鳴り止まない拍手喝采と繰り返されるカーテンコール、大成功をおさめた東京バレエ団のオーストラリア・デビュー公演『ジゼル』

ワールドレポート/オーストラリア

岸 夕夏 Text by Yuka Kishi

THE TOKYO BALLET 東京バレエ団 オーストラリア公演

"GISELLE" Choreography : Leonid Lavrovsky after Jean Coralli, Jules Perrot and Marius Petipa、Pas de huit adaption by Vladimir Vasiliev
『ジゼル』レオニード・ラヴロフスキー:振付、(パ・ド・ユイット):ウラジーミル・ワシーリエフ:改訂振付、ジュール・ペロー、ジャン・コラーリ、マリウス・プティパ:原振付

50年以上にわたり、32カ国155都市で海外公演の実績を誇る東京バレエ団。日本の舞台芸術を世界に向けて発信し、数々の偉業を成し遂げてきたカンパニーだが、今回の『ジゼル』公演前までは、オーストラリアではその存在すらあまり知られていなかったのではないだろうか。それでも、東京バレエ団にとって初めての訪問国となる、オーストラリア・メルボルン全11公演は観客に深い感動を与え、鳴り止まない拍手喝采、カーテンコールが何回も繰り返された。すべての公演がほぼ満席だった舞台をレポートする。

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TAB "Giselle" The Tokyo Ballet Akira Akiyama photo by Kate Longley

オーストラリア・バレエ団の創立60周年の一端として招聘された『ジゼル』公演は、同団の2023年シーズンプログラムに組み込まれた。2万人ほどと言われる定期会員らへ配信されるメールマガジンを通して、オーストラリア・バレエ団は『ジゼル』公演の情報を伝えた。嵐のような喝采が湧いた初日の舞台評は翌日には掲載され、オーストラリア・デビュー公演は絶賛された。賛辞が綴られた主要メディアの舞台評は週末明けの月曜日には出揃い、そこからさらにチケットを買い求める人たちが増えた。
オーストラリアのバレエファンは『ジゼル』に慣れ親しんでいる。それにしても、なぜこの時に『ジゼル』なのか? この質問は、初日公演2日前に掲載された一般紙「The Age」のインタビューと、公演プログラムの中でも芸術監督の斎藤友佳理に向けられた。斎藤はそれに対して、東京バレエ団の50周年プレ企画『ジゼル』公演に、デヴィッド・ホールバーグが客演したことからの繋がりと、オーストラリアでは観ることのない、ウラジーミル・ワシーリエフが改訂振付したパ・ド・ユイットが踊られることと答えている。

7月14日から22日までの11回公演では3キャストが組まれ、初日のジゼルとアルブレヒトは秋山瑛と秋元康臣、続いて足立真里亜と宮川新大、中島映理子と柄本弾というペアだった。
初日の舞台を観た。(6月12日付のワールドレポートに佐々木三重子さんが物語などを詳しく書かれています。https://www.chacott-jp.com/news/worldreport/tokyo/detail031852.html

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TAB Giselle The Tokyo Ballet Akira Akiyama and Yasuomi Akimoto photo by Kate Longley

幕が開くと劇場の空気が一瞬で変わった。ニコラ・ブノワの美術はオーストラリアの観客には新鮮だったのだ。それまでお喋りに興じていた観客は、遥か南半球まで運ばれてきた巨大なセットに静かな感嘆の息をこぼし、物語に惹き込まれていった。
秋山のジゼルは可憐で明るい純真な村娘で、一貫して一途な愛を表現し、観客の心を奪った。精緻な技巧で愛する喜びを表したかと思えば、はかなげな陰影が死を暗示させる。狂乱の場面では、不実な男への憎しみというよりも、無垢で繊細な魂が異界へ移りゆくさまに見えた。
秋元の端正な佇まいとすんなり伸びた脚から、村人に変装しても高貴な出自がにじみでる。バチルド姫の手をとる感情を抑制した横顔からは、ジゼルへの真摯な愛情は消えた。そしてジゼルの死に嘆き取り乱す姿は、物語を深く暗い闇に導いた。
パ・ド・ユイットではダンスが終わるたびに大きな拍手が沸き起こった。とりわけ男性ダンサー四人の卓越した技巧ががシンクロして披露されると、まだ踊り終わる前から拍手とブラボーの歓声が湧き上がる。美しい指先が印象的だったペザントのダンスが終わるまで、大きな拍手の波は何度も起きた。コール・ド・バレエに対して、このような熱い声援は珍しい。

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TAB. "Giselle" The Tokyo Ballet photo by Kate Longley

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TAB. "Giselle" The Tokyo Ballet photo by Kate Longley

第1幕では、劇場全体がとりわけ秋山に対する感嘆に包まれている中で、パ・ド・ユイットへの拍手喝采は稀に見るものだった。終演後、公演プログラムを見ながら熱心に話し込んでいる、7歳の女の子と母親に感想を訊いた。
「(特にパ・ド・ユイットで)私たち(オーストラリア人は)あまりにストレートに拍手しすぎちゃって、ちょっと恥ずかしいくらい」
「1幕が好き、物語がちゃんとわかった。舞台をトントンとステップで横切るところ」
女の子は今見たばかりの舞台を、私にもっと話したくてたまらないようだった。

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TAB "Giselle" The Tokyo Ballet Yasuomi Akimoto photo by Kate Longley

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TAB. "Giselle" The Tokyo Ballet Akira Akiyama photo by Kate Longley

第1幕が終わった時、満席の劇場には人々の高揚感が充満していた。
私の隣の席のダンサーらしい、美しい女性に感想を訊いた。
「ジゼルのマイム、役作りにどれほどの思考があるか見てとれる。軽さ、優美なアームスと指先が素晴らしい。ジゼルとアルブレヒト、二人とも技術的に卓越している。ジゼルのソロの時、アルブレヒトはいなかったでしょ? ジゼルはアルブレヒトに見て欲しかったんじゃないかしら。アルブレヒトはジゼルより出番が少なかったから、2幕が楽しみ」
名前を尋ねると、シャーニー・スペンサーと恥ずかしそうに言った。デヴィッド・ホールバーグがオーストラリア・バレエ団の芸術監督就任後に昇格させた唯一の女性プリンシパル・ダンサーだ。彼女は私をメディアと知らずに、私は迂闊にもシャーニー・スペンサーと気づかずに、第1幕の素晴らしさを熱を込めて話し込んでしまった。

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TAB "Giselle" Dancers of The Tokyo Ballet photo by Kate Longley

前述した「The Age」紙のインタビューで、斎藤芸術監督は第2幕の群舞についてこう語っている。「ウィリは霊です。恐ろしさの中にある美しさを表現しなくてはならない。それぞれが役を生き、みんなの醸し出すエネルギーで、観客をその世界に連れていかなくてはならないのです」
ミルタ役の伝田陽美は疾風のように墓場を駆け抜け、手にした枝は剣の如く、ウィリの女王の氷のような冷たさを余すことなく表現した。
ダンス専門誌「ダンス・オーストラリア」は、ウィリの群舞を「このバレエの成功に不可欠なコール・ド・バレエは完璧だった。無表情で容赦なく、静止したラインは精緻で、あるいは風に吹かれる霧のように渦を巻いてうねり、冷酷にヒラリオン(岡崎隼也)を死に至るまで追い払い、ポワントの音も聞こえなかった」と評している。

ジゼルとアルブレヒトのパ・ド・ドゥは、生者と死者の境界と、魂の交感を可視化した。つま先をゆっくりと天に向けるアラベスクは、死してもなお愛する者を救おうとする決意なのか、それとも祈りなのか。ジゼルの慈愛が透過した無音のダンス。秋元の渾身の跳躍からにじみ出た、偽りのない悔恨と贖罪。見る者の心を震わせ、息もつかせぬ演舞は、斎藤が語るように観客をウィリの世界に惹き込んで、一気に夜明けの救済に至った。
第2幕で次々と起こる客席の拍手から、前幕の祝祭的場面への喝采とは趣の異なる、高度な芸術性への畏敬がより強まったように感じた。
美意識の高い照明(喜多村 貴)と、客演指揮者ベンジャミン・ポープの手腕も讃えたい。

カーテンコールの後、隣の席の美しきバレリーナは私をじっと見つめて言った「素晴らしかった! あなたは?」 「私も」と答えるのが精一杯だった。
「近い将来、次のオーストラリア公演を望む」(Man in Chair) と結んだ舞台評が掲載されていたが、実現されることを期待している。
(2023年7月14日 アーツセンター・メルボルン 州立劇場)

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TAB. "Giselle" The Tokyo Ballet photo by Kate Longley

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TAB. "Giselle" The Tokyo Ballet photo by Kate Longley

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© Ayano Tomozawa

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©Ayano Tomozawa

『ジゼル』全2幕バレエ GISELLE
振付:レオニード・ラヴロフスキー
改訂振付(パ・ド・ユイット):ウラジーミル・ワシーリエフ
原振付:ジュール・ペロー、ジャン・コラーリ、マリウス・プティパ
(Leonid Lavrovsky after Jean Coralli, Jules Perrot and Marius Petipa, Pas de huit adaption by Vladimir Vasiliev)
音楽:アドルフ・アダン(Adolphe Adam)
美術:ニコラ・ブノワ(Nicola Benois)
照明デザイン:喜多村 貴(Takashi Kitamura)
技術監督:立川 好治(Yoshiharu Tachikawa)
ベンジャミン・ポープ指揮(客演)ビクトリア管弦楽団
(Guest conductor Benjamin Pope conducting Orchestra Victoria )

配役(2023年7月14日)
ジゼル:秋山 瑛(Giselle : Akira Akiyama)
アルブレヒト: 秋元康臣(Albrecht: Yasuomi Akimoto)
ヒラリオン:岡崎隼也(Hilarion: Junya Okazaki)
バチルド姫:政本絵美(Princess Bathilde: Emi Masamoto)
クーランド侯爵:中嶋智哉(Duke Courland: Tomoya Nakashima)
アルブレヒトの従者:大塚卓(Albrecht's squire: Suguru Otsuka)
ジゼルの母:奈良春夏(Giselle's mother: Haruka Nara)
ミルタ:伝田陽美(Myrtha: Akimi Denda)
ウィリ2:二瓶加奈子&三雲友里加(Deux Wills: Kanako Nihei & Yurika Mikumo)
ペザント パ・ド・ユイット(Peasant Pas de huit):
金子仁美&加古貴也(Hitomi Kaneko and Takaya Kako)
涌田美紀&池本祥真(Miki Wakuta and Shoma Ikemoto)
工桃子&樋口祐輝(Momoko Takumi and Yuki Higuchi)
安西くるみ&山下湧吾(Kurumi Anzai and Yugo Yamashita)
ジゼルの友人(Giselle's friends):
二瓶加奈子(Kanako Nihei)/ 三雲友里加 (Yurika Mikumo)/ 加藤くるみ(Kurumi Kato)
平木菜子(Nako Hiraki)/ 高浦由美子(Yumiko Takaura)/ 富田紗永(Sae Tomita)

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