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斎藤 珠里 text by Julie Saito 
[2007.11.12]

L'OPERA NATIONAL DE PARIS パリ・オペラ座公演から

HECTOR BERILIOZ/SACHA WALTZ : ROMEO ET JULIETTE ベルリオーズとサシャ・ヴァルツ『ロメオとジュリエット』

 

 『ロメオとジュリエット』
 

  フランス・ロマン派の作曲家エクトール・ベルリオーズの劇的交響曲に気鋭ドイツの女流振付家サシャ・ヴァルツが挑んだ新作『ロメオとジュリエット』が10月5日から20日、バスティーユで世界初演された。

 ここ数年、オペラ座のジェラール・モルチエ総監督と、バレエ部門のブリジット・ル・フェーブル芸術監督がオペラとバレエの融合を試みてきたプロジェクト のひとつ。公演日程のうち、前半を指揮したのは世界の名だたるオペラやコンサートの舞台で活躍するロシアのワレリー・ゲルギエフ。演奏は現在フランスでは ナンバー1との定評があるオペラ座管弦楽団、歌手もそうそうたる顔ぶれだったからチケットの入手は困難を極めた。ゲルギエフが振った最終日の16日は、 ジュリエットにオレリー・デュポン、ロメオにエルヴェ・モローという豪華カップル。その‘プレミア’ものの舞台を観た。

 ヴァルツは、2005年に『ディドとアレナス』、2006年に『メデア』を振付けてきた。いずれも歴史に残る「愛」をテーマにした作品にインスピレーションを受けたもので、今回の作品が3部作のいわば完結編にあたる。
『ロメオとジュリエット』というと、プロコフィエフ作曲の音楽を連想する人が多い。ベルリオーズの作品の中でも、それほど上演回数が多くない『ロメオとジュリエット』を、あえてヴァルツが選んだ理由は何だったのだろうか。

 舞台装置を担当したのは、ヴァルツ、ピア・マイヤー・シュリヴァー、トーマス・シェンクと、ドイツ勢。舞台の上に、大きな床が2枚、蝶つがいのように後 方で繋がっていて、上下開閉しながら場面場面にアクセントをつけてゆく。照明は、世界の名門バレエカンパニーの舞台を数多く担当し、来夏に初来日公演する パリ・オペラ座のオペラ作品『アリアンヌと青髭』も手がけているデイビッド・フィンだ。

 シンプルな舞台に、ジュリエット側のキャピレット家のダンサーは白、ロメオのモンタギュー家のダンサーは黒の衣装で統一されたシャープなコントラストが 目に飛び込んでくる。無味乾燥としたパーツばかりで構成された舞台なのに、フィンの照明はやさしい光を当てたり、陰影を落としたりすることで、人間ドラマ に複雑な表情をつける。さらにヴァルツは、バレエ的な動作とは対照的な、人間の日常的な動きの延長線上で振付けることにこだわる。

 振付けにあたっては、主演ダンサーたちと共に東ベルリンで6週間の「合宿」を行った。ヴァルツの思いを、それぞれのダンサーたちが感じ取り、身体ヴォ キャブラリーに置き換えてゆく作業だったという。その中からエッセンスを抽出してゆくという丁寧な作業の積み重ねが、今回の舞台の随所に見て取れた。

 デュポンは、丸みを帯びた動きで女性的な表現力を持ちながら、足先でひょいとロメオを弾いたり、ぴょんぴょんと飛んだりすることで、原作で設定された 14歳というヒロインの天真爛漫とした少女らしさを無理なく演じる。一方のモローは、ピルエットやシェネといった舞台の上を水平に移動する動作のリズムに 絶妙な変化をつけ、次第に両者の関係が深まってゆく時間の流れを能動的に表す。

 中でも、バルコニーの場面は出色の出来だった。開閉式の床が次第に持ち上がり、その上に立ったジュリエットとの別れのシーンで、ロメオは背伸びしながら 腕を伸ばし、彼女の小さなつま先にそっと触れる。すっとその場を離れるデュポンの軽やかに浮かび上がったシルエットは、ダンス作品であることを忘れさせる ほどリアリティーに満ちていた。その残像があまりにも美しいだけに、作品後半の悲劇的クライマックスへと、流れは一気に加速して急展開してゆく。

 モローの演技で際立っていたのは、ジュリエットとの許されない恋に苦悩する場面だ。開閉式の床によってつくられた壁を、何度も何度もよじ登っては落ち る、という繰り返しが続く。愛する二人の思いの成就を阻む「家」という巨大な壁。社会の壁の前では、個人は成すすべもなく、努力は水の泡になってしまうと いう現代にも通じるメッセージが痛烈に発せられる。息も絶え絶えに、壁に向かって駆け上ってゆく、ひたむきなモローの姿は、見るに耐えないほど残酷だっ た。音楽を思い切って停止させ、一人のダンサーに舞台のすべてをゆだねたヴァルツの勇断とそれに全身で応えたモローの迫真の演技に客席はしんと静まり返っ た。

 最終場面は圧巻だ。小石の下に埋められたジュリエットを、じゃらじゃらとにぶい音をさせながらロメオは懸命に引きずりあげるものの、死人同様のデュポン とモローのデュエットは虚しく、ダンスを超えた悲痛な叫びにも似ていた。服毒自殺を遂げたロメオのそばで息を吹き返したジュリエットが、脱力したロメオの 腕をとり、バルコニーの場面では自分のつま先に触れた指先を、今度は自らの喉にあてて嗚咽するのだ。この作品がオペラであることも、バレエであることも忘 れさせるだけの緊迫感をもって、男と女の原点を指し示したヴァルツの最高傑作だと言っても過言ではないだろう。

『ロメオとジュリエット』

 
パリ国立オペラが発行する隔月刊誌「Ligne8」16号(2007年9・10月号)から
同誌に掲載された「ベルリンからのキス」と題された現地取材レポートは、バレエ上演会場と稽古場の双方が一体となった東ベルリンのラディアルシステムと呼ばれるサシャ・ヴァルツ(SW)の拠点での様子を次のように伝えているので、一部、紹介したい。

 SWはテーマを特定することなく、ある動きについての即興をするようにダンサーに求める。  エルヴェ・モローはイネス・ピオヴサン記者の質問に答えて「オレリー・デュポンとのパ・ド・ドゥでSWはイメージも、人物も、感情も話しませんでした。『二人の身体が常に結ばれていること、体の接触は片時たりとも失われてはいけない』とだけ短い指示を出しただけです」。

 SWはダンサーのグループから離れて見守っていたり、彼らにまじって踊りだしたり、メモを取るために別室に消えたりした。ダンサーひとりひとりの個性に 注意を払い、注意深く見守り、それぞれの踊り手の身体の内側から自然に出てくるイメージをつかむために自由に踊らせる。一つのムーブメントに目が留まると ダンサーの方に移動し、自らがガイド役となり、あらゆる緊張から解き放たれた裸の動きが見つかるまで傍らを離れない。ダンサーは自分の表現の可能性のすべ てを彼女の前で体の内部からくみ出そうとする。

 ロレンス神父役に臨んだウィルフリード・ロモリは、次のように話した。「SWは自分の身体によって動きを決めてから、そうして決めた動きをダンサーに伝 えるというやり方はしません。ダンサーとのやりとりからムーブメントを構成していきます。私のソロのために、私が提案したことのなかで彼女に気に入ったも のはあったし、採用されなかったものもあります。さまざまなPasを示してくれました。そのうちのいくつかはわたしというダンサーには向いていない、ぴっ たりしているのはこのパ、という風に彼女が判断していきました。本当に自由に踊らせてくれると同時に厳しさと細部までの明確さがかね備わったのがSWの振 付でした。わたしたちダンサーがムーブメントを生み出したのにも関らず、SWがそれを純化し、細部に磨きをかけ、一つ一つ手にとって取り上げていって彼女 の動きそのものとなっていったのには目を見張らざるを得ませんでした」