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近藤亜香とチェンウ・グオが華やかに踊った華麗な技が詰め込まれたヌレエフ版『ドン・キホーテ』、オーストラリア・バレエ団

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

オーストラリア・バレエ団

『ドン・キホーテ』ルドルフ・ヌレエフ:振付(マリウス・プティパに基づく)

オーストラリア・バレエ団(The Australian Ballet、以下TAB)が、デヴィッド・ホールバーグ芸術監督に率いられて15年振りに来日し、ルドルフ・ヌレエフがこのバレエ団のために振付けた『ドン・キホーテ』を上演した。ヌレエフがTABのために、自ら主演して『ドン・キホーテ』の演出・振付を行ったのは1970年のことで、2年後にはこの映画化に着手。1973年に公開されたその映画版は、TABの存在を世界に知らしめることになり、以来、ヌレエフ版『ドン・キホーテ』はバレエ団の主要なレパートリーとして上演されてきた。2021年に芸術監督に迎えられたホールバーグは、2023年のTABの創立60周年記念シリーズの幕開けを飾るべく、ヌレエフ版『ドン・キホーテ』を、映画版にあわせて舞台装置等をリニューアルして公演に臨んだ。さらに、この記念すべき上演に当たり、今や "伝説のプリマ・バレリーナ" になったシルヴィ・ギエムに指導を仰いだことも注目された。ギエムは、ヌレエフがパリ・オペラ座バレエ団の芸術監督を務めていた時に、オペラ座史上最年少の19歳でエトワールに任命され、その指導のもとで才能を開花させ、世界に羽ばたいた稀有のダンサーだが、2015年に引退して舞台から遠ざかっていた。今回の来日公演にも、ギエムがゲスト・コーチとして同行するというので話題になっていた。

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© Kiyonori Hasegawa

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TABは、1968年の初来日以来、これまでに6回来演しているが 今回は久々の来日なので、バレエ団の歴史を紹介しておく。TABは、英国ロイヤル・バレエ団の創設者、ニネット・ド・ヴァロワの推薦を受けたペギー・ヴァン・プラーグにより1962年に設立された。60年代には、エリック・ブルーン、マーゴ・フォンテイン、ルドルフ・ヌレエフら、世界的スターをゲストに招いた。ヌレエフはこのバレエ団が気に入ったようで、1965年に『ライモンダ』を演出し、自身も出演した。1970年には『ドン・キホーテ』をプティパのオリジナルに基づいて振付し、自ら主役を踊ったが、後に、当時の芸術監督、ロバート・ヘルプマンと共同で映画化を行った。TABの歴代芸術監督には、メイナ・ギールグッドやデヴィッド・マッカリスターらが名を連ねており、古典名作のほかにコンテンポラリー作品も意欲的に導入し、レパートリーを拡充させてきた。現在の芸術監督、ホールバーグは、アメリカン・バレエ・シアターで活躍していたが、旧ソ連のボリショイ・バレエに入団が認められた初めてのアメリカ人として注目され、以後、両方のバレエ団のプリンシパルを務めながら、英国ロイヤル・バレエ団など各国のバレエ団に客演した。レパートリーも幅広いだけに、TABにどのように新たな歴史を刻むのか、期待されている。

ルドルフ・ヌレエフ(1938~93年)についても、ひと言。旧ソ連のキーロフ・バレエ(現マリインスキー・バレエ)の新鋭として脚光を浴びていたが、1961年、西側への劇的な亡命を遂げた。以降、英国ロイヤル・バレエ団をはじめ世界中のバレエ団に客演し、驚異的なテクニックで一世を風靡したカリスマ・ダンサーで、古典作品の演出・振付も手掛けた。マーゴ・フォンテインとの "世紀のパートナーシップ" や、パリ・オペラ座バレエ団の芸術監督としてバレエ団の黄金期を築いたことで知られる。『ドン・キホーテ』のバジルは当たり役でもあり、キーロフ時代に踊ったヴァージョンが、この作品の振付のベースになっているようだ。ヌレエフ版の特色としては、高度な技が盛り込まれた華やかな踊りの数々、多彩な登場人物の生き生きとした描写、スペクタクルな展開などが挙げられる。

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その『ドン・キホーテ』が、東京で4回上演された。主役のキトリとバジルにはトリプル・キャストが組まれていた。初日と最終日は近藤亜香&チェンウ・グオ。2日目のマチネは、出演予定の二人が共にケガで降板したため、山田悠未&ブレット・シノウェスに変更され、2日目のソワレはジル・オーガイ&マーカス・モレリが務めた。公演の初日を観た。近藤は名古屋生まれで、オーストラリア・バレエ学校で学び、2008年、「ザ・ダンサーズ・カンパニー」というTABのセカンド・カンパニーのツアーに参加し、2010年にTABに入団。2015年、日本人初のプリンシパル・アーティストになった。グオは中国出身で、2006年ローザンヌ国際バレエコンクールで入賞後、オーストラリア・バレエ学校に入学。「ザ・ダンサーズ・カンパニー」のツアーに参加した後、2008年にTABに入団、2013年にプリンシパル・アーティストに昇格した。ついでだが、近藤とグオは実生活でもカップルで、二人の間には子どもが一人いる。

バレエ『ドン・キホーテ』は、セルバンテスの小説が基とはいえ、物語は床屋の青年バジルと宿屋の娘キトリのロマンスがメインで、娘を金持ちの貴族に嫁がせようとする父親の反対を押し切って二人が結婚を勝ち取るまでがコミカルに描かれる。幕が開くのを待っていると、芸術監督のホールバーグがマイクを手に登場した。上演するのは、ヌレエフが34歳の時にTABと共に制作した映画『ドン・キホーテ』を舞台化したものであり、パリ・オペラ座バレエ団の元エトワール、シルヴィ・ギエムにゲスト・コーチとして参加してもらったことなどを語り、舞台への興味を深めた。
幕が上がると、プロローグのドン・キホーテの書斎。年老いた紳士ドン・キホーテ(ジョセフ・ロマンスヴィッチ)が騎士道物語に取り憑かれ、美しいドルシネアが窮地に陥った夢を見ていると、鶏を盗んで女中たちに追われて逃げてきた召使のサンチョ・パンサ(ティモシー・コールマン)に起こされる。ドン・キホーテが彼を従者に仕立て、夢で見た貴婦人を救うべく旅に出るところまでが、丁寧に、けれどテンポよく描かれた。時代を思わせるベッドや机などの調度には、リアルさを求めたヌレエフのこだわりがうかがえる。舞台転換のため幕が下りると、そこに当日のキャストやスタッフなどのクレジットが、映画のエンドロールのように映し出された。

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第1幕で場面は一転、港町バルセロナの広場になる。陽光溢れる青空をバックに帆船が見え、建物も立体的。ここではキトリの近藤とバジルのグオの掛け合いが秀逸だった。近藤の爽快なジャンプやリズミカルな脚さばき、グオのシャープな跳躍や見事な回転技に加えて、二人が恋の駆け引きを楽しむ様など、息の合ったやり取りが楽しめた。とくにグオは陽気でお調子者のバジルを溌剌と演じ、彼のはまり役と感じさせた。この恋人たちに、キトリに求愛する、少々間抜けの金持ち貴族ガマーシュ(ジャリッド・マデン)と、娘キトリにガマーシュとの結婚を強いる欲張りな宿屋の主人ロレンツォ(ルーク・マーチャント)が絡んで物語は進行。一方で、エスパーダ(マキシム・ゼニン)が率いる闘牛士たちによる威勢の良い踊りや、街の踊り子(ロビン・ヘンドリックス)が突き立てられたナイフの間を縫うように踊るソロが彩りを添えた。そこに現れたのがドン・キホーテたち。サンチョ・パンサが街の人々にからかわれ、何度も高く宙に胴上げされるシーンも織り込んでいた。ドン・キホーテはバジルと踊るキトリをドルシネアと思い込んでしまい、人々の踊りに加わると、恋人たちは賑わいに紛れて逃げ出し、その後をロレンツォやドン・キホーテが追うところで第1幕は終わった。

第2幕の第1場は風車小屋のあるモンティエル平原。バジルとキトリは大きなスカーフにくるまるようにして現れ、スカーフを巧みに操り、愛を確かめるように親密な踊りを繰り広げた。ヌレエフが追加したロマンティックなデュエットで、爽やかな印象を残す。二人はロマの人々に出会い、かくまって欲しいと頼む。ロマの人々の踊りも見所の一つで、ロマの首領(キャメロン・ホームズ)の勇壮なダンスが見応えがあった。恋人たちは彼らの助けを借りて、ロレンツォとガマーシュが対立するよう仕掛けるが、ドン・キホーテが風車を怪物と思って襲いかかったことで混乱が生じ、ドン・キホーテは倒れ、恋人たちは逃げ、ロレンツォたちが後を追いかけていくところで第1場は終わる。第2場の「ドルシネアの庭」はドン・キホーテの夢の場で、クラシック・チュチュの女性ダンサーによる"白いバレエ"の見せ場である。ドリアードの女王は根本里菜、キユーピッドは山田悠未、そしてドルシネアとして現れるキトリは近藤と、日本人で占められた。近藤は街娘キトリとは打って変わって端正な古典の美しさで印象づけ、山田も細やかなステップを的確にこなして、愛らしいキューピッドを演じた。彼女が翌日のキトリの代演に起用されたのもうなずけた。根本は今一つ本調子ではなかったのが惜しまれた。ドリアードの群舞はフォメーションも美しく、整然としていた。

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第3幕は町外れの居酒屋で始まる。キトリとバジルが友人たちと楽しんでいるところに、二人の後を追ってロレンツォやドン・キホーテもやって来る。キトリを強引にガマーシュと結婚させようとするロレンツォに業を煮やしたバジルが狂言自殺を図って死んだふりをすると、ドン・キホーテは助けを求めるキトリに心を動かされ、ロレンツォに二人の結婚を認めさせた。この顛末に怒り狂ったガマーシュがドン・キホーテに決闘を申し込み、あえなく敗れる様が面白おかしく描かれた。場面は第1幕のバルセロナの広場に変わり、二人の結婚を祝う宴が始まる。クライマックスは、華麗な技が詰め込まれたキトリとバジルのグラン・パ・ド・ドゥ。グオは、空中でのポーズも綺麗にダイナミックな跳躍を続け、ピルエットなどの回転も鮮やかに決めた。近藤を美しくサポートし、高々とリフトする様からは喜びが溢れていた。近藤も強靭なジャンプを披露し、バランスもきれいに決め、ダブルを入れたグラン・フェッテも安定感があり、身体から音楽が聞こえてくるようだった。二人の幸せを見届けたドン・キホーテが、サンチョ・パンサと共に新たな旅に出るところで幕が下りた。なお、TABのダンサーたちは総じてレベルが高く、クラシックだけでなく、スペイン舞踊やコサックダンス的な振りも卒なくこなしていた。また、キトリとバジルの衣裳をはじめ、エスパーダやロマの首領の民族調の衣裳、ドリアードのチュチュなど、デザインだけでなく生地や装飾も驚くほど凝っていた。踊りだけでなく、装置や衣裳に至るまで、ヌレエフのこだわりに応えた舞台だったと、改めて感心させられた。そこに、ホールバーグの確かな手腕が見て取れた。
(2025年5月30日 東京文化会館)

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