オーストラリア・バレエ団が『ジュエルズ』を上演、カンパニーの「いま」を示した

ワールドレポート/オーストラリア

岸 夕夏 Text by Yuka Kishi

AUSTRALIAN BALLET:オーストラリア・バレエ団

"JEWELS" George Balanchine Choreography
『ジュエルズ』ジョージ・バランシン:振付

オーストラリア・バレエ団が最初にバランシン作品を上演したのは『シルヴィア・パ・ド・ドゥ』で、創立の翌年1963年だった。創立60周年を祝う今年、『セレナーデ』『シンフォニー・イン・C』『四つの気質』『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』などに加えて、『ジュエルズ』が新たにレパートリー入りした。デヴィッド・ホールバーグ芸術監督は、『ジュエルズ』はカンパニーの「いま」を示すのに最もふさわしい作品という。
『ジュエルズ』シドニー公演は「ダブルビル アイデンティティ」公演と日替わりで上演され、5月4日から20日までに全12公演が開催された。メルボルンでは6月29日から7月8日まで全12回上演される。チケットが完売したシドニー公演の最終日を観た。

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The Australian Ballet "Jewels" Ako Kondo and Brett Chynoweth Photo Rainee Lantry(写真は他日公演です)

父親は作曲家でオペラ歌手、母親はピアニスト。10代の時にピアノ、作曲、和声、対位法をサンクトペテルブルグ音楽院で学び、物語のない「プロットレス・バレエ」を確立させたジョージ・バランシン(1904-83)。20世紀のバレエに多大な影響を与えた振付家の作品は、「音楽の視覚化」としばしば言われる。
『ジュエルズ』は初の全幕物の抽象バレエと言われ、ニューヨーク・シティ・バレエ団が1967年に、ニューヨーク州立劇場リンカーンセンターで初演した。
バランシンは、ニューヨーク5番街にある宝飾店ヴァン クリーフ&アーペルのショーウインドーで煌めく宝石から、『ジュエルズ』の想を得た。選ばれた3つの宝石は2つの時代と3つの都市をイメージさせる。エメラルドは19世紀のパリ。ルビーは20世紀のニューヨークで、ダイヤモンドは19世紀のサンクトペテルブルグ。マリインスキー・バレエのダンサーを起点として、振付家として数多くの作品を創作したパリとニューヨーク。『ジュエルズ』は振付家自身の人生の軌跡でもある。けれども、様々なバランシン伝によれば、バランシンは純粋に3つの楽曲へ振付けたという。衣装はバーバラ・カリンスカが製作したオリジナルを基に、カンパニーの衣裳部が半年以上をかけて忠実に再製作した。

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The Australian Ballet "Jewels" Drew Hedditch, Katherine Sonnekus & Larissa Kiyoto-Ward photo Rainee Lantry

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The Australian Ballet "Jewels" Callum Linnane and Sharni Spencer photo Rainee Lantry(写真は他日公演です)

「エメラルド」の音楽は、フランスの作曲家ガブリエル・フォーレ(1845-1924)の『ペレアスとメリザンド』と『シャイロック』からの抜粋。幕が開くと舞台を彩ったミステリアスなエメラルド色の美術に、客席から微かなため息が漏れた。同夜の第1プリンシパルカップルはアダム・ブルとアンバー・スコットだった。

フランスの森を想わせる音楽に包まれて、スコットのしなやかな手首と滑らかなポール・ド・ブラはまるで森の精。パ・ド・トロワで響いた軽やかなポワントの音が、森に棲む小さな生き物たちの足音を想像させる。ドゥルー・ヘディチのアントルシャは夢見るの世界で戯れる悪戯っ子のよう。彼のダンスは二人のバレリーナの間を木霊のように行ったり来たりしていた。
アームスで丁寧な図形を描き、一歩一歩が音楽の韻を踏むようだった第2プリンシパルカップルのヴァレリー・テレスチェンコとブローディ・ジェームスのパ・ド・ドゥ。
15年間プリンシパルとして観客を魅了してきたアダム・ブルは、同夜が引退前最後のシドニー公演だった。スコットとは、バレエ学校時代から20年を超えて固いパートナーシップで結ばれ、カンパニーの中ではエレガンスという言葉が最も似合うカップルだと思わせた。ロングチュチュが揺れるように、連なるパを柔らかく結実させたコーダでは、ブルの瞳に涙が光っていた。

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The Australian Ballet "Jewels" Maxim Zenin and Imogen Chapman photo Rainee Lantry(写真は他日公演です)

一転して第2幕の舞台を彩ったのは赤と黒の世界。音楽はイーゴリ・ストラヴィンスキー (1882-1971)の『ピアノと管弦楽のためのカプリッチョ』。バランシンとストラヴィンスキーは同じ祖国を持ち、バレエ・リュスで出会い、生涯にわたる協力関係を築くこととなる。同夜の主役を務めたのはシニア・アーティストランクのダナ・スティーブンソンとマーカス・モレリだった。
芳しい香水を霧散するような「ルビー」は、観客を瞬時に別世界に導いた。お尻を突き出し、足をフレックスにした主役カップルの小粋なダンスは、ニューヨークが芸術の中心として開花し、アール・デコと呼ばれる時代の刺激的なもの。バランスの均衡を極限に保ち、二人でアームスをもて遊ぶようなセクシーなデュエット。ニューヨークのナイトクラブを思わせる、ピアノソロで踊られるジャズ風のダンス。伸びやかな四肢がまばゆく躍動した幾何学模様のアンサンブル。直角にした手首が醸し出すエキゾチックなカオス。これらすべてが、才気あふれる二人のロシア人の音楽とダンスが融合して、「ルビー」は自由と希望、可能性に満ちたニューヨークの華麗な一時代を描き出していた。
スティーブンソンとモレリは、コケティッシュで妖艶なダンス、安定した技巧で観客を魅了した。長身のソリスト、イゾベル・ダッシュウッドは宝石の原石のようなダンスが素晴らしかった。

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The Australian Ballet "Jewels" Ako Kondo and Brett Chynoweth Photo Rainee Lantry(写真は他日公演です)

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The Australian Ballet "Jewels" Benedicte Bemet_ photo Rainee Lantry

最終幕「ダイヤモンド」の音楽はピョートル・チャイコフスキー(1840-93)の交響曲第3番。同夜のプリンシパルカップルは、ベネディクト・べメイとジョセフ・ケーリーだった。
濃青の背景幕と白のチュチュに煌めくティアラ。チャイコフスキーの音が連なり、バレエ・クラシックの技が精緻に繋がれた群舞。端正なパ・ド・カトルの中で、根本里奈の優美なアームスに目を奪われた。
ダイナミックなマネージュと、軸のぶれない力強い回転に喝采が送られたケーリーのソロ。17のカップルが加わった壮麗なフィナーレはピュアな古典の輝きを放ち、『白鳥の湖』や『眠れる森の美女』を想起させる。プロットレスなのに「物語」が沸き上り、「バレエを観る」純粋な喜びを堪能した。プティパへのオマージュ、チャイコフスキーへの敬愛、サンクトペテルブルグへの望郷の念が一体になって、「ダイヤモンド」のフィナーレで昇華した。
オーストラリア・バレエ団は今年の8月、35年ぶりにロイヤル・オペラハウスの舞台に立ち、『ジュエルズ』を6回上演する。2016年のイギリス公演では、英国批評家協会賞の外国ダンスカンパニー部門で最優秀賞を受賞した。デヴィッド・ホールバーグ指揮の下、初の海外公演だ。ホールバーグ時代になって技術・表現ともにパワーアップしたカンパニーは、『ジュエルズ』でスパークしてシドニーの観客を魅了した。「ロイヤル」とは異なる輝きを放つ南半球の「宝石」を、辛口のロンドンっ子たちがどのような評価を下すか、楽しみだ。

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The Australian Ballet "Jewels" Jasmin Durham & Grace Carroll photos Rainee Lantry

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The Australian Ballet "Jewels" Joseph Caley & Benedicte Bemet photo Rainee Lantry

(2023年5月20日 シドニーオペラハウス)

『ジュエルズ』 Jewels
振付:ジョージ・バランシン(George Balanchine)
バランシン財団よりサンドラ・ジェニングス監修 © The George Balanchine Trust Staging Sandra Jennings
音楽:
エメラルド:ガブリエル・フォーレ / 『ペレアスとメリザンド』と『シャイロック』より抜粋
Emeralds : Gabriel Fauré, extracts from Pelléas et Mélisande and Shulock
ルビー:イーゴリ・ストラヴィンスキー /『ピアノと管弦楽のためのカプリッチョ』
Rubies: Igor Stravinsky Capriccio for Piano and Orchestra
ダイヤモンド:ピュートル・チャイコフスキー / 交響曲第3番
Diamonds: Peter Ilyith Tschaikovsky Symphony No.3, Op29
衣装:バーバラ・カリンスカ (Barbara Karinska)
装置:ピーター・ハーベイ(Peter Harvey)
照明:パリー・シルヴィ(Parry Silvey)

ダンサー (5月20日)
「エメラルド」Act 1 - Emeralds
第1プリンシパルカップル First Principal Couple
アンバー・スコット(Amber Scott)/ アダム・ブル(Adam Bull)
第2プリンシパルカップルSecond Principal Couple
ヴァレリー・テレスチェンコ(Valerie Tereshchenko)/ ブローディ・ジェームス(Brodie James)
パ・ド・トロワ:ラリッサ・キヨト=ワード(Larissa Kiyoto-Ward)/ キャサリン・ソネカス( Katherine Sonnekus )/ ドゥルー・ヘディチ(Drew Hedditch)
「ルビー」Act 2 - Rubies
第1プリンシパルカップルFirst Principal Couple
ダナ・スティーブンソン(Dana Stephensen)/ マーカス・モレリ(Marcus Morelli)
ソリスト:イゾベル・ダッシュウッド(Isobelle Dashwood)
ピアノソロ:ダンカン・サルトン(Duncan Salton)
「ダイヤモンド」Act 3 - Diamonds
第1プリンシパルカップル First Principal Couple
ベネディクト・べメイ(Benedicte Bemet)/ ジョセフ・ケーリー(Joseph Caley)
ダニエル・キャップ指揮(ゲスト) オペラオーストラリア交響楽団
(Guest conductor Daniel Capps conducting Opera Australia Orchestra )

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