『ル・パルク』<パリ・オペラ座 IN シネマ 2026>で、女性ソロを踊ったアリス・ルナヴァン(パリ・オペラ座エトワール)に聞く
- ワールドレポート
- パリ
掲載
ワールドレポート/パリ
インタビュー=三光洋
----3月23日から29日までの1週間、パリ・オペラ座バレエによる映画「ル・パルク」が日本で上演されます。2021年3月9日と11日に収録ですから、それからもう5年の時間が経ちました。

© James Bort / OnP
アリス・ルナヴァン ああ、そうですね。
----アリスさんはこのシリーズで6・7回踊る予定だったのが、コロナ禍で初日から数公演がキャンセルになってしまいました。
アリス 収録は残念ながら無観客で行われました。
----『ル・パルク』はアリスさんにとって大事な作品ですね。2013年12月20日に女性のソロを踊ってエトワールに任命されたのですから。
アリス その通りです。そもそも、アンジュラン・プレルジョカージュとの出会いは私にとって決定的でした。というのも、最初にオペラ座に入団して数年、バレエダンサーとして華々しいスタートを切れなかった時に、アンジュランは彼が振付けた『メデア』に私を起用してくれたのです。予定されていたイザベラ・シャラヴォラが背中を痛めたために、アニエス・ルテステュとローラン・イレールと一緒に踊る女性ダンサーが必要になったのです。舞踊監督だったブリジット・ルフェーヴルがアンジュランに代役を自分で決めるように、と指示して、カドリーユだった私を彼が選びました。ブリジットとアンジュランはローランとアニエスという二人のエトワールに「カドリーユのダンサーがあなたたちと踊るのに問題はありますか」と聞きましたが、「アンジュランの選択ならいいです」と答えてくれました。これで私のキャリアは一変しました。
----『ル・パルク』はコンテンポラリー・バレエで最もひんぱんに上演されている作品であるだけでなく、オペラ座バレエ団の現代レパートリーの中で軸となる作品になっています。
アリス そうです。
----アンジュラン・プレルジョカージュは1980年代、エイズが猖獗を極めていてみんなが他の人との身体的なコンタクトを極端に恐れていた時、「今、フランスで恋愛はどうなっているのだろうか。」と問いかけました。これが『ル・パルク』構想の原点でした。彼はパリ・オペラ座バレエ団の出発点が太陽王ルイ14世の作った王立アカデミーだったこと、またルイ王朝時代に流行したラファイエット夫人の『クレーブの奥方』やラクロの『危険な関係』といった17・18世紀のフランスの小説、ヴェルサイユ宮殿の庭を作ったルノートルのフランス式庭園を念頭に置いて、作品を創っていきました。今、観ても、作品がとても考え抜かれて創られているのに驚きます。
アリス 全く同感です。
----あなたは何度も踊られていて、この作品を一番よく知っているダンサーだと思いますが、アリスさんから見た『ル・パルク』の魅力はどんなところにあるのでしょうか。
アリス『ル・パルク』はまだコール・ド・バレエのメンバーだった時に何度も舞台に出ていて、日本でも踊っています。エミリー・コゼットとニコラ・ル・リッシュがソリストだったと思います。何年だったかはもう記憶にありませんけれど。ソリストを最初に踊ったのはプルミエール・ダンスーズだった時で、この時にエトワールになりましたが、次のシリーズは残念なことにストライキになり、その後再度予定されていましたが、コロナが広がってしまいました。本来ならば3シリーズをソリストとして踊るはずだったのに、実際には1シリーズだけでした。
----となると、無観客で録画された映像は貴重なものですね。
アリス それは確かです。

© Yonathan Kellerma / OnP
----衣裳からしてソロの女性は貴族でしょう。最初は愛を拒んでいますが、三つの幕を経て最後には相手の男性と結ばれます。
アリス 愛を受け入れないのは、彼女自身の欲望を認めていなかったからです。それは女性が複雑な存在だからです。アンジュラン(・プレルジョカージュ)は別の説明の仕方をしたかもしれませんけれど。彼はリハーサルではそういう説明はしないのです。
私から見ると、ソロの女性は始め、愛を拒否しているというよりは、自分自身の欲望を認めていません。三つの幕での男性とのやり取りを経てそれに気づいたから、最後には愛に自分を委ねるのです。このバレエには彼女の恋愛感情の道行が描かれています。女性は(これはあくまでも私の考えですが)、すぐに相手に身をまかせません。この作品では迷ったり、引き返したりする気持ちの揺れがていねいにたどられています。舞台を見ればすぐわかりますが、男性は最初から積極的にいろいろなアプローチをしてきますが、その間に他の女性とも戯れてもいます。相手の男性に放蕩者という側面があるのを女性が怖れていると同時に、惹かれてもいます。彼の誘惑が彼女の内部に欲望を呼び覚ます、あるいは彼女自身が自分の欲望に目覚める面は否定できません。
----ソリストに対するリハーサルはどんなふうに進められたのでしょうか。
アリス 彼の振付そのものが作品の大枠を雄弁に物語っています。最初のパ・ド・ドゥは出会いを表現していて、二人の間にははっきりした距離があります。出会いの最初にはソロの男性がちょっと女性の気持ちを傷つける場面もあります。彼女が座ろうとした椅子を彼が取り除けてしまう場面です。彼が女性に対して横柄に振る舞うことで、男と女の間のゲームが始まります。ここでは二人のソリストは横に並んで踊り、誰が見ても距離があります。ダンサーが何を表現しているかは、所作そのもの、それに音楽からわかります。アンジュランの才能は音楽に振付をぴたりと重ね合わせることにあります。パと音楽の連携が強い感情をダンサーに引き起こすので、それに身を託していくだけで良いのです。私は「ここはこうしなさい」、「そこはこうしなさい」とアンジュランが言うのを聞いたことがありません。彼はダンサーの個性を明快に見抜き、尊重して動きも決めていきます。振りは音楽と彼の意図によって規定されていますが、身体の表現はダンサーの自由なのです。振付が決まっていても、ダンサーの側から提案することもできます。ですから、ちょっとした手の動きのようなソロの動きはダンサーにより厳密に同じではありません。それぞれのダンサーが自分の感受性にあった真実に最も近づけるような動きをアンジュランは探していきます。
----アンジュラン・プレルジョカージュはオペラ座が配信したインタヴュー・ビデオで「私の振付は音楽のスコアの音符のようなもので、音符を奏者が演奏するように、ダンサーが振りを踊っていきます。」と言っています。一つの曲が演奏家によって違うように、同じ作品も踊るダンサーの個性によって変わってくる、ということでしょう。
アリス アンジュランのはまさにそういうアプローチです。そのビデオは見ていませんが、私がさっき言ったことが彼の言葉とずれていなかったのでよかったです。(微笑)

© Yonathan Kellerma / OnP
----ソリストには三つパ・ド・ドゥがありますが、その最後のものが世界的に有名になりました。
アリス 彼はモーツアルト「ピアノ協奏曲23番」(イ長調 K488)の第2楽章アダージョにある空中に漂うかのような高い音を聞いて、そこでキスして男と女が一つに結ばれるイメージがすぐに目に浮かんで、それを出発点としてパ・ド・ドゥに仕立てたそうです。
----彼が音楽から受けるインスピレーションには本当に驚かされますね。優れた振付家は常に音楽に触発されて作品を創造してきましたが、アンジュランもその一人でしょう。
アリス 私もそう思います。
----アリスさんの舞台はエトワールに任命される前から何度も見る機会がありました。イリ・キリアンの『輝夜姫』は今も記憶に残っています。コンテンポラリー作品を中心に踊ってこられましたが、アリスさんにとって『ル・パルク』の女性ソロを踊ってみて、むずかしかった点がありましたか。
アリス 技術面で特にむずかしいというのではありませんが、アンジュランの振付は基本的にクラシックの動きでできています。アクロバティックな跳躍や回転がありますし、男性ダンサーにとってポルテは毎回ストレスになっています。また、最後のパ・ド・ドゥでは落ち着いて、床にしっかり裸足を着けないとダメなので、本当にむずかしいです。指を唇に当てながらディアゴナルで進む、といった部分をさりげなく、大げさにならないように演じることが大事です。これみよがしなデモンストレーションはこの作品とは無縁で、人物の情感を身体によってあくまでも自然に表現することが必要です。
男と女が出会う、といった人物同士のインティメートなやり取りがあって、パ・ド・ドゥが進めば進むほど二人の間に親密さ、二人だけのひそやかな通じ合いが濃くなっていきます。観客に見せる舞台表現でありながら、これみよがしのデモンストレーションではない。これを実現するのは簡単ではありません。今言ったようなことができないと成立しない作品なのです。
「男女のやり取りの秘めやかさ」と「観客に見せる舞台」、という相反する要請の微妙なバランスが必要で、ダンサーは瞬間、瞬間を誠実に生きるしか他に方法はありません。観客が人物の感情を感じ取るためには、ダンサーはそれを見せすぎてはならないのです。
----この作品は非常に巧みに構築されていて、カメラがズームで視点を変えるように焦点が変わるのが特徴ではないでしょうか.
アリス 全くその通りです。
----他にも多くの人たちがいる中で女性が意中の男性ソリストをチラチラ見ている箇所とインティメートな二人だけの一対一の箇所が交互に出てきます。
アリス そう、(集団とカップルの間を行き来する演出家の視点は)まさにズームのようです。もし、他のカップルに目をやった人がいたら、そこでもソリスト二人とは別の物語が進行しているでしょう。彼のバレエ作品が多元的に作られているのは本当に素晴らしいと思います。
----客席からダンサーたちの視線を辿っていくと、舞台上では複数の出会いがあるように見えます。
アリス 全くその通りです。
----ルイ王朝風の華麗な衣装と、SFに出てきそうな庭師四人の奇妙な衣装とが好対照になっているのも視覚的に舞台にメリハリを付けています。
アリス 音楽もモーツアルトから現代のオリジナル音楽になって舞台の雰囲気がガラリと変わります。
----アリスさんはこの四人の庭師は何を表していると思われますか。
アリス これは前からみんなが頭をひねっている点です。私はソロの女性の気持ちの変化を表現する存在だと思います。彼女は四人の庭師といっしょに夢を見て、庭師たちが彼女を操ります。彼女の頭の中で働きかけているのが庭師たちではないでしょうか。いろいろ考えることはできますが、彼らはいまだに謎に包まれています。私はそれほど深く考えてみたことはなかったのですが・・・。彼女の夢に出てくるわけですから、庭師たちは彼女の一部分だと思いますが、これは私の解釈です。
----彼女を導いていることは確かですね。
アリス もちろんです。
----アリスさんのパートナーはマチュー・ガニオですね。この役での彼の特徴は。
アリス 彼はとても美しい人で、この役にこれ以上ないほどピッタリしたダンサーです。パートナーとして本当に真摯で、芸術面で一体になれる相手です。こちらの演技に応えてくれて、全幅の信頼をおけます。テクニック、芸術、感情の三つのレベルのいずれでも安心して踊れます。自分を完全に委ね、踊りを分かち合うことのできる相手で、素晴らしいパートナーとしか言いようがありません。
----一緒に踊る喜びは録画された画面からも伝わってきますね。
アリス 彼がパートナーになったのはキャリアの後半です。『ル・パルク』が彼と一緒に踊った最初の作品なのです。それからはローラン・プティ、マッツ・エック、『ジゼル』とずっと彼を相手に踊りました。二人が出会えたのは、アンジュランとオーレリーのおかげです。素晴らしい出会いでした。

© Yonathan Kellerma / OnP
----アリスさんがオペラ座の舞台を去ってから、もう3年になりますね。
アリス そうですね。『ボレロ』での2度目のアデューは2023年5月でしたから。
----今のお気持ちは。すでに新しい人生がスタートしているのでしょうか。
アリス ええ。今も踊り続けていますし、引退したダンサーたちを舞台に上げるプロジェクトにも取り組んでいます。今のところ、オペラ座を引退した人たちだけですが、どのバレエ団の人でもいいのです。この企画の最初にはマリー=クレール・オスタ、マチュー・ガニオ、ジェレミー・べランガール、シリル・アタナソフが参加しました。将来はニコラ・ル・リッシュ、ヴィルフリッド・ロモリ、モニック・ルディエール、キャロリーヌ・ヴァンスといった人たちにも声をかけようと思います。時間のかかるプロジェクトですけれど、少しづつ形になってきていて、私も参加しています。それにオペラ座のアカデミーやギアナ・プロジェクトで教えています。エリザベット・プラテルに頼まれてダンス学校の代講をし、ブラジルにもいきました。オペラ座はバレエ教育を広げようとしているので、時間がある時には協力させていただいています。それに来年のピナ・バウシュ振付『春の祭典』のリハーサルに来てほしいとヴッパタール舞踊団から依頼を受けています。リハーサルの指導は初めてなので、楽しみです。
こうしていろいろなことをやって、自由な時間には6歳の息子とゆっくり過ごし、充実した日々を送っています。
----50歳代、60歳代、それ以上の年齢のダンサーたちがもう一度踊るという企画は、どのようにして生まれたのでしょうか。
アリス「ダンサーは歳を経ても踊れる」ということを見せようということではありません。芸術的な円熟を迎えた年配のダンサーに合った作品を振付家に作ってもらいます。私がコンテンポラリーダンスに目覚めたのは、NDT3やピナ・バウシュのように、経験を積んだダンサーを舞台に上げた公演に接したからです。18歳の時で、こうした舞台に心を動かされました。ですから、もうずっと踊っていなかったダンサーでも、もう一度舞台に上がってもらおうと考えています。舞台をいったん去ったダンサーが、年齢を経て何を表現するか、に関心があるのです。シリル・アタナソフが『パトリック・デュポンへのオマージュ』に出てきた時、歩いて舞台に出てきただけですが、彼のカリスマはその輝きを失っていませんでした。こうしたダンサーに舞台に出てもらうだけでなく、その姿を撮影することもプロジェクトに入っています。

© Yonathan Kellerma / OnP
----アリスさんのお話をうかがっていると、マッツ・エックの振付で彼の兄がバケツを持って、袖から中央のバスタブまで水を運んで中身を空ける、という動作をなん度も繰り返していた場面を思い出しました。
アリス ええ、私も見ていて感動しました。年配のダンサーならではの演技を撮影できたら素晴らしいだろうな、と思っているのです。身体能力のパーフォーマンスを見せるだけがダンスではないからです。それにプロジェクトの過程で、振付家と年配のダンサー、音楽家といった人々が出会う場が生まれればいいな、と思っています。
----最後に『ル・パルク』の映画を観る日本のバレエファンに一言いただけますか。
アリス この映画を楽しんでいただければ嬉しいですし、また実際の舞台でお目にかかれるのを楽しみにしています。
----今日は貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました。
(2026年2月20日 ガルニエ宮)
記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。