愛と死、憎しみと運命を語るダンスが胸を打つクランコ版『ロミオとジュリエット』オーストラリア・バレエ団が20年ぶりに上演

ワールドレポート/オーストラリア

岸 夕夏 Text by Yuka Kishi

AUSTRALIAN BALLET オーストラリア・バレエ団

"Romeo and Juliet" Choreography : John Cranko
『ロミオとジュリエット』ジョン・クランコ:振付

オーストラリア・バレエ団の2022年シーズン最後の演目は、パンデミックにより前年から持ち越されたクランコ版の『ロミオとジュリエット』。メルボルンでは10月に13公演が行われ、12月1日に初日を迎えた23回のシドニー公演では、5キャストが組まれた。出産後初舞台となるプリンシパルの近藤亜香はジュリエット役で3公演に、シニアアーティスト(プリンシパルに次ぐランク)の根本里奈は5公演にキャスティングされた。

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The Australian Ballet "Romeo and Juliet " Benedicte Bemet Photo: Kate Longley

オーストラリア・バレエ団の第3代目芸術監督アン・ウッリアムスはジョン・クランコ(1927~1973)の右腕と呼ばれ、彼のバレエ・ミストレスだった。1974年にクランコ版『ロミオとジュリエット』がオーストラリア・バレエ団にレパートリー入りし、最後に上演されたのは今から20年前になる。
1958年、当時30歳のクランコはロンドンで人気上昇中の振付家の中でもとりわけ経験豊富だったが、自分の能力が十分に活用されていないと感じていた。そしてコヴェント・ガーデンの競争的な雰囲気に嫌気がさし、ミラノ・スカラ座からの新作招待に飛びついた。セルゲイ・プロコフィエフの楽曲に、クランコはベネチアのサン・ジョルジュ島の野外円形劇場を舞台にした『ロミオとジュリエット』を振付け、20歳のカルラ・フラッチの才能を見出しジュリエットに抜擢した。これを基に改訂され4年後に発表されたのが、シュツットガルト・バレエのランドマーク『ロミオとジュリエット』だ。(Dr Ismene Brown 公演プログラムより)
これらを読むと、美術の「橋」がさまざまな場面に変容し、野外シーンがなぜあれだけ生き生きと描かれていたのかが腑に落ちる。第1幕と第2幕はともにヴェローナの広場から始まる。カラフルな衣装がくすんだ街の色に映え、豊潤な色彩で生き生きとしたコール・ド・バレエのダンスはクランコ版の基盤をなす。
第1幕の冒頭、広場では4人の男性ダンサーの踊りがユーモラスに躍動。剣闘シーンではたくさんの剣が交わる小気味よい音がプロコフィエフの傑作音楽と合体。山田悠未のはすっぱなジプシー娘も様になり、あちらこちらのダンサーの絶妙なマイムは、中世の町の喧騒とシェイクスピアの猥雑さを醸成した。

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The Australian Ballet "Romeo & Julient" Artists of the Australian Ballet Photo Daniel Boud

私が観た日のジュリット役はプリンシパルのベネディクト・べメイ。ロミオ役はイングリッシュ・ナショナル・バレエのリードプリンシパルだったジョセフ・ケーリー。ケーリーはデヴィッド・ホールバーグ芸術監督就任後、初めて海外から移籍したプリンシパルダンサーだ。
べメイは13歳の幼な子のように振る舞うジュリエットを表情豊かにごく自然に瑞々しく演じた。
キャプレットの舞踏会。仮面をつけて侵入したロミオ、マキューシオ、ベンヴォーリオの3人組は戯けながら、身体をくねらせたユーモラスなダンスで可笑しみを醸しだし、悲劇の中に潜む喜劇を踊った。マキューシオ役のマーカス・モレリは卓越した技を見せ、コミカルな足捌きとジャンプの妙技で客席を沸かせた。惹かれあう二人の最初のパ・ド・ドゥでは、ロミオにリフトされたジュリエットの脚はあたかも天空を駆け抜けるようだ。
豪奢に着飾った人々のダンスは権威を誇示し、かしずく仕草と重厚な音楽が相まって、階級社会に横たわる抑圧が透けてくる。弾ける若さで白いドレスが揺らめくジュリエットのソロ。目にも鮮やかな対照が悲劇を暗示した。
第1幕最後のバルコニーの場面。二人の愛の視線が交歓されると、ロミオの歓喜の高揚がさまざまなジャンプとなって放たれ、ふたりの溢れる恋心は多様なリフトで造型された。ロミオと初めて交わしたキスの後、感極まって重力が加速したかのように倒れるべメイ。何をも恐れないジュリエットの一途さが伝わってきた。藍色の空の月夜の晩に若き恋人たちは恋に落ち、愛を確認し、運命の力に導かれてゆく心の高鳴りを物語る。ジュリエットを象徴する純白のドレスに赤いリボン、ロミオの真っ赤なマントが翻り、幕が降りた瞬間、客席からどよめきが起きた。

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The Australian Ballet "Romeo & Julient" Benedictte Bemet © Kete Longley

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The Australian Ballet "Romeo & Julient" Cullum Linnane & Sharni Spencer © Daniel Boud (写真は他日公演です)

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The Australian Ballet "Romeo & Julient" Benedicte Bemet & Joseph Caley © Kate Longley

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The Australian Ballet "Romeo & Julient" Joseph Caley © Kate Longley

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The Australian Ballet "Romeo & Julient" Brodie James & Artists of the Australian Ballet. Photo Rainee Lantry

第2幕の始まりは色彩が氾濫した広場でのカーニバル。群舞のダンスが賑やかな華やぎで舞台を覆う。シェイクスピアとクランコのジョークが上質なスパイスを効かせた、ジュリエットの乳母がロミオに手紙を渡す場面。ケーリーは丸々とした乳母をリフトして、キスして、ハグして、客席の笑いを誘った。

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"Romeo & Juliet" Callum Linnane & Sharni Spencer Photo Rainee Lantry(写真は他日公演です)

2幕2場のロレンス修道僧の庵庭で行われた結婚の場面。ジュリエットの膝を抱え、リフトする誓いのキス。高らかな十字架をつくり、波打つアームスからは穢れのない神聖な画が現れ、神が掌る運命の力が浮かび上がる。
マキューシオがティボルトに刺され死する場面は、物語が悲劇に転換する重要なシーンだ。マキューシオが息絶えるまで時間は長く、モレリの好演は見せ場となって観客に強い印象を残した。
ふたりの嘆きと絶望が魂の発露され、心に迫った最終幕の寝室での別れのシーン。ロミオに絡めたアームスから諦観が滲みでて、別れに導く一歩一歩が時の無情を劇的に語る。ジュリエットが毒薬を服すまでの心の内が吐露された一人芝居の無言劇。べメイは名演だった。

キャンドルを灯した喪服の列がジュリエットの「亡骸」を抱えて橋を渡る。満月が青白い月光を放つ美しいシーンだった。美術を担当したドイツ人のユルゲン・ローゼは当時25歳。1962年に発表されたこの作品でローゼは国際的な評価を得た。人は古えから月を愛で、橋にさまざまな想いを抱いた。隅々に寓意を込めた美術は、ローゼが橋を現世との境界に見立て、二人の魂が天上で永遠に結合する意味を込めたのではないか、と思う。
墓場で横たわるジェリエットを死者と信じ、パリスの剣で自決するロミオ。ロミオの死体を見てためらいなく自らの剣で果てたジュリエット。息もつかせぬ終幕だった。惜しみない拍手が劇場に響き渡ったカーテンコール中、べメイの瞳は涙を湛えているように見えた。
憎悪と家族間の確執を浄化したのが、若すぎる恋人たちの死という悲劇は昔ばなし。それでも、初演から60年を経ていまだに観客を魅了するのは、シェイクスピアとプロコフィエフの偉才は言うまでもなく、クランコの振付の妙と、舞台を生きた空間に変える表現者たちの至芸にほかならない。
(2022年12月9日 シドニー オペラハウス)

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The Australian Ballet "Romeo & Julient" Benedicte Bemet & Joseph Caley © Kate Longley

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The Australian Ballet "Romeo & Julient" Benedicte Bemet & Josef Joseph Carley © Kate Longley

『ロミオとジュリエット』全3幕バレエ Romeo and Juliet
振付:ジョン・クランコ (John Cranko)
音楽:セルゲイ・プロコフィエフ(Sergei Prokofiev )
舞台美術・衣装:ユルゲン・ローゼ(Jürgen Rose)
照明デザイン:ジョン・バスウェル(Jon Buswell)
ジョナサン・ロゥ指揮 オペラオーストラリア交響楽団(Jonathan Lo conducting Opera Australia Orchestra )

<配役>(2022年12月9日)
ロミオ:ジョセフ・ケーリー(Joseph Caley)
ジュリエット:ベネディクト・べメイ(Benedicte Bemet)
ティボルト:ジェイク・マンガカヒア(Jake Mangakahia)
マキューシオ:マーカス・モレリ(Marcus Morelli)
ベンヴォリオ:ジョージ・マレー=ナイティンゲール(George_Murray Nightingale)
パリス:メイソン・ラヴグローブ(Mason Lovegrove)
キャプレット:スティーヴン・ヒースコート(Steven Heathcote)
キャプレット夫人:ジャクリーン・クラーク(Jacqueline Clark)
ヴェローナ太守/ ロレンス修道僧:ジョシュア・コンサンダン(Joshua Consandine)
ジュリエットの乳母:オルガ・タマラ(Olga Tamara)

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