オーストラリア・バレエ団の2024年シーズン開幕はユーモアのセンスが光るウィールドンの『不思議の国のアリス』

ワールドレポート/オーストラリア

岸 夕夏 Text by Yuka Kishi

AUSTRALIAN BALLET オーストラリア・バレエ団

"ALICE'S ADVENRURES IN WONDERLAND" Choreographed by Christopher Wheeldon
『不思議の国のアリス』クリストファー・ウィールドン:振付

オーストラリア・バレエ団は、クリストファー・ウィールドン振付の『不思議の国のアリス』で2024年シーズンを開幕した。オーストラリア初演以来、7年ぶりのシドニー公演となる。4キャストが組まれ、16回のシドニー公演の後、3月15日より13公演がメルボルンで開催される。シドニー初日公演の舞台挨拶に立ったデヴィッド・ホールバーグ芸術監督から、第1キャストが軽い怪我をしたことにより、急遽、配役を変更したと発表された。

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The Australian Ballet "Alice's Adventures in Wonderland" © Wheeldon Benedicte Bemet Photo Daniel Boud

バレエ『不思議の国のアリス』はルイス・キャロルの同名の児童文学(1865年)をもとに制作され、2011年に英国ロイヤル・バレエ団が初演した。ジョビー・タルボットが作曲し、装置と衣装はボブ・クローリー。
物語は1862年、英国オックスフォードにあるリデル家のガーデンパーティーから始まる。アリスに恋心を寄せる庭師のジャックはジャム・タルトを盗んだとアリスの母に誤解され、解雇される。リデル家と親しいルイス・キャロルはアリスを慰めようと写真を撮っているうちに白ウサギに変身して消えてしまう。白ウサギを追って穴に飛び込み、不思議な世界に迷い込んだアリスはハートのジャックに出会う。そこには母親とそっくりなハートの女王がいて、タルトを盗んだ罪でジャックを裁判にかけ、動物たちはジャックに不利な証言をして大混乱......。
初日のタイトルロールはプリンシパルのシャーニー・スペンサーが務め、ジャック役はシニア・アーティストのジャレッド・マドゥン。このペアは観客を入れた前日のゲネプロでも踊った。

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TAB Alice's Adventures in Wonderland  Ako Kondo, Andrew Wright & Chengwu Guo Photos Daniel Boud

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TAB Alice's Adventures in Wonderland   Benedicte Bemet& Chengwu Guo  Photos Daniel Boud

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TAB "Alice's Adventures in Wonderland" ©(Wheeldon)
Ben Davis&Larissa Kiyoto-Ward Photo Daniel Boud

70人を超えるダンサーが配役され、144の役があり、350着の衣装、140の帽子と150個のウィグなど、公演中は75人の熟練したスタッフが舞台を支え、通常の1.5倍の製作・技術スタッフが要求される作品だ。
髪を短く刈り上げたジャック役のマドゥンは19世紀の青年らしい雰囲気を醸し、アリス役のスペンサーは実に自然に、ヴィクトリア朝のリデル家のガーデンパーティに溶け込んでいた。ミステリアスなルイス・キャロル/白ウサギを演じたのは、多くの舞踊評論家が賛辞を送るプリンシパルのブレッド・チノーウィス。プロジェクションで時空間を移動したアリスは、不思議の国でさまざまな奇妙な体験をする。
「これをお飲み」「これをお食べ」の指示に従って体が伸縮したアリスが、自分の流した涙の海で魚やカエルと泳いだり、窮屈になった "小さな部屋" の中では、焦りと恐怖でもがき苦しむ。逆まわりする時間の中で、動物の顔をした人間と時の流れに逆らうようなスローモーションダンス。 <楽しい我が家> のなかは、赤ん坊を抱いた住人が豚をソーセージにするために斧を振り回す、コミカルでクレイジーな狂乱の場だった。バレエ的なステップを踏みながら、情感とダンスが連動した目にも鮮やかな数々のシーンは、スピーディで息もつかせぬ展開を繰り広げた。

動物が森を駆け抜ける幻想的なアニメーション・シルエットを背景に、白ウサギと一緒に折り紙の船で川を渡るシーン。子どものようなアリスのピュアな驚きに、観客もまたアリスとともに冒険をしている感覚を得る。
スペクタクルな装置・衣装、ダンスと本作のために作曲された音楽が結合して、観客を摩訶不思議な世界に誘う舞台は、趣向を凝らしたテーマパークを彷徨うワクワク感とどこか似ている。同夜の観客の中には作品のコスプレのような帽子を被ったり、上演会場のキャピトルシアターでは休憩時にアイスクリーム売りが客席を歩き回り、ダンサーが後ろの扉から現れて通路で踊った第1幕など、まるでお祭りのような華やいだ雰囲気が劇場を覆っていた。

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TAB "Alice's Adventures in Wonderland" Benedicte Bemet  Photo Daniel Boud

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TAB "Alice's Adventures in Wonderland" George-Murray Nightingale & Timothy Coleman  Photo Daniel Boud

イカれ帽子屋のお茶会は、ウィールドンと美術を担当したクローリーが子ども時代に夢中になったヴィクトリア朝のおもちゃの劇場から想を得たもの。小気味よいタップダンスを披露したマッドハッター(ジョージ・マレー=ナイチンゲール)と可愛らしい眠りネズミ(山田悠未)と三月ウサギ(ティモシー・コールマン)は客席を沸かした。
第3幕でハートの女王(近藤亜香)は主役をも凌ぐ存在感を見せた。第1幕の険のある英国夫人と、ハートの女王の徹底した意地悪ぶりは見事。タルト・アダージオでの笑いの取り様と、終盤、トランプカードと共にガニ股で転落するシーン。マネージュでは彼女が素晴らしいバレリーナであることを観客に思い出させ、カンパニーのプリンシパルとして進境著しい。

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"Alice's Adventures in Wonderland" ©(Wheeldon) Ako Kondo&Artists of The Australian Ballet  Photo Daniel Boud

振付家はブロードウェイショーを織り込んだというが、バレエの魅力も示して余りある作品だ。ゆらゆらした上体がエキゾチックで、中東のムードを醸したイモ虫のダンス。リフトと回転を多用した、幻想的で華やかな花のワルツの群舞で輝きを放つ根本里奈は、シドニー公演中2回アリスを踊る。シャープな躍動が光ったトランプカードのユニゾンへ喝采が飛んだ。
第2幕のガランとした舞台で踊るアリスのソロ。バレエ的なステップでアリスの心情を連ね、手首の角度や指使いで不思議な世界をさまよう不安と好奇心を交錯させながら、見果てぬ冒険の旅に進んでゆく少女の成長を、スペンサーは豊かな感性で表現した。
ジャック役のマドゥンは、移りゆく心の機微をラストまで丁寧に語り上げた。最終場面、アリスとジャックの長い渾身のデュエットは劇場を静かな感動の波に浸した。マドゥンの高いダンス技術と演技力が一体となって昇華した同夜の舞台は、彼をさらなる高みに押し上げる予感を感じさせた。
2011年に初演された『不思議の国のアリス』は、英国ロイヤル・バレエ団が15年ぶりに新制作した全幕バレエだ。ウィールドン初の全幕バレエでもある。クリエーターたちはイギリス的なブラックユーモアを随所に散りばめた。第3幕でハートの女王が乗るハート型の乗り物は、1980年代に鉄の女の異名をとった、イギリスのマーガレット・サッチャー元首相がドイツで戦車を動かした有名な写真のパロディだ。ドアを開けると縮こまったハートの王様が現れて、ハートの女王が王を乗り物から蹴り出し、客席を沸かす。自国の元首相と王室をパロディに用いる、ロイヤルの冠を持つバレエ団の度量と、イギリスという国の奥深さを感じさせずにいられない作品でもある。
オーストラリア・バレエ団は再び全幕バレエをウィールドンに委嘱し、今年新作を発表する。19世紀アイルランド出身の詩人・作家・劇作家であるオスカー・ワイルドの人生と文学を描いた作品だ。ウィールドンの新作は、多くのバレエファンにとって常に待ち遠しい。

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The Australian Ballet "Alice's Adventures in Wonderland"©(Wheeldon) Joseph Caley  Photo Daniel Boud
(アリス、ジャック、白ウサギ役の写真のダンサーは本文の配役と異なります)

2024年2月20日 シドニー・キャピトルシアター)

『不思議の国のアリス』全3幕バレエ ALICE'S ADVENRURES IN WONDERLAND
振付:クリストファー・ウィールドン(Christopher Wheeldon)
音楽:ジョビー・タルボット (Joby Talbot)オーケストラ
編曲:クリストファー・オースティン& ジョビー・タルボット(Christopher Austin and Joby Talbot)
シナリオ:ニコラス・ライト(Nicholas Wright)
美術・衣装:ボブ・クローリー(Bob Crowley )
照明デザイン:ナターシャ・カッツ(Natasha Katz)
プロジェクション・デザイン:ジョン・ドリスコル、ジェマ・カーリントン(Jon Driscoll & Gemma Carrington)
人形デザイン:トビー・オリィ(Toby Olié)
共同制作:新国立劇場バレエ団(co-production with The National Ballet of Japan)
ジョナサン・ロゥ 指揮 ヴィクトリア管弦楽団 (Jonathan Lo conducting with Orchestra Victoria )

配役 (2024年2月20日)
アリス:シャーニ・スペンサー (Sharni Spencer)
ジャック/ ハートの騎士ジャック:ジャレッド・マドゥン(Jared Madden)
ルイス・キャロル/ 白ウサギ:ブレット・チノーウェス(Brett Chynoweth)
アリスの母/ハートの女王:近藤亜香 (Ako Kondo)
アリスの父 / ハートのキング : スティーブン・ヒースコート (Steven Heathcote)
マジシャン / マッドハッター: ジョージ・マレー=ナイチンゲール(George-Murray Nightingale)
ラジャ / いも虫:ネイサン・ブルック(Nathan Brook)
公爵夫人:ベン・デイヴィス (Ben Davis)
牧師 / 三月ウサギ:ティモシー・コールマン (Timothy Coleman)
聖堂番/ 眠りネズミ:山田悠未  (Yuumi Yamada)
料理人:ラリッサ・キヨト=ワード (Larissa Kiyoto-Ward)
従僕/魚:ルシエン・スゥ (Lucien Xu)
従僕/カエル:ユシュアン・ウォング (Yuchuan Wang)
アリスの姉妹:ジェイド・ウッド (Jade Wood) / イヴィ・フェリス (Evie Ferris)
執事 / 刑の執行人:マシュー・ブラッドウェル (Matthew Bradwell)
3人の庭師:ドゥルー・ヘディチ(Drew Hedditch)/ キャメロン・ホームス (Cameron Holmes) / ヴィクター・エステヴェス (Victor Estevez)

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