ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From Tokyo <東京>: 最新の記事

From Tokyo <東京>: 月別アーカイブ

関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2005.04.10]
さて、桜花爛漫の季節となりました。花に華やぎ、ダンスに浮かれぱっなし、まことにおめでたきわが歌舞音曲人生です。ダンスのステージもまた花盛り。水ぬるみ、こころが解放されるこのシーズンに観る舞台は、思わぬ感慨も抱かせてくれることがあります。 ダンスを観ても、季節の香りにこころがうつろう、これもまた日本人、ということなのかも知れません。

●新国立劇場が石井潤の新作『カルメン』を上演

 カルメンはドン・ホセのファムファタール(運命の女)である。
瞳の奥に恋のほむらをくゆらせ、なにものにも屈せず、奔放な感情の意のままに生きるスペインの風土を象徴する魅力的な女性である。ビゼーの音楽は人間の生の深部に共鳴し、カルメンの活き活きとした情熱の自由を歌う。

カルメンに扮するダンサーは、舞台に立っただけで、その脈打つ赤い血がビゼーの曲のリズムに乗っていることを感じさせなければならない。そこから悲劇が始まるからである。

『カルメン』を舞踊作品とする場合、音楽は、シェチェドリンの『カルメン組曲』を中心にするのか、ビゼーのオペラの音楽を再構成するのか、という選択にな ることが多い。石井潤の『カルメン』は、新たな舞踊台本に従って、ロビン・パーカーがビゼーの他の曲も採り入れて構成している。

装置は、数本の銀の三角の柱を移動させて、工場や酒場などを表す。造型はスペインを街を表していると思われるが、生活感のような実感的リアリティは排除 されたモダンな感覚である。柱が滑らかに移動し照明を変化させて、舞台に生まれる様々な空間が主人公の心理を映しているようにも見えた。

振付は、テンポの速い場の転換に乗せたリズムで展開し、明解に表現されたパが組み合わされてシーンを構成し、ストーリーを語ったり、愛の宿命や主人公の暗い運命を暗示したり、と自在であった。

振付家自身語っているように、スペインのカルメンとしてではなく、『椿姫』や『マクベス』のように、カルメンとドン・ホセのドラマ----人間が生きて いくことによって生じるドラマ、人間の存在に内在するドラマ----を描いている。そうした観点から、舞踊台本による音楽の構成、現代美術的な感覚の装 置、テンポの速い振付のタッチなどによる舞台が創られている。

私は初日の酒井はな、山本隆之組を観ることができず、湯川麻美子、ガリムーリンのペアを観た。湯川は体当たり的に演じ、なかなかがんばっていた。しかし やはり、まだ主役の経験が不足しているのではないか、という気がしてしまうのは止むを得ない。ダンスはしっかり踊っているのだが、それ以外というか彼女自 身の舞台表現の部分が今一歩であった。『カルメン』というと、女優バレリーナと言われるプリセツカヤの舞台姿がすぐに目に浮かんでしまうから致し方ないの だが。

私はやはり、『カルメン』のドラマはスペインの風土と抜きがたく結びついている、そう思えてならない。闘牛もまたしかり。逆にいえば、スペインの風土自 体に人間の原初的なものが内在しているのである。だから『カルメン』は、スペインの荒野、そこに吹く風、行き交う人々に踏み荒らされたタブロー、土臭さが たち昇る場面に置いてほしかった。
(3月26日、新国立劇場中劇場)