホール)

〈ベジャール・プロ〉は『ペトルーシュカ』で始まった。こちらは、祭りの時代や場所を特定せず、人形たちを青年と恋人の若い娘と友人に置きかえ、魔術師に 惑わされた青年の自己の崩壊を描いているが、すべては青年の心の内で生じる出来事として提示したところに、複雑さを増す不透明な現代に近づけたベジャール の冷徹な視点が感じられる。

右端と左端に縦一列に並んだ若い男たちと娘たちが掛け合いながら踊り始める冒頭の素朴な趣きは、彼らに混じって踊る青年と恋人と友人の無垢な仲の良さを象 徴するようだ。鏡の迷路に踏み込んだ青年が、人形の仮面をつけると鏡の中の影が増殖し、青年の心を引き裂いていく描写は、見るたびに底知れぬ恐ろしさを感 じさせる。青年はフォーキン版でムーア人を務めた後藤が演じたが、こちらのほうが合っていた。純真な状態から疑惑にとらわれ、妄想にさいなまれ、魂を抜か れて魔術師に付き従う心の揺れを的確に表現した。
若い娘の吉岡美佳、友人の木村和夫が役所をとらえた演技を見せたほか、奇抜な赤い衣装をまとった高岸直樹が、青年を操る魔術師を存在感をもって演じていた。

次は、テオドラキスの素敵な音楽にのせた『ギリシャの踊り』。地中海の空と海を映したようなブルーの背景に、黒いレオタードの女性群と白いパンツ姿の男 性群が美しいコントラストを成す。だが幕は閉じられ、黒を背景に多彩なダンスがひとしきり展開された後、フィナーレで明るいブルーを背景にした群舞が戻る と、生命の輝きが舞台を満たした。ダンサーでは、小出嶺子と中島周のペアが快活な音楽に乗って戯れるように舞い、井脇幸江と木村和夫は古典的な踊りで格調 高く踊った。ソロを務めた首藤康之は、緊張のためか最初は硬かったが、おおらかなジャンプや回転を連ねて、のびのびと踊り納めた。

最後は、上野水香の「メロディ」による『ボレロ』。淡々と踊り始めたようでいて、全体を見通して着実に高揚感を築いていった。最初のうちエネルギーを内 に込めてしまうように感じたが、もっとストレートに発散すれば、一種の凄みも加わると思う。「リズム」の男性たちの律動的な群舞が燃焼度を高めたのも印象 に残った。
(4月13日、東京文化会館)


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