ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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斎藤 珠里 text by Julie Saito 
[2006.12.10]

BALLET DE L'OPERA パリ・オペラ座から

Duato/Lock/Millepied トリプルビル : ドゥアト/ロック/ミルピエ

 オペラ座で11月10~18日、気鋭の振付家ナチョ・ドゥアト、エドゥアール・ロック、バンジャマン・ミルピ エによる作品が上演された。ロックの『アンドレオーリア』は2002年、ドゥアトの『ホワイト・ダークネス』は2001年に創作され、ミルピエの『アモ ヴェオ』は新作。いずれも官能的な世界を抽象的に描写した作品だったが、観客層の中心は普段のオペラ座と変わらず4、50代。オーケストラ席はさらに年配 層で占められていたものの、幕間には作品について熱心に意見を交わす姿が見受けられ、カーテンコールで盛んに「ブラボー」が飛びかっていたのが印象的だっ た。(ガルニエ宮・18日)

Edouard Lock : ANDRE AURIA エドゥアール・ロック : 『アンドレオーリア』
ヴィジュアル効果でゲームに引き込む


 1954年生まれのロックは、カナダを代表するカンパニー「ラ・ラ・ラ・ヒューマンステップス」の芸術監督を 務める。一昨年の来日公演では自身の手で映画化もされた『アメリア』が話題になったが、パリ・オペラ座のために振付けたこの作品にも、視覚的効果がふんだ んに盛り込まれている。ポワントの極限に挑むような難易度の高いテクニック、スピード感、スリリングな音楽が相乗効果を高めあい、緊張感にあふれた舞台を つくりあげていた。

 舞台の上にピアノが2台。淡々と同じ音が繰り返され、メロディーは奏でない。打楽器として使用される硬質な音色のピアノが作品の乾いたイメージを提示す ると、ストライプに透かしが入った黒いレオタード姿の女性ダンサーたちが登場する。リズ・ヴァンダルの衣装は、まるで黒アゲハ蝶。素肌が透けてみえ、素足 にトゥシューズという艶かしい格好が目を引く。が、ロックにとってトゥシューズは過去へのアンチテーゼなのか。激しくトゥで立って踊る女性たちには可憐と いうよりも、むしろ暴力的という表現が似合って見えた。

 このところ活躍が目立つプルミエール・ダンスーズのエミール・コゼットは、10月公演の『白の組曲』(リファール)で新進エトワールのマチュー・ガニオ とエルヴェ・モローを相手に華やかなパ・ド・トロワを披露したが、コンテンポラリー作品でも刃物のように切れのいい動きをみせた。振付自体は、不条理とも いえるような淡白なパの連続が続く。男女の感情の交流にも不可解さを残す。しかしコゼットは、ひとつひとつの動きに抑揚をつけ、動きそのものを幾何学模様 のようなモチーフとして観客に提示する。やがて個々の動きが意味をもちはじめ、パ・ド・ドゥへと発展したとき、モノトーンだった舞台が急に色彩を放つ。感 情表現を否定したような作品で、ダンサーは「パ」というボキャブラリーを駆使しながら観客を視覚的なゲームに誘導していく---。そんなロックの鬼才あふ れる演出を十分に味合わせてくれた。


『アンドレオーリア』

『アンドレオーリア』


Nacho Duato : WHITE DARKNESS ナチョ・ドゥアト : 『ホワイト・ダークネス』
麻薬中毒症状をダンスで表現


 ドゥアトは1957年、スペイン・ヴァレンス生まれ。9人兄弟のうちの6人の姉妹がダンスの道を歩んでいるというから、正真正銘のダンスの家系の出身と いえる。とはいえ、最初はミュージカル系の仕事を手がけるが、自分はクラシック・ダンスの方が好きだと悟りムードラ・ベジャールへ転校。その後、ニュー ヨークでアルヴィン・エイリーのテクニックを学び、同カンパニーへの入団を目前に、滞在許可の問題でヨーロッパへとんぼ返り。そしてマッツ・エック、イ リ・キリアンのカンパニーを渡り歩いたという、ダンサーとしてはいいとこ取りの経験をもつ。その様々なエッセンスで、ドゥアトの作品は形作られている。

 乾いたロックの世界と打って変わり、詩的でウェットな女と男を表現するのがドゥアトの持ち味だ。この作品は、麻薬中毒患者の精神状態を題材に、苦悩する 姿を描写する。私が観た組み合わせは、マリ=アニエス・ジロとウィルフリード・ロモリだった。ジロは、これまで精神病棟を舞台にしたマッツ・エックの『ジ ゼル』でも好演してきたたように、頑強な身体を持ちながらも壊れんばかりの内面を表現するのが得意だ。長くしなやかな手足を最大限に活かした大きな演技か ら、悲しみが伝わってくる。ジロの青ざめた表情も手伝ってか、決して大げさにならない。幻覚をみる中毒患者をここまで演じられる力量には驚かされた。

一方のロモリは、あくまでもジロを立てているといった役回りに徹する。麻薬中毒症状によって浮き沈みある女性(ジロ)の妖しい魅力と危なさ。そこに引き付 けられたり、ときには反発したりする男。やがて訪れる悲劇・・・。テーマ性はマッツ・エックの世界ともだぶって見えるが、ジロとロモリのパ・ド・ドゥなど はもっとクラシック・バレエの域に入っている。奇をてらわず、自然体に、日常の動きがベースになったドゥアトの振付は、見ていて心地よかった。


『ホワイトダークネス』

『ホワイトダークネス』


Benjamin Millepied : AMOVEO バンジャマン・ミルピエ : 『アモヴェオ』
新鋭振付家の古典的な世界


 ミルピエは1977年、フランス・ボルドーに生まれ、幼少期はセネガルで育った。アフリカン・ダンスとコンテ ンポラリー・ダンスを教える母親の影響を受けて13歳でリヨン国立高等音楽院(ダンス)に入学。その後、ニューヨーク・シティバレエ団付属のスクール・オ ブ・アメリカン・バレエで学び、1994年のローザンヌ・バレエコンクールで受賞。同団に入って3年目にプリンシパルに昇格し、ジョージ・バランシンや ジェローム・ロビンスの主要作品の担い手として活躍している。その一方で、振付家としても頭角を現し、現在はニューヨーク・バリシニコフ・アーツセンター のレジデンス・コレオグラファー、ブリッジハンプトン・モリス・ダンスセンター芸術監督の肩書きも持ち合わせる。

 今回は、29歳のミルピエが故郷フランスのオペラ座から委嘱されて発表するとあって、フランス国営放送が取り上げるなどメディアの関心も高かった。音楽 は、フィリップ・グラスの作品をアレンジしたオリジナル。混声合唱と弦楽器、管楽器が組み合わされていた。歌詞は、ドレミファ・・・で歌われ、メロディの モチーフは「ファ・ミ・レ・ド」といった音階がベースになっている。途中で、ワン・トゥ・スリーといった数字も発せられ、単純化された音楽的記号が身体表 現の核にもなっていた。

 衣装(マーク・ジェイコブス)は、ローマ時代の兵士を思わせるような金色を基調にしたネオクラシック・スタイル。舞台美術(ポール・コックス)は、バックスクリーンにカラフルな色を格子に組み合わせて映し出し、時間を追って刻々と変化させてゆくシンプルなものだ。

 群舞は男女10組で、ユニゾンの動きが中心だ。ミニマル音楽の刻みに呼応して小さなパが幾重にも組み合わされて動きの集合体を形作ってゆく。動き自体に 斬新さはないが、振りと音楽、バックスクリーンの視覚映像がぴったり重なり、少しずつ淡いエネルギーを発散しはじめる。男と女が出会い、小さな物語がここ そこに生まれるというテーマを静かな時間の流れで追うという手法だ。

最 後に登場したのは、主演のオレリー・デュポンとニコラ・ル・リッシュ。2人のデュエットは美しいのに、バックに流れた英語のナレーションには違和感があっ た。「公園のベンチに座る男と女。月の輝きに照らされ、2人の表情は輝きを増し、やがて口づけを交わす・・・」。そこまで緻密な計算で構成されてきた作品 が、陳腐なセリフでぶちこわされたような気がした。オペラ座レパートリーとして今後も再演されるだろうが、このエンディングだけ何とかならないものだろう か。もっとも英語のわからないフランス人観客にとっては、ナレーションがBGMとして聞こえただけだったのかもしれないが・・・。

『アモヴェオ』