21世紀の振付家と作曲家が描く三様のダンス、精悍な独創性で時代精神をとらえたオーストラリア初演3作品

ワールドレポート/オーストラリア

岸 夕夏 Text by Yuka Kishi

AUSTRALIAN BALLET「Instruments of Dance」
オーストラリア・バレエ団「トリプルビル― ダンスという楽器」

"OBSIDIAN TEAR" Choreographed by Wayne McGregor
"ANNEALING" Choreographed by Alice Topp
"EVERYWHERE WE GO" Choreographed by Justin Peck
『黒曜石の裂けめ』ウェイン・マグレガー:振付、『アニーリング』アリス・トップ:振付、『どこへ行っても』ジャスティン・ペック:振付

「このプログラムはさまざまな意見を沸かせるでしょう。それぞれの作品は精悍な独創性で時代精神をとらえています」シドニー初日公演の舞台挨拶に立ったオーストラリア・バレエ団のデヴィッド・ホールバーグ芸術監督の言葉だ。
英国ロイヤル・バレエのウェイン・マグレガー、ニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)のジャスティン・ペック、オーストラリア・バレエのアリス・トップら3人の常任振付家が描いた舞台はバラエティに富み、芸術性の違いを際立たせた。メルボルンでは9月に12公演、シドニーでは11月10日から26日まで19公演が開催され、満席のシドニー公演の初日を観た。

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The Australian Ballet Instruments of Dance "Obsidian Tear" Callum Linnane & Adam Elmes © Jeff Busby

幕開けはウェイン・マグレガーの『黒曜石の裂けめ』で、9人の男性ダンサーのみのアンサンブル。マグレガーが英国ロイヤル・バレエ団の常任振付家に就任して10年目の2016年に世界初演された。フィンランドの作曲家エサ=ペッカ・サロネンの「Lachen Verlernt(忘れられた笑い)」と「Nyx(ニュクス)」の楽曲に触発された抽象作品は、暗く、暴力的で残酷だ。ニュクスとはギリシア神話の原初に登場する夜の女神。カオスを親に持ち、義による復讐の女神ネメシス、争いの女神エリス、迷妄による破滅の女神アーテーらの子を生んだ。
8人の「黒」の集団は、ひとりのよそ者「赤」を拒絶する。「黒」のカラム・リネインと「赤」のアダム・エルメスの冒頭10分間のデュエットは、無伴奏バイオリンソロ「Lachen Verlernt(忘れられた笑い)」で踊られた。不穏で激しく、深い陰影のある楽曲は、不吉な結末を暗示させた。「赤」のエルメスの動きはしなやかで、真紅の脚衣は温かな血流を想わせる。「黒」の仲間に加わろうとし、無邪気な好奇心を宿したエルメスのダンスは柔らかでどこか無防備。作品に精彩を与えた。
音楽が管弦楽「Nyx(ニュクス)」に変わると、9人のアンサンブルは高速で、均衡美とは対極の意表を突く振付を連動した。8人の「黒」の残虐な行為により、「赤」のエルメスの身体から恐怖と絶望が現出した。「黒」のリネインに突き落とされ、殺害された「赤」のエルメス。冷徹な「黒」の集団に苦悩した、リネインの投身自殺で幕が降りた。
「この曲を初めて聴いたとき、衝撃が体を貫いた。それは神話であり、古代であり、それから、イスラム国のニュース映像が交錯した」とマグレガーは公演ノートに記している。
英語のTEARは裂けめと涙の二つの意味を持つ。暗く幾つもの層が折り重なった楽曲と同様に、抽象作品でありながら、プロットが織り込まれているようにも感じられる。それは神話であり、現代社会の様相であり、ミステリーであり、SFなのかもしれない。鋭利で高速、複雑に絡み合ったマグレガーの独創的な振付は、これまで観た彼のどの作品とも異なっていた。我欲な「赤」の人間の振る舞いに、「黒」の地球が落涙し牙を剥いた暗喩、とも私には見える。マグレガーの先鋭的・実験的表現は、観る者の脳を刺激するだけでなく、ハートにも訴える。

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"Obsidian Tear" Adam Bull , Adam Elmes & Callum Linnane © Jeff Busby

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"Obsidian Tear" Adam Bull & Mason Lovegrove © Jeff Busby

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The Australian Ballet Instruments of Dance "Annealing" Samara Marrick & Adam Elmes © Daniel Boud

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The Australian Ballet "Annealing" Amy Harris & Adam Bull © Daniel Boud

次の演目はアリス・トップの新作『アニーリング』。金属・ガラスなどの物質をより強くするために加熱・冷却し、打ち延ばす処理を、生化学用語でアニーリング・焼きなましという。トップはこれを人間の心身状態に喩え、テーマに据えた。「弱さとは強さの反抗的な行為です。タフになるために、私たちは本能的に、壊されず、動じず、間違いを犯さないよう努力するにつれ、硬化します。しかし、柔軟になることで、よりオープンで順応性が増し、強さを得ることができます」トップは公演ノートに記している。
『アニーリング』は、<回復><再結晶><粒の成長>と3つの位相に分けられている。
ミニマル音楽に乗ってテーマが巡回されていくように、アダム・ブルとエイミー・ハリスの端正なデュエットから、さまざまな円が生まれては消えてゆく。9枚のシルバーパネルに光が差し、ハリスの銀色のドレスと相まって、円熟したプリンシパル二人の精妙なダンスはひんやりとした質感を与えた。<回復>

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The Australian Ballet "Annealing" Dimity Azoury & Callum Linnane ©Jeff Busby

30人を超えるダンサーが宇宙服のような黄金のコスチュームに身を包み、群舞は機械的なユニゾンの動きを繰り広げた。金属の溶解を想わせるロボット的なダンスと無機質な楽曲(作曲:ブライニー・マークス)。アダム・エルメスとサマラ・メリックのデュエットは精度の高い化学技術を高度な芸術の技で視覚化した。 <再結晶> 
自然で人間的な絡み合い、寄り添い、支え合い、リフトして、一対の生者として共存していくような未来を描いたのは、白の成り服のカラム・リネインとディミーティ・アズーリのプリンシパルペアの<粒の成長>。
総勢50人のダンサーが舞台に立ち、音楽の喚起を抑制したフルオーケストラの委嘱作品は、トップの新境地だ。観る者の心を揺さぶった、これまでとは異なる手法で内面の情動の視覚化を描いた同作は、ゆっくりと沈み入る淡い陰影を残した。

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The Australian Ballet IInstruments of Dance "Everywhere We Go" Benedicte Bemet & Brett Chynoiweth © Daniel Boud

プログラムの締めを飾ったのは、ジャスティン・ペックの『どこへ行っても』。2014年NYCBによる世界初演後に、ペックのNYCB常任振付家就任が発表された。ジョージ・バランシンとジェローム・ロビンズという舞踊史に名を残した二人のレガシーの後にNYCB常任振付家のタイトルを得たのは、クリストファー・ウィールドンに続いてペックが二人目となる。ペックが彼の代表作『どこへ行っても』の上演を許可したのは、オーストラリア・バレエ団が初めてだ。
まるでアメリカのグラマラスな時代が舞台に現れたようだった。青と白のストライプに白のタイツ、丸みのある"お団子"を結った女性ダンサー。群舞の幾何学的な編成の変化に心躍る。優美な直線と跳躍や回転が速いテンポで躍動する。華やかで軽快なダンスが、ノスタルジックなハリウッドの芳香に包まれて展開した。ブレット・チーウィスとベネディクト・べメイの伸びやかなデュエットに目を奪われた。めくるめくような音楽を作曲したのは、インディーのシンガー・ソングライター、スフィアン・スティーヴンス。
クラシック技法が通底する高度な技とエレガンス。そこには、抽象バレエの真髄ともいえるバランシンのDNAが流れていた。けれども、「ジャスティンは完璧なダブルトゥールや5番を求めていませんし、スニーカーで踊る振付作品もたくさんある」とホールバーグはいう。
同プログラムでは、エルメス、メリックら複数のコール・ド・バレエのランクのダンサーが見せ場のソロに抜擢され、観客の心を掴んだ。「批評を恐れず」組んだプログラムは、ホールバーグのチャレンジ精神と若手の育成を後押しした。普遍性と大胆さを併せ持ち、自身のカンパニーへのプライドを携え、オーストラリア・バレエ団を率いるこの人から、しばらく目が離せない。
(2022年11月10日 シドニーオペラハウス)

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The Australian Ballet Instruments of Dance "Everywhere We Go" Imogen Chapman & Drew Hedditch © Daniel Boud

『トリプルビル - ダンスという楽器』Instruments of Dance
『黒曜石の裂けめ』 "OBSIDIAN TEAR"
振付:ウェイン・マグレガー(Wayne McGregor)
音楽:エサ=ペッカ・サロネン(Esa-Pekka Salonen)
衣装:ケイティ・シリングフォード(Katie Shillingford)
照明:ルーシー・カーター(Lucy Carter)
ドラマトゥルク:ウズマ・ハメド(Uzma Hameed)
ダンサー(11月10日)
アダム・ブル (Adam Bull)/ ブレット・チノーウェス(Brett Chynoweth)
ティモシー・コールマン(Timothy Coleman)/ アダム・エルメス(Adam Elmes)
カラム・リネイン (Callum Linnane)/ メイソン・ラブグローブ(Mason Lovegrove)
マーカス・モレリ(Marcus Morelli)/ ルシエン・スゥ(Lucien Xu)
ジョージ=マレー・ナイティンゲール (George-Murray Nightingale)
バイオリン独奏:フィ=ニュン・ブイ (Huy-Nguyen Bui)

『アニーリング』 "ANNEALING"
振付:アリス・トップ(Alice Topp)
音楽:ブライニー・マークス(Bryony Marks)
衣装:キャット・チャン(Kat Chan)
装置・照明:ジョン・バスウェル(Jon Buswell)
ダンサー
サマラ・メリック(Samara Merrick)/ アダム・エルメス(Adam Elmes) /
エイミー・ハリス(Amy Harris)/ アダム・ブル (Adam Bull) /
ディミティー・アズーリ(Dimity Azoury)/ カラム・リネイン (Callum Linnane)
オーストラリア・バレエ団ダンサー(Artists of the Australian Ballet)

『どこへ行っても』 "EVERYWHERE WE GO"
振付:ジャスティン・ペック(Justin Peck)
音楽:スフィアン・スティーヴンス(Sufjan Stevens )
オーケストラ編曲:マイケル・アトキンソン(Michael P. Atkinson)
衣装:ジェニー・テイラー(Janie Taylor)
装置:カール・ジェンセン(Karl Jensen )
照明:ブランドン・スターリング=ベイカー(Brandon Stirling Baker)
ダンサー
ドゥリュー・ヘディッチ(Drew Hedditch)/ミーシャ・バーキディジャ(Misha Barkidija)
ブレット・チノーウェス(Brett Chynoweth)/ラリッサ・キヨト=ワード(Larissa Kiyoto-Ward)
ジル・オガイ(Jill Ogai)/ベネディクト・べメイ(Benedicte Bemet)/イモジェン・チャップマン(Imogen Chapman)/オーストラリア・バレエ団ダンサー(Artists of the Australian Ballet)
ピアノソロ:ダンカン・サルトン(Duncan Salton)
ダニエル・キャップス指揮(ゲスト)オペラオーストラリア交響楽団
(Guest conductor Daniel Capps conducting Opera Australia Orchestra)

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