ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From Paris <パリ>: 最新の記事

From Paris <パリ>: 月別アーカイブ

斎藤 珠里 text by Julie Saito 
[2007.02.10]

COMPANIA ANTONIO GADES:CARMEN 新生アントニオ・ガデス舞踊団の『カルメン』

 フランメンコ界のみならず、カリスマ的振付師・ダンサーとして世界に名を馳せたアントニオ・ガデスが67歳で他界して3年がたつ。昨年、ガデスの遺志を 継いで結成された新生「アントニオ・ガデス舞踊団」は、フランス各地をツアーしている。日本でも、2月24日からガデスの名作『カルメン』や『血の婚礼』 などが上演される予定だ。日本公演に先立ち、リヨンのメゾン・ド・ラ・ダンスで『カルメン』の舞台を観た。(1月25日)

 今回の配役では、ガデスとの長年の名コンビで知られ、新ガデス舞踊団の芸術監督に も就任したステラ・アラウソがタイトルロールに復活。
ホセ役には1965年生まれのアドリアン・ガリアが抜擢された。ガリアは、パリ・シャンゼリゼ劇場の「バレエ・エトワール・ガラ」にパトリック・デュポン らと肩を並べて出演したり、モスクワ・バレエ・ガラにゲストとして招かれてマヤ・プリセツカヤやナターリア・マカーロアと共演したりした経験がある。クリ スティーナ・オヨス舞踊団ではオヨスの相手役を務めていたという実力派。ガデスの十八番だったホセ役をどう演じるのか、注目が集まった。

バレエの『カルメン』といえば、ローラン・プティ、マッツ・エック、アルベルト・アロンソ、石井潤などの振付家が手がけてきた。いずれも、魔性の女カル メンをめぐるドン・ホセと闘牛士エスカミーリオの対決、対照的な男性像、三角関係をどう描くかが演出の見せ所だ。しかし、ビゼーのオペラ『カルメン』と比 べると、バレエでは筋を追うよりも三角関係における内面の葛藤に焦点をあてたものに集約され、より抽象的な表現も多い。


その点、人間の情に真正面から向き合うのがフラメンコ。さらに原作メリメの『カルメン』の舞台は、フラメンコのメッカでもあるアンダルシア地方だ。実際に あった男女の痴話げんかがもとの殺傷事件が物語のベースにもなっているぐらいだから、フラメンコで表現される『カルメン』の人物像は、原作にもっとも近い のかもしれない。

確 かに、ガデスが演出したカルメンは、もっと下品で人間くさい。“魔性”のイメージも、ミステリアスには描かない。ホセの前で自らの身体を撫で回したり、脚 を大きく広げたりして誘惑する百戦錬磨のワルなのだ。肉感的なアラウソは、それを地で演じているのかというほど自然だ。かたやホセを演じたガリアは、強烈 な“女”の魅力の前にひとたまりもない。個人的には、営巣を脱走するホセの葛藤をもっと描いてほしかったが、ラテンの男は案外、惚れた女の前では形無しな のかもしれない。いとも簡単に、恋に“落ちて”しまうのである。


次なる山場は、カルメンがホセを捨て、闘牛士エスカミーリオに走りよる場面だ。ホセとの蜜月など全く念頭にないかのように、わざとらしくポイしてしまう。 しかし、そんな心無い行動とは裏腹に、観客の脳裏に焼きつくのは、アラウソがホセに投げかけた不可思議な一瞥だ。それは、いかようにも理解できて奥が深 い。

そのまま解釈すれば、「もう、あんたとはお別れよ」という最後通牒。しかし、その裏の裏を読むとすれば、「私を取り返せるものなら、取り返してみなさい」ともとれる。つまり、本心はホセを愛していて、あえて嫉妬心を煽るために別れる素振りだけをした、ということだ。

私は、ホセが後者のメッセージを受け取ったと確信した。それまでは、ちょっと心もとないホセ役のガリアの立ち居振る舞いが、この一瞬から変わったからだ。 エスカミーリオにつかみかかったり、カルメンにも強気を見せて立ちふさがったり・・・。ホセが男の本領を発揮しはじめる。それは、心の高鳴りに呼応するか のような足踏みにも確実に現れて、緊迫した舞台をつくりあげてゆく。

2人の男の対決に挟まれて、アラウソは困るどころか、ますます魅惑的な踊りをみせる。なかでも、大きい手から紡ぎだされる表情が見事だ。彼女の演じるカル メンをみていると、愛する女のためなら何でもするという男の欲情を掻き立てることを、自らの使命と思っている節がある。それは、サロメの「7つのヴェール の踊り」にも通じる狂気に満ちたものだ。ただ、小柄で細身なガリオとエスカミーリオ(アントニオ・イダルゴ)に対し、中年の域に達しているアラウソは重量 感のある大柄な女性だ。バレエ的な見地からは違和感が否めないが、フラメンコの世界では小男と大女の組み合わせは珍しくない。


ガデスが演出した舞台には、日常のフラメンコダンサーの稽古風景や、仲間うちの悪ノリも盛り込まれていて面白い。衣装も、闘牛士を除いては、男性はジーンズ、女性も腰布をまいた普段着で、『カルメン』がどこにでもある物語というメッセージを発している。

コンテンポラリーダンスが盛んなリヨンには、昔から様々なフラメンコカンパニーが訪れている。公演後、劇場のロビーでは、1983年初演から間もなくリヨ ンで踊ったガデスの『カルメン』との比較で持ちきりだった。この日の公演に「大満足だった」と顔を上気させた70代の老婦人3人組は、「ガデスの踊ったホ セは一風違っていた」と話してくれた。ガリアが演じたホセよりも、もっと強気なホセだったというのだ。
確かに、3者のどろどろの葛藤が見たければ、ホセがもっと自分を打ち出した方がいいのかもしれない。しかし、アラウソの存在感は、ちょっとやそっとでは太刀打ちできないほど大きい。ならば、現代風に優男もいいではないか。

ガデスという大御所を失っての『カルメン』。鳴り物入りの復活公演なだけに、演じる方も見る方もハードルが高い舞台に違いない。