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充実したダンサーたちが古典バレエの洗練された様式美を鮮やかに伝えた、東京バレエ団の斎藤友佳理版『眠れる森の美女』

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

東京バレエ団

『眠れる森の美女』斎藤友佳理:新演出・振付

東京バレエ団が、ゴールデンウイークの恒例行事として開催している〈上野の森バレエホリデイ〉の一環として、斎藤友佳理版『眠れる森の美女』を2年ぶりに再演した。現バレエ団団長の斎藤が芸術監督を務めていた2023年に新制作したもので、チャイコフスキーの三大バレエの中で最も絢爛豪華な作品を、プティパの古典バレエの薫りを受け継ぎながら、細部で演出に手を加え、振付のアップデートも施して、格調高く舞台化したと高い評価を得た。
今回は4月24日から29日まで7日間連続の公演で、オーロラ姫とデジレ王子には4組のキャストが組まれた。マリインスキー・バレエのファースト・ソリストで日本での人気も上昇中の永久メイがオーロラ姫で客演するのが注目されたが、元東京バレエ団プリンシパルの秋元康臣もデジレ王子で出演した。ほかにホットなニュースとしては、帰国後フリーで活躍していた二山治雄が4月に入団したことで、早速「青い鳥」と「プラチナの精」に起用されていた。主役の4組の顔ぶれは、永久メイ&宮川新大、沖香菜子&秋元康臣、秋山瑛&大塚卓、金子仁美&柄本弾と精鋭ぞろい。このうち、進境目覚ましい秋山とデジレ王子は初役の大塚が組んだ日を観た。

プロローグの場はフロレスタン14世の宮殿。カタラビュット(鳥海創)がオーロラの誕生を祝う宴の準備に追われる様がスピーディーに描写され、宴が始まった。5人の妖精を率いて登場したリラの精は長谷川琴音。しなやかや腕や脚の動きがきれいだったが、やや控え目に映ったのは初役だったからだろう。オーロラに様々な美徳を贈る5人の妖精は、それぞれ特色ある振りを快活にこなしたが、「優しさ」の榊優美枝と「勇気」の伝田陽美の端正な演技が印象に残った。リラの精が贈り物をする番になった時、突如、悪の精カラボス(安村圭太)が乱入し、宴に招待されなかったことを憤り、杖をついて怒りも露わに舞台をのたうち回り、あげく「オーロラは糸紡ぎの針に指を刺して若くして死ぬ」と呪いをかけた。安村の迫力ある演技と、無気味な手下たちのおどろおどろしい踊りが共振して、劇的効果を挙げていた。カラボスが長寿を象徴するカラスを模した乗り物で現れたことにも、演出の意図が感じられた。カラボスはリラの精の前では力が萎えてしまうようで、あえなく退散。リラの精はカラボスの呪いを退け、「オーロラは眠りにつくだけで、やがて現れる王子の口づけで目を覚ます」という贈り物をして、オーロラの洗礼の母となった。安堵した国王が糸紡ぎの持ち込みを禁じると宣言して幕は閉じられた。

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Photo: Shoko Matasuhashi

第1幕はオーロラの成人を祝う宴。糸紡ぎをしていたため国王に処刑を宣告された村の娘たちが、王妃の懇願で助命されるという大仰なエピソードで始める版もあるが、斎藤版では、紗幕の前の下手でカラボスが喜々として呪いの糸紡ぎを続ける様を、上手で従僕が村の娘らから糸紡ぎの針を取り上げる様をそれぞれ描いて、プロローグから第1幕へとさり気なく繋げていた。幕が上がると、庭園では既に宴が始まっている。村人たちによる花のワルツでは、アーチ型の花輪を掲げた男性たちと、花を編み込んだロープを手にした娘たちが、フォメーションを変えながら滑らかに踊りつないで舞台に華やぎをもたらした。4人の王子たちに続いて登場したオーロラの秋山瑛は、初々しくも華やかな雰囲気を漂わせ、恥じらいを見せながら王子たちと目線を交わして "ローズ・アダージオ" を踊った。秋山は表情豊かに腕を動かし、ポワントでアティチュードのポーズで回った後、支える王子の手を離してバランスを取る難度の高い技を的確に繰り返し、優雅に踊り納めた。
舞台の下手や上手に、花束を持った不審な黒マントの男が現れたので、皆がそちらに注意を向けている隙に、マントで身を隠したカラボスはオーロラに花束を手渡すことに成功。オーロラは皆の制止を振り切り、花束を手に無邪気に踊り始めたものの、隠されていた針で指を刺し、次第に力をなくして倒れ込んだ。意識が薄れていく様を、秋山は細かなパ・ド・ブーレで伝えていた。カラボスは正体を現して勝ち誇ったようにあざ笑うが、リラの精が現れると忽ち力が萎え、消え去った。リラの精は「オーロラは眠りについただけ」と伝え、オーロラを守るように美しいリラの花で城を覆い尽くした。

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Photo: Shoko Matasuhashi

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Photo: Shoko Matasuhashi

第2幕は百年後の深い森の中。狩りに来た貴族たちの一行にデジレ王子の姿も見える。大塚卓の演じるデジレは身のこなしも上品で、貴婦人たちに礼儀正しく応じはするものの、心ここにあらずといった様子。何かに導かれて来たように感じ、森の奥に何があるのか気になって落ち着かないのがよく分かる。貴族たちがゲームをするシーンは省かれ、代わりに、村人たちによる素朴で活気のある群舞が挿入された。デジレが狩りに行かずに残ると、デジレの洗礼の母でもあるリラの精が現れ、オーロラの幻を見せる。デジレはその美しさに魅せられ、オーロラを求めて追うが、そのたびにドリアードたちに遮られ、オーロラもデジレから逃れるように動くので、デジレはますます彼女への想いを募らせ、リラの精に会わせ欲しいと懇願する。デジレとオーロラの幻を一緒に踊らせないことで、二人の世界がそれだけ大きく隔たっていることを示しているのだという。場面はデジレがリラの精とゴンドラに乗ってオーロラの城に向かう「パノラマ」になる。音量豊かにゆったりと紡がれる音楽とともにゴンドラが後方で上手から下手に進み、林が描かれた背景画が下手から上手に移動していくと、デジレと一緒に観客も時間と空間を旅する気持ちにさせられた。心憎い演出である。
オーロラの眠る城に着くと、城を覆うリラの花には蜘蛛の巣がかかっていて、カラボスの存在を匂わせた。リラの精はカラボスとその手下たちを退散させ、デジレを招き入れた。デジレが口づけしてもオーロラはすぐには目覚めず、目覚めても暫く茫然としていたが、ようやく夢の中で出会った王子と気付いて初めて抱き合うという形にしていた。オーロラの目覚めとともに王国も目覚めて幕となったが、斎藤の独自の演出が最も顕著に息づいていた第2幕だった。なお、リラの精の長谷川は、デジレを導き、ドラマの展開を促していくにつれ、存在感を増していった。

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Photo: Shoko Matasuhashi

第3幕はオーロラとデジレの結婚式。お祝いに趣向を凝らした仮面舞踏会が催され、おとぎ話の主人公に扮した踊り手たちが次々と登場しては多彩な踊りを展開した。最初に踊ったのは宝石の精で、ダイヤモンド、サファイア、金、銀は女性のダンサーで、これにプラチナの精として4人の男性が加わり、男女がペアを組んで踊り、また男性陣だけでも踊ってみせた。宝石の精が高度な古典の技法を披露してみせたのと対照的に、「長靴をはいた猫と白い猫」、「赤ずきんと狼」では、ダンサーたちがそれぞれのキャラクターを芝居っけたっぷりに演じて楽しませた。このコミカルな二作品の間に踊られたのが「青い鳥とフロリナ王女」。王女の中島映理子は、滑らかな腕の動きと耳を澄ます仕草が美しく、青い鳥の生方隆之介は羽ばたくように腕を振り、宙を飛ぶように軽やかなジャンプを足先も美しく繰り返してみせた。「親指小僧とその兄弟と人食い鬼」では可愛らしい子供たちの出番が用意されていた。

そして、いよいよオーロラとデジレによるグラン・パ・ド・ドゥ。秋山は可愛らしさから抜け出して典雅な雰囲気を漂わせ、優しい表情で大塚と向き合い、端正な踊りを披露した。風格を増した大塚は、そんな秋山の美しさを際立たせるようにリフトし、フィッシュ・ダイブも綺麗に決め、自身もシャープな回転技や鮮やかなマネージュで印象付けた。絢爛豪華な作品の最後を締めくくるにふさわしい格調高いパ・ド・ドゥだった。二人が国王の祝福を受け、王国の人々がリラの精を讃えるところで幕が下りた。
『眠れる森の美女』はスケールが大きく、登場人物も多彩で、様々な特色ある舞踊表現が求められるだけに、バレエ団の実力が問われる作品ではある。今回は7回公演とあって、オーロラとデジレ以外の主要な役にもトリプル・キャストが組めるほどダンサーの層は厚く、皆、技量は確かで、異なる役を卒なくこなす柔軟性も備えていることも見て取れた。古典バレエの洗練された様式美を鮮やかに、華やかに伝えた舞台に改めて感心させられたし、再演によって作品に一層磨きがかかったのも嬉しく思った。
(2025年4月27日 東京文化会館)

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Photo: Shoko Matasuhashi

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Photo: Shoko Matasuhashi

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Photo: Shoko Matasuhashi

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