<パリ・オペラ座 IN シネマ 2026>として1月23日から上映される『くるみ割り人形』でクララを踊ったドロテ・ジルベール(パリ・オペラ座バレエ、エトワール)に聞く
- ワールドレポート
- パリ
掲載
ワールドレポート/パリ
インタビュー=三光 洋
<パリ・オペラ座 IN シネマ 2026>として1月23日から全国の劇場で『くるみ割り人形』が上映される。主役のクララを踊ったエトワールのドロテ・ジルベールに、昨年12月8日にガルニエ宮のロージュでお話をうかがった。
----年末公演に出演中でお忙しい中、お時間を作っていただきありがとうございました。

Dorothée GILBERT © Matthew Brookes
ジルベール チャコットのお店には日本に行くたびに足を運んでいます。チャコットのブティックは日本に行くダンサーは必ず行く場所です。
----また日本に行かれるのでしょうか。
ジルベール はい、来年(2026年)の夏に行きます。日本が大好きなのです。
----どなたといっしょですか。
ジルベール ギヨーム・ディオップがいっしょです。ジル・イゾワールが企画している日本ツアーで、今から楽しみです。
----『くるみ割り人形』の収録は2023年12月16日と19日に行われていますね。
ジルベール はい。
----2年前ですね。
ジルベール あー、もう二年経ってしまったんですね。Oh, là là.(まあ、なんてこと)
----さいわい、私は12月19日の公演を見ることができました。これがその時の配役表です。クララを踊ってエトワールに任命されただけに、ジルベールさんにとってこれは大切な役ですね。あの時は大道具方のストで装置が最初から最後まで同じで、舞台も薄暗い、特別な日でした。
ジルベール ええ、2007年ですからもう18年前になります。ほんとに時間って過ぎていくものなんですね。(笑)
----ジルベールさんの抱いているクララはどんなヒロインでしょうか。E.T.A.ホフマンの原作ではヒロインの名前はクララではなくマリーとなっていて、7歳の少女です。
ジルベール 2年前に踊りましたが、何年でしたっけ。
----2023年です。
ジルベール 私はもう40歳になっていました。40歳で少女を踊る時にはカリカチュアになってしまってはだめです。それでも若かった時よりも繊細なアプローチを心掛ければ、7歳は無理かもしれませんが、12・3歳の少女を演じることはできるでしょう。
「バレエが始まる時点でのクララ」、「夢を見て世界を発見し王子に恋心を抱き、女性であることを自覚した時のクララ」、「目が覚めた後のクララ」は同じ年齢ではないでしょうね。夢を見ていて成熟したクララは25歳から30歳の女性としてイメージできます。最後には少女に戻りますけど。この成長ぶりを演技によってはっきりと見せることが大切です。
最初、くるみ割り人形をもらい、他の子供たちと遊んでいるところでは、パによって冗談を言ったり、楽しんでいるまだ子供であることを見せます。それが王子と出会ってパ・ド・ドゥになると、成長ぶりがはっきりし、グラン・パ・ド・ドゥでは踊りによって自分の個性をはっきりと見せる成熟した大人の女性に変貌します。そして最後には、もう一度雪の降る中であどけない少女に立ち返っていきます。

© Agathe Poupeney
----最後は詩情の漂う場面ですね。
ジルベール 『くるみ割り人形』は詩的であるとともに、一少女のイニシエーション(=子供が大人になるさいの通過儀礼)の旅を描いた物語です。「大人になりたい」という思いから自分の中にある大人の部分を見つけて夢を織っていきます。そういう夢を見ること自体に、大人の世界への憧れが感じられます。
----ルドルフ・ヌレエフは童話の持つ神秘的なところ、恐いところも振付にきちんと織り込んでいるように思います。両親はコウモリに姿を変えられてしまいますね。
ジルベール 悪夢ですよね。そういうところは踊っていてはっきり感じられます。ネズミの王様はクララをおびえさせます。2007年にエトワールに任命された時のエピソードをご紹介しましょう。コール・ド・バレエは(ストのために)衣裳がありませんでした。ですから、オペラ座バレエ学校の生徒たちが扮した頭の大きい小ネズミたちは練習用のチュニカ(=上着、チュニック)を着て、ばら色のショートスカートを履いていたので、可愛くてちっとも怖くなかったのです。『くるみ割り人形』は装置と衣裳が大きな役割を果たしている作品なので、兵隊たち、銃といった小道具も大事です。家族全員が大きな頭を被って登場するコウモリの場面もあって、子供なら誰でも見る悪夢がリアルに感じ取れるようになっています。巨大なネズミが出てくる、といった現実から離れた奇妙な世界ですね。大きな足と頭のあるネズミの王様やコウモリは誰もが子供のときにうなされた悪夢そのものです。

© Agathe Poupeney
----王子とドロッセルマイヤーが同一人物というヌレエフの設定は精神分析の理論を使っていますね。
ジルベール そう、フロイト理論です。でも、自分の叔父に恋するのはちょっと変な感じがしますね。もちろん、そういうことはあり得ますけれど。
ヌレエフ版が他の数ある『くるみ割り人形』と大きく違っている点は、他の版ではソリストたちが、最後になって登場してパ・ド・ドゥを踊るだけなのに対して、ヌレエフ版では私たちソリストが子供の役も踊ります。他の版では小さい女の子が踊ります。ですから、人物が物語の間に成長することはありません。私は同じダンサーが最初から踊る方が、意味があると思います。
それと、ヌレエフの他の作品と同様、『くるみ割り人形』にもプティット・バッテリー、ロン・ドゥ・ジャンブといった複雑なパが加えられています。ヌレエフ作品の中でも最もむずかしい作品です。プラスモン(Placement)、終わりのないようなドラジェ(金平糖)の精のヴァリエーション、舞台全体を使ったマネージュ、といった具合でダンサーにとって楽ではありません。踊るのはとてもきついのですが、全てがプラスモンにかかっています。どこを通って既定の場所へ行くかをきちんとしなければならず、誤魔かしはできません。アラベスクを開放してからポワントで5番のフェルメへの動きを跳躍もなしに、少しも動かないで行うのはとても難しいと感じます。この振付は「クラシックダンスの美点を結晶させた」と呼ばれることもあり、他国にはないフランス流独自のものです。細かいパがたくさんあるので、アメリカやロシアのダンサーがヌレエフの『くるみ割り人形』をきちんと踊れるかどうかはわかりませんね。ダンサーは能力の極限まで力を発揮しなければなりません。あちこちに罠があるので、常に神経を集中していないと失敗します。パ・ド・ドゥも長くて複雑です。特に男性ダンサーは長いパ・ド・ドゥに続いてヴァリエーションがあり、それからようやく雪片のワルツになります。この作品は踊りの密度がきわめて高いのです。

© James Bort
----それだけむずかしい作品をジルベールさんは軽々と踊って、クララというヒロインの無邪気な少女らしさを感じさせてくださいました。
ジルベール そうなるように試みました。
----40歳を越えても身体の状態を最良に保ち、かつ人物の特徴を明瞭に表現するための秘訣はなんでしょうか。
ジルベール 練習あるのみです。途中で投げ出したらおしまいです。「40歳になったから、もうむずかしい役はやらない」と思ってしまったら、それまでです。メンタルの問題ですね。この役は16歳なら楽にできるでしょう。しかし、「厳しいけれども、私はやるわ」という精神の強靭さがあればできます。一方、マノンのような解釈や演技が求められる役なら若いころより、今の方が楽にできます。
クララのような役は、自分を励まして、「痛い思いをしてもやろう」という気持ちが必要です。練習をつづけるのを中断したらいけません。
----今回の『くるみ割り人形』再演のコーチは、どなたでしたか。
ジルベール フロランス・クレールさんでした。
----ジルベールさんはこの役をずっと踊ってきて、知悉していますが、フロランス・クレールさんから今回、アドヴァイスはありましたか。
ジルベール フロランスさんは目の前にいるダンサーに合わせて指導してくださいます。40歳のダンサーということを念頭に置いていらっしゃいました。20歳で初めて役に挑戦する若手に言うこととは違っていたと思います。私の身体の特徴を考えて、いろいろと提案してくださり、本当はそうでなくても、客席からは楽々と踊っていると見えるように導いてくれました。どんなレベルにいても、ダンスでは何よりも練習なのです。(笑)
----パートナーはジルベールさんがここ数年、しばしば相手役にしてきたギヨーム・ディオップさんでしたが、ジルベールさんから見た彼の特性は。
ジルベール 彼も私と同じように練習に打ち込むダンサーです。それに、パートナーとして安心のできる確かなダンサーです。舞台に立ったときに、リハーサルでやった通りに動き、こちらが当惑させられるようなことは全くありません。それでストレスを感じないですみ、安心して踊れます。パートナーとして優れていて、やりやすい相手です。パートナーシップの感覚に長けていて、女性ダンサーをまっすぐの位置に立ててくれ、ポルテで女性がきれいに見えるように支えてくれます。彼は『ラ・バヤデール』のソロールの代役でしたが、フランソワ・アリュが怪我したとき、本番までわずか3日間しかなかったのに、きちんと役を作り上げました。彼は代役のどの回も素晴らしい出来でした。ギヨームはしばしば他のダンサーの代役を務めていて、わずか2週間、時には1週間の準備期間だったので、私は相手役を選べるときには彼が大役を最初のリハーサルから正規のダンサーとして踊れるように指名しました。彼と1ヶ月間たっぷりリハーサルするのは私にとって大きな喜びになりました。
----ジルベールさんは彼の後見役のようですね。
ジルベール (笑)ちょっとそう言う感じになりましたね。彼は韓国ツアーの『ジゼル』で私と踊ってエトワールになりましたが、その時、彼と一緒に踊ることができてよかったと思っています。頭の良い、よく練習するダンサーで、地に足がついています。
----ジルベールさんはマチュー・ガニオさんをはじめ、他のダンサーともクララを踊っていますが、ギヨームさんはどこが違っていましたか。
ジルベール ギヨームは若々しくて、太陽のような輝きがあります。ちょっと暗い面も持ったドロッセルマイヤーですが、ユーモアがあり、滑稽なところもあります。彼と一緒に踊っていると、二人とも踊る喜びを分かち合えます。
マチュー・ガニオは私と踊る前に他の女性と何度も踊っていて、ギヨームより経験が豊かでした。彼はより成熟していたので、ドロッセルマイヤーという人物についてのヴィジョンがより広い見地に立っていました。若いギヨームにマチュー・ガニオの成熟を求めることはできません。どのダンサーも経験を積んで進歩するのですから、これは当たり前のことです。
ギヨームは踊るたびに若い息吹を私に吹き込んでくれました。私と一緒に作品を発見していきます。私は作品について知っていることを、初役の彼に伝えます。私が初めてこの役を踊ったときはマニュエル・ルグリがパートナーで、初役の私に実に多くのことを教えてくれました。コーチは別にいましたが、マニュは第二のコーチだったのです。なんて贅沢な体験だったことでしょう。(笑)かつてベテランのダンサーたちから私が教えてもらったのと同じように、今は若手に私の知っていることを伝えているのです。
----今シーズン、ジルベールさんはまずジゼルを踊り、現在トリシャ・ブラウンの『O Zlozony / O Composite』に出演されています。来年は何を踊られますか。
ジルベール アンジュラン・プレルジョカージュの『ル・パルク』、それからジョン・ノイマイヤーの『椿姫』です。椿姫はまだ踊ったことがないのです。ようやく長年の夢が叶います。そのあとが『ラ・バヤデール』、そして10月15日の『マノン』でアデューとなります。今までと変わらないペースですね。演目も変化に富んでいて、素晴らしいです。
----休みはありませんね。
ジルベール ええ(笑)。こういう風に定期的に舞台があるのはダンサーにとっていいことです。空白期間の後で舞台に立つのは大変です。いったん舞台から離れた身体をもう一度、調整するのは楽ではありません。いつも舞台に立っていれば、むずかしい作品があってもそれほど困難ではないのです。
----ジルベールさんは5歳の時、お母様がきれいな立ち振る舞いができるようにと考えてトゥールーズのダンス学校に連れて行ったのがスタートだったそうですね。
ジルベール もう少しあと、6歳か7歳だったと思います。それから36年間、本当に長い年月でした。
----10月にアデューを迎える今、どのようなお気持ちでしょうか。一度 大きな怪我をされた以外はずっと踊り続けて来られたようですが。
ジルベール 大怪我以外にも、ふくらはぎを何度も痛めました。でも大丈夫です。ふくらはぎには注意していますが、それ以外は問題ありません。いい運動療法医についてもらっていますし、お酒も飲みません。バランスの取れた食事をし、精神衛生にも気をつけています。それと23歳だった2006年、プルミエール・ダンスーズだったとき、左脚を骨折しました。骨折したあとが元に戻らないで、その部分は穴が空いたようになっていますが、周囲が固まったので問題はありません。レントゲンを撮ると、骨は灰色ですが、周囲は白くなっています。私の場合は骨折した部分に穴があり、その周囲は白いのです。再手術をしたいとは思わないので、穴があってもそのままにしてあります。いずれにせよ、自分で満足のできるキャリアを積むことができたのは運がよかったと思っています。若くしてエトワールになり、マニュエル・ルグリ、ニコラ・ル・リッシュ、ホセ・マルティネーズといった素敵なパートナーに恵まれました。こうした人々と役を何度も踊ることで、演技を深めていくことができました。それからユゴー・マルシャンが出てきて、芸術面で特にぴたりと息の合ったコンビとなりました。今、キャリアを振り返ってみて、本当に幸運だったと思います。そして今ではギヨーム・ディオップとユゴー・マルシャンという二人のパートナーがいます。「素晴らしい」としか言えません。
私生活でも素敵な夫と巡り合い、娘もいて、万事がうまくいっています。幸せでない、という状態に耐えられない性分なので、しあわせになれるように心がけてきました。何か問題があったら、そういう状態を変えるために全力を注いできたのです。

© Agathe Poupeney

© Agathe Poupeney

© 三光洋
----ジルベールさんは定期的に日本に行っていて、日本のことをよく知っておられますね。
ジルベール ええ。でも、あなたよりもよく知っているわけではありませんよ。(笑)
----日本のどんなところが気に入っておられるのでしょうか。
ジルベール どんな仕事でも完璧さを追求する、という文化に惹かれています。フランスでは社会的に評価されない職業があって、尊敬されないがために、その仕事についている人たちはきちんと職務を果たそうとしない傾向があります。たとえば、フランスでは道路掃除人には道をきれいにしよう、という気持ちがありません。一方、日本ではどの仕事でも自分の仕事に全力を尽くして完璧にしようとしています。人々が規則をきちんと守り、街も清潔です。日本以上に安全だと思える国はありません。時差ボケで寝られないで、午前3時にコンビニに一人で何か食べたいものを買いに出かけても、何の心配もありません。フランスだったら、午前3時には外に一人で出かけることはないでしょう。こわいですから。日本なら安全だと思えます。包装のように細かなことでもきちんとされていて、見た目に美しいし、手にして心地よいものです。家に入るときに靴を脱ぐ、といった細心な生活習慣が大好きです。障子や畳のある部屋が欲しいですね。日本の生活習慣は私にはすんなりと受け入れられるものです。言葉の障害さえなければ、自国以外で住みたいと思えるのは日本だけです。日本にいると本当に心地よいです。
----ジルベールさんから見て、将来が期待できるダンサーは。
ジルベール いいダンサーはたくさんいますが、男性ではロレンツォ・レッリ(スジェ)です。女性ではルチアナ・サジオロ(コリフェ)はいいダンサーですね。この二人は将来エトワールになると思います。
----ジルベールさんの踊るクララを見る日本のバレエファンに一言いただけますか。
ジルベール 日本のみなさんがこの『くるみ割り人形』を気に入っていただけますように。皆さんに期待に応えられる演技だと良いのですが。来年の夏に日本の舞台でお会いできるのを今から楽しみにしています。
記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。