パリ・オペラ座ダンサー・インタビュー:マチュー・ガニオ
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ワールドレポート/パリ
大村 真理子(在パリ・フリーエディター) Text by Mariko OMURA
マチュー・ガニオ Mathieu Ganio(エトワール)
昨年3月1日、ガルニエ宮でアデュー公演『オネーギン』を行い、マチュー・ガニオは定年を1年早めてパリ・オペラ座を去った。その彼が思いもかけないことに、3月に行われた学校公演でオペラ・ガルニエの舞台に復帰。『椿姫』を始め彼と組むことも少なくなかったエトワールのクレールマリ・オスタが、生徒たちのためにアントワーヌ・ドゥ・サンテグジュペリ原作の『星の王子様』を創作し、その飛行士役に彼を指名したのである。彼はその学校公演が終わって間もなく、10年前に彼にクリエートされた演劇作品『Le rappel des oiseaux』の4公演でパリ20区のジュモー劇場の舞台に立った。ニコライ・ゴーゴリ作『狂人日記』を演出家オリアンヌ・モレティが脚色した作品で、ステージ上で奏でられるラモーやバッハなどのピアノにのせて演じられる1時間強の独り舞台。乱れ髪でひげは伸び放題という姿で狂った下級官吏を熱演した彼は、この作品で7月4日~25日に開催されるアヴィニヨン演劇祭オフで20公演を行うそうだ。パリ・オペラ座2026~27年に再演されるジョゼ・マルティネス作『天井桟敷の人々』の創作時の思い出なども合わせて語ってもらうことにしよう。
Q:ナンテールのバレエ学校を卒業後、25年が経過。『星の王子様』の創作のため久々に学校に戻って、どのような感慨がありましたか。
A:卒業後に学校に行く機会は何度かあったけれど、今回は公演で踊られる作品のクリエーションのためでした。生徒たちがクラスレッスンする姿などに、学校時代のいろいろな思い出が蘇ってきて、確かに感動がありましたね。この公演で踊られる『ヨンダリング』の稽古も、創作の仕事の前後に少しだけ見ることができ、フラッシュバックがありました。最終学年の第一ディヴィジョンの時の学校公演で踊った作品なので感慨深かった。

「Le rappel des oiseaux」© Stéphane Audran
Q:その学校公演ではピエール・ラコットの『コッペリア』の主役も踊っています。
A:そう。『コッペリア』は同期だったシリル・ミティリアン(2025年7月引退)と交代でしたが、『ヨンダリング』は確か配役が1つしかなかったんじゃないかな、僕は全公演で踊りました。
Q:その他にどのようなことを思い出しましたか。
A:シチュエーションやエピソードなど・・・例を挙げるのは難しい。匂いや場所に僕は反応し、そこに記憶と感動が生まれて・・・。当時の学校の友達に写真を送ったりメッセージを書いたりしたくなりました。時の流れはすごく早くですね。もう25年も経ってるなんて! その間に多くのことが変わってました。若い生徒たちは僕たちの時代とは同じじゃなく・・・簡単な例だけれどみんな携帯を持ってるし。それに僕たちの時代はステージのある部屋はかならず舞台裏を歩くようにと言われ、その部屋に入るのはクロード・ベッシー校長から禁止されたのだけれど、今は舞台裏がないのでみんな当たり前のようにステージのある部屋に入って行くし・・・。ダンスの公演がある時以外、僕たちは入れなかった場所なのに、というような、他愛ないことないことだけれど。
Q:今の学校の先生たちはかつての同僚ではないでしょうか。
A:そうなんです。更衣室でカール(・パケット)やステファン(・ブリヨン)・・・といった元同僚の名前を見て、今の教師たちはみんな僕がバレエ団にいた時のダンサーたちばかりだ、と奇妙な感じがありました。ヤン(・サイズ)、エマニュエル(・オフ)、それにウィルフリード(・ロモリ)、ノルウエーン(・ダニエル)・・・。場所は同じなのにポジションは同じじゃない。それに僕も生徒だった場所にエトワールとしているわけで。立場が逆というか・・・でも、これは僕がクリエーションに参加している『星の王子様』の内容に繋がってゆくことなので面白かったんです。クレールマリ・オスタがこのバレエで重心を置いたのは、星の王子様と僕が踊る飛行士の鏡的な面でした。星の王子様は子供の心を象徴し、それに大人の飛行士が鏡のように向かい合うという。自分がほぼ経験したように、この作品を踊ることになったんです。鏡の反対側にいる子供・・・期待や熱望、不安を抱えている第一ディヴィジョンの生徒たち。当時の僕の姿に戻って、その頃の僕自身の問いかけや願いへとつながって。それは踊る上でとても役に立つことでした。クレールマリのしたことはとても賢いですね。

「星の王子様」© Svetlana Loboff

「星の王子様」© Svetlana Loboff
Q:最終学年の第一ディヴィジョンで学校公演に参加した時は、まだ卒業後に自分がどうなるかわかっていない時期ですね。
A:全然! ただただカンパニーに入れることを期待しているだけの時期でした。僕のそのころの究極の願いは入団で、それが実現するために努力を惜しみませんでした。
Q:入団イコール、エトワールになりたいということでしたか。
A:もちろん! でも、バレエの世界に入って目標に近づくほどそれがどれほど難しいことかとわかると、奢りに聞こえてしまいがちで・・・。入団前はそこに至る段階の難しさがわかっていないので、僕も他の生徒たち同様にそう夢見てました。そうそう、今、思い出したのですが、このクリエーションの稽古がナンテールあったおかげでクロード・ベッシーが衣装リハーサルの時にわざわざ会いに来てくれたんですよ。彼女との再会は感動あふれるものでした。もちろん彼女は僕だけを見に来たわけじゃないけど、彼女の視線を踊るときに感じて・・・。この学校公演があってから一週間も経たずに彼女は亡くなってしまったのは大きなショックでした。
Q:学校時代、彼女との関係はどのようでしたか。
A:僕たちの人生が彼女の手中にあるという感じだったので、恐ろしかった。彼女はとても大きな権力を持ってる、というように少なくとも僕たちには感じられていました。それに彼女の発言は常にダイレクトで率直だったこともあって。でも、彼女は僕たちに多くのことを伝承してくれました。価値、規律、厳格さ、強さ・・・彼女が与えてくれた知識は僕たちに役立つものでした。それに第5ディヴィジョンで入ったもののすぐに辞めた僕を、第二ディヴィジョンに迎えてくれたのが彼女なんです。そして学校公演の2作品の主役にも配役してくれました。入団後も舞台を観に来てくれ、その度に優しい言葉で励ましてくれました。
Q:彼女は生徒だったエレオノーラ・アヴァニャートに向かって「ゴンドラに乗ってヴェニスに帰れ」と言ったと噂されています。
A:これはおそらく本当だと思います。その率直な話し方ゆえにクロード・ベッシーに傷つけられたと思うダンサーがいるのもよくわかります。でも、僕の個人的体験としては彼女にとても感謝しています。
Q:そのエレオノーラにしてもクロード・ベッシーをママと呼んでとても慕っていたようですね。
A:そうなんです。彼女はこんな気性なのでこのエレオノーラのようなこともあれば、人によっては彼女の言葉に耐えられずに忘れられない! となってしまうこともあるのでしょう。
Q:学校公演でガルニエ宮の舞台で踊った時、これが自分の将来だ! と思いましたか。
A:いいえ。生徒時代、ステージに立つことはいつだって興奮することです。ダンスを何年も学び、レッスンを続けます。ベースであるとはいえ、この仕事において舞台こそが素晴らしいこと。だから年末のデモンストレーション(公開授業)と学校公演というのは、日々進歩するように続けたレッスンの成果を見せられる場なのです。学校公演というのは、入団を目指す生徒には点数を得る段階でもあるんですよ。というのも公演にはカンパニーの芸術監督が見に来ますから。自分は舞台で何が可能なのかを見せる1つの方法とも言えます。主役を踊るのは、入団コンクールで見せるヴァリエーションに加えるプラスのことなんです。
Q:学校公演のためのリハーサルは楽しい時間でしたか。
A:ピエール・ラコットとの『コッペリア』の仕事は素晴らしい時間でした。『ヨンダリング』は創作したジョン・ノーマイヤーはこの時には来られなかったけれど、代わりに彼の作品の稽古をつけるケヴィン・ハイゲンと仕事ができて・・・。こうした体験をできて最高でした。それに運命というか、その後の僕のバレエ人生にこの二人の振付家は大切な存在となった。そんなこともあり、学校で生徒たちが『ヨンダリング』を稽古するのをみて当時の感動を思い出しました。
Q:サンテグジュペリが書いた『星の王子様』は子供の頃の愛読書でしたか。
A:いいえ。僕がこの本を読んだのは、かなり後になってからなんです。だけど、羊だなんだかんだと・・・その時僕はメッセージが掴めなかった。クレールマリと話し合った折に、彼女が自分の娘と読んだことやとても印象に残ってるとかを聞いて、あれ、自分は何か逃してるのかなって。それで読み直し、今度は泣きました。以前に比べて、僕に語りかけてものがとても多かった。
Q:これは学校の生徒たちのためにバレエ創作された作品で、衣装、舞台装置に加えて音楽もこのために創られました。
A:これほど若い時に、自分に創作されたバレエを持つのは素晴らしいことだとは思います。でも、その生徒たちはそれがどれほどのことかわかるだろうか、とも。ダンサーの仕事は常に快適ということばかりではなく、踊り続ける中でいろいろなことに対峙します。それなしに、こうして早くに自分に創作される作品があり、その味わい方はどうだろうかと。例えば、いつも自分に誂えられた服ばかりを着ている人と、プレタばかりを着ていた人が誂えのオートクチュールを着た人とでは受け取り方が違います。この公演ではレオ・スターツの『祭りの夜』も踊られました。これは大勢のダンサーが過去に踊っていて、参考となるものがあって・・・。これは誂えではないけれど、チャレンジとなります。他の人と向かい合うことになり、自分のレヴェルとかを自分なりに測ったり・・・。自分に合わせて創られていて、自分のパーソナリティやクオリティを発揮できる。これは簡単ということでもあるから、そういう意味でジレンマがある。とはいえ、生徒たちがクリエーション体験できるのは素晴らしいことだと思います。創作、誂え。これは究極のリュクスですね。舞台装置や音楽などアーティストとも一緒の仕事ができて・・・これは入団後、待っていることの1つです。観客にとっては、真新しい作品を見られる喜びとなります。
Q:来シーズン、現芸術監督のジョゼ・マルティネスがダンサー時代に振付けた『天井桟敷の人々』が久々に再演されます。これはあなたが主人公バティスト役の創作ダンサーでした。創作時の思い出などありますか。
A:背中の怪我から復帰したのが、このクリエーションのごく最初の頃でした。長いこと休んでいたので、ハンディキャップとまではいかないにしても、いくつかの動きについては前とは異なる体を理解する必要があり、自分のキャパシティとか再び自信を取り戻す必要がある時期でした。ジョゼがそういった状態から僕を引き出してくれたんです。創作があり、この作品で日本ツアーも行いました。この時期は自分の階級において一番美しい時期だったといえます。僕はまだ若すぎるとか考えることなく、エトワールとして自分の居場所にいる、と思えてオペラ座でのこのタイトルが快適に感じられていた時期でした。この創作には当時の仲間のダンサーたちが大勢参加。イザベル(・シャラヴォラ)、レティシア(・ピュジョル)、バンジャマン(・ペッシュ)、ミュリエル(・ジュルペルギー)、カール(・パケット)・・・といった僕の世代のダンサーたちと一緒でした。みんなしてばか笑いが止まらなくなったこともあったり・・・。ジョゼやフロランス・クレールとのリハーサルのこと、創作の工程もよく覚えています。この作品を踊るために舞台にあがる時に感じた喜びも覚えてるし。ジョゼは主人公バティストに僕をイメージしたので、僕はこの人物を演じるのに自分があっていると感じられました。オペラ座における僕の最も美しい思い出の1つです。

「天井桟敷の人々」(2015年公演)
© Charles Duprat/ OnP

「天井桟敷の人々」(2015年公演)
© Charles Duprat/ OnP
Q:パントマイムでは観客を大いに笑わせていましたね。
A:面白いことに、僕にとって最も難しかったのがあのパントマイムのパートでした。単に愛してるというのではなく、それが遠くから観てもわかりやすくなくてはならない。あの時代のマイムのようでなくてはならず、と学ぶのに時間がかかりました。ジョゼは人を集める才能があって、みんな一丸となって・・・とても良い雰囲気でしたね。各ダンサーがそれぞれの個性にぴったりの配役。カリカチュア的ではあるにしても、ダンサーそれぞれが役に本人の色と持ち味を添えて、全員が補い合うような感じ。ジスレーヌ(・レイシェ)のマダム・エルミンヌ役は最高だったし、バレリーナはノルウエン(・ダニエル)でこれもすばらしかった。
Q:『Le rappel des oiseaux』(鳥のさえずり)が久々にパリで再演されました。
A:これは10年前の初演では1度だけで、次の2018年4月には2回。この時は2年とさほど間が開いていなかったのだけれど、今回は8年ぶりでした。5月にパリで4回の公演に加え、7月のアヴィニョンでは18回あるので、僕が使い慣れていない喉という器官の管理法が必要となります。

「Le rappel des oiseaux」© Stéphane Audran

「Le rappel des oiseaux」© Stéphane Audran
Q:パリで8年ぶりの公演の前に、何か特別なレッスンをしましたか。
A:発声のレッスンを受けました。喉を正常に機能させ、声の使い方を学んで。ダンスの仕事では喉はほとんど使いませんが、この作品では唯一良い結果を求められるのが喉ですから。立ち向かう武器がこれ。まあ結果を見てみましょう、ではなく、この作品を演じるのに自分は正当であるといくらかは感じたいと思いました。喉をいかにコントロールするか、すごくストレスでした。
Q:これは音楽、ダンス、演劇がミックスされた形態の作品です。フランスでは珍しいタイプでしょうか。
A:僕は演劇界の動向に詳しくなるほど劇場には行っていないけれど、他にもありますよ。最近『Le rappels des oiseaux』のピアニストであるギレーム・ファーブルが音楽監修でカール・パケットが振付監修を担当した『ニジンスキーのバラード』という作品がシャトレ劇場でありましたけど、これもそのタイプだと聞いています。『Le rappel des oiseaux』で珍しいのはクラシックバレエのダンサーが突然俳優として舞台に立って、正反対のことをすることでしょう。ダンスの表現は身体、演劇の表現は声です。これはどちらも興味深く、探求に値しますね。もしこの手で別の提案があったらですか? もちろん、ノンとは言わないでしょう。
Q:狂人役です。演じる回数が増えるほど難しさが増す作品でしょうか。
A:狂人に入るには本番前のリハーサルが大いに役立ちますね。これはダンスと同じ。この作品は演じる度に簡単になるとは言わないけれど、発見があります。劇場が毎回異なることもあるし、耐久力、疲労管理、いかに自然に・・・など学ぶこともたくさんあります。何回も演じるのは大変だけど楽しい。アヴィニヨンでの公演が今からとても待ち遠しいです。その続きを僕は期待してはいないので、経験として毎回色々と試して見たいと思っています。可能な限り良い出来を見せたいけれど、実験に対してオープンでありたいんです。
Q:フェスティバルのオフといっても、演劇に通じている観客が多いでしょう。エトワールとしてのあなたを知らない観客や批評家を前に演じることに不安を感じますか。
A:責任を持ってやっていますが、僕は俳優になろうとしているのではありません。でもこれは最後まで務めあげたいです。演じるチャンスがあり、興味があったので受け入れたけれど、エトワールダンサーじゃなかったら選ばれなかったこと。ちょっとした進路変更となったけど、俳優の養成を受けていないし、俳優でないことは十分自覚しています。ベストは尽くしますが、批評が芳しくなくても理解できることです。もちろん上手くゆくことを願っていますけど、そうしたことにはあまり注意を払いたくありません。
Q:演劇祭に参加することに、どんな期待がありますか。
A:他の上演作品を見にいったり、俳優同士のシェアを体験して見たい。でも、アヴィニョンは父方の親戚が暮らしてるので、この機会に会いにゆきたいし、また自分が出演するための厳しさも保ち続ける必要があって・・・。だから、あまりあれこれ期待しないようにしています。そうじゃないと、がっかりしてしまうだろうから。
Q:パリ・オペラ座の来シーズン、ダンサーとしてフランス領ギアナで踊ることが発表されています。今後も踊り続けるのですか。
A:秋にドロテ・ジルベール、アリス・ルナヴァン、ステファン・ビュリオン、マリオン・ゴティエ・ドゥ・シャルナッセ、アワ・ジョワネとアカデミーのプロジェクト「ギアナのオペラ座」のためです。ダンスは今の所、僕が持つ表現方法として少しとはいえ最高の能力なので・・・。この分野は僕が何かをもたらすことができるので、今のところ続けています。

「Le rappel des oiseaux」© Stéphane Audran

「天井桟敷の人々」(2015年公演)© Charles Duprat/ OnP
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