100年のバレエの進化を可視化したトリプルビル「カウンターポイント」フォーサイス振付『アーティファクト組曲』ほか

ワールドレポート/オーストラリア

岸 夕夏 Text by Yuka Kishi

AUSTRALIAN BALLET 「CONTREPOINTE 」
オーストラリア・バレエ団「カウンターポイント」

"RAYMONDA" Act 3 Choreographed by Marius Petipa、 "TSCHAIKOVSKY PAS DE DEUX" Choreographed by George Balanchine、 "ARTIFACT SUITE" Choreographed by William Forsythe
『ライモンダ』第3幕 マリウス・プティパ:振付、『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』ジョージ・バランシン:振付、『アーティファクト組曲』ウィリアム・フォーサイス:振付

オーストラリア・バレエ団の今年2つ目のシドニー定期公演プログラムは「カウンターポイント」と題したトリプルビル。4月27日から5月15日までに22公演が行われた。このプログラムは、「バレエがどこでどのように進化して、どこに向かっていくのかを示す」とデヴィット・ホールバーグ芸術監督は公演パンフレットの中で語っている。

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TAB "Raymonda" Amber Scott & Ty King-Wall photo by Daniel Boud(写真は他日公演です)

最初の演目は『ライモンダ』第3幕。初演は1898年、マリウス・プティパ(1818-1910) が80歳の時に振付けている。音楽は当時33歳だったアレクサンドル・グラズノフが作曲した。
私が観た日はプリンシパルのペアで、ライモンダ役は近藤亜香、ジャン・ド・ブリエンヌ役はチェンウ・グォだった。舞台美術は宮廷を想わせる豪華な幕とシャンデリアが控えめに設置されているのみで、「グラン・パ・クラシック」が踊られた。
近藤のライモンダは、あたかも全幕バレエを演舞のように心情や物語を表す見事なある出来栄えだった。上体をしなやかに使い小首をかしげた姿は、優雅でエキゾチックな雰囲気を醸す。視線には揺るぎない自信と威厳が宿り、気高さが現れている。伯爵令嬢という身分、異国の王子から求愛される魅力、出兵した婚約者を愛する悦び、ライモンダの様々な側面が高度なダンス技術から感じられた。

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TAB "Raymonda" Yuumi Yamada. Photo by Daniel Boud

ペアを組んだグォは、スローモーションを見ているようにゆったりと空中を高く舞う連続ジャンプで客席を沸かす。ソロを踊った山田悠未は舞台に可憐な花を咲かせた。8組のペアによるユニゾンのダンスがひとつになる華麗な帝室バレエ風の舞台は、観客を魅了し、劇場は大きな喝采に包まれた。

初日公演で近藤はバランシン の『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』を踊った。辛口な批評で知られる「シドニー・モーニング・ヘラルド」紙の舞踊評論家ジル・サイクスから「近藤亜香―花ひらく極上の芸術」と評され、シドニー・オペラ・ハウスではあまり見かけないスタンディング・オベーションが贈られたと書かれている。同夜の近藤のライモンダはアーティストとして、また一段高みに昇ったことを強く印象づけた。

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TAB "Tschaikovsky Pas de Deux" Chengwu Guo & Ako Kondo. © Daniel Boud(写真は他日公演です)

2作目はジョージ・バランシン(1904-1983)が振付けた『チャイコフスキー パ・ド・ドゥ』。チャイコフスキーが『白鳥の湖』第3幕「黒鳥のパ・ド・ドゥ」として作曲したと言われている一部が1953年に発見され、バランシンの作品として1960年に初演されたもの。
同夜のペアはともにプリンシパルのベネディクト・べメイとブレット・チノーウィスだった。悪戯っぽい輝きを表しながら踊るべメイの精緻なダンス。彼女の絶妙なアーティキュレーションが音楽の波を掴むと、ダンスが弾けるように躍動する。ブレット・チノーウィスはサポートが上手いダンサーだ。羽が生えたようなジャンプの空中でのポーズは美しく、無音で着地し、ダイナミックなマネージュを決めた。技巧の難しさをも感じさせないペアの軽やかさと幸福に満ちた表情が音楽と共鳴し、フィッシュ・ダイブで締めくくられると同時にたくさんのブラボーが響き渡った。

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The Australian Ballet "Artifact Suite" Jarryd Madden & Nicola Curry photo by Daniel Boud

休憩を挟んで同夜の締めを飾ったのは、オーストラリア初演となる『アーティファクト組曲』だった。この作品のオリジナルである全4幕『アーティファクト』は、ウィリアム・フォーサイス(1949〜)がフランクフルト・バレエの芸術監督に就任した1984年に初めて振付けたもの。今回オーストラリア・バレエ団にレパートリー入りした『アーティファクト組曲』は、2004年にスコティッシュ・バレエ団が初演した45分に編成された作品だ。
音楽は前半がヨハン・セバスチャン・バッハの「無伴奏バイオリンのためのソナタとパルティータ第2番」より「シャコンヌ」で、後半はエヴァ・クロスマン=へヒトのピアノソロ曲を用いている。上演にあたって、世界中の主要なバレエ団でフォーサイス作品のコーチをしているキャサリン・ベネットが招かれており、ホールバーグとベネットの興味深い対談がYoutubeで公開されている。
半世紀にわたってフォーサイスのダンスパートナーであるベネットによると、フォーサイス自身は楽器を演奏し、彼の祖父は指揮者である。そのような環境にいたフォーサイスが、初の芸術監督としての振付作で「シャコンヌ」を選んだ意味はとても大きいという。
ホールバーグは今回のプログラムの公演タイトルを "カウンターポイント"と題した。カウンターポイントの本来の意味は音楽用語の"対位法"。不朽の名作といわれるJ.S.バッハの「シャコンヌ」には、密度の高い対位法が用いられている。フォーサイスは様々な二項対立を『アーティファクト組曲』で視覚化させ、計りしれないほどの広がりと深みを見せた。

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TAB "Artifact Suite" Nathan Brook, Dimity Azury, Jarryd Madden, Nicola Curry © Daniel Boud

私が観た日の第1パ・ド・ドゥのペアはニコラ・カリーとジャレッド・マデン。第2パ・ド・ドゥはプリンシパルのディミティー・アズーリとネイサン・ブルックだった。どこか柔らかさがあるブルックのパートナーリングに対して、マデンにはクリスタルのようなピュアな質感があり、2組のデュオは時にカノンのようにエコーした。
オフバランスの極みが展開される振付は、息をのむ驚嘆とダンスの純粋な美しさが同居している。祈りのような深淵な精神性を持つ「シャコンヌ」と無機質で情動のないダンス。継続するダンスと、バタンと大きな音を立てた緞帳が途中で繰り返し降りて、切断される舞台(音楽だけが継続してる)。超絶技巧の極限を繰り広げる2組のデュオと、後方・サイドに立ち並んで手旗信号のような動作を繰り返す多数のダンサー。様々に相反する要素が舞台で対峙して、観る者を圧倒した。ベネットは対談で、「集団のパワーが押し寄せる『アーティファクト』のフィナーレはファシズムへのコメント。80年代のドイツでは大きな意味があった」と語っている。カーテンコールでは深い感動に包まれた熱い拍手が46人のダンサーに送られた。

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The Australian Ballet "Artifact Suite" Jarryd Madden & Nicola Curry photo by Daniel Boud

3作品が創られたおよそ100年間は、社会とともにバレエを含む芸術全般が大きく変化した。オーストラリア・バレエ団は様々な角度から複数の方法で、公演プログラムに関する情報をバレエファンに提供・発信している。こうしたホールバーグ流「啓蒙」は大歓迎だ。

最後に2つのニュースをお伝えする。
4月28日、オーストラリア・バレエ団の前芸術監督デヴィッド・マカリスターが、エリザベス二世戴冠式賞(The Queen Elizabeth II Coronation Award)を受賞。ロイヤル・アカデミー・オブ・ダンス(RAD)のプレジデント、ダーシー・バッセルよりビデオ中継で伝えられた。この賞はバレエ・ダンス界へ国際的に多大な貢献をした人に与えられ、過去にはケネス・マクミランやルドルフ・ヌレエフなどが受賞している。
5月20日、ホールバーグ芸術監督による初の昇級が発表された。昇級した7人のダンサーのうち、山田悠未はコリフェからソリストランクに上がった。
(2021年5月6日 シドニー オペラハウス)

『ライモンダ』第3幕 Act III of Raymonda
原振付:マリウス・プティパ(after Marius Petipa)
音楽:アレクサンドル・グラズノフ( Aleksandr Glazunov)
衣装・美術:ヒュー・コールマン(Hugh Colman)
照明:ジョン・バスウェル(Jon Buswell )
舞台監修:デヴィッド・ホールバーグ(David Hallberg)
ダンサー(5月6日)
ライモンダ:近藤亜香(Ako Kondo)
ジャン・ド・ブリエンヌ:チェンウ・グォ(Chengwu Guo)

「グラン・パ・クラシック」ペア
山田悠未(Yuumi Yamada ) / イツゥワン・ワァング(Yichuan Wang)
渡邊 綾(Aya Watanabe) / ショーン・アンドリュー(Shaun Andrews)
コリー・ハーバート(Corey Herbert) / ジョージ= マレー・ナイチンゲール(George-Murray Nightingale)
リリー・ラプハム(Riley Lapham) / キャメロン・ホームス(Cameron Holmes)
リサ・クレイグ(Lisa Craig) / ジェット・ラムセイ (Jett Ramsay)
セーラ・アンドラン(Sara Andrlon) / メイソン・ラブグローブ(Mason Lovegrove)
キャサリン・ソネキス(Katherine Sonnekus) / ジョセフ・ロマンスウィッツ(Joseph Romancewicz )
サレンジャ・クロゥ(Saranja Crowe) / マシュー・ブラッドウェル(Matthew Bradwell)

『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』Tschaikovsky Pas de Deux
振付:ジョージ・バランシン (George Balanchine)
音楽:ピョートル・チャイコフスキー『白鳥の湖』第3幕作品番号20番より抜粋
( Expert from "Swan Lake" Op20 Act3 by Piotr Ilyich Tschaikovsky)
ゲストコーチ:サンドラ・ジェニングス(Sandra Jennings)
ダンサー
ベネディクト・べメイ(Benedicte Bemet)、ブレット・チノーウィス(Brett Chynoweth)

『アーティファクト組曲』 ARTIFACT SUITE
振付・舞台・衣装・照明:ウィリアム・フォーサイス (William Forsythe)
音楽:[第1部]ヨハン・セバスチャン・バッハ「無伴奏バイオリンのためのソナタとパルティータ第2番」より「シャコンヌ」/「第2部」エヴァ・クロスマン=へヒト
(part 1: JS Bach "Chaconne" from Partita Nr2 BWV 1004, performed by Nathan Milstein)
(part2 : Eva Crossman-Hecht )
ゲストコーチ:キャサリン・ベネット(Kathryn Bennetts)
ピアノソロ:カイリー・フォスター(Kylie Foster)
ヴァイオリンソロはネイサン・ミルスタイン演奏の録音された音源を使用
ダンサー
The other person:ココ・マティソン(Coco Mathieson)
第1パ・ド・ドゥ:ニコラ・カリー(Nicola Curry)、ジャレッド・マデン(Jared Madden)
第2パ・ド・ドゥ:ディミティー・アズーリ(Dimity Azoury)、ネイサン・ブルック(Nathan Brook)
有村花梨菜(Karina Arimura) / リサ・クレイグ(Lisa Craig) / サレンジャ・クロゥ(Saranja Crowe) / イサベル・ダッシュウッド(Isobelle Dashwood) / ジャスミン・ドゥ―ハム(Jasmin Durham) / イヴィ・フェリス(Evie Ferris) / セリーナ・グラハム(Serena Graham) / リラ・ハーヴィ(Lilla Harvey) / コリー・ハーバート(Corey Herbert) / ラリッサ・キヨト=ワード(Larissa Kiyoto-Ward)/ エマ・コッペルマン(Emma Koppelman) / リリー・ラプハム(Riley Lapham) / リリー・マスケリー(Lilly Maskery) / ソフィー・モーガン(Sophie Morgan) / カレン・ナナスカ(Karen Nanasca) / 根本里奈(Rina Nemoto) / ジル・オガイ(Jill Ogai) / キャサリン・ソネキス (Katherine Sonnekus) / シャーニ・スペンサー (Sharni Spencer) / ヴァレリー・テレスチェンコ(Valerie Tereshchenko) / 渡邊 綾(Aya Watanabe) / メイディ・ウィドマー (Maidie Widmer) / ジェイド・ウッド(Jade Wood) / ジェシカ・ウッド(Jessica Wood) / 山田悠未(Yuumi Yamada)
ショーン・アンドリュー(Shaun Andrews) / マシュー・ブラッドウェル(Matthew Bradwell) / ブレット・チノーウィス(Brett Chynoweth) / ティモシー・コールマン(Timothy Coleman) / ジャコブ・デュ・グルート(Jacob de Groot) / アダム・エルメス(Adam Elmes) / トーマス・ギャノン (Thomas Gannon) / ベンジャミン・ギャレット(Benjamin Garret) / ドゥルー・ヘディチ(Drew Hedditch) / キャメロン・ホームス(Cameron Holmes) / ブローディ・ジェームス(Brodie James) / メイソン・ラブグローブ (Mason Lovegrove) / ルーク・マーチャント(Luke Marchant) / ジョージ=マレー・ナイチンゲール(George-Murray Nightingale) / クリストファー・ロジャー=ウィルソン(Christopher Rodger-Wilson) / ルシエン・スゥ(Lucien Xu)
サイモン・ティユー指揮 オペラオーストラリア交響楽団
(Simon Thew conducting the Opera Australia Orchestra )

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