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斎藤 珠里 text by Julie Saito 
[2007.12.10]

L'OPERA NATIONAL DE PARIS パリ・オペラ座公演

PRELJOCAJ/McGREGOR: LE SONGE DE MEDEE/GENUS プレルジョカージュ『メデアの夢』とマッグレガー『ジェニュス』

 オペラ座のストライキで、なかなか実現しなかったアンジュラン・プレルジョカージュの『メデアの夢』とウィエン・マッグレガーの新作『ジェニュス』だっ たが11月4日、ガルニエ宮のマチネ公演を観ることが出来た。キャンセル続きでチケット入手が困難を極め、開演30分前にボックスオフィスに残っていた当 日売りは天井桟敷の2席のみだった。

LE SONGE DE MEDEE『メデアの夢』
戦慄を走らせた男女の葛藤劇

  ギリシャ三大悲劇詩人の一人エウリピデスによる王女メデアの子殺しが題材だ。メデア(エミリー・コゼット)は、愛する夫イアソン(ウィルフリード・ロモ リ)と二人の子供たちとの幸せな日々を送っているが、ある日、夫の不倫現場を目撃。嫉妬に狂い、最愛の我が子を手にかけてしまう。この日の‘不倫相手’を 務めたのは、スジェのアリス・ルナヴァンドだった。
冒頭シーンは右手奥に大木が置かれただけのシンプルな舞台だが、天井から吊り下げられた無数のバケツが不気味な物語を暗示する。やがてバケツが天井に引 き上げられると、メデアが子供たちにバケツを渡して水を汲ませに行かせたり、木登りに戯れたりする家族の平和な日々が描かれる。それが、どことなく不自然 で、違和感を覚える。オペラ座バレエ学校の生徒が演じる‘子供’は無邪気なのに、真紅の衣装をまとった母親役のコゼットは長い手足をいかして、エキセント リックなまでにシャープな動きを見せるからなのだろう。

エミリー・コゼット


 そこに現れたロモリは、コゼットとデュエットを踊るのだが、コゼットの派手な立ち居振る舞いの前では影が薄い。終始、彼女にリードされ、引きづられ、ま るで「尻に敷かれた夫」として映る。しかし、東洋人の血を引くルナヴァンドが登場すると、ロモリに変化が起こる。硬質なイメージを漂わせていた妻役のコ ゼットの踊りとは対象的に、ルナヴァンドは身体をしなやかにくねらせながらロモリの気を引くのだ。そんな女とのデュエットでは、ロモリが荒々しく仕掛けた り彼女が手足をからませたりと、むつみあう男女が描かれる。


アリス・ルナバンド
 男女の組み合わせによって、こうも変わる人間の本性を、身体表現を通じて浮かび上がらせる振付も然ることながら、時間軸の中で感情の変化を視覚化するダンサーたちの資質に驚かされた。両者の相乗効果があってこそ、尋常でないドラマの展開に確固たる必然性がもたらされる。
最終場面の衝撃は、百聞は一見に如かず。写真を見ていただきたい(この写真では、メデア役はデルフィーヌ・ムッサン)。夫への復讐心から子供たちを殺め てしまう母親が用いるのは、冒頭で「伏線」として提示されたバケツだ。メデア自身が赤い水を入れたバケツを床に置き、子供たちと自らの身体にその「血」を 浴びせた上で子供の頭にバケツをかぶせ、床に倒してしまう。バケツの下から「血」で染まった小さな身体がのぞく凄まじさに、客席からは子供の泣き声も聞こ え、私にも戦慄が走った。
一方、全身から「血」を滴らせ、放心状態で立ちすくむメデアに、もはや「母親」の存在は認められない。むしろ、狂気の沙汰を繰り広げた肢体から、何ともセクシーな香りが漂うのだ。おどろおどろしく演じられることが多いギリシャ悲劇に、官能という死臭を放った舞台だった。

 

ムッサン、ブリダール、ズスペルギー デルフィーヌ・ムッサン
(※写真は舞台評の日とキャストは異なります)



GENUS『ジェニュス』
試行錯誤の末の新作か

  オペラ座に今回デビューした振付家のウィエン・マッグレガーは1970年、英国マンチェスター南部生まれ。ニューヨークなどでダンサー修行を積んだが、後 に帰国して振付に専念する。その表現形式とスタイルの独自性で1990年代には「若き天才」としてロンドンで脚光を浴び、2006年シーズンにはコベント ガーデンのレジデント振付家に任命された。流動性と鋭角な動き、停止ポーズとのコントラストから生み出される身体ヴォキャブラリーが、純粋なメッセージを 発する、と評価されている。

この作品のタイトルの意味は、人類の系譜、すなわち進化論。マッグレガー自身が「ダーウィンによる進化論の画期的な視点、挑戦的な発想に魅せられまし た」と語っているように、舞台上に設けられたスクリーンで、虫や小動物、サル、類人遠、人間の祖先である”ルーシー”と思われるイラストを映し出す。その 前で、パ・ド・ドゥや群舞の組み合わせで次々にフォーメーションを変えてゆくという手法だ。

ロンベーグ、デュケーヌ

 


コゼット、ファヴォラン
  当初配役されていたマチュー・ガニオが怪我で降板し、この日のパ・ド・ドゥを踊ったのは、ステファニー・ロンベルグとクリストフ・デュケーヌ、エミリー・ コゼットとステファン・ファヴォランだった。いずれのカップルも、連続したシャープな動きを正確にこなしてゆくテクニックの高さが際立っていたが、それぞ れのダンサーの個性は見えてこない。誰が踊ってもインパクトに大差のない、個性を排除した振付なのだ。

全体的にはウィリアム・フォーサイスの『インザ・ミドル・サムワット・エレヴェイテッド』を彷彿とさせられる構成だが、フォーサイスがあくまでもクラ シック・バレエを原点に身体の軸をずらさないスタイルなのに対し、マッグレガーの動きはコントラクション(弛緩)が基本だ。関係者からも、「オペラ座ダン サーにとっては、かなり身体的な負担を伴うものだった」と聞かされた。
進化論という一大テーマに着想を得たマッグレガーの試みは、やや頭脳に頼りすぎたきらいがある。生身のダンサーの身体機能や感覚が作品に埋もれてしまっていたのは残念だった。

 

ベランガール、ウルド=ブラアム  


ドロテ・ジルベールがエトワール昇格
スト継続中での異例な『くるみ割り人形』


 11月19日、バスティーユ劇場で上演された『くるみ割り人形』でクララを踊ったドロテ・ジルベール(23)がエトワールに昇格した。これでオペラ座の エトワールは男性10人、女性8人の計18人になった。当日はオペラ座のストが継続中で、大道具、照明、衣装係などが仕事についていなかったため、主役二 人(相手役はマニュエル・ルグリ)のみがコスチュームをつけただけで、ほかのダンサーは稽古着で登場。舞台装置もテクニカルな照明もないなかでの異例の上 演となった。
 そのために払い戻しを求めた客も少なくなかったが、それでも観たいという熱心なファンたちが最後まで舞台を見守っていたなかでのエトワール発表だった。 11月30日現在、『くるみ割り人形』が上演されたのは、この19日の1公演のみ。ジルベールは12月4日の公演の出演が決まっているが、スト解除の見込 みはまだ立っていない。

ドロテ・ジルベール ドロテ・ジルベール、マニュエル・ルグリ