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パリ・オペラ座 IN シネマ『眠れる森の美女』で「青い鳥」を踊って喝采を浴びた注目のダンサー、シェール・ワグマン インタビュー

ワールドレポート/パリ

インタビュー=三光洋

----シェール・ワグマンさんが5月から6月にかけてガルニエ宮で上演されたマニュエル・ルグリ振付の『シルヴィア』でファウヌ(牧神)、また『眠れる森の美女』ではカラボス配下の怪物を踊っているのを観ました。(『シルヴィア』https://www.chacott-jp.com/news/worldreport/paris/detail039786.html

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シェール・ワグマン ©Julien Benhamou

シェール・ワグマン 怪物のときは、私のことは見えなかったでしょうね。仮面をかぶって踊りましたから。

----『シルヴィア』のファウヌを観たときには観客は皆、シェールさんの踊りに目を釘付けにされました。

ワグマン (微笑)

----フランソワ・アリュが『ラ・バヤデール』で踊った「黄金の偶像」、シムキンがシャンゼリゼ歌劇場の「エトワール・ガラ」で踊った『ブルジョワ』を観た時の興奮を思い出しました。
残念ながら『眠れる森の美女』の「青い鳥」の舞台を見られませんでしたが、イネス・マッキントッシュとの共演を映像で見ました。彼女とよく踊っておられますね。2024年にパリ・オペラ座バレエ団に入団してから、どんな作品を踊りましたか。

ワグマン 『眠れる森の美女』の「青い鳥」、『シルヴィア』のファウヌ、エロス。それから、オペラ座で初めて踊ったのはフォーサイスの『ブレーク・ワークス1』でした。入団してすぐアンダースタディに選ばれ、フォーサイスから指名されて代役を務めました。他のダンサーの役を取ったわけではありません。コール・ド・バレエの役をきちんと踊ってきました。観客のいるリハーサルに出るようにフォーサイスから声がかかり、ちょっと不安でした。言われてすぐに舞台に立たなければならなかったからです。それでも踊りました。その後、このシリーズの全公演で踊りました。パリに来てから、わずか3、4週間後のことでしたが、全く予想外の展開でした。

----入団直後にソロの役が回ってきたわけですね。この最初の舞台を早くも「フィガロ紙」のアリアーヌ・バヴリエ記者は取り上げています。(2024年10月7日付)

ワグマン それからアレクサンドル・エクマン振付の『Play』にも参加しました。そして「青い鳥」『シルヴィア』のファウヌとエロスです。

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イネス・マッキントッシュ、シェール・ワグマン

----シェールさんはモナコ公立プリンセス・グレース・アカデミーで学んでから、イングリッシュ・ナショナル・バレエ、ミュンヘン・バレエではすでにプリンシパルを務めておられます。パリ・オペラ座バレエのカドリーユとして1年間で学んだことはどんなことでしたか。

ワグマン 本当に多くのことを学びました。私がパリに来た最も大きな理由は「ダンサーとしてもっと成長したい」という気持ちがあったからです。フランス人ダンサーのように踊ってみたい、と思ったのです。もちろん、(フランス人と)全く同じように私が踊れるわけではないことはよくわかっています。それでも、フランス的な優雅さ(エレガンス)、精度の高いテクニックを身体で感じ取ることで、ダンサーとしての芸術感覚を磨きたいと願っています。こうしたことから私のダンスは大きな収穫を得られると確信しています。コール・ド・バレエでも、身体の使い方が他のバレエ団とは全く違っています。

----具体的にどんな点が違っているのでしょうか。

ワグマン まず脚と腕のコーディネーションが挙げられます。ワガノワ・メソッドでは外部に向かって最大限に開くように動かしますが、パリでは内側に向かう動きになります。このために高い跳躍での腕と脚の動きも違ってきます。このわずかな差異からフレンチ・スタイルのエレガンスが生まれます。こうした腕の動かし方が様式感を与えるのです。ワガノワのトレーニングでは腕を開く動きを練習します。フランスでは内側に向かう動きになります。フランス流は洗練されていて、「良い趣味(bon goût)」にかなっています。

----クラシック・バレエには人目を惹くような派手な動きとフランスの宮廷舞踊の優雅さという二つの側面がより合わされていますが、シェールさんはフランスの貴族たちの高雅さに惹かれたわけでしょうか。

ワグマン その通りです。ガルニエ宮では劇場そのものが優雅なので、その舞台では派手過ぎる表現はそぐわないのです。ダンサーの周囲にあるものがすでに美そのもので高貴な雰囲気を生み出しています。過剰な動きはプラスになりません。抑えた動きによって十分に表現でます。私はフレンチ・スタイルとはそういうものだと思います。
私はコンテンポラリー・ダンス、ジャズ・ダンス、ジム・ダンス(danse gymnastique)から踊りを始めたので、ずっと本能的に踊ってきて、自分の思うように自由に表現してきました。クラシック・バレエにはこうしたダンスとは違う枠があります。クラシックから始めると、その枠から出るのは簡単ではありませんが、私は枠のないところからスタートしたので、枠から出る方法は知っています。このことは舞台でプラスになるのではないかと思っています。ダンサーは3,000人近い観客と舞台を分かち合うからです。ダンサーに十分なエネルギーがなかったら、うまくいきません。フレンチ・スタイルは仰々しいものではなくて寡黙ですから、観客と交感しながらも、静かな優雅さを保たなければなりません。このバランスを取るのはむずかしいですね。しかし、オペラ座には多くの優れたダンサーたちがいて、私にインスピレーションを与えてくれています。舞台上の存在感がありながら、フランス的な静謐さが具現されています。見ていて実に美しいものです。これを私の踊りに取り入れたいのです。

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----二つの異なる要素ですね。シェールさんのおっしゃるようにガルニエ宮の建物とダンサーは、宝石箱と宝石のようなものなのでしょう。箱と宝石のハーモニーから美が生まれるのでしょう。

ワグマン そうです。ガルニエ宮の舞台で踊っていると、建築の優美さを改めて実感します。美味しいチョコレートを味わっていると、それ以外のものは欲しくなくなります。それと同じで、ガルニエでは、周囲にあるもの全てが美しいので、ダンサーはやりすぎてはいけません。ダンスは周囲の環境とハーモニーを奏でなければならないのです。バランスが大事です。

----シェールさんはパリ・オペラ座バレエの映像をたくさんご覧になったそうですね。マニュエル・ルグリ、マチアス・エイマン、イザベラ・シアラヴォラといったダンサーが印象に残った、とフランスのバレエ評論家のインタビューにありましたが、現役のダンサーでは誰がお好きですか。

ワグマン マチアス・エイマンのダンスからインスピレーションを得ています。イザベラ・シアラヴォラからも同様です。現役のダンサーでは、ユゴー・マルシャン、ポール・マルクが挙げられます。リュドミラ・パリエロも素晴らしいです。オペラ座以外ではオランダ国立バレエ団の坂本莉穂、元ハンブルク・バレエ団の菅井円加といった身体を彫琢し、他のダンサーにはない個性的なムーブメントを見せてくれるダンサーが好きです。

----パリ・オペラ座バレエの女性ダンサーで一緒に踊りたい人は誰ですか。

ワグマン イネス・マッキントッシュです。何度も踊っていますが、彼女のことを尊敬しています。練習に懸命に取り組み、常に成長しています。ダンスの芸術としての側面を見出すことに対して、大きな好奇心を抱いている点で、私のアプローチと似ています。すでに二人で多くのことを分かち合っています。この関係を大事なものと思っています。これからもいろいろなインスピレーションを与えてくれると思います。
クララ・ムーセーニュも大好きなダンサーです。天与の才能に恵まれ、若いにも関わらず、舞台に対する揺るがない自信を持っています。一緒に踊っていると、真っ直ぐにためらわずに、真率に私の目を見てくれます。おかげで同じ感情を分かち合えます。それに彼女の安定度は抜群です。自分がダンサーとしてすべきことを全部やっているので、ミスが全くありません。素晴らしいとしか言いようがありません。

----彼女が一度だけ踊ったオーロラ姫を見ましたが、見事でした。

ワグマン ええ、並の才能ではありません。クララとこれからも踊ることができるように期待しています。

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----パリ・オペラ座バレエのレパートリーで重要なのはヌレエフ振付の作品です。「青い鳥」を踊ったところですが、ヌレエフ作品はシェールさんにとってどんな魅力がありますか。「パが難しすぎて怪我する可能性が高い」といって批判する人もいますが。

ワグマン もちろんヌレエフ作品を踊るには高い技術が要求されます。バットゥリーが非常に多く、複数の動きを同時に行う場合もあります。それでも、私はヌレエフの様式(スタイル)が大好きです。いろいろな点でヌレエフはフレンチ・テクニックの顔と言っていい存在です。ヌレエフが男性の役を作り変えたことは素晴らしいとしか言いようがありません。彼は自分自身が踊る役として振付け、クラシック・バレエの男性役にそれまでにはない役割を与えました。彼の作品がレパートリーの軸になっていることが、パリに来た主な理由です。ヌレエフの振付に挑戦するために。いかにそれが難しいか、しかし同時に優雅です。『ドン・キホーテ』のバジリオは多くのヴァージョンではマッチョですが、ヌレエフ版ではエレガント、女性的ではありませんが、穏やかな人物です。エネルギーと静謐さが一体となっているのが魅力です。
『眠れる森の美女』のデジレ王子のゆっくりしたヴァリエーションはその典型でしょう。ヌレエフ以前の男性役のヴァリエーションは跳躍とピルエットからできていました。ヌレエフ版にはフェッテ、アダージョもあって、そのために極めて魅力的なヴァリエーションとなっています。人物の様々な側面が踊りに組み込まれています。単なるテクニックのひけらかしではないのです。アームスにも工夫が凝らされ、上半身による表現がより多彩になっています。彼のフレンチ・テクニックによる腕の動きは本当に洗練されています。男性ダンサーに男性的な側面と女性的な側面の両方が求められているので本当に大好きです。

----シェールさんから見たヌレエフ版『眠れる森の美女』の魅力はどんなところですか。

ワグマン ヌレエフの『眠れる森の美女』はダンサーなら誰も無視することのできない傑作です。この作品にはフランスバレエの基本の全てがあります。衣装と装置が華麗で、どの場面でも宮廷の雰囲気が感じられます。装置だけでなく振付も個性的で、男性ダンサーのためのヴァリエーションが数多くあります。王子の役がどれだけ難しいか、は私の想像の域を超えていますが、人物の内面を探究しており、王子の物思い、愛を求め、自分が何ものであるのかを問います。また、時には自分の置かれた立場がわからなくなっています。
「ローズアダージョ」でオーロラ姫は母親に花をわたしますが、ヌレエフ以外の版では花を投げます。花をわたす方が母親への尊敬の念が表れていて適切ですし、話の展開もより明快になっています。この箇所はヌレエフがドラマに対しても心を配っていたことの現れだと思います。いつかバスティーユ・オペラでデジレ王子を踊りたいですね。

----シェールさんはどんなダンサーになりたいですか。

ワグマン 他の人の真似をするのではなくて、自分自身でありたいと思っています。私はキャリアが変わっているだけでなく、性格も風変わりで個性が強烈です。可能な限り自分の魂の一番奥深いところから表現を汲み出して表現したいのです。私が自分のダンスを改善し、役を作っていく方法はかなり独自なものです。自分の身体と最大限結びついていたいのです。また、他のダンサーの踊りを見ていきたいです。それと同時にオペラ座の世界以外に自分自身の生活があることが重要です。実生活からインスピレーションを得て、芸術に反映していきたいのです。ダンサーであるだけでなく、自由に人生を生きることが大事です。それぞれの人は自分にしかないオーラを持っています。自分の一番純粋な部分と他者とが繋がってほしいと思います。可能な限り真摯に踊り、多くの国で観客と場を共有したいのです。舞踊監督のジョゼ・マルティネスは私を真剣にサポートしてくださっています。自分の個性を活かしながら幅広いレパートリーを踊ることで、自分の夢に到達したいです。

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シェール・ワグマン

----来シーズンの演目で踊りたい作品はありますか。

ワグマン 『ラ・バヤデール』です(2026年6・7月バスティーユ・オペラ)。すでに「黄金の神像」は踊っています。ミュンヘン・バレエでソロルを踊る予定だったのですが、うまく実現しませんでしたから、パリで踊れたらいいなと思っています。それから、『ロメオとジュリエット』(2026年4・5月バスティーユ・オペラ)がありますね。マキューシオはもう踊っていて好きな役ですが、ロメオを踊ることが夢です。ジョン・ノイマイヤーの振付が大好きなので、『椿姫』(2026年5月ガルニエ宮)には参加したいです。ノイマイヤーはダンサーを自分の一番深い場所にまで連れていくことのできる振付家です。それにオペラ座にデビューするデヴィッド・ドーソン(『アニマ・アニムス』12月ガルニエ宮)はミュンヘンで新作を踊ったことがあります。彼の作品から私のキャリアの中で最も強いインパクトを受けました。芸術家として尊敬できる人で、人物も素晴らしいのです。

----シェールさんは日本で踊ったことはありますか。

ワグマン いいえ、まだです。日本はクラシック・ダンスを尊重する国なので、ぜひ行きたいですね。カナダや欧州とは全然違う世界を見てみたいです。

----最後に、パリ・オペラ座 IN シネマ『眠れる森の美女』を観る日本のバレエファンにメッセージをいただけますか。

ワグマン 日本のバレエファンがヌレエフによる、このユニークなプロダクションを楽しんでいただければ幸いです。「青い鳥」の私のダンスを見ていただけますように。
日本のバレエファンがパリ・オペラ座バレエに興味を抱いてくださっていることに感謝します。いつか、実際の舞台で皆様にお会いできる日が来るのを心待ちにしています。

----今日はお忙しいところ、貴重な時間を割いていただきありがとうございました。
(ガルニエ宮 2025年7月4日)

パリ・オペラ座 IN シネマ『眠れる森の美女』

8/22(金)~8/28(木)TOHOシネマズ 日本橋 ほか1週間限定公開
■公式サイト:https://tohotowa.co.jp/parisopera/
■公式X: https://x.com/CinemaOParisJp

《眠れる森の美女》
オーロラ姫:ブルーエン・バティストーニ
デジレ王子:ギヨーム・ディオップ
青い鳥:シェール・ワグマン
フロリナ姫:イネス・マッキントッシュ
リラの精:ファニー・ゴルス
カラボス:サラ・コラ・ダヤノヴァ
第1ヴァリエーション:アリス・カトネ
第2ヴァリエーション:パティントン・エリザベス・正子、オルタンス・ミエ=モーラン
第3ヴァリエーション:カミーユ・ボン
第4ヴァリエーション:エレオノール・ゲリノー
第5ヴァリエ―ション:クララ・ムーセーニュ
第6ヴァリエーション:エロイーズ・ブルドン
公爵:アルテュス・ラヴォー
白猫:エレオノール・ゲリノー
長靴を履いた猫:イザック・ロペス・ゴメス
パ・ド・サンク:セリア・ドルゥーイ、アンドレア・サーリ、クララ・ムーセーニュ、セホー・ユン、カミーユ・ボン
4人の王子:アルテュス・ラヴォー、ケイタ・ベラリ、レオ・ド・ビュスロル、フロリモン・ロリュー

振付:ルドルフ・ヌレエフ(台本:シャルル・ペロー、原振付:マリウス・プティパに基づく)
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
指揮:ヴェロ・ペーン
舞台美術:エツィオ・フリジェリオ
衣裳デザイン:フランカ・スカルシャピノ
照明デザイン:ヴィニチオ・チェリ

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