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『EOL』アッツォーニとリアブコ、二山治雄が一台のピアノの調べに乗せて描く、この世に響き続ける愛と人生

ワールドレポート/東京

香月 圭 text by Kei Kazuki

『EOL』は、ハンブルク・バレエ団を拠点に世界各地の舞台で客演を重ねるシルヴィア・アッツォーニがプロデュースしている。彼女と公私にわたるパートナー、アレクサンドル・リアブコとのデュエットを中心に、二山治雄によるソロ・パートおよび二人との共演場面が新たに追加された作品である。
2022年イタリアのヴィチェンツァで『Echoes of Life』というタイトルで初演され、その後、ポーランドやドイツでも好評を持って迎えられた。この世に生を受けた人間は互いに影響を与え合う。恋人同士が結びついて家族になり、深い友情で結びついた縁もある。親しい人を亡くした後も、その思い出は永遠に残る。個々の人生が響き続ける様を『Echoes of Life』として、様々な愛の諸相をオムニバス形式のドラマのように描き出すストーリー・バレエである。邦題『EOL』は、原題の頭文字をつなぎ合わせたものだ。

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『EOL』左より、二山治雄、シルヴィア・アッツォーニ、アレクサンドル・リアブコ、奥ミハウ・ヤウク © Fukuko Iiyama

開演前、舞台の床は青く照らされていた。白い衣裳に身を包んだ二山が客席から歩いて舞台下手に到達すると床は白くなった。舞台三方をゆっくりと見渡した彼は、大切な何かを慈しむような仕草をして、奥へ消えていった。『EOL』の神聖な作品世界へ観客を誘う序章に続いて、ドビュッシーの「月の光」をミハウ・ヤウクが演奏し始め、第一部「Water」が始まった。
朝霧の中、目覚めた男女が美しい愛のデュエットを繰り広げる。クリスティーナ・パウリンが振付けたパートである。乙女の姿を永遠にとどめているかのような可憐なアッツォーニをリアブコが優しく支え、彼女を頭上に高く掲げるなど、恋人たちの至福のひとときを息の合った二人の踊りで表現していた。続いて、フィリップ・グラスの「ピアノのためのエチュード 第2番」に切り替わると、二山が上手から下手に横切った。恐らく未来に生まれる子供だろう。女に懐妊がもたらされたことが冒頭に示された。アッツォーニの動きも緩やかになり、リアブコとのデュエットも重心が低い位置で展開し、身重な様子も伺えた。胎児が育つとともに体内に変化を感じるかのように、アッツォーニの動きもカクカクと不安定になる。子どもが無事生まれてくるのか、と案じて不安になる様子と解釈することもできる。アッツォーニは椅子に腰かけてお腹に手を当てた。
二山のソロ・パート(ドビュッシー「ピアノのために 前奏曲」)は、今回初披露となった。跳躍、回転、アクロバティックな寝技を含む踊りで舞台を大きく動き回り、母親の胎内で赤子が刻々と成長する様を表現した。「グラスワークス 第1曲 オープニング」も世界初演のパートで、アッツォーニとリアブコ、二山の3人で踊られる。生まれてきた子供は両親の愛情を一心に受け、親となった二人もまた、子供との新しい生活で幸福を感じている姿が描かれる。アッツォーニと二山のデュエット、リアブコも加わり、三人で代わる代わる体勢を変えながら展開していくパ・ド・トロワ、リアブコが二山をサポートしながら踊られる父子のダンスなどで構成されていた。

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『EOL』二山治雄 © Fukuko Iiyama

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『EOL』シルヴィア・アッツォーニ、アレクサンドル・リアブコ © Fukuko Iiyama

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『EOL』シルヴィア・アッツォーニ、アレクサンドル・リアブコ © Fukuko Iiyama

グラスの「メタモルフォーシスII」からマーク・ジュペテによる振付の第二部「Earth」となる。アッツォーニのスカートの裾から現れたのは子供に扮したリアブコ。母子が横に並んでシンクロした動きが続く。母親が息子に対して「あなたは昔こんなに小さかった。子供は親のやり方を真似していればいいの」とでも言いたげな仕草もあり、親子分離の困難さなども描かれているようだった。ラフマニノフによる「楽興の時 第4番 OP. 16 ホ短調 プレスト」では、母が子供を永遠に探し歩くように舞台を駆け巡る。子供が母の元にたどり着いて椅子に座った彼女の手を引くが、母親は椅子から転げ落ち、この世の人ではない、という幕切れだった。

ニコライ・チェレプニンのロシアのアルファベットによる14のスケッチ Op. 38:第10曲「森」からは、ティアゴ・ボルディン振付による「Forest」のパートで、森に暮らすナルシスと双子の妹の神話の世界が描かれる。彼が湖面を覗き込むなど好奇心たっぷりに森の中を探索する姿を、リアブコが優雅なステップで丁寧に踊った。ナルシスの妹に扮したアッツォーニは、弓矢を放つナルシス(リアブコ)の背中越しに同じ方向を見据えたり、一心同体のように動いたり、互いに呼応し合うように舞う。ラヴェルの「ピアノ協奏曲 ト長調 第2楽章 アダージョ・アッサイ」のシーンでも、双子が寄り添って同じ動きをしていた。二人は心理面でも互いに離れがたい存在であることが示される。続いて、グラスの「メタモルフォーシスII」が再び繰り返され、ナルシスは妹の喪失に遭遇する。いつものように手をつないで一緒に歩こうとしても、妹は椅子から落ちたまま、動かない。彼女を無理に立たせても、がっくりと崩れ落ちる。彼女は、双子として共に過ごした思い出の中で永遠に生き続ける。これより先の振付は再びパウリンとなる。ラフマニノフの「前奏曲 Op. 32 第12番 嬰ト短調」では、黒い衣裳姿の二山が、愛する相手を亡くした人として登場する。心にぽっかり空いた穴を埋めようと一心に踊るが、辛い気持ちに耐えられず「ああ!」と慟哭の声を上げて倒れ込む。
終曲はバッハの「アダージョ BWV 974」で、「Air」のシーンとなる。亡くなった人々が天国で幸せに過ごしている姿が描写されていた。アッツォーニがリアブコにリフトされてくるくると回り続けたまま暗転するラストシーンが心に残った。

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『EOL』アレクサンドル・リアブコ © Fukuko Iiyama

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『EOL』シルヴィア・アッツォーニ、アレクサンドル・リアブコ © Fukuko Iiyama

至近距離から観るアッツォーニとリアブコは、神話の世界の人物をはじめとした、役を生きる表現力の深さで観客を引き込んだ。二山については、柔軟性の高い身体を活かした彼の卓越したダンスを無心に踊る姿に目を奪われた。ハンブルク・バレエ団の『椿姫』『ベートーヴェン・プロジェクト』など多くの作品で出演してきたミハウ・ヤウクの十指から繰り出されるピアノの美しい響きも、ドラマ性を膨らませる役割をしていたことは言うまでもない。3名の振付家が愛にまつわる物語という共通のコンセプトから異なる場面を想定してつなぎ合わせた作品だったが、違和感はほぼなかった。誰もが経験する人生の諸相のいずれかに観客の一人一人が共感を覚えたのではないだろうか。
公演のクリエイティヴディレクションは「BALLET TheNewClassic」を企画し、フォトグラファーとしても活躍する井上ユミコが担当した。CFCLが提供した衣裳は、ニットでありながら立体的なフォルムで、ナルシスの神話からインスピレーションを得た、古典的なイメージの作品の印象を近未来的なものに変化させた。資生堂によるヘアメイクでは、序盤ではきっちり編み込まれていたアッツォーニの髪が終盤ではほどかれていたアレンジと、二山の中性的な雰囲気がより際立ったメイクが印象に残っている。
サポーターからのクラウドファンディングも目標を達成した本作品は、7月に映像配信が予定されている。
(2025年5月25日 彩の国さいたま芸術劇場 小ホール)

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『EOL』左より、ミハウ・ヤウク、シルヴィア・アッツォーニ、アレクサンドル・リアブコ © Fukuko Iiyama

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『EOL』カーテンコール © Fukuko Iiyama

「映像版EOL」(公演映像を中心としたダンス・フィルム)7月配信開始予定。詳細は『EOL』公式サイトhttps://www.eol-japan.com/に後日掲載

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