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渡辺 真弓 Text by Mayumi Watanabe 
[2009.06.10]

デュポン&ル・リッシュの別れとジルベール&マルティネズの鏡の秀逸なパ・ド・ドゥ

BALLET de l’OPERA de Paris
パリ国立オペラ座バレエ
John Cranko « Onéguine » ジョン・クランコ『オネーギン』
オレリー・デュポン&ニコラ・ル・リッシュ
ドロテ・ジルベール&ジョゼ・マルティネズ

クランコの『オネーギン』と言えば、私のような年代の者にとっては、マリシア・ハイデ演じるタチアーナとリチャード・クラガンのオネーギンが不滅のペアとして記憶に深く刻まれている。この二人の名演があまりに強烈だったため、その後、他の踊り手による『オネーギン』を見るのがためらわれるほどであった。シュツットガルト・バレエ団の73年の歴史的な初来日公演を見逃してしまったのは今でも悔やまれるが、
待望の『オネーギン』を見られたのは、確か84年の再来日公演だったと思う。ハイデは、舞台に立っているだけで、強烈なオーラを放つ大プリマで、タチアーナそのものだった。クラガンのオネーギンは、影のあるニヒルなキャラクターが、女性ファンの人気を集め、クラガン・ファン・クラブが発足しそうだったのを思い出す。その時の印象は、二人の呼吸が一つになり、ステップや技巧を感じさせず、リフティングからサポートまですべてが自然。まるで演劇を見ているようなドラマティックな感動を呼び起こされたものだ。
しかし、時代は移り変わり、初演から40年以上たってようやく『オネーギン』が、オペラ座のレパートリーに加わった。かなり前から、オペラ座にふさわしい作品として上演が待ち望まれていただけに、期待を集めた公演であった。今回のパリ・オペラ座の公演では、配役により全く解釈が異なるが、それぞれの独特の役作りに説得力があり、この名作に新しい生命をもたらしたかのようであった。

ここでは、オレリー・デュポン&ニコラ・ル・リッシュとドロテ・ジルベール&ジョゼ・マルティネズの2組について紹介させていただく。

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デュポン&ル・リッシュ組は、このペアの3回目の公演日。これまで二人が共演したのを見たのは、ノイマイヤー振付『シルヴィア』と『ジゼル』の2回ほどと信じられないほど少ない。久々に、『オネーギン』でさらに成長した二大スターの共演を見られたのは幸運なことである。実際、本人たちも共演する機会を待ち望んでいたのではないかと思われるほど、踊りには喜びが溢れ、パ・ド・ドゥの醍醐味を十二分に感じさせる舞台を繰り広げていた。
第1幕の出会いの場面から、特別の化学反応とでも言ったらよいか、何かが起こりそうな気配。一見内向的なタチアーナだが、オネーギンに後ろから抱き上げられた瞬間、バラの蕾が花開くように表情がほころび、辺りの空気が一変していく。しかし、二人の気持ちのすれ違いは明白で、言いようのない距離を感じさせる絶妙な間合いはさすがである。
一転して、第1幕2場、鏡のパ・ド・ドゥは、音楽そのものが、チャイコフスキーの幻想序曲『ロメオとジュリエット』からの抜粋でもあり、『ロメオとジュリエット』をほうふつとさせるような歓喜と陶酔に満ちあふれたパ・ド・ドゥが展開される。第3幕、グレーミン公爵夫人となったタチアーナ=デュポンは輝くばかりの美しさ。そして白眉の別れのパ・ド・ドゥは、ル・リッシュ扮する半ば狂乱状態のオネーギンと、必死に熱情を断ち切ろうとするタチアーナの葛藤が壮絶で、息を呑むほどだった。二人の織りなす白熱したドラマは、かつて記憶に刻まれたクランコの世界を一瞬忘れさせ、全く別世界にいざなわれた思いがした。
当夜のオリガ役は、マチルド・フルステー、レンスキーは、マチアス・エイマン。エトワールに昇格したばかりのエイマンが勢いに乗り、踊りにも風格が増してきたのに対し、フルステーは若干線の細さを感じさせ、ペアとしてのバランスがいま一つだったのが惜しまれる。
カール・パケット扮するグレーミン公爵には、ノーブルな落ち着きがあった。

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翌日のジルベール&マルティネズ組は、このペアによる最終回の4回目。どちらもスペイン系ということもあり、ペアとしてしっくりした調和を感じさせる。興味深かったのは、マルティネズ扮するオネーギンで、謎めいた雰囲気に、時折クラガンをほうふつとさせるクールな陰影のキャラクターが、作品に悲劇的な色彩を加えていたのが独特の役作り。ジルベールとの身長差が大きいだけに、鏡のパ・ド・ドゥでは、スリリングなリフティングが見事に決まり、息の長いリフトの最後に、片手でタチアーナを掲げるという余裕さえ見せた。
ジルベールは華奢なシルエットながら、体当たりでタチアーナという大役に挑戦。まだ若いので、ところどころ演技に力が入りすぎる面があるのはやむを得ないだろう。別れの場では、渋い色合いのドレスを毅然とまとい、公爵夫人としての気品を漂わせた。いずれ経験を積み重ねることによって演技にも深みと余裕が出てくることだろう。
この日は、長身のマルティネズに合わせて、レンスキーのオードリック・ベザール、グレーミン公爵のヴァンサン・コルディエと脇も大型ダンサーで固められ、バランス的にもよかった。  
タチアーナの寝室の場面での、タチアーナの分身は、両日ともジュリエット・イレールが演じ、コール・ド・バレエも含め、新人たちの活躍ぶりが垣間みられたのがうれしい。
(2009年5月18日、19日 パリ・オペラ座ガルニエ)

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