2022年への希望の兆しが透過したオーストラリア・バレエ団のシドニーガラ公演
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ワールドレポート/オーストラリア
岸 夕夏 Text by Yuka Kishi
AUSTRALIAN BALLET オーストラリア・バレエ団
『CELEBRATION GALA SYDNEY』「シドニーガラ公演」
ホールバーグ芸術監督が選んだ古典の名作からコンテンポラリー作品まで、パ・ド・ドゥのみの10作品で構成されたシドニーガラ公演
Artistic Director David Hallberg selected ten Pas de deux from the master pieces of classic ballet to contemporary dance for the Sydney Celebration Gala
2020年3月のパンデミック宣言以来、世界で最も長くロックダウンされた都市となったメルボルン。オーストリア・バレエ団の本拠地のある街だ。シドニー、メルボルンと共に2021年後半に予定されていた2つの物語バレエ、『アレルキナーダ 』と『ロミオとジュリエット』の公演中止が発表されたのはロックダウン中だった。シドニーとメルボルンのある2つの州の往来が自由になった2021年11月初旬、それを待つかのようにオーストラリア・バレエ団のガラ公演が突然発表された。
11月25日から9日間に10回行われたシドニー公演のプログラムは、古典の名作からコンテンポラリー・ダンスまで10作品のパ・ド・ドゥのみで構成され、ソリストランク以上のダンサーがキャスティングされた。メルボルン公演は12月9日から9日間に11回行われ、演目の半分はシドニー公演とは異なるもので、カンパニーのダンサー全員が舞台に立つ。
公演開始前にホールバーグ芸術監督が舞台に登場し挨拶をすると、観客は盛大な拍手で迎えた。3日目のシドニー公演を見た。
The Australian Ballet "La Favorita" Yuumi Yamada & Chengwu Guo Photo Daniel Boud
最初の演目は、山田悠未とプリンシパルのチェンウ・グォのペアによる『ラ・ファヴォリータ』。この作品はオーストラリアの建国200年記念祭や世界バレエフェスティバル、オーストラリア・バレエ団の50周年記念ニューヨーク・ツアーなど、寿(ことほ)ぐ機会に踊られている。大きなジャンプで颯爽と舞台に登場した2人は、瞬時にガラ公演の幕開けを飾るに相応しい華やぎを放った。終盤、山田のフェッテに大きな拍手が沸くなか、最後の回転でバランスを崩すと、客席から声援にも似たより大きな拍手が湧き起こった。
The Australian Ballet Celebration Gala Sydney " Concerto" Robyn Hendricks & Callum Linnane Photo Daniel Boud.
2つ目の演目『コンチェルト』はケネス・マクミランがベルリン・ドイツ・オペラバレエの芸術監督に就任した1966年に、彼のミューズであったリン・シーモアのバーレッスンに想を得て創作されたもの。ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第2番アンダンテを詩的に表現したのは、プリンシパルのロビン・ヘンドリックスとカラム・リネインだった。このペアは詩情豊かな音楽を見事に視覚化させた。美しい音の粒をひとつ一つすくい取るようなパの連なりに、観客は息を呑むように惹きこまれた。楽器の精緻な通奏低音が楽曲の盤石な土台を支えるように、リネインのサポートの巧みさが際立つ。体の向きや手の位置を、リネインは的確で控えめに移動させ、ヘンドリックスの "バー" となった彼のダンスは圧巻だった。息の合ったパートナーに支えられたヘンドリックスの動きは豊かな広がりを見せ、リフトされた彼女は音楽の中へ飛翔するかのよう。オーストラリアの著名な舞踊評論家べボラ・ジョーンズは全国紙ジ・オーストラリアンに次のように書いた。「リネインはプリンシパルの楽屋の扉を大きく叩いた。"コンチェルト"が終わった後、ほとんど息ができなかった、と囁く私の後ろの観客の声が聞こえた。私もだった」。そして筆者も同じであった。
3番目から5番目の演目では男女の心情を異なる側面からスポットを充てている。
オーストラリア・バレエ団の常任振付家、アリス・トップの作品『ロゴス』から抜粋した「クレイ」デュエットを、カレン・ナナスカとネイサン・ブルックは裸足で踊った。トップは公演プログラムで「自分の身に潜むモンスターをどうしてますか?」と問いかけている。男女のもつれや葛藤、いさかいをペアは不安や痛みを身にまとうように、緊迫したダンスで劇場の空気を変えた。
ホールバーグは『白鳥の湖』から、悲劇の「白鳥」と魔性の「黒鳥」を対照させた。
白鳥にキャスティングされたのは根本里奈で、ジークフリート王子はジャレッド・マデン。根本は長い手足を活かしたニュアンスのあるターンを見せ、静止したポーズから空間使いの上手さを感じさせる。マデンの端正な踊りと憂うる姿からは王子の品性が表出した。だが、悲劇の発端となる劇的なシーンで、それぞれの情感が一つになって響き合うまでに至らなかったとも感じられた。
「黒鳥」のパ・ド・ドゥを踊ったのは共にプリンシパルのベネディクト・べメイと ブレット・チノーウェスだった。べメイは表情豊かな大きな瞳で指先からジークフリート王子を魅了し、背中で魅せ、誘惑されるのも然もありなんというダンスを華麗に見せた。32回転のフェッテの途中から大きな拍手が湧き、べメイは王子も観客をも圧倒した。
The Australian Ballet "Clay" Karen Nanasca & Nathan Brook "White Swan" Rina Nemoto&Jarryd Madden. Photo Daniel Boud.
The Australian Ballet Celebration Gala Sydney "Black Swan" Benedict Bemet Photo Daniel Boud
6番目の演目は『アンナ・カレーニナ』よりイタリアへ逃避行した場面のパ・ド・ドゥ。アンナ役はロビン・ヘンドリックスで、ヴロンスキー役はカラム・リネインだった。ふたりの上質なダンスは切り取られたシーンでありながら、深まり変容していく男女の内面を語り、空っぽの空間にすら舞台装置があるかのように思わせた。このペアはドラマチックな作品を、自然な演技で観る者の心を掴んだ。2年越しに先送りされた大作の予告編を見ているようで、2022年シーズンへの期待が高まる。
The Australian Ballet Celebration Gala Sydney "Chroma" Imogen Chapman Photo Daniel Boud
ウェイン・マクレガーの『クローマ』が初演された2006年。マクレガーはその直後に英国ロイヤルバレエの常任振付家になった。イモーガン・チャップマンと クリスティアーノ・マルティーノは、バイオリンとピアノの抒情的な音楽に四肢を過伸させ崩れるように脱力するダンスで、前後の演目との対比を鮮やかに際立たせた。
『メリーウィドウ』はオーストラリア・バレエ団の海外公演の看板演目だ。第2幕のパ・ド・ドゥを踊ったのは、ヴァランシエンヌ役が山田悠未、チェンウ・グォは カミーユ役だった。
ふたりのコミカルなマイムと山田の細やかな足さばきから愛の喜びが溢れ出る。
2005年、ニューヨーク・シティ・バレエのプリンシパル、ジョク・ショト(Jock Soto)の引退公演のために、クリストファー・ウィールドンは抽象バレエ『アフター・ザ・レイン』を創作した。この夜のキャスティングは根本里奈 とネイサン・ブルック。バイオリンとピアノのミニマルミュージックが相伴するダンスは、終始やさしさとノスタルジックな雰囲気を湛えている。男女は歓喜の只中にいるのか、それとも別離に向かおうとしているのか、振付は何も語ろうとせず、ダンサーと観る者に委ねている。ブルックのダンスは優しくしなやかだ。 リフトされた根本から、舞台を退くダンサーが追憶を空に彫琢するかのような美しい画が現出し、客席からブラボーと大きな拍手が送られた。
The Australian Ballet "After the Rain" Rina Nemoto & Nathan Brook "Nutcracker" Benedict Bemet & Chengwu Guo © Daniel Boud
(『くるみ割り人形』は他日公演の写真です)
最後の演目は『くるみ割り人形』第2幕よりパ・ド・ドゥで、配役はシャーニ・スペンサーとブレット・チノーウェス。スペンサーは華のあるダンサーだ。軸足のしっかりしたピルエットで、技をそつなく丁寧に紡いでいく。チノーウェスが優雅で大胆なマネージュを披露するとスペンサーも高揚した雰囲気に呼応して、同夜の締めを華やかに飾った。
演目により観客の熱量の差はあれど、同夜のすべてのダンサーへ客席から惜しみない拍手と大きな喝采が送られた。装置のない空っぽの舞台で観客を魅了した一夜には、ホールバーグが公演プログラムで語っている、暗雲の向こうにある光「希望の兆し(silver lining)」が透過していた。
The Australian Ballet Celebration Gala Sydney "Black Swan" Brett Chynoweth. Photo Daniel Boud
(2021年11月27日 シドニーオペラハウス)
ニコレット・フレリオン指揮 オペラ・オーストラリア交響楽団
(Nicolette Fraillon conducting Opera Australia Orchestra )
『ラ・フォヴァリータ』
振付:ペタル・ミラー=アッシュモール 音楽:ガエターノ・ドニゼッティ
ダンサー:山田悠未/ チェンウ・グォ
LA FAVORITA
Choreography: Petal Miller-Ashmole Music : Gaetano Donizetti
Dancers : Yuumi Yamada and Chengwu Guo
『コンチェルト』よりパ・ド・ドゥ
振付:ケネス・マクミラン 音楽:ドミートリイ・ショスタコーヴィチピアノ協奏曲第2番
アンダンテ
ダンサー:ロビン・ヘンドリックス / カラム・リネイン
Pas de deux from CONCERTO
Choreography: Kenneth MacMillan
Music : Dimiri Shostakovich Piano Concerto No.2, Andante
Dancers : Robyn Hendricks and Callum Linnane
『ロゴス』よりクレー・デュエット
振付:アリス・トップ 音楽:ルドヴィコ・エイナウディ "Whirling Winds" より
ダンサー:カレン・ナナスカ / ネイサン・ブルック
Clay duet excerpts from LOGOS
Choreography : Alice Topp Music : Ludovico Einaudi "Whirling Winds"
Dancers : Karen Nanasca and Nathan Brook
『白鳥の湖』より白鳥のパ・ド・ドゥ
振付:レフ・イワノフ 音楽:ピュートル・チャイコフスキー
ダンサー:根本里奈 / ジャレッド・マデン
White Swan Pas de deux from SWAN LAKE
Choreography: after Lev Ivanov Music : Piotr Ilyich Tchaikovsky
Dancers : Rina Nemoto and Jarryd Madden
『白鳥の湖』より黒鳥のパ・ド・ドゥ
振付:マリウス・プティパ 音楽:ピュートル・チャイコフスキー
ダンサー: ベネディクト・べメイ / ブレット・チノーウェス
Black Swan Pas de deux from SWAN LAKE
Choreography: after Marius Petipa Music : Piotr Ilyich Tchaikovsky
Dancers : Benedicte Bemet and Brett Chynoweth
『アンナ・カレーニナ』第2幕よりパ・ド・ドゥ
振付:ユーリ・ポソホフ 音楽:イリヤ・デムツキー
ダンサー:ロビン・ヘンドリックス / カラム・リネイン
Pas de deux from Act ll of ANNA KARENINA
Choreography : Yuri Possokhov Music : Ilya Demutsky
Dancers: Robyn Hendricks and Callum Linnane
『クローマ』よりパ・ド・ドゥ
振付:ウェイン・マクレガー 音楽:ジョビー・タルボット
ダンサー:イモーガン・チャップマン / クリストアノ・マルティーノ
Pas de deux from CHROMA
Choreography : Wayne McGregor. Music : Joby Talbot "Transit of Venus"
Dancers: Imogen Chapman and Christiano Martino
『メリーウィドウ』第2幕よりパ・ド・ドゥ
振付:ロナルド・ハインド 音楽:フランツ・レハール
ダンサー:山田悠未 (ヴァランシエンヌ)/ チェンウ・グォ(カミーユ)
Pas de deux from Act ll of THE MERRY WIDOW
Choreography : Ronald Hynd Music : Franz Lehár
Dancers : Yuumi Yamada as Vlencienne and Chengwu Guo as Camille
『アフター・ザ・レイン』パ・ド・ドゥ
振付:クリストファー・ウィールドン 音楽:アルヴォ・ペルト(鏡の中の鏡)
ダンサー:根本里奈 / ネイサン・ブルック
Pas de deux from AFTER THE RAIN ©
Choreography : Christopher Wheeldon Music : Arvo Pärt "Spiegel im Spiegel"
Dancers: Rina Nemoto and Nathan Brook
『くるみ割り人形』第2幕よりパ・ド・ドゥ
振付:ピーター・ライト 音楽:ピュートル・チャイコフスキー
ダンサー:シャーニ・スペンサー / ブレット・チノーウェス
Pas de deux from Act ll of THE NUTCRACKER
Choreography : Peter Wright Music : Piotr Ilyich Tchaikovsky
Dancers : Sharni Spencer and Brett Chynoweth
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