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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2010.08.10]

19世紀のパリ・オペラ座の情景を活写した『ドガの踊り子』

Ballet de l’Opera national de Paris
パリ国立オペラ座バレエ団
Patrice Bart : LA PETITE DANSEUSE DE DEGAS
パトリス・バール『ドガの踊り子』
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ドガの「14歳の小さな踊り子」はオルセー美術館で最も有名な彫刻作品として広く知られている。しかし、この踊り子が誰なのかは長い間忘れさられていた。身元がわかったのはごく最近である。
1997年にガルニエ宮で「チュチュ」の展覧会が開かれた。この展覧会の企画者のマルティーヌ・カナーヌ主任学芸員(現フランス国立舞台衣装センター館長)にオルセー美術館が踊り子像に着せられたチュチュの修復を依頼したことがきっかけになって、踊り子のモデル探しがはじまった。綿密な考証により、踊り子はパリ・オペラ座バレエ学校に在籍したマリー・ファン・ゲーテム(1865年生)と判明した。エトワールになりたかった19世紀パリの下町娘を通じて、当時のバレエ界を描いた作品を作ってほしいとブリジット・ルフェーブル、バレエ総監督がパトリス・バールに振付を依頼して生まれた作品が、2003年にガルニエ宮で初演された『ドガの踊り子』だ。

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オーボエのソロではじまるプロローグは美術館。ガラスケースを踊り子の母親、エトワールとバレエ教師、オペラ座年間会員と黒服の男という踊り子の生涯に強い影響を与えた人物たちが眺めているところだ。母親が枝付き眼鏡でのぞきこむとケースの中の踊り子が動き始める。ここで全員が退場し、ケースが下降して消え、いったん幕が下りる。それから第1幕となり、踊り子マリーの境涯がオペラ座バレエ学校生徒時代から、ていねいに描かれていく。
第1場はマリーの住んでいたパリ10区のブレダ広場の朝が再現されている。早起きの新聞売りの少年、牛乳売り娘、洗濯女たち。一方、昨晩の宴からようやく家路に着こうとする男たちに街娼が声をかけている。エトワールが通りかかると肖像画家が擦り寄る。羨望の眼差しで見つめているマリーに気づいたエトワールは男性からもらった花束を投げ与えて退場する。花を手に、母親に連れられてマリーはバレエ学校に向かう。
第2場は中央に階段があり、奥に牛の目(の形をした窓)と中二階のあるオペラ座の稽古場でのレッスン風景となる。プティ・ラたちの練習ぶりをおしゃれなダンディたちが好色な目つきで追いかける。同伴している母親たちは、刺繍をしながら待っているが、休憩時間になるとここぞとばかりに娘たちがこの裕福な男たちに気に入られるようにたきつける。マリーの母親を権高さを巧みな身ごなしで表現する。エリザベット・モーランは他のダンサーにはない存在感がある。
バレエ教師のガニオとエトワールのジルベールのデュオにプティ・ラたちは目を奪われるが、いつの間にか脇に来ている男性に腕を取られたり、腰に腕を回され、カップルとなっていく。エトワールの尊敬の眼差しを受けて、ゆうゆうと踊る教師役のガニオに大きな拍手が沸いた。
スケッチ帳を手にデッサンしていた画家(黒服の男)と階段から中央に歩みだしたマリーとのデュオがはじまるが、そこにさらに男性3人が加わって踊るが、マリーを母親が引き離す。モーランの魔女を思わせる所作は、他の4人の母親とのトランペットをバックにした奇怪な踊りでいっそう不気味さを増した。その背後ではダンディたちがプティ・ラを次々に篭絡していく。バレエ教師がその様子を不安げに見守っている。この辺り、当時のオペラ座バレエ団の日常的な情景をきわめて写実的に描いたドキュメンタリーとしての完成度は高い。
その後も、第3場の画家のアトリエ、第4場のオペラ座の大舞踏会と続き、マリーはおしゃれなオペラ座年間会員の男とデュオを踊り、望んでいた豊かな暮らしを手に入れたと舞い上がるが、それが幻想だったことがわかったところで前半が終わる。この部分、照明が幻想と現実との境界を明示している。

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休憩後の第2幕は母親にキャバレー『黒猫』(シャ・ノワール)に連れていかれたマリーは年間会員の財布を盗み、サン・ラザールの監獄に入獄させられる。監獄を訪問したエトワールによって釈放され、もう一度バレエの道に戻るように諭される。しかし結局、マリーは母親の魔力から逃れることができず、洗濯女に見を落としてしまう。白い大きな布に包まれたマリーは黒服の男(画家)によって彫像と化す。こうして芸術作品となったマリーがガラスケースとともにせり上がるところで幕となる。
19世紀後半のバレエ界とパリをダンサーを使って描いたドキュメントとしては楽しめたが、残念ながら心を揺り動かされるには至らなかった。まずドゥニ・ルヴァイヤンの音楽がいかにもありきたりで、著しく感興を削いだことが大きかった。バールの振付自体も、折角の優れた枠組と筋がありながら、あまりにも目まぐるしいパが続き、登場人物の感情から離れてしまったのが惜しまれた。同じ公演を批評したバレエ評論家のローラ・カペルも7月1日付の『フィナンシャル・タイムズ』で「アイディア自体は素晴らしいが、結果としての舞台はすっかりひびが入ってしまっている。パリ・オペラ座バレエはヌレエフの強い影響をいまだに受け続けていて、バールもその一人だ。スタイルは似ていても彼にはヌレエフの演劇感覚がなく、『ドガの踊り子』はパの洪水になっている。目まぐるしいダンサーのジャンプとターンに目が疲れるだけで、その動きが音楽と一体となったり、所作のフレージングが連なってドラマを生むということがない。」と記している。
少女マリーにぴったりのクレール=マリ・オスタ、存在感たっぷりのエリザベット・モーラン、エトワールらしい雰囲気を巧みに出したドロテ・ジルベール、バレエ教師にぴったりのマチュー・ガニオ、年間会員のジョゼ・マルティネスとダンサーがそろっていただけに、音楽と振付に対して歯がゆい想いが残った晩だった。
(2010年6月29日 パリ・オペラ座ガルニエ宮)

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Photos:(C) Julien Benhamou/Opéra national de Paris
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音楽/ドゥニ・ルヴァイヤン
振付・演出/パトリス・バール(パリ国立オペラ座バレエ団 2003年初演)
装置/エジオ・トフォルッティ
衣装/シルヴィー・スキナジ
照明/マリオン・ヒューレット
コーン・ケッセルズ指揮、パリ国立オペラ座管弦楽団

<配役>
踊り子/クレール=マリ・オスタ
エトワール/ドロテ・ジルベール
踊り子の母親/エリザベット・モーラン
バレエ教師/マチュー・ガニオ
年間会員/ジョセ・マルティネス
黒服の男/バンジャマン・ペッシュ
上演時間 第1幕 65分 <休憩20分> 第2幕 35分