瑞々しいプリンセス、幻影、気品を湛えた女性とオーロラを見事に演じた栗原ゆう、終演後にプリンシパルに任命された
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ワールドレポート/東京
佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki
英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団
『眠れる森の美女』マリウス・プティパ、レフ・イワーノフ、ピーター・ライト:振付、ピーター・ライト:演出
英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団(BRB)が、2020年に芸術監督に迎えられたカルロス・アコスタ新体制の下、7年振りに来日し、おとぎ話を題材にした人気の高い二つの作品、『眠れる森の美女』と『シンデレラ』を上演した。『眠れる森の美女』(1984年)はピーター・ライト、『シンデレラ』(2010年)はデヴィッド・ビントリーという、長年にわたり芸術監督としてBRBを率いた英国バレエ界の巨匠が手掛けた作品である。ここでは、最初に上演された『眠れる森の美女』を取り上げる。主役のオーロラ姫とフロリムンド王子はダブルキャストが組まれていたが、ファースト・ソリストの栗原ゆうとプリンシパルのラクラン・モナハンが主演した東京での2日目を観た。
公演後のカーテンコールでアコスタ芸術監督が舞台に現れ、今日の栗原の優れた演技により、彼女をプリンシパルに任命すると観客の前で発表したことは、既に報じられた通り。彼女にとっても、その場に立ち会った観客にとっても、忘れ難いステージになった。なお、もう一人のオーロラ役で客演を予定していた英国ロイヤル・バレエ団出身の人気のスター、アリーナ・コジョカルはケガのため来日できなくなり、代わりをシュツットガルト・バレエ団のエリサ・バデネスが務め、王子役はBRB プリンシパルのマチアス・デイングマンが演じた。
© Kiyonori Hasegawa
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ピーター・ライトの『眠れる森の美女』は、英国ロイヤル・バレエ団の創設者となるニネット・ド・ヴァロワが当時のヴィク・ウェルズ・バレエ団で1939年に上演したニコライ・セルゲイエフ版をベースにしている。セルゲイエフ版は、かつてマリインスキー・バレエの舞台監督を務めていたセルゲイエフがロシアから持ち出したマリウス・プティパの舞踊譜に基づいて制作しているため、プティパのオリジナルに近いとされている。ライト版では、プティパの洗練された古典バレエのテクニックを受け継ぎながら、人物像がより明確になるよう改訂を加え、ドラマを息づかせていると高い評価を得ている。また、善の精リラを、ロシアでの初期の上演にならって、全てマイムで演じさせているのも大きな特色だろう。こうして制作されたピーター・ライト版が、『眠れる森の美女』の正統派のヴァージョンと目されるのもうなずける。ついでだが、ライト版『眠れる森の美女』の初演は、1984年、サドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ団によりバーミンガム・ヒッポドローム劇場で行われたが、このバレエ団は、1990年、バーミンガムを新たな本拠地にするのに合わせて、名称を現在の英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団に改めた。BRBの歴史は少々複雑なので、ここではこれ以上、立ち入らないでおく。
『眠れる森の美女』はプロローグ付き全3幕の長大な作品である。プロローグ「命名」は、フロレスタン国王の宮殿でのオーロラ姫の命名式で始まる。ここでは、招かれた6人の妖精たちがオーロラに贈る踊りが最初の見せ場になる。「美しさの精」「歌の精」「激しさの精」「喜びの精」など、それぞれの精が贈り物を踊りで伝える独創的なソロが、特色ある音楽にのせて的確に踊られた。リラの精が踊る番になると、突如、悪の精カラボスが乱入し、招待されなかったことに激怒して傍若無人に振る舞い、「オーロラ姫は糸紡ぎで指を刺して死んでしまう」と呪いをかけた。リラの精はその呪いを和らげ、「オーロラ姫は深い眠りにつくが、百年後に王子の口づけによって目を覚ます」と約束し、一同を安心させてプロローグは終わる。リラの精のイザベラ・ハワードは、エレガントなロングドレスの立ち姿からして威厳に満ち溢れ、指先や腕を表情豊かに操り、マイムで言葉を紡ぐように雄弁に語ってみせた。リラの精を"静"とするなら、アイリッシュ・スモールが演じたカラボスは"動"そのもの。こちらは黒のロングドレスで、杖をついて勢いよく舞台をのし歩き、怒りを爆発させて周囲に当たり散らした。凄みで迫るカラボスと、力に動じず毅然と立ち向かうリラの精の対比はなんとも絶妙だった。
© Kiyonori Hasegawa
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第1幕「魔法」は、美しく成長したオーロラの誕生日。糸紡ぎをしていた女たちが処刑を免れるという冒頭のエピソードを省いたことで、ドラマの密度は濃くなった。村人たちによる穏やかな「花のワルツ」が踊られた後、皆が注目する中、オーロラの栗原ゆうが優雅な足取りで登場した。オーロラに求婚する4人の王子との「ローズ・アダージオ」では、恥じらいをみせつつ王子と目線を交わし、ポアントで立ったままアチチュードでバランスを保つ振りを揺らぐことなく繰り返し、続いて愛らしいヴァリエーションを繊細な足さばきで晴れやかに踊った。オーロラは黒マントを羽織った見知らぬ人が捧げる花束を受け取って踊り始めたが、隠された糸紡ぎで指を刺すと、次第に力を失い倒れてしまった。マントを脱ぎ捨てて正体を現したカラボスが勝ち誇ったように笑って去ると、リラの精が現れ、オーロラは眠りについただけと伝え、人々を眠らせ、城を木々で覆い尽くした。
第1幕の後、休憩なしに第2幕「幻影」が上演された。狩りに来た貴族の一行の中にフロリムンド王子もいる。王子役のラクラン・モナハンは立ち姿も凛々しく、柔らかなジャンプをこなしてみせた。伯爵夫人には慇懃に接しながら、どこか憂いを漂わせ、ゲームに興じる人々とは距離を置き、狩りには行かずに一人森に残る。そこにリラの精が現れ、王子にオーロラの幻影を見せると、王子はたちまち魅せられてしまう。王子はオーロラの幻影を求めて踊るが、森の精たちに囲まれているため、オーロラをつかまえたと思うとすり抜けられてしまい、もどかしさを募らせていき、リラの精にオーロラに会わせて欲しいと頼んだ。たゆたうような音楽とともに、オーロラの眠る城へと向かう「パノラマ」の幻想的なシーンが時間と空間を旅するように続き、王子はリラの精に導かれてオーロラを見つけて口づけすると、オーロラは目を覚まし、二人が互いの愛を確かめて第2幕は終わる。
© Kiyonori Hasegawa
第3幕はオーロラと王子の「結婚式」。おどぎ話の主人公たちが登場し、お祝いにそれぞれ特色ある踊りを披露した。最初に踊られたのは、宝石の精と思われる男女による技巧が冴えたパ・ド・カトルだった。長靴をはいた猫と白い猫によるパ・ド・ドゥ(PDD)では、丸めた手先で猫の仕草を真似る様が可愛らしく、じゃれるように絡み合う様をユーモラスに演じて楽しませた。青い鳥(エンリケ・ベハラノ・ヴィダル)とフロリナ王女(シャン・ヤオキアン)のPDDでは、ヴィダルが腕を鳥の羽のように柔らかく羽ばたかせ、空中でのポーズも美しく保って見事な跳躍を繰り返せば、ヤオキアンは手で耳を澄ます仕草を織り交ぜて、滑らかにステップを紡ぎ、宴を盛り上げた。赤ずきんと狼のPDDでは、何とか逃げようとする赤ずきんと、逃がさずに捕まえようとする狼のやりとりを、誇張した演技でみせた。
最後に、オーロラと王子によるグラン・パ・ド・ドゥが、大作を締めくくるにふさわしく華麗に繰り広げられた。王子のモナハンは恭しくオーロラをサポートし、自身も爽快なジャンプやシャープな回転技を披露し、オーロラの栗原も表情豊かな腕の動きや端正な身のこなしで、一つ一つのステップを優雅につなげてみせた。栗原は、第1幕では無邪気さも残る瑞々しいプリンセスとして登場し、第2幕では虚ろな幻影として意思や感情を消して踊り、第3幕では気品を湛えた女性に成長した姿を際だたせるなど、求められるオーロラの異なるステージをきちんと演じ分けてみせた。最後にリラの精が二人を祝福するように現れて、めでたく幕は閉じられた。
BRBの"十八番"の演目だけに、群舞で精緻さが今一つの部分はあったものの、全体にこなれた展開で、ダンサーの個性も感じられる舞台だった。現芸術監督のアコスタは、キューバ出身で、英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルとしての活躍が目覚ましいが、自身の名を冠したダンス財団を設立するなど、多彩な活動を展開している。BRBの芸術監督就任後は、古典作品を振付けたり、新進振付家を起用したりするなど、様々な形で活性化を図っているだけに、これからバレエ団をどう発展させるか、目が離せない。
(2025年6月21日 東京文化会館)
© Kiyonori Hasegawa
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