[ウィーン] 1ヶ月ダンス浸けのウィーン国際ダンスフェスティバル「インバルスタンツ」

「インパルスタンツ(ImPulsTanz)」という国際ダンス・フェスティバルをご存じでしょうか。
「インパルスタンツ(ドイツ語ではインプルスタンツ)」は、毎年ウィーンで開催されている欧州最大ダンス・フェスティバルのひとつです。ウィーンというと、コンテンポラリー・ダンスというよりは、オペラやバレエのような「クラシックな」イメージが先行してしまいますから、その影は、ちょっと薄く感じるかもしれません。
先日パリ・オペラ座バレエを引退したマニュエル・ルグリが、2010年9月からウィーン国立歌劇場バレエ団芸術監督に就任するなど、話題も伝統的なダンスが中心です。そこで、今回はウィーンの現代的なダンスフェスティバルの魅力をご紹介したいと思います。

ウィーンはどこへ行っても劇場か美術館に辿り着くほど、芸術が人々のすぐ身近にある街ですから、多くの住民が観劇ライフを楽しんでいるようです。秋から翌年春にかけてのオン・シーズンでは、劇場独自の舞台作品が製作されたり、企画されていますが、インパルタンツは、こうした公の劇場の夏休みを1ヶ月間利用して開催されています。ドイツ語の「ImPuls」は、脈打つという語源から、定期的な開催を目指したフェスティバルという意味だそうで、1998年に今の名前になりました。

26回目を迎えた今年のインパルスタンツは、すでにウィーン市を中心にたくさんのスポンサーのサポートを得て、約1ヶ月の間に、10ヶ所を超える劇場や美術館、ギャラリーにて、40以上の公演を上演、世界中から3万人が集まる大規模なフェスティバルになってます。

今年のフェスティバルのメイン会場となったMQホール前

今年のフェスティバルのメイン会場となったMQホール前

MQホールのある複合文化施設ミュージアム・クワティエ

MQホールのある複合文化施設ミュージアム・クワティエ

「8:tension」など実験的な公演の会場となったShauspielhaus前

「8:tension」など実験的な公演の会場となったShauspielhaus前

今年は、ローザス、イリ・キリアン、マギー・マラン、ヤン・ファーブルといった著名アーティストの作品から、ボリス・シャルマッツ、ザヴィエ・ル・ロワ、オリヴィエ・デュボワなどのより実験的な作品で定評のあるアーティストが紹介されたほか、若手振付家を紹介するシリーズ『8:tension』などでは、あまりに過激すぎて、日本では上演不可能な作品も見られました。また、ウィーン在住の日本人ダンサー松根みちかずとダービッド・スバルによるインスタレーション/ライヴ・パフォーマンス『One hour standing for』や、ギャラリーでのパフォーマンスなど、いわゆる劇場の枠にとらわれない観客参加型の作品、セリフや映像などを多用したコンセプチュアルな作品など、ジャンルを横断したパフォーマンスが多いのも特徴でした。

真ん中にライブパフォーマンス中の松根みちかず氏とダービッド・スバル氏。端の2人は飛び入りでパフォーマンスに参加した観客。(このパフォーマンスは、2009年12月4日、高知県立美術館にて上演予定)

真ん中にライブパフォーマンス中の松根みちかず氏とダービッド・スバル氏。端の2人は飛び入りでパフォーマンスに参加した観客。(このパフォーマンスは、2009年12月4日、高知県立美術館にて上演予定)

また、著名な振付家の作品といっても、新作だけを上演するのではなく、現代の古典といえるような過去の名作から、最近の作品までがラインナップされ、ひとりの作家の創作の歴史を追体験することができるようになっていたり、さらにそのアーティストが若手の舞踊家を指導するリサーチプロジェクトが組まれたりと、新作を製作・上演することに重きをおいているフェスティバルも多い中、インパルスタンツでは、常にアーティストの育成への視点を強く感じます。
たとえば、フランス・ヌーベルダンスの中心的振付家であるマギー・マランは『メイB』『Umwelt』、『Description d'un combat』の3作品を、ベルギーを代表するローザスは、日本のコンテンポラリー・ダンス人気の火付け役ともなったカンパニーのデビュー作『ローザス・ダンス・ローザス』と最新作の『The Songs』の2演目を上演しました。
これらの公演と並行して、マギー・マランが若手舞踊家を指導するコーチング・プロジェクトや、ローザスのダンサーが『ローザス・ダンス・ローザス』を直接指導するワークショップが行われていました。これらの振付家のほか、マリー・シュイナール、ラ・ラ・ラ・ヒューマン・ステップス、ジョセフ・ナジなど、メインストリームのアーティストたちが常連として継続的に参加していますが、そのベースには、すでにベテランとはいえどもサポートが充実しているわけではないコンテンポラリー界のアーティスト育成に向けたディレクターの熱い思いがあります。

マギー・マラン新作「Description DU Combat」

「ローザス・ダンス・ローザス」

「ローザス・ダンス・ローザス」

マギー・マラン新作「Description DU Combat」

古典作品に比べると、所詮創られては消えていく運命にあるコンテンポラリー・ダンス作品ですが、「上演することで作品の力が弱くなっていくのを防ぎたい」。そして過去の作品と新しい作品を並べることにより「アーティストや時代の成長を見せたい」と語る芸術監督カール・レーゲンスグルガーの眼差しは、遠く果てしなく、過去から未来までを見通しているかのように感じられました。

芸術監督カール・レーゲンスグルガーと筆者

芸術監督カール・レーゲンスグルガーと筆者

実はこのフェスティバル、1984年に小さなダンスのワークショップから始まりました。現在の芸術監督、カール・レーゲンスグルガーが、ブラジル出身の舞踊家のイズマエル・イヴォ(2007年のヴェネチア・ビエンナーレ、ダンス部門のキュレーター)と2人で、その当時ウィーンには存在しなかった現代のダンスを学ぶ「場」を作ることを目的に、集中ワークショップ「ダンス・ウィーク」を開催しました。現在では、同時に10ヶ所のスタジオで、200に近いワークショップが開催され、世界中から約3000人が参加する大プロジェクトへと発展しています。
ダンスのジャンルも様々、コンタクト・インプロヴィゼーション、リモン、リリース、バレエ、ヒップ・ホップなどのテクニック系から、フェルデンクライス、ピラテス、といったボディー・ワーク系、フォーサイスやローザス、トリシャ・ブラウンなどのレパートリー、アラン・プラテルの振付法や、そして最近ではヨガやフラなどのダンス経験のない方やキッズ向けのクラスなど、さらに初心者から上級者クラスまでときめ細かいコース設定があり、ダンスの専門の学校すらもたない日本にいる私たちには、同時に開催されるクラスの多様性に驚かされます。

ワークショップの最後に、講師のアンドリューと参加者が一緒に撮影

ワークショップの最後に、講師のアンドリューと
参加者が一緒に撮影

コンタクト・インプロヴィゼーションの開祖スティーブ・パクストンと活動を共にした舞踊家アンドリュー・ド・ロットビニエール・ハーウッドの指導するC.I.の基礎クラスでは、オーストリア国内はもちろんのこと、お隣のイタリアやポーランド、ギリシアや韓国、カナダなど本当に多様な国の参加者がいて、ダンサー同士の活発なコミュニケーションの場にもなっていました。

このようなクラス式のワークショップだけではなく、リサーチ・プロジェクトでは、プロのダンサーから振付家を目指したステップ・アップの場となるように、マギー・マランやボリス・シャルマッツといった第一線で活躍する振付家がアドバイスをするコーチング・プロジェクトやプロ・シリーズ、振付家の冒険などのプログラムや、ダンサーのレベルや志向に応じたプログラムが組まれています。さらに、このフェスティバル期間中開催されるフェスティバル参加アーティストによるオーディションに合格すれば、カンパニー・ダンサーになれたり、フェスティバルでの上演に参加できるなど、ダンサーにとってきめ細やかな配慮が随所にみられ、長い経験に裏付けられたワークショップ・プログラムになっていると感じました。

ワークショップの会場となっている国立劇場の倉庫。参加者はピンクの貸し自転車で移動します。

ワークショップの会場となっている国立劇場の倉庫。
参加者はピンクの貸し自転車で移動します。

また96年からは奨学生制度「ダンスウェブdanceWEB」が立ち上げられました。この奨学生(danceWebber)に選ばれると、すべてのワークショップや公演が無料で参加でき、ワークショップでの創作作品への優先的な出演などの機会が提供されるほか、奨学生を担当するメントー(Mentou指導者)が奨学生の問題を共有し、アドバイスを行ってくれるなど、プロのダンサーや振付家という真のアーティストとして活動していくための様々な問題に取り組む機会が与えられます。 

初の日本人奨学生となった生島さんとタンツクォーター・ウィーン(TanzquartierWien)で助成を得てダンスを学んでいる佐幸加奈子さん。生島翔さんは、プロ・シリーズで創作された、エステル・サラモンの『Transformers』に出演。(これは秋に開催の青山ダンス・ヴィエンナーレでも開催予定)佐幸さんは日本のバレエコンクールなどで受賞後、海外に留学、コンテンポラリーの面白さに目覚め、多くの振付家の元で学んでいるそうです。

初の日本人奨学生となった生島さんとタンツクォーター・ウィーン(TanzquartierWien)で助成を得てダンスを学んでいる佐幸加奈子さん。生島翔さんは、プロ・シリーズで創作された、エステル・サラモンの『Transformers』に出演。(これは秋に開催の青山ダンス・ヴィエンナーレでも開催予定)佐幸さんは日本のバレエコンクールなどで受賞後、海外に留学、コンテンポラリーの面白さに目覚め、多くの振付家の元で学んでいるそうです。

今年は初の日本人奨学生が2名誕生したそうで、朝から夕方まではワークショップやリサーチ・プロジェクト、夜は公演鑑賞と、充実したダンスライフを送っていました。毎年、40ヶ国から60名程度のダンサーが選ばれるとのことですが、西欧に比べ、アジアからの奨学生はまだまだ少ないそうで、公演会場などでも日本から来た日本人にはほとんど出会いませんでした。

ほかにも、フェスティバルラウンジと呼ばれるカフェバーでは、昼は参加アーティストを中心としたダンス・ビデオの上映会、夜には夜通しDJのライブでのダンスとインド映画とダンスのコラボレーションが行われたりと、寝る暇も惜しむほどどっぷりとダンスに浸れる1ヶ月が続きます。「参加しないなんて、もったいない!」次はあなたもぜひ出掛けてみてはかがでしょう。

インパルスタンツ・ウィーン国際ダンスフェスティバル
(ImPulsTanz - Vienna International Dance Festival)
[会期]2009年7月16日~8月16日
[会場]MQ Halle、Akademietheater、Shauspielhaus、Volkstheater ほか
ImPulsTanz  http://www.impulstanz.com/
danceWEB scholarship  http://www.jardindeurope.eu/

ワールドレポート/その他

[ライター]
唐津 絵理

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