ショパンの曲とともにマルグリットとアルマンの愛が宿している哀感を細やかに描いた『椿姫』、ハンブルク・バレエ団
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ワールドレポート/パリ
三光 洋 Text by Hiroshi Sanko
Ballet de Hambug à L'Opéra royal de la Wollonie-Liège
ハンブルク・バレエ団 リエージュ・ワロン王立歌劇場引越公演
Ballet de Hambug
La Dame aux camélias John Neumeier
ハンブルク・バレエ団
『椿姫』ジョン・ノイマイヤー:振付

左/エドウィン・レアヴァゾフ(アルマン)、右/アンナ・ラウデール(マルグリット) © Kiran West
ハンブルク・バレエ団は1月29日から2月1日までベルギーのリエージュにあるワロン王立歌劇場において、ジョン・ノイマイヤー振付『椿姫』の引越公演を行った。ダブルキャストの五公演の初日を見た。
『椿姫』はアメリカのミルウォーキーに生まれた(1939年)ノイマイヤーが1978年11月4日にシュツットガルト・バレエ団で初演した全3幕バレエである。第2次大戦後にロマンチック・バレエに新風を吹き込んだ振付家ジョン・クランコを慕っていたノイマイヤーは、1963年にダンサーとしてドイツに渡った。余談になるが、この1963年にアレクサンドル・デュマ・フィスを原作としたフレデリック・アシュトン振付のバレエ『マルグリットとアルマン』がマーゴット・フォンティンとルドルフ・ヌレエフにより初演されている。ちなみに、原作となったデュマ・フィスの自伝的小説は1848年刊行、小説をもとに作家自らが書いた5幕演劇は1852年パリ初演。これを観劇してインスピレーションを得たヴェルディが、1853年ヴェネチアのフェニーチェ歌劇場初演の『ラ・トラヴィアータ』を作曲している。
ノイマイヤーが『椿姫』の構想を練っていた当時シュツットガルト・バレエ団の芸術監督は、クランコ作品のヒロインを踊ってきたマルシア・ハイデ(1937年生まれ)だった。すでに41歳だったハイデは肺結核により23歳の若さで病没したヒロインのモデル、マリー・デュプレシス(1824・1847)との年齢差や、3幕の長大な作品であることに最初は躊躇したようだが、破格のテクニックと優れたドラマ感覚を駆使してマルグリットを踊り、作品を成功させた。
ハンブルク・バレエ団の芸術監督を1973年から2024年まで務めたノイマイヤーは1981年2月1日に『椿姫』をレパートリーに入れた。すでに250回以上この作品を踊ってきた同バレエ団の紋章と言っても良い作品である。

上/アンナ・ラウデール(マルグリット)、下/エドウィン・レアヴァゾフ(アルマン)
© Kiran West

奥/エドウィン・レアヴァゾフ(アルマン)、手前/アンナ・ラウデール(マルグリット)
© Kiran West
プロローグはヒロインのマルグリットが亡くなった直後から始まった。パリのマドレーヌ大通りにあったヒロインの豪奢なアパルトマンで「1847年3月16日」に行われた競売である。ユルゲン・ローズの装置は十九世紀中葉のパリの住居をリアルに再現しており、マルグリットが結核で衰えていく自分の姿を映していた鏡もある。競売がすでに終わったところに遅れてアルマンが駆けこんできて、父親デュヴァルの腕に崩れ落ちる。それから、アルマンは現在と過去とを往復して、思い出が次々に脳裏に浮かんでくる。フラッシュバックの手法により、二人の出会いから最後までの心情の揺れが克明に描かれ始めた。
第1幕はパリのヴァリエテ座で始まった。マルグリットの愛読書だったアベ・プレヴォーの小説をもとにしたバレエ『マノン・レスコー』が演じられている。デュマの小説に寄り添って作品を構想したノイマイヤーはマルグリットとマノン、デ・グリューとアルマンを重ね合わせた。この時代の異なる二組の男女が時代を異にしていることは、ノイマイヤー自身が手がけた照明の光の違いによって明示された。十八世紀のマノンが登場する場面では青が基調として使われ、ロココ時代の雰囲気が広がった。
こうした写実的な書き割りの中で、ダンサーたちは一つ一つの仕草や視線に、人物の情感を託した。
第1幕の夜会では、デコルテの服を身に付けたマルグリットの剥き出しの肩の白さに向けて、アルマンの右手がそれに触れることなくそっと差し出された。ヒロインは振り返らずとも、その気配を肌で感じている。ラトビア出身のプルミエール・ソリスト、アンナ・ラウデールの大きな瞳には最初から、どことなく哀しみが宿っていた。気品のある立ち振る舞いはパリの社交人士から尊敬されたマルグリットに相応しい。対するアルマンはウクライナ出身のプルミエ・ソリスト、エドウィン・レヴァツォフが演じた。青年アルマンが、真率なあまり不器用な振る舞いになってしまう半社交界慣れしていないところを前面に出した。
マルグリットがドレスに付けていた椿の花を外して、アルマンに与える場面もきちんと織り込まれている。二人のまなざしは抑えられているものの、恋の炎がすでに燃えていた。
またマルグリットとアルマンのパ・ド・ドゥはアクロバティックなポルテが印象的だが、高度のテクニックも情熱的なドラマに密に結びついていて、二人の心情が見事に形象化されていた。
場面転換の部分では、次の場面に出る新しい登場人物たちの姿が舞台後方に綺麗な影絵のシルエットとなって見えた。そちらに観客が気を取られている間に、大道具方が不要な家具やアクセサリーを片付け、新たに必要なものを配置した。舞台袖には現在時に戻ったアルマンが立ち、かつてマルグリットの被っていた麦わら帽子を手にし、過ぎ去った夏の思い出へと引き戻されていく。こうしてドラマの流れを途切らせない細心の工夫が凝らされ、照明の色も微妙に変わって別の雰囲気が用意されて、パリの郊外で展開する第2幕が始まった。

左/アナ・トレクブラダ(プリューダンス)、右/ルイス・ハスラック(N侯爵)© Kiran West

アンナ・ラウデール(マルグリット)© Kiran West
十九世紀のパリ郊外は、ゆったりとした緑の多い空間で、後に印象派の画家たちが競って写生に出かけたところである。燦々と輝く夏の陽光の下、人々の洒落た白い衣装が目に快い。ユルゲン・ローズの衣装は洗練されていて、ノイマイヤーの舞台には欠かせない。
主役二人以外のダンサーたちも粒揃いだったことも忘れられない。マルグリットの女ともだちプリューダンス役のアナ・トレクブラダが麦わら帽子を手にして、よくしなう身体を生かしたソロで拍手を集めたのはその一例に過ぎない。
周囲がおどけた遊びに耽っている間に、マルグリットとアルマンは互いに相手の姿を追い、また自らの姿を隠したりする。二人が結ばれるところでのラウデールが髪を解く仕草は何となまめかしかったことだろう。ここで始まるパ・ド・ドゥは極めて高度のポルテでありながら、なめらかに身体が交錯し合い、繊細そのものの二人がようやく一体となった喜びにあふれていた。
ここで視点がアルマンから父のデュヴァル氏に移った。父はマルグリットと息子の仲を割こうとして田舎家にやってくるが、最初はマルグリットの差し出した手を見ようともしなかった父が、別れ際には彼女の額に接吻して去っていくまでの心の変容を、フロリアン・ポールがていねいに見せてくれた。また恋人の父に対して震えながら懇願するラウデールの姿には、ひたむきな情熱がはっきりと刻まれていた。二人の背後にはマノンとデグリューの幻影が現れ、マルグリットの脳裏にはマノンの幻影が映っていることを再度強調していた。
最後の第3幕では、父の懇請を受け入れて本当の理由を言わずにアルマンの元を去ったマルグリットがシャンゼリゼ大通りで偶然再会する。事情を知らないアルマンがマルグリットに復讐するために、彼女が連れていたオランピアを口説き落とす。その様子を実に寂しそうに見ているラウデールのまなざしには誰もが胸を突かれた。
病気が悪化してすっかり弱ったマルグリットが真紅の寝着でソファーに横たわった肢体の儚さ、そして一人で死を迎えるところは思わず目をそらしたくなった。
幕切れでは、女中ナニーナから手渡されたマルグリットの日記をアルマンが読んでようやく真実を知り、悔恨の情に囚われる。しばしの沈黙があり、静かにアルマンが日記を閉じたところで暗転して、長い感情の旅が終わった。
この作品はパリ・オペラ座で何度も見た。アニエス・ルテステュのアデュー公演は今でも忘れられない。しかし、ノイマイヤーが天塩にかけたハンブルク・バレエ団による舞台は一味違い、ダンサー一人一人が脇役に至るまで、登場人物になりきっていた。
最後になったが、この作品の魅力の一つは音楽の選択にある。同じ主題を扱ったヴェルディのオペラではなく、ショパンの音楽が使われている。このアイディアはノイマイヤーの知人で指揮者のゲルハルト・マークソンのものだと言われている。優れた音色で知られるイタリアのファジオリピアノを弾いたミハウ・ビアウクの弾くショパンはバレエの大きな要だった。中でも「ソナタ第3番ロ短調」の第3楽章ラルゴは何度も弾かれ、マルグリットとアルマンの愛が宿している哀感をよく伝えていた。
今回、ノイマイヤーは86歳という高齢にも関わらず、リエージュまでバレエ団に同行した。カーテンコールではアンナ・ラウデールがノイマイヤーを袖に探しに行った。引き締まった身体と穏やかな眼差しは年齢を感じさせない。深夜23時半を過ぎているにも関わらず、観客は熱い拍手でノイマイヤーとダンサーたちを何度も呼び返していた。
(2026年1月29日プルミエ リエージュ・ワロン王立歌劇場)

手前/アンナ・ラウデール(マルグリット)、奥/エドウィン・レアヴァゾフ(アルマン)© Kiran West

左/アンナ・ラウデール(マルグリット)、右/エドウィン・レアヴァゾフ(アルマン)© Kiran West

アンナ・ラウデール(マルグリット)© Kiran West

アンナ・ラウデール(マルグリット)© Kiran West

左/ノイマイヤー、右/アンナ・ラウデール© Kiran West

ノイマイヤー © Kiran West
『椿姫』(プロローグ付き3幕バレエ)1978年11月4日シュツットガルト・バレエ団により世界初演、1981年2月1日 ハンブルク・バレエ団での初演
振付・演出・照明:ジョン・ノイマイヤー
原作:アレクサンドル・デュマ・フィス
音楽:ショパン
装置・衣装:ユルゲン・ローズ
ピアノ独奏:ミハウ・ビアウク
マルクス・レーティネン指揮 リエージュ・ワロン王立歌劇場管弦楽団
配役(1月29日)
マルグリット・ゴーチエ(椿姫):アンナ・ラウデール
アルマン・デュヴァル:エドウィン・レアヴァゾフ
アルマンの父 デュヴァル氏:フロリアン・ポール
ナニーナ マルグリットの女中:イダ・センペルマン
公爵:ペピン・ゲルダーマン
プリューダンス・デュヴェルノワ:アナ・トレクブラダ
オランピア:オリヴィア・ベッテリッジ
N侯爵:ルイス・ハスラック
ピアニスト:オンドレイ・リュドチェンコ
カップル:アリス・マザゼッテ
競売人:ウラディミール・コチッチ
競売人助手:コンスタンティン・ゴッシュ
第1幕 マルグリット・ゴーチエ ナニーナ アルマン・デュヴァル プリューダンス・デュヴェルノワ 公爵 N侯爵 オランピア
マノン・レスコー シャルロット・ラルズレール
デグリュー アレクサンドル・リアブコ
マノンの礼賛者 アルテム・プロコプチュック ヨアオ・サンタナ レナード・ギーゼンベルク
観客と舞踏会の招待客たち フランチェスカ・ハーヴェイ 石崎双葉 シャルロット・クラーグ 他
ガストン・リュー マティアス・オバーリン
仮面舞踏会の招待客たち ガニマ・ショハット ジュスティーヌ・クラマー パウラ・イニエスタ 他
マルグリットの礼賛者たち
アルチュール ルイ・ムザン
エドワード フランチェスコ・コルテーゼ
ウージェーヌ エヴァン・リロンデル
田舎に向かう一行 石崎双葉 グレタ・ヨルゲンス 他
第2幕 マルグリット・ゴーチエ アルマン・デュヴァル プリューダンス・デュヴェルノワ ガストン・リュー オランピア 公爵 N侯爵 ナニーナ ピアニスト
田舎の招待客たち パウラ・イニエスタ 石崎双葉 アルムデナ・イズキエルド 他
マルグリットの従者たち
マノンと求婚者たち
第3幕 マルグリット・ゴーチエ アルマン・デュヴァル プリューダンス・デュヴェルノワ ガストン・リュー オランピア 公爵 N侯爵 ナニーナ
シャンゼリゼ通りの通行人たち フランチェスカ・ハーベイ 石崎双葉 グレタ・ヨルゲンス 他
舞踏会の招待客たち アズル・アルディツォーネ ロルメーニュ・ボックミュール ジュスティーヌ・クラマー 他
マノンと求婚者たち
デ・グリュー
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