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斎藤 珠里 text by Julie Saito 
[2008.02.11]

OPERA NATIONAL DE PARIS パリ・オペラ座 BALLET DU THEATRE BOLCHOI ボリショイ・バレエ団パリ公演

 年明け早々の1月5日~22日、230年余りの歴史を誇るボリショイ・バレエ団が芸術監督アレクセイ・ラトマンスキーに率いられ、パリ・オペラ座ガルニエ宮で4年ぶりに公演、以下の3つのプログラムを上演した。
第1プログラム:『海賊』(プティパ振付、ラトマンスキーおよびブルラカの再構成)
第2プログラム:『トランプ』(ラトマンスキー振付)、『バヤデール』第3幕(プティパ振付に基づく)、『スペードの女王』(ローラン・プティ振付)
第3プログラム:『スパルタクス』(ユーリー・グリゴロヴィッチ振付)

ベルリンの壁崩壊後、ボリショイ・バレエ団のスターダンサーたちが続々と西欧に流出し、一時期はレベル低下で危機的状況に瀕したこともあったが、フィガ ロ紙が写真つきで1月7日、「ボリショイ・バレエ団がパリで勝利」と一面トップで報じた。全公演とも連日完売、当日売りを求めて100人を超える観客が窓 口に並ぶという人気を集めた。印象に残った舞台について触れてみたい。

「トランプ」


Le CORSAIRE『海賊』

「海賊」
初日のキャストではスヴェトラーナ・ザハロワがニコライ・ツィスカリーゼと組んで大好評だったというが、私が観た千秋楽の1月15日は、日本でもお馴染みのデニス・マトヴィエンコ(客演)がザハロワの相手役を務めた。
マトヴィエンコは王子役にはうってつけの身体的な気品が備わっているが、海賊の首領コンラッドという役柄の力強さや魅力が描ききれない。ピルエットも ジャンプも申し分ないのに、甘いマスクと極めて線の細い身体が仇になっているのだろうか。とはいえ、ヴァリエーションでは確かなテクニックで次々に見せ場 を決め、観客を興奮させた。
しかしこの日、最初から最後まで観客の視線を一手に集めていたのは、何といってもザハロワだった。登場したときからゆったりとした物腰、シャープな身体 のラインからつむがれるメリハリのある動作と安定感、静止したときのポーズ、そして見事なまでの足の甲の美しさ---。人工的と揶揄されても仕方がないほ ど計算され尽くされた美意識を前にすると、もはや物語などどうでもよくなってしまうほどだった。
群舞の躍動感も舞台装置の異国情緒も出色の出来で、作品全体に活気をもたらしていた。

 

「海賊」


LA BAYADERE 『バヤデール』第3幕から

「バヤデール」
ザハロワとマトヴィエンコ
(鑑賞日とキャストが異なります)

  群舞の後方アラベスクが圧巻。一旦、45度に脚が上がったと思うと、一テンポ間を置いてから頭上高くまでグーッと加速気味に脚が上がるのだ。日本の群舞 は世界に誇れるほど動きがそろっていると言われるが、ここまで選りすぐられた身体性をもったダンサーを集めた群舞も少ないだろう。青白い照明を浴びて、何 か霊に取り付かれたかのような集中力が神秘性と相まって舞台を制していた。
1月13日マチネのソリストは、ニキヤにナジェダ・グラチョーワ、ソロルにアンドレイ・ウヴァーロフ。最近はパリ・オペラ座の女性エトワールの多くが長 身のせいかグラチョーワが小柄に見えたが、動きは華やかで大きい。さらにウヴァーロフの軽々と頭上高くリフトしたときの超人業の妙は、オペラ座とはまた違 う一つのバレエの見せ方だ。アクロバティックな技術と芸術性の両面を限りなく追求しているボリショイ・バレエの魅力を余すところなく伝えた舞台だった。

LA DAME DE PIQUE 『スペードの女王』

「スペードの女王」

  アレクサンドル・プーシキンの小説をもとにチャイコフスキーが作曲した同名のオペラが有名だが、ローラン・プティは25年前、ミハエル・バリシニコフの 依頼でこの作品を創作したという。それでもバリシニコフとは意向が折り合わず、二転三転の結果生まれた「傑作」だとプティ自身が認めるが、今回上演された のは改訂を加えて2001年に上演された新演出だ。
簡単にあらすじを紹介しよう。貧しい青年士官ゲルマンは、すでに公爵と婚約している少女リーザとの恋を成就させるため、カード賭博で一山あてることを考 える。さらに、3枚の必勝カードの秘密を握るのはリーザの養母である老伯爵夫人だと教えられる。リーザから逢引のために鍵を渡されたゲルマンだが、通りす がりに伯爵夫人を寝室で見かけたときに、賭博で大勝したいという心の方が先に立ってしまう。ゲルマンからカードの秘密を迫られ、恐怖のあまり絶命した伯爵 夫人は亡霊となって現れ、3枚のカードを教える。賭博場で公爵と対決したゲルマンは最初「3」と「7」で圧勝するが、最後すべてを賭けて臨んだ「エース (A)」は誤りのカードだった。公爵が出した本当の必勝カード「スペードの女王」に負け、ゲルマンは自らの命を絶つ、という悲劇だ。
約3時間にも及ぶオペラの山場は第3幕だ。伯爵夫人の死の本当の理由をゲルマンに迫るリーザの複雑な気持ち、二人の和解による束の間の幸せ、自分を残し て賭博場へ急ぐゲルマンに失望して河へ身を投げるリーザの心情が見せ場をつくるが、プティは約50分という作品の焦点を、ゲルマンと老伯爵夫人の関係に 絞った。プティも「イルゼ・リエパとニコライ・ツィスカリーゼというダンサーがいたからこそ、この作品が生まれた」というほど二人の個性を際立たせた振付 になっている。さらに、オペラ『スペードの女王』ではなく、チャイコフスキーが自殺を前に作曲したと言われる交響曲第6番『悲愴』を用いたことも、バレエ 作品としての成功に大きく寄与したのではないかと思う。
私が観た1月13日のマチネ公演も、このベスト・キャスティングだった。ツィスカリーゼは下士官ゲルマンの名誉欲を眼光と身体にみなぎらせる。リエパ は、伯爵夫人としての気品と女の色気を称えながらも、老醜をさらす。ゲルマンとのパドドゥでは、老いてしまったという現実の恥じらいと、若い時分は男たち の羨望の的だったという過去の自信を交錯させて見せる。ツィスカリーゼも、自らの若い肉体を武器に、あたかも老女に付け込んだかのように見える---。パ ドドゥといえば、若い男女ダンサーの特権だったバレエ界で、若い男を前にしたときの老女の本質をえぐりだすことに視点を据えたプティの切り口は斬新であ り、また残酷なまでに鋭い。
リエパの細い身体は、首まで覆ったスリムで黒いコスチュームで包まれ、肌が見えるのは肘から先だけだ。ゲルマンと出会った瞬間、身をわなわなと震えさ せ、細い腰をくねらせ、長い腕を身体にまとわらせながら女の情を表現する。リーザ役にはスヴェトラーナ・ルンキナが配されていたが、オペラと違ってプティ の作品ではあまり見せ場がない。むしろ、老いた伯爵夫人の不気味なまでのエロティシズムを見せつけることで、ゲルマンの下心を見透かした女の高笑いが聞こ えてくるようだった。

「スペードの女王」