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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2008.11.10]

THEATRE NATIONAL DE CHAILLOT シャイヨー劇場
ANTONIO GADES ET CARLOS SAURA : CARMEN

アントニオ・ガデスとカルロス・サウラ:『カルメン』

 国立シャイヨー劇場では1938年から舞台公演が行われてきた。第2次大戦後は、Theatre national populaire(国立民衆劇場)の拠点となり、ジャン・ヴィラール、アントワーヌ・ヴィテーズという20世紀後半のフランスを代表する演出家が総監督 となり、現代演劇の檜舞台となっていた。
しかし今シーズンから、アルバネル文化大臣に「ヌーヴォー・ポール・コレグラフィック」(コンテンポラリー・ダンス新拠点)と指定されたことから、演劇 中心のプログラムから1980年代以降のコンテンポラリー・ダンスを集中的に上演する劇場へと転身を図っている。30年前からパリにおけるコンテンポラ リー・ダンスの拠点として外国の劇団を積極的に招待してきたパリ市立劇場(Theatre de la Ville)の、いわばライバル的な存在とも言える。
その新趣向の皮切りに招待されたのは、フラメンコ舞踊家のアントニオ・ガデス(1936-2004)と映画監督のカルロス・サウラの2人が構成、振付、照明を担当した『カルメン』。1983年に初演され、世界各地で2250回以上も上演されてきた人気演目である。

 冒頭、閉じたままの幕に円形のスポットライトが照らされ、ビゼーの『カルメン』が大音響で流れる。(もっともあまりの音質の悪さに耳を疑わざるをえなかった。)
幕が開くとフラメンコの稽古場。奥に鏡のついたてが置かれてあり、3人のギター奏者と歌手の生演奏にあわせて、25人位のフラメンコ・ダンサーがタップ を踏んでいる。左右には椅子がずらりと並んでいて、踊らないダンサーは仲間が踊るのを見たり、掛声をかけたりする。『カルメン』のリハーサル中という設定 である。
男性三人のソロに続き、赤いドレスのカルメンがビゼーの音楽に乗って登場、群舞ダンサーたちの手拍子と足踏みで迎えられる。ステラ・アラウサはガデス舞 踊団の芸術監督も務めているベテランのダンサーで、カルメンを踊って二十年余り。この堂々たるカルメンに対し、ホセ役のアドリアン・ガリアは線が細く、存 在感に乏しい。ガデスはホセの弱さに焦点を当てようとしたのだろうが、ヒロインとホセの力関係がこれほどはっきりしていると、最初から二人の愛情が交錯し たり、その葛藤から軋轢が生じたり、という事態そのものが起こり得ない。そのため、ホセがカルメンを刺殺するフィナーレが唐突な印象を与え、メリメの原作 やビゼーでオペラの自然なドラマ展開とは異なってみえた。もちろん、ダンサーの技量は抜群、群舞によって空間も巧みに構成されている。フラメンコの歌と踊 りもぴたりと一体になっていて、踊りそのものの水準は高い。しかし最後の最後まで、舞台に引き込まれることなく幕が下りてしまった。
問題はいくつかあるのだろうが、音楽評論を主に手掛けてきた私からみると、フラメンコの純粋スペインの音楽と、スペインをよく知らなかったビゼーの音楽 は水と油。同じ舞台で交互に使われたために、取ってつけた感じが否めなかった。また、カルメン役アラウソも、ダンサーとしては優れているにせよ、男性を破 滅へと導く「ファム・ファタル」(宿命の女)の妖艶さが匂ってこなかった。
フラメンコの世界に風穴を開けようとした試み自体は大いに評価できる。しかし、オペラでも『カルメン』の名演は少ないなかで、誰にも知られたテーマを取り上げるむずかしさを感じさせられた晩だった。
(2008年 9月17日 シャイヨー劇場)