パリ・オペラ座ダンサー・インタビュー:レオ・ドゥ・ビュスロル

ワールドレポート/パリ

大村 真理子(在パリ・フリーエディター) Text by Mariko OMURA

レオ・ドゥ・ビュスロル Léo de Busserolles(コリフェ)

男性エトワールが少ない現在のパリ・オペラ座バレエ団。ジョゼ・マルティネス芸術監督は4~5月のオペラ・バスチーユでの『ロメオとジュリエット』では、階級様々に大勢の若手ダンサーたちに役を与えた。2016年に入団した、184cmのほっそりとした長身でステージ上での存在感もあるレオ・ドゥ・ビュスロルもその一人だ。ジュリエットの父親役、そして穏やかな彼のイメージとは程遠いティボルト役の2つを好演し、演技者としても注目に値するダンサーであることを証明。もっとも、それ以前2023年に『マノン』で若いながら彼はムッシューGM役に取り組んでいる。2024年2月の来日公演の『マノン』でも配役されていたので、その彼を覚えている人もいるのではないだろうか。細く長い脚と翼のように広がる長い腕の持ち主で、それゆえエルヴェ・モローに似ていると言われることがあるそうだ。大変美しく優美に踊るダンサーである。入団後しばらくは怪我で不在がちだったが、最近は順調にステージ数を増やしている。これからの活躍を期待したいダンサーだ。

Q:『ロメオとジュリエット』では、ティボルト役とジュリエットの父親であるキャピュレット家の家長の2つに配役されています。どのようにこの異なる2つについて役作りをしたのでしょうか。

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Photography Julien Benhamou/ OnP

A:キャピュレットの家長の仕事で言えば、ティボルト役に比べると人物の輪郭を浮き彫りにすることに時間がかかりませんでした。というのも過去に『マノン』でムッシューGM役を経験したからです。この時の仕事のおかげで、立場それに支配力や権力といった世界を理解することもできました。そしてバレエのストーリーを検討し、娘の同意なしにパリスと結婚させるというジュリエットの父親としてのポジションについて僕自身の世界を築いたんです。

Q:あなたは若いので、自分の父親をイメージしてみたりしましたか。

A:いいえ、先に話したようにこうした作り上げる役についてはムッシューGMで経験し、それがとても役に立ったのです。僕より年齢が上のダンサーが通常配役される役なので、メートル・ド・バレエと歩き方について仕事をしました。ゆっくりと重く引きずるような歩き方で、まるでリュウマチ病みのように痛みのある感じに・・・。このおかげで、より威厳のある物腰を得ることができたんです。

Q:ロクサーヌ・ストヤノフとヴァランティーヌ・コラサントという二人のジュリエットとのステージでした。二人の役についての違いをどう感じましたか。

A:二人とも、すごく勢いがあったと言えますね。それぞれの演技が違うので、とても面白かったですね。ヴァランティーヌに感じたのは裏切りです。望んでもいないパリスとの結婚を父親に強いられ、二人の間に築かれてた繋がりを父が裏切った、というように・・・。ロクサーヌに感じたのは、親が結婚を強いることに対する怒り、フラストレーション。

Q:ティボルト役はあなたのイメージにしっくりと重ならないのですが、本人としてはどのように思いましたか。

A:僕自身はどちらかというとソフトなタイプ、ロマンティック系であって、彼のような怒りの人間ではない。ティボルトは衝動的であり、また、キャピュレット家という自分の一族を守ろうとする人物。それだけにこの人物像についての仕事は僕にとってチャレンジでしたけど、この役作りに浸れたことはとても有意義でした。ムッシューGM役の経験で、ティボルトという人物の心理面を理解することに役だったんです。彼は決して悪い人間ではない。計算高くもない。ファミリーの権力、栄誉を守るための義務を果たしているんです。もっとも血気盛んなので、感情に流されて衝動的な行動を取ってしまいます。例えば、舞踏会での彼の怒りですね。ここでは彼はとてもイラついてしまって・・・でも最後には恥ずかしく思うんです。というのも、それが社会的に高い位置にある人間の振る舞いではないので。

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ロメオとジュリエット(左:ティボルト役)
Photography Julien Benhamou/ OnP

Q:死後の登場シーンでは、特殊メークで登場しました。

A:こうしたメークは初めてのことでした。取り憑かれた亡霊ですね。首を切られ、血で染まって・・・この変身には僕自身も鏡で見て、かなり動転しました。でも、生命を失った人間、幽霊を演じるのに、これがとても役立つことなんですね。役についていかにその人物をクリエートするかという芸術面での仕事は大切なことです。そして舞台に出る時にタイツをはき、胴衣をつけ、そしてメークをし、よりその役を演じるのに自分はふさわしいという信憑性を感じることができるのです。そして、香水の一滴! 僕にはこれが大切なんです。役ごとにつける香りを僕は選んでいるんですよ。

Q:ということは、『ロメオとジュリエット』では2つの香りがあったということですか。

A:はい。キャピュレット家家長としてはTrudon(トリュドン)の「Absolu(アプソリュ)」を。ティボルトには Aesop(イソップ)の「Steorra(ステオラ)」。レザーの香りにお香が混じり合った強い香りです。これはとてもロング・ラスティングで、発汗とともに匂いが変化します。ステージ上で香りの変化が感じられて、より役に入り込めました。

Q:ティボルト役で剣を持っての決闘のシーンは危険ゆえに、相当な稽古時間が必要ですね。

A:そう、すごく練習が必要とされます。まずは剣のシーンの振付を正しく学び、ついで音楽! 振付のスピードと音楽を合わせ、そこに芸術面を加えるという仕事をしました。その次にパートナーとの仕事があります。この場面では二人の間にコネクションが必要です。音楽性も同じでなければならないし、また同じエネルギーも必要だと思います。僕の決闘相手のロメオは、ミロ・アヴェックとアントワーヌ・キルシェールの2名。ジュリエット役の女性ダンサーと同じように、彼らもそれぞれ音楽性、エネルギーが異なります。そうしたことも把握しておきます。

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ロメオとジュリエット(キャピュレット家の家長役)
Photography Julien Benhamou/ OnP

Roméo et Juliette (Rudolf Noureev), Roxane Stojanov L De Busserolles (c) Julien Benhamou OnP-1801.jpeg

ロメオとジュリエット
Photography Julien Benhamou/ OnP

Q:『マノン』のムッシューGM役にあなたが配されているを見たときは、比較的年齢のいったダンサーがそれまで踊っていた役なので驚きました。

A:確かに。この役は年齢のいったダンサーが踊った役だというように説明されました。
ロイヤル・バレエ団でも引退したダンサーだったり、引退真近なダンサーが配されています。役作りが必要なので芸術面で経験が求められので、僕にはとても特別な挑戦となったのです。初めの頃、僕はこの役に自分が正当だとは感じられなかった。自分の若さゆえ、居心地の悪さがありました。人物像を作り上げる役は初めてのことだし、それに初めてソリストとのやりとりも・・・。マノン役のドロテ・ジルベールとですね。彼女がどんなに素晴らしい人でも、エトワールであり、キャリアもあるダンサーですから動揺もありました。でも幸いなことに、僕はロイヤル・バレエ団のリハーサルコーチのダナ・フォラスと稽古をでき、人物作り、そしてストーリーにおける彼の存在の理解について彼女がとても助けてくれたんです。それにかなりな自由が僕に与えられたので、役柄にふさわしいように僕なりに考えました。ムッシューGMを年を取った男性ではなく、かなり裕福な比較的若い男性で、その富で欲しいものはなんでも手に入れている、というように。とても興味深い仕事となりました。

Q:名前から察するに、あなたは貴族のファミリーに属しています。こうした役柄の態度や物腰は育った環境において見慣れたものでしたか。

A:いいえ(笑)。そうした貴族階級とかは今の時代もはや歴史においてのことで・・・。でも、確かに貴族性というのは態度を生み出すのに役立ちました。それに作品の時代に入り込むのに、衣裳やカツラの存在も大きいですね。その頃を舞台にした、例えば『アマデウス』などの映画を見ることも役立ちました。

Q:この役は観客から嫌われる役ですが、それに成功したという感触がありましたか。

A:はい、そう思います。役柄をつかむことに成功したと感じました。何れにしても、それまでと違うGMの概念を観客に与えられたと思っています。

Q:この役の香水は何でしたか。

A:ジヴァンシーの「Réserve Privé(レゼルヴ・プリヴェ)」。すごく気取った香り、と僕は感じました。とても甘い香りなんです。僕の役は小さなハンカチを持っている役だったので、当時のようにハンカチにも香水を染み込ませて・・・。GMはこまめにハンカチを振っている役だったので、ステージにも香りが漂って・・・。ドロテの仕事に差し障ってはいけないと思って、香りの存在が邪魔になるか彼女に確認をしましたが、問題ないということでした。

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The Concert (後方左)
Photography Julien Benhamou/ OnP

Q:来シーズンの開幕公演が『マノン』です。この役を再び踊りたいと願いますか。

A:他の作品のオーディションの結果を待っている状態なので、まだ配役が出ていないのです。正直なところ、もしまた踊れたらとても嬉しいですね。『ロメオとジュリエット』の2つの役を経験し、役創りという点で成長したので別の観点、広がりを持って役柄を掴んでみたいと思うので。

Q:ダンスはいつ、どのように始めたのでしょうか。家族にバレエをしていた人がいたのでしょうか。

A:僕の周囲には芸術的な仕事についている人は誰もいませんでした。ダンスはごく自然に始まったことなのです。僕が終始あちこち動き回る活気に溢れる子供だったので、母がそのエネルギーを発散させる方法として、まずは音楽を学ぶことになりました。というのも、ダンスは僕には簡単なことではなかったので。ギター、ピアノを7歳くらいから10歳まで続けました。その頃に僕が暮らすトゥール市のコンセルヴァトワールで仲良しの友達がクラシックダンスを習い始めたんです。それで僕も一緒に、と。その雰囲気や学んでることがとても気に入りました。幸運なことは、トゥール市のオペラ座で『魔笛』のエキストラに僕が選ばれたんです。それで劇場の世界というのがすっかり気に入ってしまい、そこからダンスが好きになっていったんじゃないかと思います。最初の頃はあまり動きに覚えなかった情熱が徐々に形成されていったんです。

Q:パリ・オペラ座バレエ学校には何歳の時に入学しましたか。

A:11歳の時に、第四ディヴィジョンから始めました。トゥールのコンセルヴァトワール時代に初めて試してみたんですが、入学できませんでした。それは9歳の時のことで、技術の改善のために個人レッスンを受ける必要があるなどダンスのことを両親は全然知らなかったので・・・。それでパリのマダム・アラビアンのレッスンを受けることになったのです。彼女が身体的かつ技術的なキャパシティが僕にあるかどうかをまずみてくれて・・・。トゥールとパリを往復して個人レッスンを受けました。クレール・ヴァンダイクという教師が僕をフォローしてくれて、フレンチ・テクニックをコーチしてくれたんです。それで2度目のチャレンジをし、幸運にも受かったんです。

Q:入学後はすべて順調に進みましたか。

A:はい、でも第二ディヴィジョンを僕は2回やっているんです。というのも他の生徒に比べて、身体的にまだ十分に発達してなかったので。それまで一緒だった同級生は第一ディヴィジョンに上がって前進を続けているといいうのに、と、この経験はいささか精神的には複雑なものがありました。でもここはダンスの学校でより多くを学ぶためにいるのだ、と思うようにして・・・。

Q:ナンテールの寮生活ですね。こちらはうまく行きましたか。

A:寮の暮らしはすごく気に入りました。僕にとって訓練の価値というのは仕事をし、それにより望むものを得るということ。それが大切なんです。バレエ学校では常により上へとアクセスできるようになるための訓練をしていて、それが僕はとても好きだったんです。それに雰囲気も良かったし・・・。

Q:第二ディヴィジョンを2回繰り返したことはさておき、何かフラストレーションを覚えるようなことはありましたか。

A:ハイレヴェルのダンスはもちろん難しいもので、子供とはいえ身体に多くを要求しますから当然ストレスは常にありますよね、それにフラストレーションも悲しみも。でもハイレヴェルを目指す以上、そこは必ず通過するものなので・・・。入団試験には1度で受かりました。それまで支払ったことが報われ、解放が感じられました。
Q:学校時代の大きな思い出はどんなことでしょうか。

A:学校公演ですね。『光の罠』のイフィアス役。これはチャレンジでした。学校の最後の年のことで、心臓にきつい役でした。また最後の年のこと、ということもあって。学校を去る、でもその後のことはわからないという状況ですから。学校でしたすべてしたことの統合があり、感情的にも。これは思い出に残ってることです。それから学校時代のデモンストレーション(公開レッスン)も。とりわけ第四ディヴィジョンに入った最初の年のデモンストレーションは信じられない体験! ウィルフレッド・ロモリが先生でした。

Q:ガルニエの舞台の傾斜について、最初はどう感じましたか。

A:奇妙なことに、その思い出はないんです。感覚的に奇妙なものだったとは思うのだけれど・・・。学校の地下のスタジオ・リファールには傾斜があるからでしょう、きっと。それよりも僕はするべきことに集中するので精一杯でした。小さい時からステップを忘れてしまうことが恐ろしいんです。転んだりとか、失敗するといったことは心配していないけれど、振付を忘れるというのが怖くって。今の所はなく、この先もと祈っています。

Q:入団は2016年ですね。同期はどんなダンサーたちですか。

A:アンドレア・サーリ、セリア・ドゥルーイ、ジョルジョ・フーレス、シモン・ル・ボルニュと一緒です。ジョルジョとシモンはすでにオペラ座を去ってしまいましたが。

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コンクール
Photography Maria-Helena Buckley/ OnP

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コンクール
Photography Maria-Helena Buckley/ OnP

Q:2019年からコリフェですね。コンクールの自由曲は何を選びましたか。

A:『ラ・シルフィード』のヴァリエーションを選びました。課題曲は『パキータ』のヴァリエーションでした。 

Q:『ラ・シルフォード』のジェームス役はいつか踊ってみたい役ですか。

A:はい、この作品の世界はとても好きです。でもオペラ座には階級があるので、まずはソリストに上がらないことには!(笑)。もし機会があれば、ぜひ踊りたいですね。

Q:他にはどういった作品を踊りたいと願っていますか。

A:『マノン』のデ・グリュー役。これが踊れたら素晴らしい! こうしたドラマティックな作品は大好きです。『オネーギン』のレンスキー役も憧れますね。前回のコンクールでは3つの課題曲の中から、レンスキーのソロを選びました。でもベジャールの『ボレロ』も信じられない作品だし、同じくベジャールの『火の鳥』も好きな作品なんです。

Q:プリンス役を踊りたいとは思っていないですね。

A:確かに僕は身体的にはプリンス体形ですけれど、奇妙なことに・・・。ロメオ役はいっとき夢見ましたけど、難しさのあるこの役を快適に踊れるようになるには、まずは他の役を踊るという段階を踏んでゆく必要があると思うので、これはもっと後で。もちろんデ・グリユー役も難しいけれど、心臓面ではこちらの方が負担が少ないので。

Q:もうじきガルニエ宮で踊られる『椿姫』でもデ・グリュー役があります。

A:この作品はデ・グリユー役だけでなく、主役のアルマン役も夢見ますね。素晴らしいバレエですから。

Q:もしいつかアルマン役が踊れたら、香水は何をつけるでしょうか。

A:えええと・・・控えめながら、長く香りが続くものがいいですね。最近発見したLe Labo(ル・ラボ)の「Vanille (ヴァニーユ)44」は、これもお香系で繊細で、ヴァニラが肌の上でとても長く香るんです。デリケートでエレガントでもあり、このバレエに似合いそうだと思います。役ごとに香りを変えるというのはポール・マルクがそうしているというのを聞いたことからなんです。確かに、その役の世界に心理的な影響を与えることがわかりました。役の準備との係りなので、コール・ド・バレエの時には何もつけません。

Q:あなたのインスタグラム(@leodebusserolles)を見ると、とても美しいモノクロ写真を撮影していますね。写真の趣味は子供時代からでしょうか。

A:いえ、オペラ座に入ってからのことです。入団の最初の年は代役として舞台裏で座って待つというものなので、忍耐強くなければなりません。舞台裏で仲間たちをiPhoneで写真を撮り始めたところ、良い結果が得られて・・・。それで仲間たちのポートレートを撮るようになり、あるところでカメラを購入しました。携帯では得られないクオリティ高い写真が撮れます。以来、いつもソニーを持ち歩いてます。ダンサー間に信頼関係があるので、彼らは僕に対してオープンです。外のカメラマンとはそこが違いますね。

THEME ET VARIATIONS (Balanchine), Enzo Saugar, Francesco Mura, Léo de Busserolles, Isaac Lopes Gomez (c) Maria-Helena Buckley_OnP-1252.jpeg

Thème et variations (右から二人目)
Photography Maria-Helene Buckley

Q:ソリストよりコール・ド・バレエのダンサーの写真が多いですね。

A:バレエの世界ではソリストの写真をよく見るのはノーマルなことですが、コール・ド・バレエのポートレートはあまり露出がありません。でも、コール・ド・バレエのダンサーたちには各人の個性があり、各人のエモーションがあります。僕が写真で好きなのはコール・ド・バレエのダンサーたちにそれぞれのパーソナリティやソリストの面を見出だすことなんです。舞台裏が僕は大好き。観客には見ることのできない世界で、舞台上ではあらわれないとても自然なものを舞台裏で見ることができます。例えばダンサーの疲労だったり・・・。

Q:では晴天だからといってカメラを持ってパリ市内で撮影をするようなことはないわけですね。

A:ないですね。そうできたらいいのだろうけど、仕事で疲れていて・・・だから写真はオペラ座内で撮るだけです。それにパリ市内で撮影するのは、被写体がどう反応するかわからないこともあって落ち着きません。

Q:では自由な時間があるときは何をしていますか。

A:自然の中を歩くことが好きなんです。それは舞台のための充電にもなるし。時間に余裕のあるときはトゥールの実家に戻るんです。森の散歩をすることができるし、それに僕は犬も飼っているので・・。最初に飼った犬はグレイハウンド。でも、とても心配性な犬なので都会向きの犬ではありませんでした。それで、今は両親が飼っています。最近飼い始めたのは、大きな耳の小さな犬のトイ・ハスキーです。バッグにも入るサイズなので、時々楽屋にも連れてきています。あと、オペラ座のスポーツ室で時間をすごすことが多いんです。というのも、怪我を避けるための身体の準備に時間をかけているので。コリフェに上がってから3〜4年、リハーサル中に怪我をすることがとても多かった。怪我から回復してリハーサルに戻ると、また怪我をして・・と。戻るのが早すぎたことからですね。こういう状態が続き、精神的にもとても参ってしまった。それは、つまるところ僕が自分の身体を知らなかったということなんですね。怪我をしないように、正しく使うことがわかっていなかった。

Q:そういう面について、オペラ座内に指導してくれる人がいるのですか。

A:フィジカルトレーナーや理学療法士がいます。問題は僕の場合、早く戻りたいという思いが強すぎたことです。ステージが大切なので、つい早く戻らねばとなって・・・。でも、わかったんです。怪我をしたことを受け入れて、ゆっくりと仕事を再開するということを。まずは身体の言うことに耳を傾け、ダンスはそのあとのことと言うことを。

Q:いつ頃、そのように思い至れるようになりましたか。

A:5年くらい前、22~23歳の頃かな。今27歳です。今でも闘いがありますよ。例えば、朝のクラスレッスンを僕は毎日100パーセントはできないんです。大勢が最後までクラスレッスンをしますけど、僕の場合は・・・。もし朝100パーセントやって、午後に稽古、そして夜はステージということを毎日していたら、怪我をしてしまうんです。下肢の長さゆえか、あるいは骨がもともと他の人より脆いのかもしれません。今はそんなわけで、クオリティを保ちつつも、仕事のボリュームを減らし、そうすることで問題なく踊れるようになっているんです。

Q:出発に少々時間がかかったのですね。

A:ダンスで発見したこと、ダンサーのキャリアについて発見したことがあります。カンパニーに入った当時、目標はエトワール、早く階級を上がって・・と考えてました。それが僕には成功を意味することだった。でも、歳を重ね、怪我を繰り返し、精神的に成長してわかったのは、ダンサーにはそれぞれ異なるコースがあるということです。各ダンサーにそれぞれ異なるスピードがあるということです。僕の同期で言えば、アンドレア・サーリはすでにプルミエ・ダンスールです。こうしたことを受け入れるのは大切なことだと思います。パリ・オペラ座はたった1つの道しかないと想像しがちだけれど、行きたいと望むところに至るには数え切れないほどの方法があるのです。

Q:目標はエトワールですよね。

A:はい。でもエトワールというのは芸術監督の任命によるものですから、僕がコントロールできることではありません。一時期、ストレスの管理という点で、僕は自分がソリストには向かないのではないかと疑問に思ったことがありました。でも、人物像を作り上げて踊る役を得て、メートル・ド・バレエの助けもあったおかげでストレスの管理を学ぶことができて・・・自分はソリスト役を踊れる準備ができていると今は言えるようになりました。ソリスト役は気にいることで、それにより得られるセンセーションはとても強い。その幸運が得られるたびに、僕は自分を成長されることができています。

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