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オーストラリア・バレエ団がケネス・マクミラン振付の『マノン』を11年ぶりに上演

ワールドレポート/オーストラリア

岸 夕夏 Text by Yuka Kishi

THE AUSTRALIAN BALLET オーストラリア・バレエ団

『MANON』Choreography Sir Kenneth MacMillan
『マノン』振付:ケネス・マクミラン

オーストラリア・バレエ団(TAB)は11年ぶりにケネス・マクミラン振付『マノン』全幕を、4月30日から5月17日まで全20公演を5キャストでシドニー・オペラハウスで上演した。『マノン』がTABのレパートリーに加わったのは1994年で、今回が2014年に続いて3度目の再演となる。
『マノン』オーストラリア初演以前のマクミラン作品として、『Song of the Earth 大地の歌』『コンチェルト』『Les Harmanas 姉妹たち』がTABのレパートリーにあったが、当時の芸術監督メイナ・ギールグッドは長年の交渉の末に『マノン』の上演権を手に入れ、マクミランのミューズのひとりであったアレッサンドラ・フェリをゲストに迎え、上演を果たした。2014年はアリーナ・コジョカルとヨハン・コボーがゲストだったが、今回はパリ・オペラ座バレエのエトワール、ユーゴ・マルシャンをゲストに招いている。
観客を入れたゲネプロも含めると、マルシャンはプリンシパルのロビン・ヘンドリックスとペアを組んでデ・グリュー役を4回踊った。私が観たシドニー公演千秋楽は当初、第1キャストのベネディクト・べメィとジョセフ・ケーリーが踊る予定だったが、本番2日前に近藤亜香とダヴィ・ラモスに変更された。さらに、公演直前にミア・ヒースコートとブレット・シノーウィスに替わり、このペアが前日から2夜連続で舞台に立った。

The Australian Ballet MANON(MacMillan) Benedicte Bemet and Joseph Caley © Daniel Boud (写真は他日公演です)

The Australian Ballet "MANON"(MacMillan) Benedicte Bemet and Joseph Caley © Daniel Boud(写真は他日公演です)

『マノン』は、アベ・プレヴォーの小説『マノン・レスコー』(1731年刊行)を基にしたバレエで、ケネス・マクミラン(1929~1992)が振付け、英国ロイヤル・バレエ団が1974年に初演した。『マノン』はマクミランの代表作の一つで、18世紀のパリとアメリカを舞台に、愛と欲望、富と貧困、権力に翻弄される登場人物の心の奥底が描かれたドラマチック・バレエである。
公演プログラムには、貧困、孤独、喪失のなかで育ったマクミランの生い立ちから死に至るまでが、写真を含めて7ページにわたって記されている。"アウトサイダー"と感じたバレエ学校時代から、後に英国バレエ界の中心に身を置き、ナイトの爵位を叙されてさえも、自身を反抗者と感じたという。幕が開くと、全身黒ずくめの服と帽子を被って舞台に1人座り、真剣な面持ちで遠くを見つめているのはマノンの人生を翻弄した兄レスコーなのだが、マクミラン自身が投影されているとも感じられた。

TAB

TAB "MANON"(MacMillan) Brett Chynoweth © Daniel Boud(写真は他日公演です)

Manon Artists of the Australian Ballet © Daniel Boud(写真は他日公演です

"Manon" Artists of the Australian Ballet © Daniel Boud
(写真は他日公演です)

タイトルロールを踊るミア・ヒースコートは現在ソリストランクで、昨年クイーンズランド・バレエ団から移籍してきた。マノンは、貴族や高級娼婦、女優や物乞いといった雑多な人々が集まる場所に、"これから修道院に入る16歳の美しい少女"として馬車から降りてくる。シンプルなドレスにピュアな雰囲気を湛えたヒースコートは、デ・グリューが一眼で恋に落ちる少女を瞬時に感じさせた。忘れ難いのは、第1幕の寝室のパ・ド・ドゥから愛の喜びが溢れでたパ・ド・ブーレ。楽器に喩えるなら、フルートが軽やかに黄金の歌を奏でるよう。戸惑いや悲しみを表す時も同様に、ニュアンスのある足さばきは表情豊かだ。間の取り方やしなやかな上体を使ってアームスで描く空間使いも巧い。

The Australian Ballet MANON(MacMillan) Benedicte Bemet and Joseph Caley © Daniel Boud (写真は他日公演です)

The Australian Ballet "MANON " (MacMillan) Benedicte Bemet and Joseph Caley © Daniel Boud (写真は他日公演です)

デ・グリュー役はプリンシパルのブレット・シノウィス。あらすじではデ・グリュー役は原作の神学生ではなく「若い学生」であり、そのためか、神に使える身となるはずの相克はない。シノウィスは情熱を抑制しながらも、持ち前の端正な技でマノンへの一途な愛を表現した。たとえば第1幕の出会いのソロ。絹のように滑らかなピルエットが静止するたびに、マノンへの真摯な愛が感じられる。そして1幕のパ・ド・ドゥでは出会いの無常の喜びを語り、2幕では宝石に執着する恋人への苦渋をにじませ、最終場面では消えゆく命への嘆きと絶望の叫びが観客の心を震わせた。

MANON Benedicte Bemet & Adam Bull © Daniel Boud

"MANON" Benedicte Bemet & Adam Bull © Daniel Boud(写真は他日公演です)

Benedicte Bemet & Brett Chynoweth © Daniel Boud(写真は他日公演です)

Benedicte Bemet & Brett Chynoweth © Daniel Boud(写真は他日公演です)

マノンの兄レスコー役のマキシム・ゼニンはとりわけ強い印象を与えた。2022年にマリインスキー・バレエから移籍して現在はソリストランク。美しい弧を描く回転と軽やかな跳躍技を駆使し、1幕では妹を金持ちに売りつける強欲な男でありながら、最後は、マノンとデ・グリューを逃亡させるために仕掛けたいかさま賭博の末に射殺される。2幕の宴のシーンでは、冷たい美青年の容姿とは相反するコメディセンスも発揮した。

第2幕娼館の重厚なセットが目を惹いた。美術はピーター・ファーマー。マクミランは急死する前年、ファーマーに衣装とセットの再制作を依頼した。演出意図と作品の世界観について、「マノンが属する社会は卑劣で、彼女は人生においてあまり(幸福や自立の)望みがないのだから、陰湿な "ゴヤ的な世界" に」と伝えたという。

Manon Artists of the Australian Ballet © Daniel Boud (写真は他日公演です)

"Manon" Artists of the Australian Ballet © Daniel Boud (写真は他日公演です)

TAB  MANON  Ako Kondo and Davi Ramos © Brodie James(写真は他日公演です)

TAB "MANON" Ako Kondo and Davi Ramos © Brodie James(写真は他日公演です)

ヒースコートのマノンは、デ・グリューに抱いた恋心を心の深奥に秘めて、自分探しをしているような解釈に感じられた。ムッシューGMから宝石で飾られても、2幕の宴の場で男たちの手から手へ委ねられる場面でも、ファム・ファタールというよりは、虚飾をどこかで俯瞰しているように見えた。
最終幕、流刑地の沼地のパ・ド・ドゥ。毅然と立とうとするマノンから、デ・グリューに人を殺めさせた悔恨と贖罪が表れた。残された命を振り絞るかのように、ふたりが絶望に身を委ねた渾身のダンスは壮絶で、深い余韻を残した。
ジョナサン・ロゥ指揮の下、オペラ・オーストラリア管弦楽団の素晴らしい演奏も最後に記しておきたい。
(2025年5月17日 シドニーオペラハウス)

The Australian Ballet MANON(MacMillan) Joseph Caley and Benedicte Bemet Joseph © Daniel Boud

The Australian Ballet "MANON " (MacMillan) Joseph Caley and Benedicte Bemet Joseph © Daniel Boud
(写真は他日公演です)

『マノン』全3幕
シドニー公演2025年4月30日~5月17日(全20回公演)
メルボルン公演2025年10月10~22日(全14回公演)
振付:ケネス・マクミラン(Sir Kenneth MacMillan)
監修:ラウラ・モレーラ、グレゴリー・ミスリン(Staged by Laura Morera and Gregory Mislin)
装置・衣装:ピーター・ファーマー(Peter Farmer )
音楽:ジュール・マスネ / オーケストラ編成:マーティン・イェーツ(Jules Massenet, orchestrated and arranged by Marin Yates)
照明デザイン:ヤコボ・パンターニ (Jacopo Pantani)
照明再デザイン:ジェイソン・モフェット (Jason Morphett)
ジョナサン・ロー指揮 オペラ・オーストラリア管弦楽団(Jonathan Lo conducting Opera Australia Orchestra )

配役 (2025年5月17日)
マノン:ミア・ヒースコート(Mia Heathcote)
デ・グリュー:ブレット・シノーウィス(Brett Chynoweth)
レスコー:マキシム・ゼニン(Maxim Zenin)
レスコーの愛人:イゾベル・ダッシュウッド(Isobelle Dashwood)
ムッシューGM:アダム・ブル Adam Bull)
娼館のマダム:ジリアン・レヴィ(Gillian Revie)
看守:ジョセフ・ロマンスヴィッツ(Joseph Romancewicz)
老紳士:マイケル・ヴァン・ドーン(Michael van Doorn)
物乞いの頭領:キャメロン・ホームズ(Cameron Holmes)
娼婦:根本里奈(Rina Nemoto) / ラリッサ・キヨト=ワード(Larissa Kiyoto-Word) / ミオ・ベイリー(Mio Bayly) / キャサリン・ソネクス(Katherine Sonnekus) / 有村花梨菜(Karina Arimura)
看守:ルーク・マーシャント(Luke Marchant) / ブローディ・ジェームス(Brodie James) / ティモシー・コールマン(Timothy Coleman) / ダム・エルメス (Adam Elmes) / ジェレミー・ハーグリヴェス(Jeremy Hargreaves)

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