英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団の日本公演で『眠れる森の美女』のオーロラ姫を踊る、栗原ゆう=インタビュー
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インタビュー=香月 圭
英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団(BRB)が、カルロス・アコスタ芸術監督就任後初となる日本公演を6月20日より7 年ぶりに行う。上演されるのは、BRBの桂冠名誉芸術監督ピーター・ライトが演出・振付を手がけた『眠れる森の美女』と、1995年から2019年までBRBの芸術監督を務めたデヴィッド・ビントリーによる『シンデレラ』の2作品。
6月21日『眠れる森の美女』のオーロラ姫を踊るファースト・ソリストの栗原ゆうは、2018年に入団、21年飛び級でソリストに昇進し、翌年にファースト・ソリストとなりカンパニーの期待を集めている。今回、全幕作品での日本主演デビューとなる栗原に、オーロラ姫役にかける思いや、現在のBRBについてお話を聞いた。
――BRBの東京公演で、6月21日の『眠れる森の美女』に主演されます。オーロラ姫を演じるときに、どんなことを心がけていますか。
© Shoko Matsuhashi
栗原 テクニック的には、すごく難しい役だなと思いますが、ひとつひとつのステップの質を変えていくことで、人物像の変化や成長を表現することができる点が面白いと感じます。背中の保ち方や、足の出し方、そしてポーズひとつひとつについても、そこに軽さをイメージさせるのか、逆に重みを感じさせるのか、それとも若さを表現するのかを明確にして、ステップに息を吹きかけることを心がけながら演じることができれば、と考えています。
――オーロラ姫は体力的にもスタミナを要求される難しい役だといわれます。
栗原 やはり第1幕ではスタミナが必要です。最初が一番きついのですが、だんだん楽に感じられるようになります。終盤になると、マラソンのランナーズ・ハイのような感触で、何も感じられなくなるくらい疲れます。そういった過程を辿ることをあらかじめ想定して、スペース配分をするようにしています。
――今回の来日公演では、オーストラリア出身のラクラン・モナハンさんがお相手のデジレ王子役を務めます。
栗原 彼は音楽性豊かなダンサーで、その感性が私とすごくマッチするパートナーです。私たちは音楽を通して会話をし、ストーリーを繋げていくことができるので、私たちが演じるオーロラ姫とデジレ王子との関係性が客席からも分かりやすいのではないかと思います。彼は、私にとって息が合う相手なので安心感もありますし、強弱や緩急のつけ方が上手く、魅力的な王子です。
第2幕の幻影の場面の直前に、狩りの場で王子が登場するのですが、彼には愛する姫君がおらず、寂しさを抱えています。彼が舞台に佇むだけでも、高貴さを感じさせます。第2幕のクライマックスから第3幕にかけては、それまでとは打って変わり、幸福感でいっぱいの表情を見せてくれます。 幕ごとの感情の違いなどの表現力にも長けており、彼の踊りには目が覚めるようなエネルギーを感じます。
英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団『眠れる森の美女』栗原ゆう© Tristram Kenton
――ダーシー・バッセルさんからオーロラ姫についての指導を受けたそうですが、いかがでしたか。
栗原 英国のバレエを代表するダーシーさんからは「枠にはめようとするより、もっと自由に演じていいわよ」というアドバイスをいただきました。第3幕のヴァリエーションで斜めに進んでいく場面でも「自分に溺れるくらい、己を信じて表現をしてほしい」と言われました。少し行き過ぎかなと思うくらいの表現をしたほうが、舞台では生き生きとした演技に繋がるのだ、と理解しました。テクニック的な強さについても教えていただくとともに、自分自身のスタイルを基本形から発展させて、どのように確立していくか、ということを彼女から学びました。
――『眠れる森の美女』の振付家、ピーター・ライト卿には、ご自身の踊りを見ていただきましたか。
栗原 去年、ピーター・ライト卿による『眠れる森の美女』が40周年を迎えたのですが、バーミンガム・ヒッポドローム劇場での記念公演のオープニングナイトでオーロラ姫としてデビューした際、ライト卿に見ていただくことが叶いました。「期待を膨らませながら、最後まで見ていられることができて楽しかったよ。ありがとう」というお言葉を頂戴しました。偉大な方からそのように言っていただけて、光栄でした。
――BRBには、平田桃子さんをはじめ日本人の先輩の方々がいらっしゃいます。
栗原 彼女たちの生の舞台を拝見するたびに、日本人としての静けさや凛とした雰囲気を感じます。イギリスのバレエを盛り立てていらっしゃる先輩方を見習って、私も彼女たちのようになりたい、と尊敬の念を抱いております。
――ピーター・ライト版の『眠れる森の美女』で優れている点はどんなところですか。
栗原 振付と音楽性との調和に優れており「踊りを観る」というよりも「踊りを聴く」かのような錯覚に陥る作品です。また、舞台美術や衣装の素材などにもこだわりが感じられ、それらがまとまって独特の光を放ち、ドラマ性を高めて、総合芸術として大変見応えのある古典バレエとなっています。このような素晴らしい作品に出演させていただくことができて、私はとても恵まれていると思います。
――ロイヤル・バレエ・スクール卒業時に、フレデリック・アシュトンの振付の作品で素晴らしい個性や技術を披露した学生に贈られるアシュトン賞を授与されましたが、どのように表現力を培ってきましたか。
© Shoko Matsuhashi
栗原 イギリスでもドラマ好きな方が多く、踊りにも人間性や表現力が重要視されています。オフのときはなるべくバレエ以外の時間を作って、新しい経験をしたときに自分はどのように感じるかということにじっくりと向き合うようにしています。道を歩いて美しいものに目を向けるなど、普段の生活のなかで様々なことを感じることが大事だと思っています。他人と交わす何気ない会話であっても、お互いの意見を交換して新しい視点や考えを得ることも、大切なことだと考えています。小さい頃からピアノを弾いて親しんできたクラシック音楽からも豊かな感性が育まれたと感じます。このようにして表現力が深まっていくのだと思います。
――BRBに入団されたきっかけを教えてください。
栗原 当時BRBの芸術監督だったデヴィッド・ビントリーさんがロイヤル・バレエ・スクールの卒業試験を観にいらして、その場でスカウトされました。 英国ロイヤル・バレエ団とBRBのうち、どちらが先に卒業生に入団オファーを出すかというのは、年によって変わるのですが、私が卒業した年はBRBが先にスカウトすることができたのです。私は最初に声をかけてくださったBRBにご縁を感じ、ありがたいと思いました。BRBは自分に合っていたのだなと実感しております。
――BRBはツアーカンパニーで、イギリス国内や海外での公演のために移動が多い生活かと思いますが、楽しいと思えるのはどんな点でしょうか。
栗原 巡業先では皆同じホテルに泊まり、同じように大変な思いもしながら過ごしているので、互いに支え合うことで団員同士の距離が縮まり、カンパニーとしても一つにまとまるのではと思います。
――忙しい日々のなかで、どのようにして体を労っていますか。
栗原 自分の体のケアにも繋げるように、ヘルシーな食材を選んでお料理をしていますが、たまにはディナーに出かけて、ゆったりとご馳走をいただく時間を持つことも大切だと思います。いつもは高い目標を掲げて「もっと頑張ろう」という気持ちでリハーサルをしていますが、多忙になり、体が追いつかなくなってくると、無理をして怪我をしないように努めています。自分の体とうまく付き合っていけるよう、心身のバランスをうまく取っていけたらと思います。
英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団『眠れる森の美女』栗原ゆう © Tristram Kenton
英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団『眠れる森の美女』栗原ゆう、ラクラン・モナハン © Tristram Kenton
――BRBの芸術監督は2020年にデヴィッド・ビントリーさんからカルロス・アコスタさんに交代しましたが、バレエ団では変化がありましたか。
栗原 はい。時代が変わっていくなかで、バレエも新機軸が求められる難しい時期に入り、私たちは試行錯誤しながらいろいろな作品に挑戦しています。以前は、ロイヤル・バレエ・スクールやエルムハースト・バレエ・スクールなどイギリスを代表するバレエ学校からの入団者が8割ぐらいを占めていましたが、現在は世界各地からの出身者や若いダンサーの人数も増え、カンパニーの雰囲気もエネルギッシュになりました。アコスタ監督は、率直な方で「好きなものは好き」という感じで、意思がはっきりしている方なので、経験が少なく、年齢が若くても、彼がいいと思ったダンサーには、チャンスが与えられます。そのため、カンパニーでは「上手くなるために頑張ろう!」というポジティブな気運が高まっています。
――2021年にアコスタ芸術監督によってファースト・アーティストを飛び級してソリストに任命され、2022年にファースト・ソリストに昇進されました。
栗原 年に1回、シーズンの最後に団員が一同に会して行われるカンパニー・ミーティングの場で昇進を伝えられました。特にソリストに任命されたときは、まさか私が選ばれるとは思っていなかったので驚きましたが、とても嬉しかったです。
――プリンシパルへの昇進が楽しみですが、今後の抱負をお聞かせください。
栗原 ありがたいことに、既にたくさんのチャンスをいただいて、それらを一歩ずつ歩んでいくうちに少しずつ成長してきたのだなと思います。これから年齢を重ねるととともに自分がどのように変わって、どんなことを発見していくのかが楽しみです。BRBには素晴らしいダンサーが大勢在籍しているので、彼らから多くのことを吸収していきたいと思います。
――BRBの日本公演を楽しみにしていらっしゃる皆様へメッセージをお願いします。
栗原 BRBのメンバーは皆、日本が大好きで、日本公演が決まった頃から来日するのを楽しみにしています。私自身は緊張気味ですが、マリウス・プティパの伝統を引き継いだ40年の歴史を持つプロダクションを日本の皆様の前で披露させていただくことが私たちの誇りです。劇場に足を運んでいただき、楽しんでいただければ幸いです。
英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団『眠れる森の美女』栗原ゆう、ラクラン・モナハン © Tristram Kenton
英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団『眠れる森の美女』栗原ゆう、ラクラン・モナハン © Tristram Kenton
英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団 2025年日本公演
『眠れる森の美女』
【上演時間 約3時間(休憩2回含む)】
2025年
東京公演
6月20日(金) 18:30 (アリーナ・コジョカル×マチアス・ディングマン)
6月21日(土) 14:00 (栗原ゆう×ラクラン・モナハン)
6月22日(日) 14:00 (アリーナ・コジョカル×マチアス・ディングマン)
会場:東京文化会館 (上野)
堺公演
7月2日(水) 18:30 (セリーヌ・ギッテンス×ヤシエル・ホデリン・ベロ)
会場:フェニーチェ堺 大ホール
名古屋公演
7月5日(土) 14:00 (セリーヌ・ギッテンス×ヤシエル・ホデリン・ベロ)
会場:愛知県芸術劇場 大ホール
『シンデレラ』
【上演時間 約2時間30分(休憩2回含む)】
2025年
6月27日(金) 19:00 (平田桃子×ウィリアム・ブレイスウェル)
6月28日(土) 14:00 (ベアトリス・パルマ×マックス・マズレン)
6月29日(日) 14:00 (平田桃子×ウィリアム・ブレイスウェル)
会場:東京文化会館 (上野)
Webサイト:https://www.nbs.or.jp/stages/2025/birmingham/index.html
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