ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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斎藤 珠里 text by Julie Saito 
[2007.02.10]

THEATRE DES CHAMPS-ELYSEES シャンゼリゼ劇場

Sylive GUILLEM et Russell MALIPHANT : PUSH
話題の『PUSH』、振付家マリファントとギエムの世界

 2005年にロンドン・サドラーズウエルズ劇場で披露されたラッセル・マリファントの作品群『PUSH』が 12月28日~1月7日、シャンゼリゼ劇場で上演された。日本でも、すでにギエムがソロの『TWO』、マッシモ・ムッルと組んでデュエットの『PUSH』 を披露しているが、今回はギエムのために一昨年つくられた『SOLO』と振付家マリファント自身が踊る『SHIFT』も含めたプログラムだ。一連の作品を 通して、ギエムが入れ込んでいるマリファントの魅力を味わってみた。(1月5日)

  最初は、ギエムの『SOLO』。ベジャールの『ボレロ』の出だしを思わせるように小さなスポットライトが静かにギエムの身体シルエットを浮かび上がらせ、 叙情的なフラメンコギターが流れるなか、柔らかい手の動きから始まる。徐々に行動範囲は広がっていき、40歳を過ぎてもなお超人的な身体能力が色褪せない ギエムの世界へと引き込まれてゆく。自由自在に身体を操れるということ、それは、物事の本質を見極めるために必要不可欠な精神の開放を象徴しているように も感じられた。バレエの基本には忠実に、でも自然に、淡々と、自由に踊っている。バレエやコンテンポラリー・ダンスという枠には収まらない、天使のような 舞だった。

マリファント自身が踊った『SHIFT』も、『SOLO』の世界に通じるものがある。白い麻の作務衣のような衣装をまとった姿は、まるで修行僧。ヨガに インスピレーションを受けた静かなる動き。ひとつひとつ、自らの身体感覚を確かめるようにステップを踏み、身体が移動してゆく。重心を限りなく高めること を求めるバレエでもなければ、重心が不安定で低く、人間くささを前面に押し出した舞踏とも違う。風の赴くままになびく一人の男、に過ぎないのである。

「PUSH」
ギエム、マリファント

  前の2作品とは打って代わって『PUSH』はエネルギッシュだ。光の残像を駆使した照明、海底にもぐったときのような錯覚を覚える音響効果も手伝って、 極めて人工的な空間がつくられる。もともとトリオとして振付けられた作品だが、ソロで踊ったギエムは、的確でシャープなプレースメントから連続写真をみて いるような効果を生み出す。集中力の高いギエムならではの、真骨頂ともいえる作品だった。


「PUSH」
ギエム、マリファント
  休憩を挟んで、いよいよマリファントとギエムによる『PUSH』。筋肉質のギエムと、ヨガで鍛えた柔らかい身体のマリファント。まるで、男女が逆転してい るかのような2人の肉体が絡みあう。30分間にも及ぶ作品だが、ギエムはほとんどマリファントの背中から降りず、マリファントは淡々とギエムを運ぶ。日本 でマッシモ・ムッルと組んだときには、男性の「性」を感じさせるムッルとの間でセクシーなコミュニケーションがのぞいたが、今回は趣が違う。修行僧のよう なマリファントに安心して身を任せたギエムは、全身を研ぎ澄ませ、自らの内なるエロスを全開させる。それは、むしろ神秘的な女体を生贄として捧げる崇高な 儀式にも似ていた。


 静と動を組み合わせた4作品には、東洋哲学に通じる美意識がある。そこには、ギエムの動、マリファントの静も呼応していて、ふたりの異なる呼吸が融合したり、化学変化を起こしたりする妙が楽しめた。