ランダー振付『エチュード』とレイク振付『サークル・エレクトリック』世界初演、オーストラリア・バレエ団のダブルビル
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ワールドレポート/オーストラリア
岸 夕夏 Text by Yuka Kishi
AUSTRALIAN BALLET オーストラリア・バレエ団
"ÉTUDES" Choreography Harald Lander "CIRCLE ELECTRIC" Choreography Stephanie Lake
『エチュード』 ハラルド・ランダー:振付、『サークル・エレクトリック』ステファニー・レイク:振付
TAB "Études" Artists of The Australian Ballet © Daniel Boud
今年3つ目のプログラムは、ステファニー・レイクの世界初演『サークル・エレクトリック』とハラルド・ランダー振付の『エチュード』のダブルビル。全18回公演が5キャストで組まれ、シドニーで5月3日から18日まで上演された。メルボルンでは10月に9公演が開催される。シドニーの初日を観た。
4年前に芸術監督就任したデヴィット・ホールバーグは「世界最高のダンスをオーストラリアに招く」と語り、パム・タノヴィッツ(2021年『ウォーターマーク』)、ジャスティン・ペック(2022年『どこへ行っても』)、クリスタル・パイトを含む『クンストカマー』(2022年)など、かつてオーストラリアでは上演されることのなかった振付家の作品を観客に届けてきた。ホールバーグはオーストラリア人振付家の作品を新たにコミッションするために各地を訪れた、と昨年8月「ニューヨーク・タイムズ」へのインタビューで語っている。
サブスクライバーと呼ばれる年間席購入者が多いオーストラリア・バレエ団は、年間公演回数が多くなるのだが、かえって演目数は限られてしまう。それでも毎年必ず、コンテンポラリー・ダンスを大劇場の上演プログラムに組み込んでいる。
『サークル・エレクトリック』 を振付けたステファニー・レイクは、今年からオーストラリア・バレエ団の常任振付家となった。過去の常任振付家は皆、オーストラリア・バレエ団の元ダンサー。バレエダンサーとしてのバックグラウンドを持たない点では、レイクは異色の抜擢とも言えるのかもしれない。
50人を超えるダンサーが1時間以上も踊るこの作品は、レイクがこれまで振付けた作品では最大規模のものだが、公演プログラムによると、「『サークル・エレクトリック』は、顕微鏡的な視点から望遠鏡的な視点まで人類を拡大して、人間存在を見つめている」と記されている。
TAB "Circle Electric" Artists of The Australian Ballet © Daniel Boud
TAB "Circle Electric" Artists of The Australian Ballet © Daniel Boud
"Circle Electric" Cameron Holmes & Maxim Zenin © Daniel Boud
幕が開くと、どこからか鳥に似た鳴き声が聞こえてくる。すると、10人のダンサーは体を掻きむしるような動きをして、数秒後ピタリと静止する。遠くからざわめきが聞こえ、マイムは予測のつかない近未来のSFを想わせた。聞こえてくる音は「音楽」というよりも、むしろ効果音的な電子音に近い。(音楽:ロビン・フォックス)。電子音の中を異なるデュオが次々と踊られ、意表を突くクールな動きも見られた。ミニマルミュージックにのって、猿をイメージさせる姿を見せるダンサーや、ベルトコンベアーに乗って、どこかに延々と運ばれていくダンサーたち。レイクの振付は、6万年とも言われる先住民の歴史を意識しながら生きるオーストラリアという国土とリンクするかのように、原始性と都会性を併せもつ不思議な感覚の新しさが感じられた。
吹き荒ぶ風音が暗闇の中に響き、空中の丸い輪の中に浮かぶアダム・エルメス。四肢をしなやかに屈指し、歪んだ表情のダンスからは孤独と混沌が表れて、彼のソロは深い印象を残した。
飛行機のノイズに似た音と2人のパーカッショニストが舞台上の演奏。アース色のコスチュームをまとった50人の激しい群舞と話し声が相まって、舞台はカオスと化した。壮大な儀式のようでもあり、古代と現代との、あるいは宇宙と地球とが交信だろうか。
レイクの幻想的な振付と呪術的なエレクトロ・アコースティック音楽によって、ダンサーたちは存在の深淵へと観客を導いた。多くの観客は立ち上がって熱狂的な喝采を舞台に送り、70分にもおよぶ難解なテーマの作品に魅入られていた。
レイクは「宇宙から見ればアリのような私たちも、個々の生命はユニークで、地球上で過ごす時間は短いにも関わらず、みな重要な存在なのだ」とオーストラリアの観客にメッセージを寄せている。
TAB "Circle Electric" Artists of The Australian Ballet © Daniel Boud
TAB "Circle Electric" Artists of The Australian Ballet © Daniel Boud
TAB "Études" Artists of The Australian Ballet © Daniel Boud
劇場の熱気を沈めるように、静謐で美しいヴィジュアルが舞台に現れた。『エチュード』は、コペンハーゲン生まれのハラルド・ランダー(1905~71)が1948年にデンマーク王立バレエ団のために振付けた作品だ。音楽はクヌーズオーエ・リスエアが、チェルニーのピアノ教則本「エチュード」をオーケストラ版に仕立てた。
『エチュード』は、長い時間をかけて培われるバレエの難技巧をマスターするまでの道のりを、ダンサーの日々のトレーニングを通して描いている。
幕開け、山田悠未がひとり舞台に現れて、粒だったポーズを決めてお辞儀をすると、会場の空気が和んだように感じた。バー・エクササイズを繰り返すダンサーはシルエットになり、ダンサーの脚だけにスポットライトが当たる。世界中で『エチュード』の舞台監修をしているジョニー・エリアセンは、『エチュード』を「美しい悪夢」と呼ぶ。物語も役も装置もない舞台で45分間、厳しくテクニカルなダンスが繰り広げられるからだ。
The Australian Ballet "Études" Ako Kondo © Daniel Boud
初日の近藤亜香、ジョセフ・ケーリー、チェンウ・グォの『エチュード』プリンシパルの3人は素晴らしかった。ロングチュチュをまとった近藤は妖精のごとく、柔らかなアームスとふわりとした跳躍、ゆるやかな背のカーブで観客をロマンティック・バレエの世界に導いた。かと思えば、超高速のシェネターンでたくさんのブラボーを浴びた。
近藤は唯一ティアラを着けた『エチュード』のプリマ・バレリーナとして、面目躍如の輝きを放った。グォの高い跳躍と正確な着地、超絶技巧の回転技も卓越し、近藤とのデュオでは堅固なパートナーリングを示した。指を鳴らしながら技を精緻に、大胆に、お手本のように見せるケーリーは、プリンシパルとしての余裕が感じられるダンスを披露。精彩あるトリオだった。また、女性ダンサー6人によるユニゾンのフェッテ(山田悠未、有村花梨菜、ミア・ヒースコート、根本里奈、サマンサ・メリック、渡邊 綾)は、若干緊張が感じられたが、卒なくこなした。
"Études" Artists of The Australian Ballet © Daniel Boud
高度な技の応酬が舞台を交差し、フィナーレの高みへ至った。初日のせいか、緊張がみられるダンサーもいたが、カンパニーの持ち味である伸びやかで喜びに満ちた踊りは、公演回数を重ねるにしたがって十分に発揮されていくだろう。
ハラルド・ランダーの3人目の妻、リセ・ランダーは『エチュード』の上演にあたり、カンパニーを厳選している。パリ・オペラ座バレエ、ボリショイ・バレエなど世界の傑出したカンパニーと共にこの作品をレパートリーに持つことを、オーストラリア・バレエ団は誇りに思っている。
『エチュード』は終わりのない練習を繰り返す、ダンサーの「人生」の真摯な物語でもあるだろう。
The Australian Ballet "Études" Joseph Caley, Ako Kondo & Chengwu Guo © Daniel Boud
(2024年5月3日 シドニー オペラハウス)
『サークル・エレクトリック』"CIRCLE ELECTRIC"
振付:ステファニー・レイク (Stephanie Lake)
リハーサル監督:キンボール・ウォング (Kimball Wong)
音楽:ロビン・フォックス (Robin Fox)
衣装:ポーラ・レヴィ (Paula Levis)
装置: チャールス・デイヴィス (Charles Davis)
照明デザイン:ボスコ・ショー (Bosco Shaw )
ダンサー (5月3日)
オーストラリア・バレエ団ダンサー(Principal Artists, Senior Artists, Soloists, Coryphée
and Corps de Ballet of The Australian Ballet)
『エチュード』"ÉTUDES"
振付:ハラルド・ランダー (Harald Lander)
舞台監修:ジョニー・エイアセン (Johnny Eliasen)
ゲストコーチ:マーク・ケイ (Mark Kay)
音楽:カール・チェルニー『エチュード』よりクヌーズオーエ・リスエア、オーケストラ編曲(Knudage Risager after Carl Czerny "Études")
芸術アドバイサー:リセ・ランダー (Lise Lander)
照明原デザイン:ハラルド・ランダー (Harald Lander )
照明再デザイン(2024): フランシス・クロエッセ (Francis Croese)
ダンサー(5月3日)
「エチュード」プリンシパル:近藤亜香 (Ako Kondo) / ジョセフ・ケーリー (Joseph Caley) / チェンウ・グォ(Chengwu Guo)
「エチュード」パ・ド・ドゥ パートナー :ジャレット・マドゥン (Jarryd Madden)
オーストラリア・バレエ団ダンサー(Artists of The Australian Ballet)
ジェシカ・ゲティン指揮 オペラ オーストリア管弦楽団
(Jessica Gethin conducting Opera Australia Orchestra )
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