ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2018.02.13]
♪バレエ昔も今も♪ BALLET OLD AND NEW♪
今年のローザンヌ国際バレエコンクールでは、日本人の入賞者はいなかったが、中国や韓国などのアジア勢からは4人が表彰を受ける活躍をみせた。表彰式では、副審査員長を務めたニーナ・アナニアシヴィリが、そうしたアジアのダンサーたちに近寄り、若い美しさを生かしていない、とメイクについてアドヴァイスしていた、と里信邦子さんがレポートしてくれた(http://www.chacott-jp.com/magazine/news/concours/2018-2.html)。バレエのコンクールと言えば、踊りの優劣を競うものではあるが、舞台上で踊るダンサーには自ずと彼らのバレエを支えている文化が反映されてくる。バレエは、衣装や舞台美術、ヘアメイク、シューズ、音楽・演奏、教師は言うに及ばず、リハーサルスタジオ、ヘルスケア、メンタルケア、怪我の治療、舞踊評論や研究・・・といったそれぞれの分野での専門技術とそこに形成される文化によって支えられている。ロシアのようにボリシェヴィキの革命すらを乗り越えた長いバレエの歴史を刻んできた国では、それらは巧まざる創意と努力が重ねられ、尊い伝統的な文化となって今日まで受け継がれ発展してきている。そうした自身のバレエを支える文化への深い理解が、ダンサーの心を謙虚にし、多くの観客を納得させる豊穣の表現を生む。ボリショイ・バレエのプリンシパルとして、世界中の舞台で踊ったキャリアを持つアナニアシヴィリは、そのことを将来有望なアジアのダンサーたちに伝えたかったのではないだろうか。ニーナ・アナニアシヴィリのインタビューは(http://www.chacott-jp.com/magazine/interview-report/interview/2018-2018.html

ジルベール、ガニオ、そして八菜、マルシャン、ルーヴェのオペラ座の精鋭が踊った「ル・グラン・ガラ」

「ル・グラン・ガラ」
『ヴェーセンドンク歌曲集』『トリスタンとイゾルデ』ジョルジオ・マンチーニ:振付

今年のお正月は寒さは厳しいが、関東地方は晴天に恵まれ良い天気が続いた。正月気分がまだ残り晴れ着に着飾った人びとが集う渋谷の新名所ヒカリエ11階のシアター・オーブ。澄みわたった空に地上の街が光り、晴れがましい気分が溢れる。ここに世界最高と自他共に認めるパリ・オペラ座バレエ団のエトワール四人と、いつ日本人の血をひくエトワールが誕生するのか、とバレエ・ファンをやきもきさせているプルミエール・ダンスール一人が一堂に会して、「ル・グラン・ガラ」が開催された。 上演された演目は、『ヴェーセンドンク歌曲集』(世界初演)と『トリスタンとイゾルデ』(全幕日本初演)。ともにジョルジオ・マンチーニがリヒャルト・ワーグナーの音楽に振付けた作品である。

1802tokyoa_DSC6806.jpg 「ヴェーセンドンク歌曲集」
撮影/瀬戸秀

『ヴェーセンドンク歌曲集』は、ワーグナーのパトロンだったオットー・ヴェーセンドンクとその妻マチルデとワーグナーの、いわば三角関係をテーマとしたもので、『トリスタンとイゾルデ』と同じテーマによる前奏曲とも言える作品だという。『トリスタンとイゾルデ』は、周知のように、ケルトに伝えられ中世の吟遊詩人たちに詠われたというアイルランドの王女イゾルデとコーンウォール王マルケ、そして王の甥の騎士トリスタンの愛の悲劇。 ジョルジオ・マンチーニは、ベジャールの設立したダンススクール、ムードラの出身で、ヨーロッパのカンパニーで踊り、ジュネーブ大劇場バレエやフィレンツェ・バレエの芸術監督を務めた。自らベジャールとキリアンに最も影響を受けたと言う。

まず、『ヴェーセンドンク歌曲集』が上演された。若い、これからのパリ・オペラ座バレエを担っていく二人のエトワール、ユーゴ・マルシャンとジェルマン・ルーヴェ、そしてプルミエールダンスールのオニール八菜が踊った。
二人のハンサムなエトワールと旬の莟が開いたばかりのようなオニールがゆったりとした動きで踊り、愛の崇高さを謳うようなラインを描いた。オニール(マチルデ)を中央に、マルシャン(ワーグナー)とルーヴェ(ヴェーセンドンク)はほとんどシンクロした動きが続く。始まりのころにヴェーセンドンクとワーグナーの出会いような振りが見受けられたが、具体的な人物像を掘り下げていくような表現はほとんどなかった。しかし、オペラ座のダンサーならではの洗練された動きで心地良く踊っていた。ただ、オニールはちょっと中性的に見えてしまうところもあり、暗い舞台奥で踊っていると男性の仲良し3人組が踊っているようにさえ見えてしまうこともあった。もちろん、テクニックも流麗なラインの美しさも素敵で、こうした女性の性の存在感が発露される作品で、マニッシュな美しさを輝かせるのは難しいこと。そこを演出の洗練によって見せ、 マルシャンのゆったりとした雰囲気とルーヴェの純粋さを生かしていた。さすが、劇場芸術の発達したヨーロッパの振付家である。

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1802tokyoa_DSC6818.jpg 「ヴェーセンドンク歌曲集」
オニール 八菜、ユーゴ・マルシャン、ジェルマン・ルーヴェ 撮影/瀬戸秀美
1802tokyoa_DSC6950.jpg 「トリスタンとイゾルデ」
ドロテ・ジルベール、マチュー・ガニオ 撮影/瀬戸秀美

一方、ドロテ・ジルベールとマチュー・ガニオというヴェテランのエトワール---いつの間にか彼らをこう呼ぶ時がきた---が踊った『トリスタンとイゾルデ』は、さすがに充足した存在感を印象づけた。
まず、イゾルデが登場し、あたかもキリストの血を受けたと言われる聖杯の如く、舞台前の中央に杯を置いて、バレエははじまる。背景にあしらわれた布地は、アイルランドからコーンウォールの花嫁になる旅を表しているのだろうか。 二人の完結することのない愛への全身全霊を捧げる表現が、どちらかといえば緩やかな動きの中でかえって激しく躍動した。死によって完結するはずだった愛が蘇り、不可能であるが故に激しく燃え上がる。二人のエトワールは、この愛の構造を繊細にゆるぎなく表して見事だった。超絶的な動きが織り込まれた振付と、時にディティールを写す鮮烈な映像が醸す濃密な感情の交歓にしばし酔った。2曲とフィナーレが終わり、二人のエトワールとしての長いキャリアが、その表現力をよりいっそう深めていることを感じて帰途に着いた。
(2018年1月13日昼 東急シアターオーブ)

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「トリスタンとイゾルデ」ドロテ・ジルベール、マチュー・ガニオ 撮影/瀬戸秀美