オニール 八菜(パリ・オペラ座バレエ エトワール)インタビュー「2024・25シーズンを振り返って」
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ワールドレポート/パリ
インタビュー=三光洋
前シーズンの最終公演、ヌレエフ振付『眠れる森の美女』のオーロラ姫を踊ったオニール八菜に、2024・25シーズンを振り返ってお話を聞いた。
――今日は『眠れる森の美女』を中心に、2024・25年シーズンを振り返っていただきたいと思います。去年9月のシーズン開幕のガラ公演でストロマエの新作を踊られたあと『うたかたの恋(マイヤリング)』がありましたね。『うたかたの恋』が再演される可能性はありますか。
© 三光洋
八菜 わからないですね。
――もしもう一度踊るとしたら、今度は誰と踊りたいですか。
八菜 わかりません。『うたかたの恋』は物語として面白いことは面白いです。でも、踊るバレエという感じではないので、ちょっと私には物足りないところがあります。
――逆に男性のダンサーは大変ですね。
八菜 そうですね。踊っていて、ルドルフ役のためのバレエだということをすごく感じました。
――あの時はマチュー・ガニオとユゴー・マルシャンの二人が踊っていて、怪我をしてしまいました。
八菜 そうです。
――ステファン・ブリヨンは踊っても大丈夫でしたけれど。
八菜 そうでした。
――それから『パキータ』がありました。
八菜 ええ、3回踊りました。
――八菜さんの回は私は日本に行ってしまって見られませんでした。ギヨーム・ジョップの日に予約していたのですが、ストで公演そのものがなくなってしまいました。
八菜 そうだったんですか。あらあら。
――結構、休演がありました。八菜さんは2015年にスジェになった時にすでに踊られたのですね。
八菜 はい。相手はマチアス(・エイマン)でした。今でもよく覚えていますよ。
「パキータ」© Maria-Elena Buckley / Opéra national de Paris
「パキータ」© Maria-Elena Buckley / Opéra national de Paris
――今回ジェルマン・ルーヴェと踊って、前のマチアス・エイマンとどんな違いがありましたか。
八菜 確かに二人は違うことは違います。ジェルマンはピエール・ラコットさんにも気に入られて、ラコットさんが亡くなる前に指導を受けた若手二人の一人でした。ジェルマンはテクニックがあって、この作品を得意にしていますし、今回も彼と楽しくできてよかったです。
――今、マチアス・エイマンはどうしているのでしょうか。
八菜 マチアスはまだ復帰できていないので、練習にも来ていません。彼ももう38歳です。
――もう残りの年限が4年しかない、というのは寂しいです。時間の経過を感じます。彼がいないと・・・
八菜 そうですね。
――そうなると男性のエトワールはジェルマン(・ルーヴェ)、ユゴー(・マルシャン)、ギヨーム(・ジョップ)、ポール(・マルク)に頑張ってもらうしかないですね。ギヨームがいるからなんとか回っていますが、いなかったら大変だったでしょうね。
八菜 ええ。
――マチアスがもしも練習に戻ってきたら教えてください。
八菜 はい、ふふふ(笑)。
「アパルトマン」
ヴァランティーヌ・コラサンテ、リュドミラ・パリエロ とともに
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris
――その後、リュドミラ・パリエロのアデュー公演になったマッツ・エク振付の『アパートメント』がありました。八菜さんもリュドミラたちと掃除機を持って踊っていましたね。
八菜 はい。リュドミラ(・パリエロ)のアデューを一緒に踊って、楽しかったです。みんな、お友達同士のキャストだったので面白かったし、またマッツ・エクと会えたのもうれしかったです。
――裏方の人を全員舞台に上げたりして、ちょっと今までと違うアデューで、ずいぶん長くみんなが舞台にいましたね。
八菜 はい、そうでした。
――リュドミラは他にいないタイプのダンサーだったので、いなくなってしまったのは残念です。
八菜 そうですね。
――これで八菜さんの一つ上の世代は来年ドロテ・ジルベール(1983年9月25日生まれ 42歳)が引退すると誰もいなくなります。(注 ドロテ・ジルベールはその後、首脳陣と交渉し、現役の期間が延長された。)
八菜 ええ。終わりですね。アマンディーヌ(・アルビッソン 1989年1月30日、36歳)、ヴァランティーヌ(・コラサンテ 1989年3月5日 36歳)、セウン(1989年12月5日生まれ 35歳)が私(1993年1月8日生まれ 32歳)よりちょっと年上ですけれどね。
――次の世代ですね。
八菜 まあ、そうです。ふふふ(笑)。(私は)あと10シーズン踊ります。
――『オネーギン』のタチアナをリース・クラークと踊る予定でリハーサルまで行ったのに、彼の身内に不幸があったためにキャンセルになってしまったのは本当に残念でした。
八菜 はい、本当に残念でした。でも彼と練習で踊れただけでも、すごく楽しかったです。ドラマチックなバレエの中では私は『オネーギン』が一番好きなので。またやりたかった新しいバレエができたのでよかったです。面白かったです。
――八菜さんはタチアナをどんな女性とイメージされましたか。
八菜 プーシキンが書いているタチアナは、田舎でオネーギンに会った時にはまだ子供っぽいところがあったものの、都会に行って社交界の花形になるとすっかり大人の女性になる、と変貌しています。このことをはっきり出そうと思いました。
「オネーギン」© Maria Helena Buckley/ Opéra national de Paris
「オネーギン」© Maria Helena Buckley/ Opéra national de Paris
――シーズンの最後が7月の『眠れる森の美女』のオーロラ姫でしたけれど、オペラ座で踊るのは初めてでしたか。
八菜 パ・ド・ドゥは前にも何回が踊ったことがありました。通して踊るのは初めてで、フローランス・クレール先生が教えてくださいました。
――クレール先生はどういうヒロインだとおっしゃっていましたか。
八菜 うーん。(オーロラ姫の)「もちろんプリンセスですけど、何よりも若さを出しながら、世界を初めて見る、という感じを表現するように」言われました。新鮮で強い興味を持って世界を見ている感じです。
――プロローグのあとの第1幕はオーロラ姫16歳の誕生日ですね。時代は少しあとになりますけれど、19世紀からオペラ座で開かれている舞踏会(バル)に初めて参加する上流階級の令嬢(フランス語でいう「デビュタント」)の気持ちに近いといってもいいのでしょうか。まだあどけなさを残しながら、お姫様らしい気品、華やかさが求められているように思えます。
八菜 そうですね。
――7月12日の舞台を見ましたけれど、そうした王女らしいエレガンスがあるのが八菜さんの魅力だと思います。八菜さんが舞台に現れた途端に、二階席(第1バルコン)から非常に大きな声でブラヴォーと叫んでいた人がいましたね。
八菜 ふふ(笑)。あの晩はシリル(・ミティリアン 2011年からスジェ)のアデューだったので、いつもとお客さんが違っていたと思います。(注 ミティリアンの友人のダンサーたち)
――私の前の列に一つ席が空いていましたが、幕間からは係に案内されてマチュー・ガニオが入ってきて、カーテンコールでは大きな拍手を送っていました。
八菜 シリルは人を集めてお祭り騒ぎをするのが好きで、一年位前から準備していたんです。仲間のダンサーたちに自分のアデューはこの日だ、と言っていたんです。
『眠れる森の美女』は10年くらい前にコールドで踊っているんです。(少し考えて)2014年ですね。まだコリフェになったばかりでした。あっ、2013年ですね。
やっぱりデジレ王子役のマチアス(・エイマン)が素晴らしかったです。自然と目が彼の方に行ってしまいますね。
――マチアスには独特のロマンチックな雰囲気があります。彼のような不思議な香りのあるダンサーは他にはいないと思います。出てきただけで舞台が変わってしまう何かがあります。
八菜 そうですね。踊りそのものも他の人とは違うんですよね。
――コールドの一員として踊ってみて『眠れるの森の美女』という作品をどう思われましたか。
八菜 どのダンサーにとっても、とてもスケールの大きなバレエで、バレエの中のバレエです。
コールドでもずっと踊りっぱなしなんです。
――立っていて半分は舞台装置のような感じのものとは違いますね。八菜さんは7月の公演に向けて5月からリハーサルに入ったのですね。
八菜 そうです。1ヶ月半くらいの練習期間でした。
――通常よりかなり長いですね。
八菜 はい、長かったけれど、ちょうどよかったくらいの長さでした。私にはそれくらい時間が必要だったので。
――先ほどクレール先生が「若さを出してとアドヴァイスしてくれた」と言われましたが、具体的にどういう工夫をして若さを表現しようとされたのでしょうか。
八菜 若さは第1幕の鍵ですし、やはりオーロラ役にとっては第1幕が一番大変です。
――「ローズ・アダージョ」は客席で横にいたフランス人バレエ評論家が「ヌレエフはダンサーを拷問にかけようとしてあの振付をしたのじゃないかしら」と言っていたくらいむずかしいですね。
八菜 一つ一つはそれほどむずかしくないんですけれど、最初から最後までの全部を続けてやるのがむずかしいんです。
――それに場面が長いでしょう。
八菜 本当に長いですね。一番最初がむずかしくて、だんだん楽になっていきます。でも、終わると「やったー」というところは少しあります。
――デジレ王子のソロが6分間というのは破格の長さですね。ゆっくりしたテンポでヴァイオリンが演奏して、チャイコフスキーの音楽は美しいですけれど、ダンサーへの負担は大きくて、今回、八菜さんのパートナーだったジェルマン・ルーヴェも最後の1分はかなりしんどそうな感じがありました。最後に終わった時には彼としては珍しくホッとしたような表情が浮かんでいたように思えます。
八菜 ははは(笑)。
――八菜さんは前に「ヌレエフは大変だけれど、やりがいがあって私は大好きです」とおっしゃっていましたが、今回オーロラ姫を踊ってみて、どう思われましたか。
八菜 そうですね。私には他に比べるもの(ヴァージョン)がないからかもしれませんが、私はこういう振付を踊るためにオペラ座に来ましたから。これから5年以内にもう一回は踊りたい役です。今度は3回だけで、あともう2回くらいは踊りたかったです。
――次回、役が付いたら、誰と踊りたいですか。やはりジェルマンでしょうか。
八菜 信頼できるし、彼の踊りがとても好きだからやっぱりジェルマンですね。彼の踊っているのを見ると、私も踊りたいな、って思えるんです。
――客席から見ていても二人ともスラリとした長身でよく釣り合った、お似合いのカップルですね。子供の時に読んだシャルル・ペローの童話にあった王女と王子の挿絵を思い出しました。
八菜 ありがとうございます。一緒に踊っていると、うれしい気持になります。
――お互いにそう感じていることは客席にも伝わってきます。
「3回ではちょっと物足りない」と言われましたが、無事に踊り終えて、どんなお気持ちですか。
八菜 私としては、今回「最後まできちんとできた」という風には終わらなかった、と感じています。
――自分の出来に不満があるということでしょうか。
八菜 リハーサルではできていたことが、本番で決まらなかったのが心残りです。でも仕方ないですね。こうして失敗しながら、次をまた目指していくしかありません。
――何もかも上手くいくわけではないのは、どの分野でも同じでしょう。
ところで、マニュエル・ルグリが自作の『シルヴィア』のリハーサルに来て、オペラ座のダンサーたちを指導して好評でした。来シーズンもマルティネス監督はルグリにもう一度きてもらい、ニコラ・ル・リッシュにも声をかけたそうです。こうした元エトワールに再度来てもらうという方針を八菜さんはどう思われますか。
八菜 いいんじゃないですか。私自身はフロランス(・クレール)先生がいて、他の人の違う指導を受ける気持ちにはなりませんけれど。フロランス(先生)に指導されたことをまだ全部実現できているわけではないので、ずっとその方向でつづけていきます。
「ワード・フォー・ワード」
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris
――八菜さんは現在のオペラ座バレエ団の状態をどう思われていますか。外部にいると、突然ダンサーの一部によるストがあってびっくりしましたが。
八菜 私にもよくわからないんです。エトワールやソリストは他の人たちと関わる時間があまりないので。でも、今のところは多分大丈夫です。ストはないと思います。
――2027年からガルニエ宮が修復工事に入って、閉鎖されます。バスチーユ・オペラも予想外に建物が傷んでしまっているので、それから間も無くして工事があります。他の会場を使うことになるのでしょう。
八菜 どうなるんでしょうかね。もっと近くになってみないとわからないです。
――今シーズン踊っていて、これから出てきそうな若手はいましたか。何か気がついたことはありませんか。
八菜 もちろんオペラ座バレエ団は上手な人が集まっているので、出てくる人はいるでしょうけれど。でも一番感じるのは、「時代が変わったな」という思いです。
――どういうふうに変わったのでしょうか。
八菜 私たちが「素敵だな」と思うことと、彼たちが「すごい」と思うこととが、やっぱり違うのかな、と思っています。私にとって大事なのは作品が表している物語の全体です。「お芝居の仕方」とか、「脚で何を言っているか」とか。そういう、細部に私にとってのオペラ座があるんです。でも彼らは他の国のカンパニーと同じになってきちゃっているのかな、と思います。たくさん回って、すごく高く飛んで。それが一番面白いのかな、と横から見ていて思っています。もちろん、それも大事ですよ。でもそれだけじゃ、私は物足りないんです。
――バレエの舞台に何を求めるかは、観客によっても違っているようです。しかし、オペラ座のバレエの元にあるのは、フランスの宮廷バレエだと思います。贅沢な装置ときれいな衣装をまとったダンサーたちが優雅に踊るのが、ルイ王朝からの伝統なのではないでしょうか。でも、一方ではバレエの高度のスポーツとしての面を重視する観客もいます。
八菜 「カドリーユでも一人一人がやることがどれだけ大事か」ということ忘れられているのかな、と思うことがあります。オペラ座は若手の人がすごく多いじゃないですか。若いうちにもっと高く、もっと速く、ということをやりたいという気持ちはわかるんですけれど。自分より年長の人たちをお手本にする人がだんだん少なくなってきています。若い人たちが「ああ、コールドか」と言ったような気持ちでいるのが、舞台に出てしまっているように感じています。
――八菜さんが入団した頃に「伝統を感じた」というのはどんなダンサーからでしたか。
八菜 誰が、というのではなくて、全体の雰囲気が違っていました。コールド・バレエであっても、立っていてどうしたらきれいに見えるか、というようなことをみんな意識してやっていました。だから、真似をしないと、という気持ちでした。今はそこまでみんな頭が回っていない感じです。自分のことしか見ていないようです。「ここが5で、次が6」というような調子です。でも才能のある人はいます。
――間もなくパリを出られますが、いつ戻って来られますか。
八菜 練習が8月25日から始まります。
―― 9月27日のシーズン開幕ガラ公演には参加されますよね。
八菜 デフィレだけです。
――ガラの日のジゼルは誰ですか。
八菜 セウン(・パク)とジェルマン(・ルーヴェ)です。私は通常のシリーズでリース・クラークと4回やります。彼と初めてガルニエの舞台に立つのは楽しみです。
――八菜さんから見てリース・クラークはどんなダンサーですか。
八菜 とてもロイヤル・バレエという感じかな。彼とはまだ、ガラ公演でも踊ったことはありません。『オネーギン』のリハーサルを何度かやっただけです。背が高くて、とてもきれいな方です。そして踊りももちろん上手です。ユゴー(・マルシャン)よりも大きいんじゃないかしら。脚が長くて、全体的に大きいです。ふふふ(笑)
――今のオペラ座の女性では八菜さんが彼と一番合う高さということですか。
八菜 ロクサーヌ(・ストヤノフ)の方が私より高いです。でも、彼女は今回『ジゼル』は踊らないので。今回エトワールではセウン(・パク)、アマンディーヌ(・アルビッソン)、レオノール(・ボーラック)で、(エトワール以外では)マリーヌ・ガニオとエロイーズ(・ブルドン)が一回やるのかな。
――将来オペラ座の中のダンサーで組むとしたら、やはりジェルマンでしょうか。
八菜 はい。
――2025・26年シーズンの『ジゼル』後の予定は。
八菜 12月にデイヴィッド・ドーソン振付の『アニマ・アニムス』に出ます。どんな作品かは全くわかりませんが。(注 レパートリー入り)それと、まだ100パーセント決まってはいませんが、上手くいけばジェルマンとプレルジョカージュ振付の『ル・パルク』を踊ります。『ロメオとジュリエット』を初めて踊りますが、相手はまだわかりません。ジュリエットはぜひ踊りたい役の一つですし、今踊るべきです。まだ『椿姫』の配役が決まっていないので、(男性で)誰が残るかによります。最後はマッツ・エック振付『ソロ・フォー・ツー』ですが、相手は決まっていません。
――エトワールとして2シーズンが終わりましたが。
八菜 あっという間でした、たくさん踊ったので。まだ10年あるので、なるべくたくさん踊りたいですね。
――怪我だけには気をつけてください。
八菜 元気で最後まで楽しんでやっていきたいです。
――今日は貴重な時間を割いていただきまして、ありがとうございました。
(2025年7月13日インタビュー)
「パキータ」
© Maria-Elena Buckley / Opéra national de Paris
「オネーギン」
© Maria Helena Buckley/ Opéra national de Paris
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