ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2008.12.10]
昨年またかくてありけり 今年もまたかくてありなむ この命なにをあくせく 来年のみを思ひわづらふ と言いたい気分です。しかしまた「思ひわづらふ」習性はぬけそうにありませんな、命果てるまで。

新国立劇場次期芸術監督ビントレーの新作『アラジン』

 バーミンガム・ロイヤル・バレエとの兼任で、新国立劇場の次期芸術監督に決定しているディヴィッド・ビントレーの新作『アラジン』が世界初演された。『アラビアンナイト』の「アラジンと魔法のランプ」に基づく全3幕10場の大作である。
 まず、新国立劇場のダンサーをオリジナルキャストとし外国人のゲストダンサーを使わずに、作品で勝負する姿勢を明確に示したことは、特筆大書に値する。新国立劇場バレエ団の新しい展開に対する期待と、次期芸術監督の新作全幕という話題性が可能にしたことであろう。そしてこれは、牧阿佐美現芸術監督を始めとしたスタッフとダンサーたちの今日までの努力が実を結び、ビントレーの新作を世界初演できる態勢が整ったということでもあるだろう。

『アラジン』の構想は、ビントレーが06年に『シラノ・ド・ベルジュラック』を制作した際、音楽を担当したカール・ディヴィスが2000年に作曲した『アラジンと魔法使い』の音楽をビントレーに示した時に生まれた。ビントレーはこの曲を聴いて、それまで彼の中には無かった『アラジン』という作品の着想を得た。それが、『カルミナ・ブラーナ』を上演した機縁で、新国立劇場の新作となって誕生した、という。
 ディヴィスの曲は起伏に富んでおり、美しい聞きやすいメロディも多かったように思う。とりわけ、第1幕の洞窟のシーンの様々な宝石の踊りは、ビントレーの見事な振付と音楽が融合して素晴らしかった。それぞれの踊りが、響きあってじつに美しい動きの共鳴を奏で、ヴェテラン振付家の磨き抜かれた手腕が示された。
 この第1幕では、「アラビアンナイト」の世界の輝くばかりの魔術的な魅力が見事に描かれた。おそらく今後、バレエの歴史の中でも注目を集めるシーンのひとつになるかもしれない。

 しかし、2幕以降になると、ランプの精の踊りや結婚式のパ・ド・ドゥは力の入ったダンスシーンだったが、それ以外ではどうしても筋を追う展開が多くなった。もちろん、演出的工夫は随所に凝らしてあり、エンタテインメントとしてのおもしろさには事欠かなかったのではあるが・・・。
 特に気になったのは、動きは活発だったが主役アラジンのソロダンスの見せ場がなかったことである。敢えていわゆるグラン・パ・ド・ドゥの形式をとらないようにしているのかもしれないが、ソロでアピールするヴァリエーションがないと、主人公の気持ちが直接観客の胸を打つシーンがなく、どうしてももの足らない思いにさせられる。
 それはまた、クラシック・バレエであれば通常は、終盤のクライマックスに置かれる多彩なデヴェルティスマンのシークエンスが、第1幕でいきなり踊られたことにも関係あるのだろうか。ビントレーの舞踊構成は、プティパ流の古典的形式を踏襲せず新たな美学を目指しているのかも知れないのだが、私には彼の意図を感得することは出来なかった。ストーリー展開と舞踊構成の調和に検討すべき余地があるのではないか、と思う。
 ディヴィスの音楽も、やはり既成の曲であって、振付家と作曲家が刺激しあって創られた今日的な音、という印象は受けなかったのもやむを得ないことなのだろう。

 もうひとつ、アラジンが中国人であることは、登場人物のコントラストもくっきりとして物語としてはたいへんおもしろい。しかし、あまりおかしくない獅子の踊りが登場したり、ラストシーンでは「長崎おくんち」風の龍の踊りで締めくくられると、中華魂のバイタリティをのみを称揚しているように感じられる。プログラムで論じられている「アラジン中国人説」ももうひとつ不十分。それほど鮮烈には感じられなかったが、振付家の思い出の中には、中国人が活躍する「アラビアンナイト」に胸を躍らせた記憶があるのかも知れない。
 しかし、こうしたことは、英国人のビントレーの胸に刻まれたエキゾティックな中国と、われわれ日本人とではどうしても感受性に違いが出てくるのはやむを得ないところだろう。そうでなくても日本の文化は中国のコピーだと思われている面も多々あるし、この作品には<アジア>のイメージなどは無いのだから、このまま「アジア発のバレエ」といって世界に発信していくことには賛同できない。
 もちろん、種々の条件の中で創られた貴重な全幕バレエであり、そうした点を配慮すれば世界水準の作品といっても過言ではないのかもしれない。ただ、指摘すべきを指摘しておかなければ、観客としての役目も果たせないだろう。

 山本隆之と本島美和は終始闊達に踊って熱演だった、芳賀望と湯川麻美子のペアは落ち着いた安定した充実感のある踊りだった。それぞれオリジナルキャストとして、キャラクターをしっかり創って説得力のある舞台を創った。こうして日本人ダンサーが主役をはって観客を動員できることは、じつに素敵なことで将来が明るく感じられてくる。
(2008年11月15日、11月19日 新国立劇場 オペラ劇場)