デヴィッド・ホールバーグが制作指揮したオーストラリア・バレエ団の新製作『白鳥の湖』

ワールドレポート/オーストラリア

岸 夕夏 Text by Yuka Kishi

AUSTRALIAN BALLET オーストラリア・バレエ団

"SWAN LAKE" DIRECTED BY DAVID HALLBERG, Originally produced by Anne Woolliams in 1977, after Marius Petipa
『白鳥の湖』 デヴィッド・ホールバーグ:制作監督 (マリウス・プティパ原振付、アン・ウーリアムス振付・演出に基づく)

オーストラリア・バレエ団の新制作『白鳥の湖』公演は、9月にメルボルンで開幕後アデレード、ブリスベンと続き、シドニーを含む4都市で53公演が開催された。全公演チケットは完売し、特にシドニーでは早い段階で完売していた模様で、インターネット上でチケットを求める声が上がっていた。
シドニーでは12月1日から20日まで22公演8キャストが組まれた。これにより、5人のプリンシパル・ダンサーのオデット&オディールとジークフリート役は各組3公演ほどになり、多くのダンサーへ主役のチャンスが与えられた。根本里奈はオデット役で2回、ジル・オガイは3回、山田悠未はプリンシパルのブレット・チノーウィスと組んで3回オデットを踊っている。ジークフリート王子役で注目されたのが、根本と組んだコリフエのランクのミーシャ・バーキジャと、コール・ド・バレエのランクのマキシム・ズィネン(メルボルン公演)。昨年オーストラリア・バレエ団に入団したばかりのバーキジャとズィネンは、ともにマリインスキー・バレエからの移籍組。ダニール・シムキンはアデレード、ブリスベン公演に続き、シドニーでもジークフリート王子役で3回の客演した。シドニー初日公演を観た。

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The Australian Ballet "Swan Lake" (Hallberg) Benedicte Bemet Photo: Daniel Boud

オーストラリア・バレエ団の歴代芸術監督は、カンパニー節目の演目として『白鳥の湖』を上演している。1962年11月2日、オーストラリア・バレエ団の第1回目公演は『白鳥の湖』。創立40周年では、イギリス王室の故ダイアナとチャールズ王子そしてカミラの三角関係を連想させるグレアム・マーフィー版を製作した。50周年では、古典様式を基に人物像を深く描き出したカンパニーの常任振付家スティーブン・ベインズによる新製作。今回、ホールバーグがクリエイティブに加わり陣頭指揮した『白鳥の湖』は、アン・ウーリアムス演出版(1977年制作)を基にしたもの。カンパニー創立以来、『白鳥の湖』公演は800回を超える。

振付家でもあったアン・ウーリアムス(1926-99)は、1976年にオーストラリア・バレエ団の3代目芸術監督に就任した。ウーリアムスはジョン・クランコの右腕と呼ばれ、ジョン・クランコ スクールの共同創立者であり、後にウィーン国立バレエ団の芸術監督になった。公演プログラムにはウーリアムスについてこう記されている。「まだグーグルのない時代、『白鳥の湖』であれば実際に白鳥を観察するよう"宿題"を出す。"宿題"をやってこないと機嫌が悪い。群舞であろうとダンサーがどれだけ役に魂を込めているかを見る。寛大で骨身を削る人だったが、役への解釈が浅いと癇癪を起こした」

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"Swan Lake" (Hallberg) Marcus Morelli & Artists of The Australian Ballet Photo Daniel Boud

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"Swan Lake (Hallberg) Benedicte Bemet_& Joseph Caley Photo Daniel Boud

紗幕の向こうで5羽の白鳥がロッドバルトに懇願するプロローグから、一転して第1幕は城の中庭で踊られるワルツのシーン。衣装と装置は今回新たに製作され、費用の全ては個人サポーターたちの寄付によるという。平面に描いた書き割りは用いず、第1幕と第3幕の宮廷シーンでは色彩豊かな衣装と豪華な立体セットが舞台を彩った。一方、第2幕と第4幕のバレエ・ブランではプロジェクションを使用した現代的な手法を見せ、装置はほとんどない。人間界と異界を明確に対峙させ、ガランとした舞台ではダンサーの芸術性の深みと技量が極めてストレートに感じられた。
第1幕はジークフリート王子の誕生日を祝う宴。指先までエレガントな女性ダンサー、編成の変化の妙、群舞のユニゾンがピタリと決まったワルツシーンは華やかで心地よい。道化役のマーカス・モレリはアクロバティックな冴えた技を披露した。このヴァージョンでは王子の孤独が物語を通底している。

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"Swan Lake" (Hallberg) Artists of The Australian Ballet Photo Daniel Boud

初日のジークフリート王子役はジョセフ・ケーリー。端正な連なるアラベスクは何かへの希求なのか、彼の独舞は憂愁を秘めた。オデット・オディール役はベネディクト・べメイ。登場した瞬間に息を呑むような美しさを示した。彼女は人間の感情を持たない白鳥の化身であり、波打つ大きな羽が飛翔するかのように、大振りのアームスと小刻みな下肢で踊った。物語の象徴である湖は具象的には現れず、プロジェクションで森の木立を、照明で湖と夜の闇を描き出した演出は、孤独な王子が不確かな存在へ恋に落ちていく情感を際立たせる。
異界に導いてゆく、24羽の一糸乱れぬ群舞のユニゾンに絵画のような美しさが現出して圧倒された。群れとして水面を渡るように可憐で息のあった「4羽の白鳥」(山田悠未/ジル・オガイ/イヴィ・フェリス/渡邊綾)は客席を沸かせた。オデットがロットバルトに連れ去られる第2幕のラストシーンは、恋を知った心を宿した運命を嘆き、哀感が心に響いた。
第3幕のディベルティスマンは豪華な宮廷セットで繰り広げられる。肘と膝で角を描き、コツンと小気味よい音を立てるハンガリーのチャルダッシュ、情熱的で官能的な赤のスパニッシュダンス、開放的なイタリアの空気を感じさせたナポリのダンス。チャイコフスキーの音楽と、個性豊かな三者三様の民族舞踊が融合し、目と耳を楽しませた。

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The Australian Ballet " Swan Lake" (Hallberg) Joseph Caley & Benedicte Bemet Photo Daniel Boud

べメイはファム・ファタールの役もたいそう上手い。小悪魔的な官能美を放って超絶技巧をこなし、王子を破滅させるオディールの踊りに説得力があった。ケーリーは強い軸で愛の決意をつま先まで込め、ほとばしる恋心をのせた回転・跳躍は歓喜に満ち、ジークフリートの内面の変化を表した。
見せ場であるペアの難技巧の応酬にとどまらず、美に欺かれ、魔性に魅入られた人間の悲劇を、ケーリーは過剰表現に走ることなく観客を魅了。べメイは繊細で大胆な物語の語り手となり、精妙な身体言語で物語を紡いだ。
最終幕が上がると、床に身を沈めた波紋のようなV字の群舞の光景に、客席からどよめきと拍手が湧き起こった。脱力し、諦念がにじみでたオデットとジークフリートのパ・ド・ドゥ。舞台後方に屹立する不吉な黒い山のようなシルエットの前のラストダンス。群舞が素速くで円を描いて立ち去る。ロットバルトの悪の手からジークフリートを救うため、オデットはロットバルトへ永遠の服従を誓う。客席に背を向け、激しいアームスと脚で見せた慟哭の表現から溢れる絶望。ジークフリートが崖から身を投げて幕が閉じた。悲劇で終結したこの新たな60周年記念作品からは、カンパニーに脈打つウーリアムスのDNAと、現役時代にジークフリートは最も多く踊った役だった、と語るホールバーグの創意を強く感じた。

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The Australian Ballet " Swan Lake" (Hallberg) Joseph Caley & Benedicte Bemet Photo Daniel Boud

ウーリアムス版オリジナルキャストのマリリン・ロウとともに、シルヴィ・ギエムもこの作品のコーチを務めた。ホールバーグは自身が制作指揮した今作を、今後何十年も時の試練に耐えられる、観客が何度も足を運ぶ歴史に残る名作と自負する。シドニー・オペラハウスではあまり見ることのない、熱気に満ちた満席の観客総立ちのスタンディング・オベーションがその答えだった。
(2023年12月1日 シドニー オペラハウス)

『白鳥の湖』プロローグ付全4幕バレエ
振付・演出/追加振付(1977年):アン・ウーリアムス/レイ・パゥウェル(マリウス・プティパ原振付に基づく)
(Originally produced by Anne Woolliams in 1977 after Petipa、additional choreography Ray Powell)
制作監督:デヴィッド・ホールバーグ( David Hallberg )
原振付再構成/コレオロジスト:マーク・ケイ(Mark Kay)
追加振付・ドラマツルギー:ルーカス・ジャーヴィス (Lucas Jervies)
ゲストコーチ:シルヴィ・ギエム(Sylvie Guillem)
音楽:ピュートル・チャイコフスキー(Piotr Ilyich Tchaikovsky)
衣装:マラ・ブルメンフェルド(Mara Blumenfeld)
舞台美術:ダニエル・オスリング(Daniel Ostling)
照明デザイン:T. J. ゲーケンズ(T.J. Gerckens)
バリー・ワーズワース指揮(ゲスト)オペラオーストラリア管弦楽団
(Guest conductor Barry Wordsworth conducting Opera Australia Orchestra )

配役(2023年12月1日)
オデット・オディール:ベネディクト・べメイ(Benedicte Bemet)
ジークフリート王子:ジョセフ・ケーリー(Joseph Caley )
ロットバルト:ジョセフ・ロマンスウィッツ(Joseph Romancewicz)
母・女王:ジリアン・レヴィ(Gillian Revie)
侍従:スティーブン・ホルフォード(Stephen Holford)
道化:マーカス・モレリ (Marcus Morelli)
リード・スワン:根本里奈(Rina Nemoto) /ヴァレリー・テレスチェンコ(Valerie Tereschchenko )
4羽の白鳥:山田悠未(Yuumi Yamada)/ジル・オガイ (Jill Ogai ) / イヴィ・フェリス(Evie Ferris)/渡邊 綾 (Aya Watanabe)
スペインの姫:リラ・ハーヴェイ(Lilla Harvey)
ハンガリーの姫:イザベル・ダッシュウッド (Isobelle Dashwood)
ナポリの姫:ジル・オガイ(Jill Ogai)

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