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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2010.04.12]

鮮烈な印象を残したデュポン、ルナヴァン、プレルヨカーユ『シッダールタ』

Ballet de l’Opera national de Paris  パリ国立オペラ座バレエ団
Angelin Preljocaj : Siddhârta アンヨラン・プレルヨカーユ『シッダールタ』
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プレルヨカーユのパリ国立オペラ座バレエ団のための4つめの作品となる『シッダールタ』が世界初演された。
少年時代にヘルマン・ヘッセの『シッダールタ』(1922年)を読んだプレルヨカーユは、2002年にインドのベナレスを訪れている。ニコラ・ジョエル新総監督が就任した2009年にブリジット・ルフェーブル舞踊監督から新作を委嘱されたとき、すぐに「『シッダールタ』を取り上げたい」と申し出、音楽はフランスのブリュノー・マントヴァニ(1974年生まれ)に委ねた。マントヴァニは現代音楽の世界で注目されている人気作曲家で、来シーズンにはバスチーユオペラで『アクマトーヴァ』が世界初演される。これに彫刻家のクロード・レヴェックとベテランオペラ照明家のドミニック・ブリュギエールが加わるという、豪華な制作陣が大作に取り組むことになった。

プレルヨカーユはシッダールタが王子の地位をすてて父の宮廷を去るところから、悟りを開くまでの内面の展開を16場で表現しようとした。
宮廷での饗宴、村の疫病といった大人数の場面とシッダールタが修行する内省的な場面とが交互に現れる。台本を担当したエリック・レナールトは「主人公が川のほとりで瞑想するといったヘッセの小説で最も美しく、人物の成長にとっても重要な場面は残念ながら舞台化できないものでした。純粋な思考ですから。瞑想の詳細な展開は身体では表現できません。そこで、シッダールタが求めた対象を『目覚め』という名前の女性に託することにしました」と語っている。

プレルヨカーユは時代を古代インドではなく、歴史の時間外に置いた。左右に揺れる建築物破壊用の球体、黄金の延べ棒、巨大なトラックの台車、天井から吊り下がったヴィクトリア朝様式の洋館といったクロード・レヴェックの装置が広いバスチーユオペラの空間を圧していた。
エレキギターが鳴るとシッダールタが登場したり、歌舞伎の拍子木を思わせる打楽器を使ったり、変化に富みエネルギーに満ちたマントヴァニの音楽も舞台音楽として効果的だった。
 

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インド舞踊の所作とは全く無縁の振付はいつもながらのプレルヨカーユのもので、音楽や照明、装置とよくかみ合っていた。しかし、シッダールタが身体の苦行を重ねて、精神的な平安の境涯であるニルヴァーナと呼ばれる悟りに至るまでの内面の進化を視覚的に表現することは、いかにプレルヨカーユの才能をもってしても簡単ではなかったようだ。レーナルトのシナリオは、「男性であるシッダールタが理想の女性である『目覚め』を求め、ヘルメットをかぶった悪の誘惑を退けて最後に一体となる」と要約できるが、これではあまりにもありふれた物語の筋書きに過ぎず、ヘッセの小説に触発されて振付家が表現しようとしたという身体と精神の神秘からは程遠い。

休憩なしの1時間40分の公演で最も強い印象を残したのは二人の女性ダンサーだった。
まばゆいような照明の光の中から「目覚め」が最初に姿を現した場面や、宙吊りになってヴェールをかぶった「目覚め」とシッダールタとのデュオといった場面には誰もがはっとさせられた。身体の重さを感じさせないオーレリー・デュポンのしなやかな流れるような所作は今も鮮やかに思い出させる。もう一人はシッダールタの妻ヤソダーラ后を初々しく演じたアリス・ルナヴァンだ。
全体に長さを感じさせたのはプレルヨカーユらしからなかったが、この理由の一つは第3場の宮廷の饗宴や第4場の村に疫病が流行する場面などで、振付家のメッセージが誰の目にもはっきりしてからも延々と類似の動きが繰り返され、舞台が空回りしてしまったことにある。群舞の場面がもう少し切り詰められれば、全体の印象そのものが大きく変わるのではないだろうか。
(2010年3月29日 バスティーユオペラ)

『シッダールタ』世界初演
音楽/ブリュノー・マントヴァニ(パリ国立オペラ委嘱作品)
振付/アンヨラン・プレルヨカーユ
装置/クロード・レヴェック
ドラマトゥルギー/エリック・レナルト
照明/ドミニック・ビリュギエール
スザンナ・メルキ指揮パリ国立オペラ管弦楽団
 配役
ニコラ・ル・リッシュ(シッダールタ)
オーレリー・デュポン(目覚め-エヴェイユ)
ステファン・ブリヨン(アマンダ)
ヴィルフレッド・ロモリ(王)
ミュリエル・ズズペルギ(村娘スジャータ)
アリス・ルナヴァン(ヤソダーラ后)
上演時間/1時間40分

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Photo:(C)Anne Deniau/Opéra national de Paris
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